「シンプルにいうと、自分がビザで困ったから」
外国籍社員を雇用する際に必要となるビザ申請から管理までを簡単に行える法人向けWEBサービス「one visa(ワンビザ)」を立ち上げた岡村アルベルトは、起業の理由をそう説明する。ペルー人の母と日本人の父を持つ彼は、6歳のときに家族と日本へ移り住んだ。
one visaは、ビザ取得・更新などの書類の作成、取得後の有効期限の管理、提携行政書士への取次申請の依頼を主なサービスとする。ビザの申請プロセスは複雑で、申請書はどこに何を記入すればいいのかが分かりにくく、これまでは多くの手間と時間が必要とされた。だからといって行政書士に代理申請を依頼すると平均で10万円ほどの費用がかかってしまう。そこで申請者が母語で質問に回答していくだけで、システムが書類を生成してくれる便利なサービスを生み出したのがone visaである。その費用は、行政書士や従来のビザサポートの機関よりも圧倒的に安い。同サービスは、実際に利用している企業から大好評だという。
「国境をなくす」もっとフラットな世の中へ
岡村は小学1年生の頃に家族と大阪に移住した。「日本は僕にとってディズニーランドみたいなものでした」と当時を振り返る。テクノロジーが発展していて、街はカラフルで、人々は親切。まさに日本は「憧れの国」だった。しかし、日本語が分からず学校でいじめを受けることもあった。家ではビザを取得するのに苦労する母親を何度も見てきた。そして、同じペルー出身の友人の家族が強制送還されるのを目の当たりにしたこともあった。
岡村は16歳のときに帰化。それ以降はビザの問題から自身は解放されたが、そんな子ども時代から今までの経験が彼を漠然と「外国人の助けになる仕事」へと向かわせたのだろう。大学を卒業し、彼は入国管理局の現場で働くことを決意する。
さて、実際に働いてみると、すぐに改善点がたくさん見えた。例えば、入国管理局では平均4時間以上も待たされるというのは当たり前で、それが多くの出願者のストレスになっているのだが、その大きな原因は必要事項の書き忘れなど、出願者たちの単純な「書類ミス」だった。それならば、書類の作成をサポートすればいい。体制を改革するには時間がかかりそうだった入国管理局には見切りをつけて1年で離れ、起業という形でこのアイデアを実現することにした。そんなone visaは「世界から国境をなくす」ことをミッションに掲げている。
決して日本国内だけではなく世界中に共通して、外国籍の方々には在留資格ビザに対してのハードルがあるんですね。僕自身も日本で生活していくなかで同じ課題を抱えていました。さらに友人が強制送還されるといった経験をしていくなかで、外国籍の方々がこれらの課題をなくして生きていける環境を作ることができたら、世の中ってもっとフラットになるよね、って思ったんです。それが、世界から国境をなくすっていうところに繋がってきて、今の会社のミッションになりました。
国籍に関係なく、必要としている人に「機会の提供ができるビジネス」
ビザ申請・管理のサポートサービスの他に、one visaの注目すべき取り組みがある。それは、カンボジアに日本語学校を作ったこと。学校を設立した背景には、近年問題となっている「技能実習生」の存在があった。
技能実習制度は、国際貢献のために日本の技術や伝統工芸を外国から来た労働者に教えることを目的としている。そのため彼らは「実習生」と呼ばれ、本来なら入国1年目に技能等を取得し、2・3年目に習熱させ、4・5年目には熟達し、帰国する仕組みとなっている(参照元:JITCO)。だがこの制度を悪用する国外のブローカーや日本企業の存在が問題となっているのである。悪徳なブローカーたちは日本語教育や企業の接待費、資料の準備を口実に実習生に多額な金額を請求。そうして借金を背負って日本に来た彼らに、実際には企業が技術を教えることはなく、単純労働を強いて最低賃金、もしくはそれ以下の額しか払わない場合がある。実習生である以上は転職は認められず、借金を背負っているため不当に扱われても働かざるを得ない。加えて、職場での人種差別、弱い立場にある実習生に対するパワハラ・セクハラなどの存在も否定できない。驚くことに、2014年から2018年の5年間で、のべ3万1849人もの技能実習生が失踪しているという(参照元:BUSINESS LAWYERS)。
