「私は“即興の魔力”に取り憑かれた」。社会的弱者が分断された日本を音楽で変える「即興楽団UDje( )」を率いるナカガワ エリ【前編】

2017.2.17

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障害者、日雇い労働者、生活保護者など、社会的に「弱者」と呼ばれる人々を巻き込んで、アフリカの太鼓ジャンベを使って、即興で音楽を作り歌うグループ「即興楽団UDje( )」(うじゃ、以下うじゃと記す)。活動の武器は「即興音楽」だと語るのは主宰のナカガワ エリさん。今回Be Inspired!は彼女に「社会のボーダー」を取り払う、うじゃの活動内容と存在意義を伺った。前編・後編にわけて彼女のドキュメンタリーをお届けする。

即興で生み出すコミュニケーション

パワフルな西アフリカの太鼓「ジャンベ」の音と、エリさんの歌とも言えない絶妙な声が響く。

即興楽団UDje( )。名前からすでに伝わってきていると思うが、うじゃの演奏は全て「即興」。アイコンタクトを使って、音楽を作り出したり、声を出したり、手拍子を打ってみたり。体と体を引っ付けたり、離したり。「音」を中心としたコミュニケーションをその場で生み出す「音のワークショップ」がうじゃの主な活動だ。

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(音のワークショップ_千葉盲学校青年学級/千葉 Photo by淺川敏)

活動は関東を中心に行われていたが、2011年の震災後、活動の拠点を大阪に移した。関東では障害者施設の「音のワークショップ」、またジャンベを教える「楽器のワークショップ」なども実施してきた。大阪に暮らしながらも、「東京巡業」とし、月に一度、関東を訪れている。そして現在、大阪では障害者施設に加えて、元日雇い労働者や、生活困窮者、生活保護受給者などが利用している救護施設との出会いがあり、月に一度ジャンベを使った「音のワークショップ」を行っているという。

また彼女は東京と大阪で「体を調節しよう」という一般向けのワークショップを月に1度ずつ開催している。腰が痛い、座骨神経痛である、体が重い、体がなまってきた、姿勢が悪い、などの悩みを持っている方を対象に毎回少人数で行っている。自分の体の不調から始めたというワークショップである。

この体を調節するワークショップの参加費は「自由料金制」。

お金がないから参加できないということはしたくない。

と語るエリさん。しかしタダで提供しているわけでもない。これをきっかけに参加者がお金について考えることになればいいと、この「自由料金制」を始めたという。それは経済至上主義に対する反省の気持ちも込められているという。

 

いろんな場を訪れる機会が増え、様々な背景を持つ人と出会うようになり、お金の価値って違うんだなと改めて思うようになりました。人によって同じ千円でもずいぶんと価値が違うんです。

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(みんなで声出し即興のハーモニー_うじゃ芸能研究会/大阪 Photo byオカモトマサヒロ)

3歳下の障害を持つ弟の存在

エリさんがこの活動を始めたのは、3つ年下の弟の存在があったから。彼は生まれつき視覚障害、知的障害、癲癇、強い自閉症がある。そのような重度の障害を持つ弟がいる環境をエリさんはこう語ってくれた。

うちは家族が機能していなかったんです。弟に障害があったこともあって、小さな頃は母のもとを離れて祖母の家で暮らしていました。だからまず母との付き合い方がわからなかったんです。父は家にお金を入れず、家出ばっかりしてたから、母はとても苦労して私と弟を育ててくれました。そんな父も私が中学校二年生の時に亡くなってしまって。子供らしくいられなかったから、子供の頃の記憶っていうのがなくて。母親の母役をずっとしていたかもしれません。

その後、美術学校で現代美術を専攻した彼女は、作品のテーマを「家族」として取り組んだ。しかし、作品を作れば作るほど、彼女の奥底に眠っている黒い物の蓋を開けていくような気分が続き、とても辛くなり、美術の道をあきらめ、一旦会社勤めをする。しかしここでも職場の人間関係がうまくいかずに辞めてしまう。子供の頃から人との繋がり方がわからなくて、母親と弟の間で揺れ動いた心の中のトラウマが、彼女を生き辛くしていた。

