企業のなかに埋もれている個性的な音を多くの人が楽しめる音へと昇華し、さらに “音の資産“としても活用していく「ブランデッドオーディオレーベル」 SOUNDS GOOD®︎と共に、アーティストmaco maretsが長らく友人であるトラックメイカーのShun’eiと、JR東日本が提供する音源と部屋の生活音を織り交ぜた楽曲を制作。本記事では、今回の楽曲完成までの様子をmaco marets本人の言葉で綴る。
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「ima」によせて
今回の企画のお話をいただいたのは4月初旬のこと。くだんの「緊急事態宣言」による外出自粛要請後、NEUT編集長の潤さんと電話でお話する機会があり(実は、たまに電話しては平気で何時間も語り合う仲なのです)、そこでこの「SOUNDS GOOD®︎」なるレーベルを教えてもらいました。
これまでリリースした楽曲のリストをのぞいてみると、自分の見知ったアーティストも多数参加しています。東京ガスやJR東日本など、さまざまな企業が提供したASMR的環境音源を素材に自由な発想で楽曲をつくりあげてゆく、十人十色のアプローチがおもしろい企画です。
加えて今回は、コロナ禍を受けたこの「現状」を反映させたものをつくれないか、という潤さんの提案がありました。それがどんな手法でも構わない、たとえば企業の環境音だけでなく、自分の部屋の音も織り交ぜるとか、あるいは思っていることをことばにして乗せてみるとか、「STAY HOME」という状況ならではの要素が入れられたらいいよね。そんな風に話が膨らんでいったことを覚えています。
制作スタート
ここで明かせば、普段maco maretsとして発表している楽曲にはわたしとは別にサウンド・プロデューサーがいます。作詞・作曲は自身で行うけれど、バックトラックに関してはそのプロデューサーにお任せすることが大半。つまり、ひとりでまるまる一曲を作り上げるということはあまりしてこなかった、ましてや「SOUNDS GOOD®︎」のような大きな企画に単身参加するなど、思いもつかないことでした。
それでも「トライしてみます、やらせてください!」と答えていたのはなぜだったか。約2ヶ月が経ったいま思えば、これまで経験したことのない特殊な状況の中で、なにかすこしでも手を動かしていたい、右も左もわからぬ感覚をなんとか消化するためのすべがほしい。そんな、藁をもすがるような気持ちだったのかもしれません。
結局、作業をはじめてすぐにおのれの軽率さを呪うことになりました。素材となる音源をどのように取り入れ、どうこの「現状」を表現したらいいのか? しかも、普段の自分らしく? ううん、わからん! 毎日作業机に向かうものの、ろくな手応えも得られぬまま時間はすぎてゆきました。この期間「SOUNDS GOOD®︎」以外の制作もほぼ完全にストップさせてしまい、しかして別段気分が落ち込んでいたとかそういうわけでもなく……ただ、先の見えぬ不安とそれに伴う疲労感にかまけて、逃避のモードに陥っていたのだと思います。「なにもできない」と思えてしまう状況では、なにもしないほうが楽ですものね。
ひとりでは得ることのできなかったプラスの熱量
5月に入っても進捗は芳しくなく、このころになってようやくわたしの頭にひとつのアイデアが浮かびました。無理にひとりで進める必要はない、普段どおりに誰かと共作するスタイルをとればいいのではないか。直接会うことが難しくても、リモートで制作は可能であろう、と。考えてみればそう難しくない話で、慣れないサウンドメイクにあたって作業が難航している以上、その部分を誰かに手伝ってもらうのがいちばんのように思えました。
当初持っていた「おのれ自身の力でやりとげたい」という決意は残念ながら不完全燃焼になるけれど、それは瑣末なこだわりにすぎません。簡単に人と会うこともできない状況のなかで、誰かとコミュニーケーションをとりながら一緒に曲をつくること。それが、ひとりでは何度トライしても得ることのできなかったプラスの熱量を生み出してくれるかもしれぬと考え直したのです。さっそく、かれこれ6、7年来の友人であるShun’eiくんに連絡をとったところ二つ返事で承諾してくれました。まさに救い主。
それからすぐに音源データのやりとりをはじめ、こちらから「この音源のこの部分を使って欲しい」という要望はあげつつも、基本のサウンドの部分はShun’eiくんにお任せするかたちで制作は進行。彼のあざやかな手腕により、エレクトロ・ピアノのループに、包み込むような水音が印象的なトラックが完成しました。これまでひとりでウンウン唸っていたのがうそのような早ワザです。