この問題が世間で徐々に取り沙汰されるようになったからか、2019年4月1日に新たな在留資格の「特定技能」が導入された。これは中小・小規模事業者など深刻化する人手不足に直面する業界で、「一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材の確保」を目的として作られた資格で、2種類あるという。特定技能1号(最長5年)では介護から農業まで14業種が対象となり、特定技能2号(更新制)では、建設と造船・舶用工業の2業種のみが対象となる。2号では1号よりも高レベルの試験に合格する必要があるが、家族の帯同が可能である。これまで日本で実習をしていた技能実習生たちも、3年以上の経験を積み日本語と技能の試験をクリアすれば、特定技能1号に切り替えることができる。さらに、技能の試験に合格すると、特定技能2号に移行することも可能だという。
特定技能1号では在留できるのが最長5年間で、家族も呼び寄せられないため「使い捨て」状態になってしまう(参照元:情報労連)などの問題が懸念されるが、「賃金が日本人と同等以上」で「転職も認められる」ことが条件だという点で、one visaはこの新しい制度をポジティブに捉えていると話していた。
そうやって少なからず良き変化は見られるものの、悪徳なブローカーがいる限り、実習生は借金を背負い日本に来てしまうことになる。そうすると、何かあったときに帰国したり転職したりするなどの余裕がなくなり、それらの選択肢を選べなくなってしまう。この根本的な問題こそ、日本語学校の設立によってone visaが挑戦している問題だった。
one visaはカンボジアに設立した日本語学校で、特定技能ビザで日本で働くことを希望する人からお金をとることなく、6ヶ月から1年間にわたって日本語と基礎的な業界知識を教え、修了したら日本の企業に紹介する。学生にとって授業料がゼロでも、内定を出した企業から仲介料をもらうことで「機会の提供ができるビジネス」を組み立てた。つまり、クリーンな仲介人事業である。悪徳なブローカーの場合、日本企業にも必要以上の金額を請求している場合があるため、クリーンなone visaが企業にとって高いということもない。
one visaの目的は、このクリーンなやり方を他の送り出し機関が真似してくれること。そうすれば、特定技能は腐らずにちゃんといい制度になりうる。なので私たちとしてはこの市場を独占したいというわけではないんです。
これまで外国人の実習生の視点に立って話してきたが、one visaの活動の根底には岡村の日本への思いもあることにも触れておきたい。技能実習制度の問題は搾取される外国人だけではなく、日本人にとっても長期的にマイナスになりうると彼は指摘する。
せっかく日本は「高品質」というブランドを築いてきたのに、いかに安い人材で日本の「メイド・イン・ジャパン」ってラベルを貼った安いものを売れるかって戦略になってしまってる。そこって日本が戦うべき場所ではないと思うんですよね。一時的には楽になるんだけども、長期的にみたときに、企業の優位性がどんどん失われてしまって、人件費の安い発展途上国と同じ土俵で戦わないといけなくなってしまうっていうのを憂いている人たちもいて。これは日本にとっても長期的にみたら、すごくよくない制度っていうのはありますね。
多様性は「歯車のような形」をしている
最後に岡村に、one visaのミッションである「国境がない世界」とはどんな世界かと聞いてみると、それは「歯車のような形」をしていると話していたのが印象的だった。歯車とは、たくさんの出っ張りがありながらも一つの円になっているような形である。
同じように東京に住んでいる人たちでも、出身が福岡とか北海道とかいろいろですよね。それって出っ張りがちょっとだけな場合なんですよ。でもそれが国籍とかルーツになると、出っ張りが大きくなるっていう、そこの違いでしかない。基本的には同じ考えとか同じ価値観を持っている部分ってあるわけですよね。そこが歯車でいうと円の部分。自分のルーツをちゃんと外に出していきながらも、ちゃんと同じコミュニティに属している、円になってくるくる回っているっていうのが一番いい形だと思いますね。
政府が「移民政策はとらない」と明言してきたぐらいで、日本には外国籍の人々との問題が山積みになっている。本来ならば社会のシステムレベルでの変革が必要だが、その進展はなかなか見られない。そんななかone visaのような民間企業による、問題の解決へと貢献するようなビジネスは、社会にとって非常に重要な取り組みだといえるのではないだろうか。
岡村アルベルト
1991年ペルー生まれ、大阪育ち。日本とペルーのハーフとして生まれ、6歳で来日。 幼少期に友人が強制送還された経験からビザに関する問題を解決すると志す。 大学卒業後、東京入国管理局の窓口で現場責任者を務め、年間2万件を超えるビザ発給に携わる。2015年に起業し、2017年6月にビザ取得サービスである one visaをリリース。