社会が右傾化していった様子をユダヤ人男性が独白。『ユダヤ人の私』監督インタビュー

Text: Noemi Minami

2021.11.5

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 ナチス・ドイツのもとで働いたドイツ人女性と、4つの強制収容所に収容されたユダヤ人男性に共通点があるとしたら? その答えは驚くことに、「野心があって、友達と遊んだり、ダンスをしたりするのが大好きなこと」だった。

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 ナチスの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッべルスの秘書として働いていた女性ブルンヒルデ・ポムゼルが当時の記憶を語るドキュメンタリー映画『ゲッベルスと私』(2018)に続き、2021年11月20日に公開される『ユダヤ人の私』。本作は、1939年に逮捕され、アウシュヴィッツを含む4つの強制収容所に収容されたユダヤ人男性、マルコ・ファインゴルトの独白である。彼は終戦後、10万人以上のユダヤ人難民をパレスチナへ逃がし、自らの体験とナチスの罪、そしてナチスに加担した自国オーストリアの責任を70年以上訴え続けた。

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マルコ・ファインゴルト

 前作と同様、全編モノクロでBGMは存在しない。色や音などの要素を可能な限り映像から削ぎ落とし、語り手に集中させる手法をとった。製作を行ったのはオーストリア、ウィーンを拠点とする「ブラックボックス・フィルム&メディアプロダクション」。同社は現代社会におけるあらゆる問題を高いアート性を持って映像化しているドキュメンタリープロダクションである。

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フロリアン・ヴァイゲンザマー監督、クリスティアン・クレーネス監督
Photography: 柳原伸洋

 NEUT Magazineは前作に引き続きクリスティアン・クレーネス監督とフロリアン・ヴァイゲンザマー監督に、ホロコースト証言シリーズの2作目となる『ユダヤ人の私』について取材した。

2人の意外な共通点

 『ゲッベルスと私』では、1942年から1945年の間にナチスの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッべルスの秘書として働いていた女性ブルンヒルデ・ポムゼルが当時の記憶を語った。「なにも知らなかった 私に罪はない」という映画のキャッチコピーが表しているように、社会で起こっていることに“無関心”な彼女はナチスの宣伝大臣の秘書となった。そういった形で20世紀最大の悲劇の一つ、ホロコーストへ無自覚に加担した様を描いていた。
 『ユダヤ人の私』では、アウシュヴィッツを含む4つの強制収容所に収容されたユダヤ人男性、マルコ・ファインゴルトに光が当てられる。クレーネス監督は、2人に共通点を見出していた。

クレーネス:一つの出来事に対する2人の人間の全く違う視点を描いた2作ですが、同時にたくさんの共通点をみつけられます。2人とも野心があって、友達と遊んだり、ダンスをしたりするのが大好きで、人生を楽しんでいた。そして政治に無関心だった。しかし、彼らがたどり着いた場所は全く違いました。ポムゼルは政府機関の秘書となり、ファインゴルトは収容所に送られました。

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 兄弟や両親との思い出でいっぱいの幼少期から始まり、ダンスに熱中した思春期、ビジネスを成功させ旅を続けた20代、収容所に収容された6年間、そして戦後の国との闘い。時にユーモアを交えながら熱を帯びた口調で自身の体験をファインゴルトは語る。
 収容されていた6年間よりも、それ以外の人生の話が多かったのが印象に残った。勝手なイメージではあるが、ホロコーストの時代についてユダヤ人男性が語る映画の内容としては少し意外だった。それには監督たちのある意図があった。

ヴァイゲンザマー:戦前と戦後の話をちゃんと描くのが重要でした。なぜなら悲劇は一夜にして起きたのではなく、段階を経て起こったことだったからです。そのプロセスを描きたかった。反ユダヤ人主義はナチスが生み出したわけではない。彼らはもともとあったものを利用しただけです。1945年の終戦でそれが急に終わったわけでもない。戦後、ナチスだった人々は医者や弁護士や教師として仕事に戻っていきました。歴史を語りづづけたファインゴルトは生涯嫌がらせの手紙やメールを送られ続けました。そのなかにはごく最近の2年前のものもある。

