「中絶」は一大イベント?中絶や生理をありのままに描く映画『セイント・フランシス』の主演・脚本家インタビュー|GOOD CINEMA PICKS #34

2022.8.5

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 「中絶」は全ての人にとって“ドラマチックで悲しいもの”でなければいけないのだろうか?
 これまで生理、避妊、中絶といったテーマは、メディアや映画・ドラマのなかでタブーとして語られることが多かった。そんななか女性の身体にのしかかる負担についてナチュラルにありのままを描いた映画『セイント・フランシス』が2022年8月19日から公開される。
 2022年6月、アメリカでは人工妊娠中絶を憲法上の権利と認める「ロー対ウェイド判決」が覆り、いくつかの州で中絶が違法となった。日本では中絶は認められているものの、危険な中絶方法しか選択できないことが問題視されている。そこで今回『セイント・フランシス』の脚本と主演を務めたケリー・オサリヴァンにインタビュー。中絶や生理に焦点を当てて、映画における女性の描かれ方について意見を伺った。

メディアで描かれる中絶と、実際の中絶の違い

 主人公のブリジットは34歳で独身。大学を1年で中退し、レストランで働いている。ある夏、彼女はナニー(子守り)の仕事で6歳の少女フランシスと両親のレズビアンカップルに出会う。うだつの上がらない日々を過ごしていたブリジットが、彼らとの出会いにより少しずつ変化していく…。

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 「『生理になるとタンポンを隠してトイレに行く…』など、女性なら生理に対して恥ずかしい経験を持っていると思います。でも1ヶ月に1回現実で起きていることを隠すのはおかしいのではないかと思い、正確に書き表すように意識しました」

 そう語るのは、今回NEUTの取材を受けてくれた脚本と主演を務めたケリー・オサリヴァン。本作ではケリー自身の体験が脚本に多く込められている。特に印象的なのは、ブリジットの出血シーンが多く描かれていることだ。多くの人が生理をタブー視し、隠しながら生活を送っているが、生理は至って普通のこと。赤裸々なブリジットの出血シーンを見ると、今まで自分が生理を隠していたことに対するストレスを解消してくれるような爽快さを感じるだろう。本作で初の長編映画脚本に挑戦したケリー。本作では、女性の「あるある」や社会問題が現実的かつコミカルに表現されており、クスッと笑ってしまうシーンも数々登場する。また、中絶や差別の問題を一大テーマとしてエモーショナルに描いていないことも特徴だ。

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 本作の冒頭でブリジットは26歳のジェイスと出会う。彼らはパートナーなのかセックス・フレンドなのかはっきりしない状態で関係を続けていたが、予期せぬ妊娠が発覚。感情の整理がつかないジェイスをよそに、ブリジットは産まない選択をして中絶手術を行う。この中絶シーンはケリー自身の経験から描かれたようだ。

 「中絶を重大なものであると考える人もいるかもしれません。ただ、私の場合はそうではなかったんです。私が中絶をしたとき、テレビなどで見聞きしているものと実際は大きく異なるということを知りました。また、ありがちに描かれる中絶というのはトラウマ的で悲しみや罪の意識を持って描かれることが多いですが、私はそうは思わなかったんです。別の側面から描かれるストーリーもあっていいのではないかと。だから、この映画では妊娠検査薬で陽性だった次にはもう産まないという中絶の話になる。産まないと決めたあとブリジットは揺るがない。中絶に関する部分を映画の冒頭に持って行ったのは、その後の精神的、身体的影響はあるけれど、その後もいろいろ起こるということを伝えたかったのです」

 本作で何度も登場する出血のシーンは、中絶の影響だったのだ。メディアや映画で中絶のシーンがドラマチックに描かれることがあっても、その後の身体への影響が細かく描かれることは少ない。現実で、周りに中絶を行った人がいる場合は、「そのまま」を許容することが大切だともケリーは語る。過保護に扱うのではなく、相手の表情を読み取って先入観を持たずに接することで中絶後の精神的な影響をケアできるのかもしれない。
 しかし、現在、彼女が出身のアメリカでは中絶の権利が揺らいでいる。米連邦最高裁により、ケリーの出身の州では中絶が違法となった。この件に関して彼女はこう語る。

 「『こういうことが起きるかもしれない』と感じてはいても実際に起こるとは思っていませんでした。これは死に至る人が出ると思うし、夢をあきらめるか、人生設計を変えざるを得ない人が出てくると思います。安全な中絶にアクセスできない人や危険で違法な中絶を行う人も出てくると思います。そして、一番影響を受けるのは低所得の人たち。ある程度金銭的に余裕のある人には他の州に行くなど中絶の方法があります。しかし、時間とお金がない人が一番影響を受けてしまう。今まさに悪夢の真っ最中にいると思っています」

