「近代化とは、親の世代とは違う夢を持つこと」。急速に近代化する”幸福の国ブータン”を生きる、ある家族の物語『ゲンボとタシの夢見るブータン』監督インタビュー

Text: Noemi Minami

Photography: Ryutaro Izaki unless otherwise stated.

2018.8.8

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日本のメディアではよく「世界一幸せな国」と紹介されるブータン。ヒマラヤに残るこの最後の仏教王国は長年鎖国をしていたため「神秘の国」としても知られていたが、1991年に国連に加盟して以来急速な近代化が進んでいる。

日ごとに変容を遂げるそんなブータンに生きる、ある家族の物語を描いたドキュメンタリー映画が『ゲンボとタシの夢見るブータン』である。今回Be inspired!は日本での公開を8月18日に控え来日した同作の監督、アルム・バッタライ氏とドロッチャ・ズルボー氏にインタビューを行った。

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アルム・バッタライ氏(左)とドロッチャ・ズルボー氏(右)

小さな小さな物語に光を当てる

『ゲンボとタシの夢見るブータン』で焦点が当てられるのは、ブータンのなかでも伝統が色濃く残る地域ブムタンに住む、代々寺院を受け継いできた一家。寺院を息子に継がせたい父親テンジン、近代化の波に乗り遅れないようにと子どもたちの英語教育を重視する母親ププ・ラモ、父親の望みと自身の気持ちの狭間で将来について悩む長男ゲンボ、女の子の体に生まれてきたが心は男の子のタシ、そしておてんばな末っ子のトブデン。

映画の軸となるのは長男ゲンボ(撮影当時15歳)の進路とタシ(撮影当時14歳)のジェンダーについてであるが、ゲンボとタシの兄弟愛、親として子どもの将来を心配する両親の姿、そして親と子どもの間に生じる時代を反映した価値観の隔たりなど、国や歴史、文化を超えて普遍的な物語が語られる。

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ゲンボとタシ
©️SUNNY FILM

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舞う父テンジン
©️SUNNY FILM

同作の監督を務めたブータン出身のバッタライ氏とハンガリー出身のズルボー氏は、各国の事情から資金調達の方法まであらゆる方面からドキュメンタリー制作について学ぶポルトガル、ハンガリー、ベルギーの三大学共同・国際修士コース「ドッグ・ノマッズ」で机を並べた仲である。卒業と同時にブータンについての映画を共に作ると決めていたという二人には、映画制作に対する共通した信念があった。それは「小さな小さな物語に光を当てる」こと。

ズルボー:私たちは日常生活や人々の細かい心情など些細なことを捉えたいと思っています。人と人の関係や、その場の雰囲気、そして状況など、問題や意見には焦点を当てすぎず、観客が他者の視点に立てるように。だから“マイクロシチュエーション”を常に探しています。観客に考える余白をとっているような映画が好きなんです。

事実、作中で描かれるのは激動の変化を遂げるブータンの情勢ではなく、近代化によって生じる家族の小さなすれ違いである。しかし淡々と映し出される登場人物の繊細な心の動きにこそ近代化がもたらす、人々の価値観の変容を強く感じさせられるだろう。

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二人で監督をすることは、この小さな小さな物語を語るうえで必須だった。ブータンで生まれ育ったバッタライ氏が疑問に思わないような些細なことにズルボー氏は気づき、その過程でブータンを欧州的な視点でステレオタイプに当てはめないように注意していたのがバッタライ氏だったのである。

バッタライ:僕にとってはブータンで起こることすべてが自然なことです。僕たちはマイクロシチュエーションから物語を拾ってきます。だから必然的に距離が必要になる。そういった意味ではドロッチャには僕にはみえないことがみえた。ドロッチャが「これは興味深い!」というのを聞いて初めて、自分が慣れ親しんだ国や文化を客観的に見ることができました。

ズルボー:同時にブータンをステレオタイプで描きたくはありませんでした。だから二人でやることはとても重要でした。すべてのプロセスで私たちは、自分たちがどういった視点で家族を見つめているのかに、常に客観的にであろうと努めました。