クレーネス:私たちは当時の雰囲気を現在のヨーロッパ、そして世界中に感じています。世界は右傾化している。反ユダヤ人主義や人種差別は世の中に溢れている。だからこの映画は歴史だけでなく、現在も映しているのです。

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前作の成功の意味

 日本では岩波ホールでロングランヒットを記録した『ゲッベルスと私』だが、世界でもその反響は大きかった。13カ国で公開され、書籍化されたものは20カ国で翻訳され、演劇にもなり11カ国で公演された。この成功は「予想外だった」と話す監督たちだが、同映画が現代社会を生きる私たちに重要な問いを投げかけているからではないかとヴァイゲンサマー監督は分析する。

ヴァイゲンサマー:映画が成功したのは、これまでになかった問題提起をしていたからではないでしょうか。ホロコーストの歴史を振り返ると、いうまでもなく加害者と被害者がいますが、ポムゼルはその中間に存在した多くのドイツ人の立場を表していたと言えます。ナチスを信仰しているわけではないけれど、自分のキャリアや利益だけを考え、社会の流れに身を任せることでナチスを支援してしまった人々。彼女の話からは、無関心でいると、いとも簡単に邪悪な体制の一部になってしまうことが分かったと思います。そして彼女のストーリーから、現代を生きる私たち自身への問いが生まれます。自分の社会での役割は? 自分が働いている会社は社会にどんな影響を与えているのか?
 
 そしてこの成功が、『ユダヤ人の私』の制作の実現に繋がった。

クレーネス:前作の成功もあって今作は資金を集めるのが簡単になりました。前作ではナチスの宣伝大臣の秘書の声を取り上げることに対して懐疑的な人も多く、資金集めに何年もかかりました。ポムゼルが101歳のときに映画化の話が出たのですが、撮影を始められたのは彼女が103歳のとき。彼女の年齢を考えると最後まで映画が撮れるか心配でした。でも今回はスムーズに資金集めができてよかったです。

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『ゲッベルスと私』(2018)

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 103歳で出演したポムゼルと106歳で出演したファインゴルト。第二次世界大戦の体験を語れる人々は年々減っている。オーストリアのある調査報告によると、10代の若者の40%がホロコーストで600万人のユダヤ人が殺害されたことを知らなかったという。時間との勝負だというこのシリーズにおいて、「映画監督として、歴史を未来に残すことは私たちの使命であり、とても重要だ」と話すクレーネス監督。
 この映画には適した語り手をみつけることが欠かせない。何日にもわたり長時間行われる身体的に負荷の多い撮影にファインゴルトが出演を了諾してくれたのは、前作を気に入ったからだった。

クレーネス:マルコは『ゲッベルスと私』を気に入ってくれました。ポムゼルよりも良いパフォーマンスをしたいと、それが彼のモチベーションになりました。 

ヴァイゲンサマー:もちろん、彼女のストーリーには批判的でした。でも彼はいろいろな意見に対してオープンな姿勢を持った人間でした。彼はできるだけ多くの人がストーリーを語り、文に残すことが大切だと信じていました。そして誰もが意見を変えられるのだとよく話していました。彼の住んでいたところに収容所に連れて行かれた人たちの名前を記したモニュメントがあったのですが、それを黒く塗りつぶした人がいました。その人は捕まったのですが、ファインゴルトは刑務所まで行ってその人と会話をしました。議論することは彼にとってとても大事なことだったのです。

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歴史を繰り返さないために

 取材中、2人は一貫して現代社会への危機感を強調した。『ゲッベルスと私』と『ユダヤ人の私』は、歴史についての映画である。しかし、その歴史がまさにそう遠くない未来で繰り返されるのではないかというリアリティが監督たちにはあり、映画を介して警報を鳴らし続ける。

ヴァイゲンサマー:オーストリアでは人々は政治に興味を失い、投票率も下がっています。結果として右翼的な政治家が社会に入り込む隙を与えてしまっている。人種差別が蔓延し、ヨーロッパでは人々が難民を恐れている。何を恐れる必要があるというのでしょうか。その恐怖は簡単に利用されてしまいます。今の社会の雰囲気は第二次世界大戦の頃とよく似ている。そして世界中で同じことが起こっていると思います。良くない方向に進んでいるように感じてしまいます。

