「音と映像」で語られるシリア人移民労働者の声。世界中が絶賛した“主人公のいない”ドキュメンタリー映画『セメントの記憶』|GOOD CINEMA PICKS #022

Text: Noemi Minami

2019.3.19

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映画紹介の記事を執筆するときは、ストーリーの展開を説明しすぎて“ネタバレ”がないように細心の注意を払うものであるが、『セメントの記憶』に関してその心配は必要ない。

全世界60ヶ国の映画祭でグランプリ34冠を獲得した本作は、映像と音響によってストーリーを伝えているからである。それは望んだところで文章では説明をしきれない類のストーリーといえるだろう。

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戦争の音と、建設の音

シリア出身・ベルリン在住のジアード・クルスーム監督はシリア内戦で兵士として戦争を経験し、レバノンの首都ベイルートに逃れた過去を持つ。そして今回、そのベイルートで働くシリア人移民労働者についてのドキュメンタリー映画を制作した。シリア内戦が始まった2011年以降、シリアに関する多くの映画が作られてきたが、そのなかに“主人公がいない”映画はどれほどあっただろうか。

戦争の真っ只中であるシリアを逃れレバノンで暮らし始めた監督が気づいたのは、この二箇所の対照的な「音の違い」だった。レバノンでは15年に及ぶレバノン内戦(1975-1990)を経て復興のための建設ラッシュが今も続いている。シリアの戦争の音と、レバノンの建設の音。

「戦争の音と、建設の音の間に、あるいは破壊と再生の間に、この建設現場の中にどんな人がいるんだろうかと考え始めた」という監督がその頃耳にしたのが、地中海を絶望する超高層ビルの建設とその過酷な環境で働くシリア人移民労働者の存在。

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まばゆい光に包まれた美しいベイルートの街を眺めながら、十分に安全が保障されていない現場で日中働く労働者たちは、夜になるとビルの地下の住居スペースとはいえない「穴」の中へと蟻のように列になって帰っていく。「シリア人労働者の外出を禁止する」と書かれた大きな横断幕に阻止され息抜きをする自由もなく、仕事が終わるとテレビやネットでシリアの情勢をチェックする日々。彼らは文字通り建設現場と「穴」の中だけの生活を強いられているいわば現代奴隷である。

劇中、私たち観客は労働者の名前も背景も知ることはできない。ただひとつ、誰かの悲痛なストーリーが全体を通して詩的な言葉を用いて語られる。誰かと特定されることのないその何者かのストーリーは、誰のものでもなく、同時にそこにいる労働者全員のものである。

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新しい“声”や“言語”としてのサウンドデザイン

冒頭で述べた通り、この映画のストーリーは映像と音響によって語られるといって間違いないだろう。本作品のサウンド・デザイナー(兼)プロデューサーのアンツガー・フレーリッヒは、観客の感情を盛り上げるような従来の音楽の使い方ではなく、「労働者の状況を物語る“声”や“言語”を新たに探す」ことを目指した。そのため作中に使われている音響のほとんどは現場で収録した環境音をもとに制作された。

映像も、従来のドキュメンタリーのように登場人物に焦点を当てインタビューをしたようなものは一切なく、労働者が淡々と物静かに働く姿、建物や空間、そして街の風景のみが映し出される。フレーリッヒは、初めてクルスーム監督が撮り終えた映像を見たときのことを「多くのドキュメンタリーはインタビュー素材などで映像を構成したり、線引きをするのですが、そのような素材は一切ありませんでした。私はこの素材で長編を作りたいと言ったジアードにワクワクしたのをとてもよく覚えています」と振り返る。

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当の監督はそれを一種の革命と捉えているようである。「映画作家としてアサド政権*1への抵抗だけが革命じゃないよ。まず作家としても古典的なものや習慣、慣習へ抵抗しないと。シリアでは深刻なほどに共通言語が失われていると感じている。今、僕は新たな言語が必要だと感じている。それを作るのが僕の仕事だ」。

(*1)シリアの大統領バッシャール・ハーフィズ・アル=アサド率いる独裁政権。

繰り返される戦争

内戦を終え建設を繰り返すレバノンと、紛争により次々に町が破壊されていくシリア。レバノンの復興に携わりながら、故郷が破壊されていく様子を日々ネットで見るシリア人移民労働者たちの姿に観客は鋭い皮肉を感じずにはいられないだろう。

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ある労働者は監督にこう言ったそうである。「自分たちが作っている建物は戦争が終わった国のためなのか、次の戦争のためなのか分からなくなる」。

淡々と繰り返される労働者の日々と、淡々と繰り返される戦争。この映画に出てくる人間たちはその大きな流れの小さな要素にすぎず、主人公はこの虚しい「繰り返し」そのものなのかもしれない。

予告編

※動画が見られない方はこちら

『セメントの記憶』

公式サイト

3月23日(土)ユーロスペースほか全国劇場ロードショー

© 2017 Bidayyat for Audiovisual Arts, BASIS BERLIN Filmproduktion

監督・脚本 ジアード・クルスーム 撮影監督 タラール・クーリ 音楽 アンツガー・フレーリッヒ

2017 ドイツ、レバノン、シリア、アラブ首長国連邦、カタール アラビア語

88分 英題 TASTE OF CEMENT 日本語字幕 吉川美奈子

配給 サニーフィルム

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イベント

ジアード・クルスーム監督初来日記念『The Immortal Sergeant / 不死身の軍曹』日本初上映&トークイベント

日時 3月21日(木・祝)15時開場/15時半~上映/16時45 分~トークイベント
開催場所 筑波大学東京キャンパス 120講義室
上映作品『The Immortal Sergeant/不死身の軍曹』(ジアード・クルスーム監督、シリア・レバノン映画、72分、2013年制作、英語字幕版)
参加費 無料
解説・対談: ⻘山弘之(東京外国語大学)・柳谷あゆみ(公益財団法人東洋文庫研究員)・松原康介(筑波大学) *同時通訳あり

『セメントの記憶』公開初日舞台挨拶


日時 3月23日(土)12時20分と14時30分からの回上映後
開催場所 渋谷ユーロスペース
住所 渋谷区円山町 1-5

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