「歳をとった女性」が主人公の映画『ともしび』の30代の監督が、“老いたキャラクター”を通して伝えたかったこと|エイジング、プリーズ vol.1

Text: Shiori Kirigaya

Photography: © Partner Media Investment – Left Field Ventures – Good Fortune Films

2019.2.18

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エイジング、プリーズ

2月のNEUTの特集は「エイジング、プリーズ」。
“歳をとること”ってネガティブにとらえられがちだけれど、本当にそうなのかな?

▶︎プロローグ

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2019年2月2日、シネスイッチ銀座ほかの映画館で公開が始まった作品『ともしび』。同作の主人公はヴェネチア国際映画祭で主演女優賞を獲得したシャーロット・ランプリング演じる高齢の女性で、映画は彼女の長年連れ添った夫が突然収監され、人生の歯車が少しずつ狂っていくさま、そして彼女が“生き直し”を図るまでを淡々と、儚くも美しく描いたものだ。

今回は「歳をとること」や「老い」をテーマとする特集「エイジング、プリーズ」に合わせ、監督を務めた34歳のアンドレア・パオラロ氏にインタビューを行った。なぜ歳をとった女性を主人公に選んだのか、そして30代の監督自身は「歳をとること」や「老い」に対していかなる考えを持っているのかを聞いてみた。

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シャーロット・ランプリング演じる主人公のアンナ

人との関係性のなかでの「個人のアイデンティティ」

まず、「エイジング」に関するトピックに入る前に、同作で監督の描きたかった個人のアイデンティティの問題について少し考えてみたい。ベルギーのとある都市に暮らす、長い歳月をともに過ごしてきた夫婦の夫が、最後まで明かさられることのない何らかの容疑で収監されてしまったために、妻の生活は孤独なものとなり、彼女を取り囲んでいた世界が静かに崩壊していく。この淡々と進んでいくストーリーのなかで確かにいえるのは、アンナが自分自身のアイデンティティを「夫といること」に見出していた、ということ。だからこそ、アンナは自分自身の核を喪失したような思いをし、彼女の普段の暮らしや人生の歯車が狂い始める。

このように、監督が同作を通じて観客に考えさせようとしているのは、個人と社会的アイデンティティについてなのである。さまざまな人間関係におけるアイデンティティのなかでも、監督が強い関心を抱いてきたのは、主人公アンナと夫のような恋愛関係にあるカップルまたは夫婦間のアイデンティティについて。

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アンナが経験したり直面したりしたことに関して自分は経験したことはありませんが、これまでの自分の恋愛関係や家族関係のなかで、自分のアイデンティティにある程度は折り合いをつけなくてはいけないと感じてきました。

あらゆる人間関係において、個人はなんらかの「役割」を担う必要性が生じ、関係のある相手に自分を合わせたり妥協せざるを得なかったりする。その過程には個人として生きるうえで“恐ろしいこと”が起きてしまう可能性があると、彼は指摘していた。それは他人に依存してしまい、自分自身の「個人としてのアイデンティティ」を見失ってしまうことではないだろうか。

なぜ「歳をとった女性」を主人公に選んだのか

私が作りたいのは、自分にある感情を作品に登場する誰かに見出して、カタルシス*1を得る機会のある映画です。

(*1)日常生活で抱いていた感情を作品の鑑賞やそれ以外の方法によって解放し、浄化すること

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では、なぜ主人公を「歳をとった女性」にしたのだろうか。筆者の問いに対して監督は、「それはとても興味深い質問ですね」とまず反応した。

アンナは、私たちがなり得るだけ極端でなければならなくて、だから歳をとった女性でなければならなかったのです。

個人とカップルの間にある関係性、それも極端な関係性を探ろうとするとき、「人生の一つの重要な区分をパートナーと共有してきた人」を主人公にしなければならなかったと語る彼。「自分はこうである」というアイデンティティの感覚は、人に影響を受けているということに気づいてもらうための、より説得力のある例として、パートナーと過ごしてきた長い時間を経て、その分の劇的で絶望的な損失を味わったアンナという70歳を超えた女性を描くことにしたのだった。

