家族とは何か。人種とは何か。人型ロボットの温かい眼差しから「人間とは何か」を模索する映画『アフター・ヤン』|GOOD CINEMA PICKS #35

Text: Moe Nakata

2022.10.11

Share
Tweet

 「人間」を定義するものは何だと思う?

 「もし、人間が愛、喪失、時間を感じ、それが継続的な記録として記憶されているものだとしたら?」そんな視点を投げかけるのが、“テクノ・サピエンス”と呼ばれる人型ロボットが一般家庭にまで普及した未来世界を描いた映画『アフター・ヤン』だ。

width=“100%"

 茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは人型ロボットのヤンとともに慎ましくも幸せな日々を送っていた。ある日、4人がオンラインで行われる家族対抗のダンスイベントに挑戦していたところ、ヤンの体に異変が起こり、故障で動かなくなる。ヤンを本当の兄のように慕っていたミカは落ち込み、ふさぎ込むようになってしまう。父親のジェイクは彼の修理方法を模索していくうちに彼の体内に1日ごとに数秒間だけ動画を撮影し保存できるパーツがあることを発見。そのメモリバンクに保存されていた映像にはヤンの家族に対する温かい眼差しとともに、ある若い女性の姿が記憶されていた…。
 未来世界が舞台の本作では全自動運転の車やメガネ型動画プレイヤーなど、私たちの目に新しい機械たちが暮らしのなかに登場する。ヤンのような人型ロボットも外見は人間と何ら変わりなく、高度にプログラミングされたAIにより知的に会話をこなす。
 加えてヤンは“カルチュラル・テクノ”という種類に分類されている。養子としてジェイクとカイラの元へやってきた中国系のミカは中国のことを親から学ぶことができない。そのためにヤンは“カルチュラル・テクノ”としてミカに中国の歴史や文化を教えていた。
 養子としてやってきたミカ、限りなく人間に近いロボットのヤン、そしてその両親であるジェイクとカイラ。本作ではこの4人の新しい家族の形が美しい映像や音楽とともに映し出される。

width=“100%"

width=“100%"

 製作は第89回アカデミー作品賞に輝いた『ムーンライト』や日本でも社会現象化した『ミッドサマー』などを世に送り出してきた気鋭の映画会社A24。監督は、迷える男女を美しいモダニズム建築群とともに描いた『コロンバス』で長編デビューを果たしたコゴナダだ。彼は小津安二郎を深く敬愛しており、本作でも派手な視覚効果に頼ることなく美しさを追求したカメラワークや演出がなされている。さらにオリジナルテーマ音楽は坂本龍一が提供。物語の冒頭から終わりまでが静かで美しく、心に温かみを残す作品となっている。

width=“100%"

 Edinburgh International Film Festivalでのインタビューによると、コゴナダはある短編小説からこの作品を作り出した。SF作品というと世界の終わりでヒーローと悪役が戦う物語が多いのに対し、その作品はロボットが壊れたことに少し腹を立てている父親の一日を描いていた。この短い物語に探求したいと思っていたことの手がかりがあったと彼は語る。

「探求したかったことの一つはロボットがアジア人であること、そして作家がアジア人ではないことです。しかし、そのアジア人という概念さえも、ロボットのように製造されたものなのです」

 自身も韓国生まれのアメリカ人であるコゴナダ。彼はアジア人としてのアイデンティティとアメリカで育った自分のアイデンティティの揺らぎに対し現在も向き合い続けている。

「私はアジア人です。人々が私を見るとき、彼らはたくさんの思い込みと期待を持っていて、私はそれと闘わなければなりませんでした。私はアジア人であることがどういうことなのか、常に葛藤しています。アジア人であることに違和感を感じている人たちにとって、それは現在進行形の葛藤だと思います。だから、この作品は自身の居場所に対する憧れを整理するための方法だったんです」

width=“100%"

width=“100%"

 中国の歴史を語るヤンの姿やジェイクが淹れるお茶など、アジア的な演出が多い一方で、際立つのはヤンの温かい眼差しの記録だ。ミカの小さい頃や家族の日常、庭の木々の揺れ、ヤンが家に来る前の記録…。1日に数秒間だけ撮影した小さな記録たちはやがて膨大な記憶となってジェイクの心を揺さぶる。

「君は幸せか?」「その感覚はわかりません」

 感情を持たないロボットに愛は生まれるのか。AIと人間の境界とは何か。家族と家族ではない人の境界はどこにあるのか。本作はコロナ禍により、オンラインコミュニケーションに順応した私たちに、人に寄り添うということの本当の意味を教えてくれる。
 小津安二郎や坂本龍一など、日本人とも馴染み深い本作。静閑な映像や音楽を体験し家族の意味、人間の意味について考えを巡らせてみてはいかがだろうか。

width=“100%"

『アフター・ヤン』
10月21日(金) よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

Website

“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが、一般家庭にまで普及した未来世界。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは、慎ましくも幸せな日々を送っていた。しかしロボットのヤンが突然の故障で動かなくなり、ヤンを本当の兄のように慕っていたミカはふさぎ込んでしまう。修理の手段を模索するジェイクは、ヤンの体内に一日ごとに数秒間の動画を撮影できる特殊なパーツが組み込まれていることを発見。そのメモリバンクに保存された映像には、ジェイクの家族に向けられたヤンの温かなまなざし、そしてヤンがめぐり合った素性不明の若い女性の姿が記録されていた…。

ⓒ2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.
監督・脚本・編集:コゴナダ
原作:アレクサンダー・ワインスタイン「Saying Goodbye to Yang」(短編小説集「Children of the New World」所収)
撮影監督:ベンジャミン・ローブ 美術デザイン:アレクサンドラ・シャラー 衣装デザイン:アージュン・バーシン
音楽:Aska Matsumiya オリジナル・テーマ:坂本龍一 フィーチャリング・ソング:「グライド」Performed by Mitski, Written by 小林武史
出演:コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミン、マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ヘイリー・ルー・リチャードソン

2021年|アメリカ|英語|カラー|ビスタサイズ|5.1ch|96分|原題:After Yang
字幕翻訳:稲田嵯裕里|映倫区分:G(一般)|配給:キノフィルムズ 提供:木下グループ

Twitterでチケットキャンペーン実施中!
NEUT Magazineのアカウントをフォローし、記事のツイートをリツイート!
Share
Tweet
★ここを分記する

series

Creative Village