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「キャリアか結婚か」という選択は社会の“罠”

 ブリジットは34歳で独身。これといった目標を持たずにふらふらとした生活を送っている。一度社会のレールを踏み外し、そのレールに再び乗ることができなくなった彼女。日本では30代になると「キャリアか結婚か」という選択が頭をよぎりがちだが、ケリー・オサリヴァンはそのような考え方を否定する。

 「そういう選択、あり方自体が幻想であり間違っていると思います。家族かキャリアかと言う考えとともに近頃アメリカではその両方を手にしているのが理想的だとされる『Have it All(全部手にする)』ということも女性に期待されています。でも、そういった社会の理想に応える必要はないし、雑音に耳を傾けずに、自分のほっしているものは何かというところに耳を傾けることが大切です」

 社会に蔓延る、限定的な選択させるような考え方は“罠”だと語る彼女。子どもといるために仕事を辞めたって良いし、仕事をしながら子どもを育てたって良い。そして子どもがいなくなっていい。自分自身の欲に向き合うことがストレスフリーな生活に繋がるのかもしれない。

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 また、ブリジットのように大きな夢がなく、迷いながら生きている人に対してアドバイスをいただいた。

 「『あなたは一人じゃない』と言いたい。そしてそういう人の方が多いと思う。自分のやりたいことが分かっていてそこに一直線に進んで成功する人の方が少ないかもしれない。迷いはそれが一時的なものであったとしてもそのときはそうあるべきなのかもしれないと思う。そのときは辛いかもしれないけれど、それに至る日々の経験などに好奇心を持って、人と過ごす時間や人との関係に尽力したら良いと思います。映画のなかでブリジットが『人のことは宗教のように信じられる』と言いますがまさにそういうことだと思う。ブリジットがだんだんそういう心境に至ったのは、ありのままの自分を受け入れてくれる人がいるということへの気づきがあったから。私はこの映画から、いろいろな小さな瞬間が集まることで人生は幸せになることを学びました」

 「1番の興味の対象は人間関係」と語る彼女。今後の脚本も人間関係をテーマにドラマとコメディーをミックスした作品を作りたいそうだ。また、彼女は脚本などのコアの部分により多くの女性が必要だと考えている。複雑な問題が徐々に解決していくような、“ありがち”なストーリーに対し、複雑なもののありのままを映し、探究していくような物語づくりを目指しているようだ。次の脚本では演じずに監督として参加する予定のケリー・オサリヴァン。今後の作品にも期待が高まる。

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ケリー・オサリヴァンへの質問大募集!

『セイント・フランシス』で主演と脚本を務めたケリー・オサリヴァンさんへの質問を募集します!なかなかオープンに話を聞くのが難しい、彼女が実際に経験した中絶についてなども答えてくれます!気になることがあればお気軽にお送りください。いくつかの質問に答えてもらい、後日NEUT Magazine (@neutmagazine)のSNSで発表します。

募集期間:8/5~8/11

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ケリー・オサリヴァン

Instagram

俳優、脚本家。アーカンソー州ノースリトルロック出身。『セイント・フランシス』が初の長編映画脚本となる。俳優としてはステッペンウルフ・シアター、グッドマン・シアター、ライターズ・シアター、パシフィック・プレイライト・フェスティバル、Ojai Playwrights Conferenceで舞台に立つ。テレビ出演には「Sirens」の2シーズン、映画出演にはインデペンデント映画の「Henry Gamble’s Birthday Party」 「Olympia」「 Sleep with Me」などがある。ノースウェスタン大学、ステッペンウルフ・シアター・カンパニー付属の演劇学校を卒業、プリンセスグレース財団の劇場向けの奨学金を受け、3Arts Make a Wave(シカゴを中心にしたアーティスト間の寄付プログラム)の受賞者でもある。

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『セイント・フランシス』

8/19よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネクイントほか全国順次公開!

Website / Twitter

うだつがあがらない日々に憂鬱感を抱えながら、レストランの給仕として働くブリジット(ケリー・オサリヴァン)、34歳、独身。親友は結婚をして今では子どもの話に夢中。それに対して大学も1年で中退し、レストランの給仕として働くブリジットは夏のナニー(子守り)の短期仕事を得るのに必死だ。自分では一生懸命生きているつもりだが、ことあるごとに周囲からは歳相応の生活ができていない自分に向けられる同情的な視線が刺さる。そんなうだつのあがらない日々を過ごすブリジットの人生に、ナニー先の6歳の少女フランシス(ラモーナ・エディス・ウィリアムズ)や彼女の両親であるレズビアンカップルとの出会いにより、少しずつ変化の光が差してくる――。

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