「君にとって香港とは?」自由を求め続けた“香港人”としてのアイデンティティ。香港の民主化運動を描いた2作『Blue Island 憂鬱之島』&『時代革命』|GOOD CINEMA PICKS#33

Text: Moe Nakata

2022.7.5

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 2022年7月1日。香港がイギリスから返還されて25年となる日だ。返還後は中国本土で社会主義、香港では資本主義の2つの制度を共存させる一国二制度が始まったが、「雨傘運動」や民主化デモなど、香港人はさらなる自由を求めて闘い続けてきた。そんな香港で自身のアイデンティティを守るべく奮闘する人々に密着したドキュメンタリー2作が今夏日本で公開される。

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 7月16日公開の『Blue Island 憂鬱之島』では、60〜80年代に自由を求め奮闘した民衆と、現在同じように運動を続けている若者の姿がドキュメンタリーとドラマの融合で映し出される。文化大革命を恐れて中国から香港まで海を泳いでたどり着いた人、天安門事件を目の当たりにした人、そして理想の香港を求めて暴動の渦中に向かった人。2000年以前に民主化を求めた3人に焦点を当て、現在同じように闘う若者が彼らの役を演じる。そして『時代革命』は2019年の香港大規模デモに焦点を当てたドキュメンタリーだ。「自由とアイデンティティーをめぐる壮絶な運動の180日間」と称された本作は、思わず目を伏せたくなってしまうような衝撃的な映像と事実にまみれている。

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香港の巡る歴史『Blue Island 憂鬱之島』

 『Blue Island 憂鬱之島』で描かれるのは中国と香港の絡み合う歴史と政府によって翻弄される市民の姿だ。本作は1966年に始まった文化大革命を恐れた中国の若者が自由を求めて海を渡るシーンから始まる。3人の青年時代はドラマシーンで表現されるため、中国と香港の歴史に詳しくなくても彼らの挑戦や熱意はダイレクトに伝わってくるだろう。

<映画を見る前に知っておきたい中国と香港の歴史>
 1966年に始まった「プロレタリア文化大革命(通称:文化大革命)」は資本主義との闘いと社会主義制度の安定・発展を目的とした政治運動だ。毛沢東は全方位の階級闘争を発動し、学術的階級の人々を襲い、被害者は1万人に及んだ。当時、中国に住む多くの若者はこの文化大革命を恐れて自由の象徴である香港を目指し命がけで海を渡った。無事たどり着いた人々は香港の新移民として自由な香港で生活を送ることとなった。1989年、中国北京で起こった「天安門事件」は民主化運動のために結集した学生たちに対し軍事力をもって鎮静させた悲劇的な事件だ。南京条約によって1842年からイギリスの領土となり、資本主義国家として成長した香港でもこれに対する反対運動は起こり、現代に渡っても天安門事件の起こった6月4日には追悼会が開かれている。
 そして中国の主権の及ぶ地域で天安門事件に次ぐ大規模の民主化運動が2014年に勃発した。それが「雨傘運動」だ。一国二制度に矛盾を感じ自由の象徴ではなくなった香港を変えるため、真の普通選挙を求め人々はデモを起こした。雨傘運動は法制度を変えることができずに収束したが、その5年後、新たなデモが勃発した。2019年から2020年まで行われたこの「香港民主化デモ」は、未だ記憶に新しい。市民は逃亡犯条例改正案の撤回などを含む「五大要求」を掲げて抗議し、参加者は100万人以上に及んだ。しかし、2020年6月に「香港国家安全維持法」が制定され、国の分裂・政府の転覆・テロ活動・外国勢力と結託の4つの行為が禁じられた。これにより、「光復香港 時代革命(香港を取り戻せ、革命の時だ)」といったような政府を転覆させる発言も禁止となり、デモの勢力は小さくなっていった。加えて新型コロナウイルスの蔓延防止のため、政府はデモ活動を禁じたためこの民主化デモは一度収束を見せた。