監督が説明してくれたように、アンナは極端なリプレゼンテーションに過ぎず、年代を問わずそれに似た感覚を味わうことは大いにあるだろう。友だちといることがアイデンティティ、恋人といることがアイデンティティ、となることもあるかもしれないが、それが行き過ぎると、相手なしには自分が“存在”しえなくなる。だが自分は自分でしかないため、彼らの存在が自分の一部と感じるくらいの親密な関係性を他人と築いたとしてとしても、決して彼らイコール自分にはなりえないと覚えておく必要があるようだ。

歳をとったら、どんな自分になれるのか

現在34歳の監督は、その年齢であるがゆえ、なぜ「歳をとった主人公を描いたのか」と聞かれることも少なくない。そんなときには自分自身が「自分とは異なる人」に対して興味があること、そこに「異なった視点を持ち、異なった状況にいる自分」を見出すことができるからおもしろいのだと返答する。だが意識しているのは、観客に異なる立場にいる人の感情について想像させるにとどまらず、自身との共通性や類似性を見つけさせること。

キャラクターについて掘り下げることで、観る人とキャラクターの経験にある共通性を見つけられるアプローチをしています。私と違う部分だって多いですが、異なる年代や性別の人との間にある類似性を探すことにとても興味があるのです。

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左から主人公アンナを演じたシャーロット・ランプリング、監督のアンドレア・パオラロ

彼自身は、「歳をとること」や「老い」をどう考えているのか。彼にとってのそれは、もう一つの「旅」であり、もう一つの「季節」である。しかし世の中を見渡すと、歳をとることは尊重されてばかりではないし、老いることを恐れている人も少なくない。彼だけでなく主演のシャーロット・ランプリングもそう感じており、それでは人生における重要な何かが「不在」のままではないかと二人は結論づけたという。「歳をとること」は視点を増やし、人間としての経験に対する理解の幅を広げてくれるため、儚くて美しいととらえられる「若さ」とは異なる意味で価値があると監督は考えているのだ。

歳をとることを否定的な言葉で考えることは、人間としての経験の真実に対してひどい仕打ちをしている。

5歳が見る世界と70歳が見る世界は異なる。歳をとった自分がどんな人になれるのか、楽しみに考えている彼の言葉は、歳をとってどうなるかは自分の生きていく過程次第であるのだと思わせてくれた。

アンドレア・パオラロ

1982年、イタリア・トレント生まれ。カリフォルニア美術大学にて映画演出における美術学修士を取得、さらにハンプシャー大学でも映画分野で修士号を取得。2009年のサンダンス映画祭短編部門で正式出品されたショートフィルム『Wunderkammer』(08/未)で監督デビュー。本作は世界各国50以上の映画祭で上映された。
長編デビューはカタリーナ・サンディノ・モレノ(『チェ 28歳の革命』(08)、『チェ 39 別れの手紙』(08))とブライアン・オバーン(『ミリオンダラー・ベイビー』(04))が共演した「Medeas」(13/未)で、第70回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に正式出品されたほか、第13回マラケシュ国際映画祭で監督賞を受賞、さらに第25回パームスプリングス国際映画祭ではニュー・ボイス/ニュー・ヴィジョン賞を受賞した。2013年から2015年までは、ニューヨーク州サラトガ・スプリングズにあるアーティスト・イン・レジデンス(芸術家村)であるヤドーで活動。『ともしび』は長編2作目であり、彼が構想している女性映画三部作の第一作である。第二作は『Monica』(仮題)現在製作中で、トランスジェンダーの女性を描くという。『Monica』の製作では、ジェローム・ファウンデーションの映画製作の助成を受ける予定である。

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『ともしび』

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全国公開中

監督:​アンドレア・パラオロ
脚本:アンドレア・パラオロ、オーランド・ティラド
製作:アンドレア・ストゥコビッツ, ジョン・エンゲル, クレマン・デュヴァイン
音楽:ミケリーノ・ビシェリャ
撮影:チェイス・アーヴィン
出演:​シャーロット・ランプリング、アンドレ・ウィルム
2017年/​フランス=イタリア=ベルギー/フランス語・英語/カラー/4Kスコープ/5.1ch/93分/原題:Hannah
2017 © Partner Media Investment – Left Field Ventures – Good Fortune Films
配給:彩プロ

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