写真家・遠藤文香が北海道を訪ねてシャッターを切り続ける理由<北海道・道東 弟子屈 滞在期>

Text: Natsu Shirotori

Cover: ayakaendo

2023.3.31

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 北海道のなかでも特に自然が豊かなエリアとして知られる道東(どうとう)。湖や湿原などの手付かずの自然が残った観光スポットとして注目が集まりつつある。

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川湯温泉から車で5分ほどの硫黄山、アトサヌプリ

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 そんな北海道・道東エリアを舞台に、数年前から作品を作り続けているのが写真家・遠藤文香(えんどう あやか)だ。東京を拠点としつつ、北海道へと赴き動物や自然を撮影してきた。ストロボを焚いて撮影した大自然が、見る者を不思議な空間に誘うような独特の世界観を繰り広げる。東京藝術大学大学院美術学部デザイン科修了した遠藤は、自然における人為の介入をデジタル加工で模し、アニミズム的な自然観をテーマにした写真作品で知られている。主な展覧会は、個展「Kamuy Mosir」(KITTE丸の内、東京、2021)、「浅間国際フォトフェスティバル2022」など。「写真新世紀 2021」佳作(オノデラユキ選)などを受賞した、今注目される若手写真家の一人である。
 そんな遠藤は2023年2月に、5回目となる北海道への旅を経験。弟子屈町の観光協会からの招待を受けて、阿寒から弟子屈に7日間滞在した。遠藤は、道東のどんなところに魅力を感じているのか。撮影した写真とともに今回の旅の様子を紹介してもらった。

旅行日程
<1日目>
・釧路市・阿寒 到着
ウタサ祭り 1日目(リハーサル)

<2日目>
・ウタサ祭り2日目(ゲネプロ)

<3日目>
・ウタサ祭り3日目(本番)
・打ち上げ〜4日目朝まで

<4日目>
・阿寒から弟子屈町へ移動
・川湯エリアの欣喜湯に宿泊

<5日目>
・1人で弟子屈近辺で撮影
 ・極寒芸術祭
 ・摩周湖
 ・屈斜路湖(コタンの湯)
 ・アトサヌプリ
 ・欣喜湯近くのお土産屋さん

<6日目>
・お昼に観光協会会議室で合流
・摩周湖(2回目)
・アトサヌプリ
・廃ホテル見学

<7日目>
ぢぢカヌー
丸木舟で食事
・守屋牧場
・斜里町

阿寒ユーカラ「ウタサ祭り」で歌い、踊り続けた3日間

 今回の旅で、遠藤が最初の3日間滞在したのは釧路市の北部に位置する阿寒湖周辺エリアだ。
 阿寒湖には約120人のアイヌ民族の人々が暮らす、アイヌコタン(「コタン」はアイヌ語で集落・村を意味する)が存在する。その阿寒湖アイヌコタンを舞台に「ウタサ祭り」というライブイベントが開催された。アイヌアーティストと、国内外のゲストアーティストが集い、歌や踊りを中心にパフォーマンスを行う。本番の演奏は最終日のみだが、遠藤は撮影のため初日のリハーサルから参加していた。

「こんなことが知らないところで行われていたんだと衝撃を受けました。阿寒湖アイヌコタンには何度か訪れていましたが、アイヌの方々と直接関わったり歌や踊りをちゃんと見るのは初めてで。2日目には阿寒湖の氷上からアイヌコタンまでたいまつ行進をしたり、3日目にはお祈りの儀式カムイノミを見せてもらったり。カムイノミは、アイヌの方々が日常的に行うお祈りの儀式です。ウタサではアイヌの人々とアーティストが御供物を挟んで向き合って座り、エカシ(長老)がお祭りの成功や安全を願って祈りを捧げ、ウクライナの現状にまで触れていたのが印象的でした」

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 ウタサ祭りは今回で4回目の開催を迎えたイベントだ。初回は観客ありで実施できたものの、その後2年は新型コロナウイルス感染症の影響によりオンライン配信に。今年は久しぶりの有観客での実施となった。4年目の集大成とも言えるようなイベントの熱気に、遠藤も強く心惹かれるものがあったようだ。