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 2021年10月31日、日本では第49回衆議院議員総選挙が行われた。小選挙区投票率は戦後3番目の低い水準にとどまった。「日本人は政治に関心がない」と言われているが、日本の有権者は、監督たちの声に耳を傾けるべきではないだろうか。
 ポムゼルのストーリーは無関心が招く最悪のケースを描き、ファインゴルトのストーリーはいとも簡単に社会が変動してしまうことを教えてくれた。そしてナチスの歴史を振り返れば明瞭だが、一度大きく舵を切った社会を元に戻すのは非常に難しい。その前に私たちには何ができるのだろうか。

クレーネス:歴史を忘れてないけません。歴史を忘れてしまったら、過去が私たちの未来につきまとうでしょう。

ヴァイゲンサマー:常に警戒していなければいけないと思います。投票すること。能動的に民主主義に参加すること。近頃人々は政治に興味をなくしているといわれています。自分たちが何かしたところで何も変わらないと。でもその考え方は危険です。民主主義は常に変化しているものです。それを守り、進歩させていかなければならない。それに終わりが来る日はないでしょう。元には戻れないところまでいってしまったらできることは少ない。法律や制度が変わってしまったら抵抗することは容易ではない。その前に私たちみんなが止めなければいけないのです。

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NEUT読者限定 3組6名様に映画チケットをプレゼント!

抽選で3組6名様に『ユダヤ人の私』の映画チケットをプレゼントします。

応募締め切り:2021年11月12日(金)

ご応募方法(2パターン):

①以下のフォームからご応募
https://forms.gle/NuXvAbcWDwoT7RsT6

当選者へは11月15日(月)にメールでお知らせいたします。

②Twitterから応募
NEUT Magazineのアカウントをフォローし、記事のツイートをリツイート

当選者へは11月13日(土)にDMでお知らせいたします。

予告編

※動画が見られない方はこちら

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『ユダヤ人の私』

2021年11月20日より岩波ホールでロードショー

Website

ユダヤ人のマルコ・ファインゴルドは1939年に逮捕され、アウシュヴィッツを含む4つの強制収容所に収容される。終戦後は、10万人以上のユダヤ人難民をパレスチナへ逃し、自らの体験とナチスの罪、そしてナチスに加担した自国オーストリアの責任を、70年以上訴え続けた。本作はマルコの数奇な人生を通じ、反ユダヤ主義がどのように広まりホロコーストに繋がったか世界初公開のアーカイブ映像も交えながら映し出す貴重なドキュメントである。“国家と人は過去の過ちを忘れている”と語るマルコのインタビューは、過去と地続きにある現在に警報を鳴らす。

原題 A Jewish Life 監督 クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、クリスティアン・ケルマー、ローランド・シュロットホーファー 製作 ブラックボックスフィルム&メディアプロダクション 2021年/オーストリア映画/114分/16:9、4:3/モノクロ/配給:サニーフィルム/協力:オーストリア文化フォーラム東京

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『ゲッベルスと私』

近日公開!
2021年11月20日(土)~2022年1月14日(金)毎週日曜日15:30~

Website / Prime Video

終戦から69年の沈黙を破り、ゲッベルスの秘書が独白する。
若きポムゼルは、第二次世界大戦中、1942年から終戦までの3年間、ナチスの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスの秘書として働き、近代における最も冷酷な戦争犯罪者のそばにいた人物である。本作は彼女が終戦から69年の沈黙を破って当時を語った貴重なドキュメントである。“ホロコーストについてはなにも知らなかった”と語るポムゼルの30時間に及ぶ独白インタビューは、20世紀最大の戦争と全体主義の下で抑圧された人々の人生を浮き彫りにする。

原題 A GERMAN LIFE 監督 クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットホーファー 2016年/オーストリア/113分/ドイツ語/16:9/モノクロ/配給:サニーフィルム (c) 2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

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