「STAY HOME」という状況下のムードの表現
主に使用した素材は、JR東日本提供による音源たち。いずれも山手線大塚駅周辺の飲食店で録音されたもので、水音は「おにぎり専門店 ぼんご」の調理場の音源から、また、パーカッションの一部はマデイラワイン専門のワインバー「レアンドロ」の栓抜きや、グラスの触れる音からサンプリングしました。
まっこと、音選びの作業は楽しいものでした! 今回のテーマのひとつは「STAY HOME」という状況下におけるムードを表現することだったので、普段の生活の中にもあるような、身近な音を選んでいます。実はわたしやShun’eiくんの自宅で採集した音、たとえばガスの音や、ドアの音なんかも遊びで紛れ込ませているのだけれど(ちょうど「SOUNDS GOOD®︎」で自宅の音をサンプリングする企画をやっていると聞いたので)、それらはほんのスパイス程度に。最終的なMIXでは、水音が際立って聴こえるような仕上がりになりました。
そして、そんなトラック制作という大きな仕事を尻目にわたしが行ったのが、なにやらもごもご聞こえてくる「ことば」を吹き込む作業です。短い内容なので、ここに歌詞をすべて引用します。
いつもどおり 寝ぼけmorning
おだやかさの中に すぎる日々
割いたmind オーガニック
It’s オートマティック!
機械じかけの生活にぬれる 青息吐息
あわいひととき にじむ ma feeling
けむりみたいにちらばる 意味
探る目と耳 指 指 指 指 這わし滑り
「I was born in 1995」
四半世紀 きざみつけた時計の針
孤独のふち いまひとり座り
2020 TOKYO CITY
これからぼくら どこにいきゃいい?
Where’re we going……
(ハロー、聴こえますか
どこかのあなたへ交信中、ハロー)
意識したのは、ジリジリとしたこの日々の感覚を、ドラマティックに陥らずにうつしだすということでした。何をやっても手につかぬ、ふにゃらふにゃらとすぎてゆくだけの時間。そこには鮮烈なイメージなど浮かぶはずもなく、ただただ茫漠とした未来への寝ぼけた目線がとんでゆくのみで……。なんて、それはあくまでわたし個人が感じたものだけれど、この期間で嫌というほど感じた「イメージのえがけなさ」をえがけないままに綴ったのがこの歌詞なのです。
「2020 TOKYO CITY / これからぼくら どこにいきゃいい」、そんな後半のフレーズには自身の迷いを投影しながらも「ぼくら」と自分以外のだれか、あなた? も含んだ書き方をしています。これを「しゃらくさい、おれの行く先、やるべきことはちゃんと見えている」と一蹴する向きももちろんおられましょう。それでも複数形の「ぼくら」としたのは、この「ima」というトラックをわたし自身のだらだらした苦悩のうちに留めておきたくなかったから、最後につぶやいているように「どこかのあなたへ交信」するための縁(よすが)としたかったからに他なりません。
プロジェクトを終えて
なんだか虫のよいことばかり書きました。この曲を聴いたあなたがはたしてどんな感情でもってそれを受け止めてくれるのか、それはもちろんおまかせです。ただいまは、もやもやと定まらぬわたしのつぶやきをこのような形で表すことができた! そのことに心から感謝したい。NEUT、SOUNDS GOOD®︎、それから忘れてはいかん、Shun’eiくんに特別なありがとうを送ります。もちろん聴いてくださったみなさんにも。
「STAY HOME」シーズンのあけたこれから、わたしたちの行き先はいったいいずこ? と、そんな話はまたこんど、どこかのあなたと直接会えたときにいたしましょう。
maco marets
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1995年・福岡県生まれ。2016年6月、東里起(Small Circle of Friends/Studio75)のプロデュース&トラックメイクによる1stアルバム 『Orang.Pendek』で金沢発の「Rallye Label」よりデビュー。デジタルシングル『Pools』 『Hum!』『Summerluck』などを挟んで、2018年11月にはセルフレーベル「Woodlands Circle」を立ち上げ、2ndアルバム『KINŌ』を、2019年には3rdアルバム『Circles』をリリースした。
Shun’ei