「3日間滞在させてもらって、一連の流れを見ていたからかもしれませんが、言葉にできないくらい感動してたくさん泣いてしまったんですよね。リハーサルから最後に向けてどんどんとみんなの熱気と一体感が上がっていく様子がよく伝わってきて。パフォーマンス以外の時間も、アイヌの方々とアーティストやスタッフが頻繁にコミュニケーションをとっていて、大変な現場なのに終始暖かい空気に包まれていたのが印象的でした。『ウタサ』がもつ『互いに交わる』という意味通り、ステージの上で小さな子どもからフチと呼ばれるおばあさんたちなど老若男女のアイヌの人々と、ゲストアーティストたちがぶつかり合い、受け入れ合い、一緒になって演奏する今までに見たことがないライブイベントでした。最終的には観客も交えて、祝いや祭りのときなどに集団で座ったり踊ったりして歌う歌、ウポポを歌いながら輪になっての踊り参加させてもらい、『互いに交わる』ということを身体を通して実感することができました。最終日の公演から地続きの打ち上げでも、私たちは朝まで歌って踊り続け、嘘のない愛で満たされた空間が心の底から尊くて心地よく、いつまでも続いてほしかった。言葉で言い表すことは不可能に近いけれど、あの空間にいた人にしかわからない大きな感動があり、本当に貴重な体験をさせてもらったと思っています。アイヌ民族の歴史や背景を少しでも多くの人に知ってもらいたいし、実際に私が見て感じた素晴らしいアイヌ文化を伝承継承していくためにも、ウタサ祭りがこれからも続いていくことを願っています」

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弟子屈町・川湯でディープなカルチャーと大自然に触れる

 3日間の阿寒滞在を経て、遠藤は弟子屈町へと移動した。本来は阿寒から車で2時間弱の場所に位置する弟子屈町だが、車の手配トラブルに見舞われながら、5時間ほどかけて移動したという。

「釧路空港で車をレンタルしようと思っていたら予約できておらず、レンタルできなかったんですよね。トラブルメーカーなので、よくこういうことがあるんです(笑)。でも、私が釧路空港で途方に暮れていたら『大丈夫?市内まで乗っていく?』と、すぐに知らないおばさんが車に乗せてくれました」

 無事釧路市内でレンタカーを借りてなんとか弟子屈に到着した遠藤は、弟子屈町の温泉地「川湯」の中にある旅館、欣喜湯に宿泊。硫黄山を源泉とする川湯温泉は、硫黄の香りがたちこめる、ぬるぬるとしたお湯が特徴的だ。川湯には、温泉旅館の他にもさまざまな飲食店やお土産屋さんなどのディープな観光スポットも存在するという。 

「温泉ももちろんよかったのですが、あのエリア全体がすごく面白かったんです。例えば、欣喜湯のすぐ近くに『木彫りの里長井』と「石井栄泉堂」というお土産屋さんがあって、魔除けとしてヒグマの爪や牙が売っていたり、鹿の角が売っていたり。店主のおばちゃんとおじちゃんがすごく喋ってくれて、後で送ってくれるというので鹿の角を何本も買いました(笑)。他にも、欣喜湯の目の前にARtINn極寒藝術伝染装置という施設がありました。中に泊まって制作もできるし、パフォーマンスもできるような芸術施設で、たまたま行ったときには外で『極寒芸術祭』というインスタレーションをやっていたんですよね。雪の中に、国内外のいろんな作家のインスタレーションがあって面白かったです」

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展望台からのみ見ることができる摩周湖と、川湯温泉エリアに流れる温泉川

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上から摩周湖、川湯の温泉川、ARtINn、お土産やさん

 弟子屈町には、摩周(ましゅう)湖・屈斜路(くっしゃろ)湖の2つの大きな湖と、アトサヌプリと呼ばれる硫黄山などの自然豊かな観光資源も存在する。遠藤は滞在中、この3箇所でも複数回撮影をしてきたという。特にアトサヌプリは今回の滞在以外でも撮影をしたことがあるというが、同じ場所での撮影にはどんな狙いがあるのだろうか。

「北海道滞在5日目、6日目、7日目と繰り返し行った場所もありました。特に屈斜路湖は魅力的な場所だと思います。屈斜路湖にコタンの湯という無人温泉があるのですが、そのすぐ目の前まで白鳥がたくさん集まってくるんです。屈斜路湖の白鳥飛来地やアトサヌプリは今まで何度も撮っていますが、天気や時間帯で毎回印象が変わるから面白い。普段の北海道滞在であれば長距離を移動しながら撮るので、細かくタイミングを狙うのは難しかったのですが、今回は同じ場所に滞在していたからこそベストな時間を探れたし、今までよりも楽しむことができたなと思います。今回は長距離移動をあまりしなかったのでゆっくりと感じる時間を増やせたのも良かったです」