会社勤めの時に習っていたアフリカの太鼓ジャンベ。エリさんはジャンベを通して出会った人たちとでうじゃを始めることとなる。

“うじゃ”を通して人間らしさを取り戻す

うじゃのこだわりは、言葉を使わずアイコンタクトで音を作っていく「即興」だけではない。

 

できる、できないで評価する場じゃなくて、やりたいことを全うしたからカッコイイねって場。何をどんな気持ちでしたかっていうのがいい。人間らしさの取り戻しなんです。それから人との繋がり合いにいけたらいいと思っていて、人間の根本的な部分を、もう一回掴んで来ようよっていうのもあります。

自分の殻を破って体が感じるままに楽しむ。観客の人たちも巻き込んで、みんなでその場を作っていくことも追求しているのだ。

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(音のワークショップ_千葉盲学校青年学級/千葉 Photo by淺川敏)

障害者とか子供とか老人とか生活困窮者とか、社会福祉の分野にはそんなくくりがあります。うじゃはその壁を取っ払ってやりたいという気持ちがあるので、難しいところをやってるな、という自負はあります。

障害者だけに捕らわれないで活動するエリさんは、障害者施設での音のワークショップに釜ヶ崎の労働者を連れて行くなど、固定概念に捕らわれずに、いろんなことを試みている。

大阪に入って、釜ヶ崎の日雇い労働者とか、道端で寝てる人とか、生活保護で生きてる人など、いわゆる社会的弱者の人達を知る機会がありました。彼らの多くは自分たちの暮らしに精一杯で、外に出て行ったり出会いとかも少なくて、それで彼らを障害施設の音のワークショップに連れて行きました。お互いの置かれている立場や肩書で判断することがないからでしょうね、打ち解けるのが早かった。そういった意味では面白い出会い。これは今でも続けています。

一人の女性を救うことから出発した“うじゃ”

鬱になったり、引きこもりになったり、不安障害を繰り返したりしていたけど、うじゃを少しずつ時間をかけて作っていきました。結果的に私は自分を助けるためにうじゃを作ったと言えるかもしれません。人なんていなくてもいいやって思った時期もありました。一人で完結できるって世界観があって、人に対する不信感もすごく強くて。でも、うじゃが即興の音楽をするのには、人が繋がってくる。楽譜なしの即興でやると、人の目をみたり、場の空気を読んだり、間を作ったりしないといけません。でもその中から生まれてくるこの湧き上がるような、燃え上がるような楽しさって一人でやってたら体験できない。そこにはやっぱり人が必要で、いらないと思ってた人がこんなにも喜びを与えてくれることに気づいたんです。今でも人とするのが面倒くさいと思っているのに、それでも人と何かをやろうとしているのは、やっぱり即興音楽のステージを通して高揚感とか楽しさを味わってしまったからでしょうね。即興の魔力に取り憑かれてしまったと言えますね。

現代美術、アフリカの太鼓と音楽、障害を持つ弟、複雑な家庭環境。一般的に考えられる福祉の道とは全く違う道を通って福祉の現場に携わるようになったエリさん。うじゃは、肩にたくさんの荷を抱え、暗闇でもがく一人の女性、エリさん自身を救うことから始まった。

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(参加型ステージ_ウエディングゲリラピクニック/大阪 Photo byオグラハルカ)

弱者のために、そんな活動をできることに尊敬の念を伝えると、

だって私も弱者だもの。

と笑う彼女。

障害者を支援するって気はあまりなくて、自分救済だと思ってきた。人って、自分が満たされると、他人にも目がいくもんなんだね。

と続ける。そして困難な環境を即興音楽という発想で抜け出したエリさんの見えている世界には、そもそも弱者だとか障害者とか健常者だとか、そういうことは大きな問題ではないのかもしれない。

大切なのは自分らしく生きていくこと。

即興音楽を武器に日々活動を続けることで、彼女に触発された人たちが活動に賛同して“うじゃ”となり、少しずつではあるが着実に生きやすい社会へ変えて行く…。

後編へつづく

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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