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 香港の歴史は巡っている。例えば天安門事件に参加し、香港へ移り住んだ人は自由とされていた香港で2019年の香港民主化デモに参加する若者と出会う。イギリスの占領下に香港で中国人としてのアイデンティティを主張した人は、現在中国に対して香港人のアイデンティティを主張する若者と出会う。本作に登場する人々は共通して自由を求めている。

香港は…我々香港人は、この150年の間自ら運命を決めたことは1度だってない。常に翻弄されてきた。
ー作中 楊向杰(レイモンド・ヤン / 楊宇傑)

 本作では現代を生きる若者に対し「君にとって香港とは?」といった問いが投げかけられる。彼らは長い歴史を経て香港人としてのアイデンティティを確立し、それを守るために必死に闘っている。

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壮絶な香港大規模デモ『時代革命』

 一方『時代革命』では2019年の香港大規模デモに焦点が当たる。若者の未来のために前線に立つ高齢者や暴行を受ける記者、裏社会と繋がる警察…。リアリティ溢れる映像が全9章・152分にわたって流れ、隣国の他人事ではない状況に心打たれるだろう。デモと聞くと人々が要求を謳いながら街を練り歩くようなイメージがあるかもしれないが、作中に出てくるデモはそんなに穏やかなものではない。警察は催涙ガスを使用し参加者を弱め、それに対し市民は火炎瓶で対抗する。実弾を使用する警官も存在し、多くの血と涙が街中に流れる。また、驚いたことにデモ隊はスマートフォンのアプリで状況を共有している。本部は逃げ道などをアプリ上で指し示し、警察の到着を遅らせるための車を配送する。警察と向き合う前線では催涙ガスを浴びすぎないように人々はシフトを交代しながら応戦する。デモ隊は統制が取れた大きな団体のように活動を続けている。

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 彼らを繋ぐのは「自由」という大きな目標だ。国家安全維持法の制定以来、逮捕と隣り合わせで活動する彼らは素顔を晒さない。ガスマスクとゴーグルをつけ、黒い服を着る。それでも仲間を信じて助け会うことができるのは、どうしても掴み取りたい夢があるからなのだと思う。彼らはデモを行いながらも日常を送っている。未成年の参加者は家族に「友達と遊ぶ」と嘘をついてデモに参加する。ある者はパートナーと手を繋いで参加し、ある者はデモ参加中に家族と再会する。そこには大切な相手とその未来を守るという切実な希望が見え隠れする。

今も終わらない闘い

 この2作に登場した人々が現在無事であるとは限らない。実際に撮影中に投獄された人もいる。デモによって逮捕された人々の多くは10年間刑務所で過ごさなければならない。その間にも中国と香港の情勢は変化し続けるだろう。現在は大規模なデモが行われていないが、逮捕されなかったデモ参加者や未成年の参加者は今でも香港で暮らしている。10年後、投獄された彼らが街に戻ってきたとき、彼らの目には香港がどう映るのだろう。大きな運動は見られなくても、現在でも水面下で自由を求めて活動している人々がいるはずだ。

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『Blue Island 憂鬱之島』

7月16日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

公式サイト/Twitter

20世紀後半、“文化大革命”(1966~1976年)“六七暴動”(1967年)“天安門事件”(1989年)と世界を震撼させた事件に遭遇し、激動の歴史を乗り越えてきた記憶。そして現代、香港市民の自由が急速に縮小してゆくなかで、時代を超えて自由を守るために闘う姿をドキュメンタリーとフィクションを駆使してより鮮明に描きだす。
この映画は、自由を求める全ての人々とあなた自身の物語でもある。

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『時代革命』

2022年8月13日より、ユーロスペースほか全国順次公開

公式サイト/Twitter

カンヌ国際映画祭のサプライズ上映で世界に勇名を馳せた衝撃作、ついに日本公開!
抗争の最前線で闘う若者たちの姿を描いた、香港人の自由と民主主義の戦い。

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