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硫黄の匂いが立ち込めるなか夜に撮影したアトサヌプリの噴煙

極寒の中、屈斜路湖でカヌーとアイヌ料理を体験

  実は今回の遠藤の滞在中、同時期にNEUT編集長の平山潤も弟子屈を訪れていた。遠藤は6日目から合流し、最後の2日間は行動を共にしていたという。滞在最終日、遠藤たちは朝から屈斜路湖を訪れ、カヌーに乗った。

「屈斜路湖は釧路川と繋がっていて、周りにたくさんのカヌー業者さんがいるんです。そのなかの一つ、ぢぢカヌーというお店でカヌーに乗せてもらいました。朝の屈斜路湖は-20度でかなり寒かったですが、湖のカヌーの上で挽きたてのコーヒーを淹れてもらったりカヌーから降りて川の上を歩いたりとしてとても楽しかったです」

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釧路川の上でカヌーを停めて、挽きたてのコーヒーを淹れてくれたジジさん

「屈斜路湖の周りは屈斜路コタンと呼ばれる、阿寒とはまた別のアイヌの集落があって、アイヌのご飯屋さんもたくさんあります。そのなかの一つの丸木舟というお店でオハウ(オハウはアイヌ語でスープ)を食べました。店主のアトゥイさんは屈斜路コタンの方で、音楽の演奏もされるそうでいろいろ教えてくださいました。丸木舟はメニューも内装も素敵なお店だったのですが、特に気になったのがトイレに貼ってあったポスターでした。象徴的なアイヌの模様に『神とともに、自然とともに、異なることの美しさ』と書いてあり、思わずスマホの待ち受けにしました(笑)」

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 遠藤は過去にはアイヌ語から取った「Kamuy Mosir(カムィ・モシㇼ)」とタイトルのついたシリーズを展開してきた。関わり方に迷いもあったという遠藤。今回の滞在では、直にアイヌ民族の人々や文化に触れ、そのイメージも変わったという。

「アイヌ民族のことについてどう思っているのか、たまに聞かれるんです。長い歴史のなかで和人がアイヌの人々に行ってきた支配や差別、抑圧の歴史を鑑みると、和人側である私はどのような顔をして接したらいいのか正直分からなかった。直接関わったこともなく勉強不足だと感じている状態でアイヌ語のカムイという言葉を使って作品を作ったことに若干の引け目を感じたりもしたけれど、彼らは突然やってきた私を歌と踊りともに優しく包み込んでくれました。最後に『本当にありがとうね』と言ってもらった事は嬉しくてとても心に残っています」

※動画が見られない方はこちら
弟子屈町が有する、摩周湖・屈斜路湖は、毎年2月頃に、湖全体が氷結する「全面結氷」なる現象が起こる

何回行っても違う一面を見せてくれる道東・弟子屈の魅力

 普段であれば、車で1日10時間以上を1人で移動しながら旅をするという遠藤。改めて今回の旅を振り返ってもらうと、人や場所との濃い繋がりを持つことによって新たな道東の魅力を見つけたようだった。

「もともと私が北海道に行き始めたのは、コロナ禍で社会のいろんなもつれが浮き彫りになって、自然のある場所に行きたいと思ったのが始まりだったんです。思い立ってすぐに翌日の飛行機のチケットを取って、1人で北海道に向かいました。いつもは広大な自然の中に1人でいるのが好きだったのですが、今回は初めて阿寒でも弟子屈でもたくさんの人々に出会えたことが新鮮でとても良かったです。アイヌの人たちも、スナックのおばちゃんも喫茶店の店主さんも、みんなが優しくて暖かかった。外はものすごく寒いのに人は暖かくて、これからは北海道での繋がりをもっと作っていきたいと思いました」

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 遠藤にとって、道東は行くたびに新しい発見や、新しい景色を見せてくれる場所だという。豊かな自然とともに毎日姿を変え続ける道東は、今後も遠藤にとって大切な場所になっていくだろう。取材の最後に遠藤はこう語った。

「北海道には一生行き続けたい。北海道への旅があるから、東京で頑張り続けられているんだと思います」

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