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近代化とは、親の世代とは違う夢を持つこと

近代化とは「若者が親の世代とはまったく違う夢や価値観を持っていること」だと話すのは、バッタライ氏。

バッタライ:親の世代には“ニーズ”が多くありませんでした。“家庭”を超えて何かをすることが少なかったのです。農家として働くことに満足し、素朴な食事に、シンプルな服。それで幸せでした。でも新しい世代は新しい夢を持っている。ブータンは近代化したといっても他国と比べれば産業も小さいし、都市の規模も小さいけれど、ブータンのなかでは人々の意識に変化が起こっていて、それは近代化の結果だと思います。

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2016年にIDFA( アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭)から制作支援資金を獲得し、オーストラリアのAIDC(オーストラリア国際ドキュメンタリー会議)で最優秀企画賞を受賞した今作が、完成する前にブータン国外から注目を浴びていたことは明々白々である。経済面、文化面、技術面…それが意味するものは各国違うにせよ、すべての国が独自の「近代化」を経験してきたからかもしれない。 

しかしこの映画は、必ずしも「近代化」が正義だと語ることはなく、伝統を美化するわけでもなく、つまり登場する家族にとって「何が正しいか」を暗示することはしない。まさに父テンジンと子どもたちの世代の間にブータンで生まれ育ったバッタライ氏は、監督として二世代の架け橋になろうと心がけた。同時に、他国の近代化の歴史をみてみてもブータンの近代化を止めることはできないと考えている彼は、それならば重要なのはバランスを保つことなのだと話してくれた。

バッタライ:伝統にも素晴らしいことはたくさんあります。たとえばコミュニティ精神。一緒に住んでいたり、毎日一緒にご飯を食べたり、近所の人の顔も名前も知っていたり。映画のなかで父親は、タシの前世は男の子だったのだと、タシのジェンダーについて解釈しています。その受け入れ方は仏教的な信仰に基づいているといえるでしょう。同時に彼にはとても頑固なところがあって、息子のゲンボにどうしても寺院を引き継がせたい。それは伝統的な考えを重んじるネガティブな面といえるかもしれない。だからバランスを保つことが重要だと思うのです。

「異質なもの」を受け入れるために

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©️SUNNY FILM

最後にどうしてこのブータンの小さな小さな物語を世界へ届けたかったのかと聞くと、「自分と相容れない思想を持つ他者をどのようにして受け入れるか」という質問を投げかけるためだと教えてくれた。

バッタライ:僕たちの質問は、「どうやって他者を受け入れるか」なのです。どうやって、自分にとっては普通でないことを受け入れられるようになるのか。世代の衝突、父親と子どもたち。すべてにおいて「受け入れること」がこの映画のテーマでした。

ズルボー:違う視点を知ること、多様性。世界で一番伝統的だといってもいい場所で「異質なもの」をその伝統的な思想のなかで受け入れようとしている父親の姿勢から私たちも学べることがあるのではないでしょうか。

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近代化が人々にもたらすもの、家族の愛、ささやかな人間同士の衝突、将来への不安、ジェンダーをめぐる葛藤などが国や文化を超えて普遍的だということにこの映画を観るとすぐに気づかされる。

監督たちがいうように、この小さな小さな物語を私たちの人生に反映させて自らのことを考えるヒントにすることは、難しいことではない。

予告編

※動画が見られない方はこちら

『ゲンボとタシの夢見るブータン』

Website

8/18(土)よりポレポレ東中野ほか全国劇場ロードショー

監督 アルム・バッタライ、ドロッチャ・ズルボー

2017|ブータン、ハンガリー映画|ドキュメンタリー|ゾンカ語|74分|英題 The Next Guardian

後援:ブータン王国名誉総領事館/ブータン政府観光局/駐日ハンガリー大使館 
協力:Tokyo Docs/日本ブータン友好協会/日本ブータン研究所/京都大学ブータン友好プログラム

字幕:吉川美奈子|字幕協力:磯真理子|字幕監修:熊谷誠慈
配給:サニーフィルム

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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