アーティスト、エルムホイが生み出す「人生のサウンドトラック」。意見は持ちながら、誰も排除しない彼女の思想の根底にあるもの

Text: Noemi Minami

Photography: 雨夜 unless otherwise stated.

2019.9.2

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「情景を変えられるような音楽を作りたい」。平凡な日常を、映画の一場面かのような気持ちにさせてくれる力を持っているのが音楽なのだと、そう話すのはトラックメイカーでありシンガーソングライター、東京拠点のエレクトロユニットBlack Boboi(ブラックボボイ)のメンバーでもあるermhoi(エルムホイ)。

「聴く人が、例えばその時すっごい悲しい思いをしていたら、それを超越して、映画のワンシーンとして、『美しい悲しさ』というか、その瞬間のムードをすり替えられるような音楽を作りたい」と彼女が説明する通り、いわば「人生のサウンドトラック」を掲げる彼女の音楽は、一種の美しい現実逃避の空間を確かに提供してくれる。

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エルムホイ

音楽好きな家族を持つ彼女にとって、音楽は常に身近なものだった。高校では学園祭でクラスのために楽曲を作るなどしていたが、本格的に活動を始めたのは大学入学後。「たいして弾けないギターと、たいして歌えない歌で、DIY感満載の音源を作ってSoundCloudにあげたのがきっかけだった」と振り返る。

在学中はイタリア語を専攻していたこともあり、一年間イタリアに留学。当時バルカン半島の音楽に夢中になっていた彼女は、バルカン半島の音楽を研究している教授がいるイタリアの大学を選び、その教授の授業の聴講生となった。「セルビアとか、マケドニアとかブラスの音とか、ジプシーの音楽だったり、フィールドワークで集められた音源をずっと聞き続ける授業で、逐一感動しすぎて、エモーショナルな午前中でした」と笑いながら話す彼女からは、純粋な音楽への愛が感じられる。

アーティストの政治的発言、作品と作り手の思想の関係性

そんなエルムホイのTwitterを見ると、政治や環境問題について明確に意見を述べていることがわかる。「イタリアで暮らしていた頃に同世代の子たちが政治に興味がある環境にいて、意見を言えることが人として魅力的に映ったことがきっかけかもしれません。当時作った『Light』という曲は当時の日本の政策を憂いて作った曲でも実はあって」と教えてくれたエルムホイ。だがそれらが、聴く者にとって彼女の音楽への見方を変えてしまうことを彼女は知っている。日本特有の「アーティストは政治について話すべきではない」といった風潮がこれに関係しているのかもしれない。

アーティストであろうともなかろうとも、普通の人、いち人間として、いち納税者として、物申すっていうのは当然認められている権利であるべき。

Twitterの彼女の発言をみて、彼女の思想を理由に「エルムホイの音楽を聞きたくない」という投稿があったのを過去に目にした彼女は、「自分の意見・意思を持ちつつも、他人の意見を尊重できるように、ある程度フラットなマインドが持てる世の中だったら、アーティストだってもっと自由に発言しやすいはず」と指摘する。

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アーティストであれ、誰であれ、自由に思想を共有できるような社会を求める彼女は、同時にその思想がアーティストの音楽を判断する材料になるべきではないとも話す。

「例えば私は政治とか社会問題を四六時中考えている訳ではなく、日常的に考えているそのほかのことがたくさんあります。いろいろなことが合わさって生まれた音楽に対して、私がたまたま発した政治的な意見がバイアスを生んじゃうのって、理屈はわかるけど、実際そこは分けて考えてくれたらいいのに」。
プロパガンダのために作られた曲や差別的・攻撃的な言語を含む曲は別だが、彼女が音楽を聞くときは、自分と違う思想を持った人であっても、作り手の思想からなるべく音楽を隔離して聞く姿勢を持つようにしているという。

「私は性善説を信じたい」

話を聞く限り何事に対しても柔軟な視点を持つエルムホイの根底には、「性善説を信じたい」という気持ちがあった。性善説とは、人間の本性は善であるとする考え方。

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「性善説は、善の心を学ぶことで善の道へ近づくといった考え方だったと思うのですが、現実社会もそうであって欲しいというか」。ヘイトや日常生活での差別発言など人を傷つけてしまう行為は無くさなければならないと前置きをし、彼女は続ける。「私にはあまり理解できないことや、避けたいと思うようなことをしたり、発言したりする人が身の回りにもいて。そういう人って往々にして人を傷つけようと思っていない、それが当たり前だと思ってる。『ハーフだからこうだよね』っていう差別や偏見に対して、その人がそうなってしまった理由には環境とか外的要因があると思います。人間は生まれ持って差別する生き物ではない、と私は信じているので。きっと原因はあるはずで、その原因を考えていきたい。なんでこんなことが起こるのか」。彼女は要因の例を一つあげる。

コミュニティを均質化させたくなるマインドとか、皮肉なことにもしかしたら一種の安定装置として存在していた傾向が要因の一つにあるような気もしていて。急速なグローバル化に対応しきれず、排除・否定といった間違った方向に作動してしまったが故に、今人を傷つけるほどに狂ってきてしまった。かなり根深い問題だと思います。

人間が善として生まれてきたと信じ、変われるはずだと願うエルムホイの純粋な感情が、彼女の音楽を作っているのかもしれない。同時にそれは彼女にとって他者との関わりでの大切な前提であり、その前提があるからこそ、「その行為や発言に至った理由はなんだったのか」と原因に目を向けるように意識しているという。

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「理想の話ばっかりになっちゃったけど」とインタビューの終わりに彼女は話していたが、その理想は、自然と彼女の音楽に体現されている気がした。

「今の私の音楽は自分の日常や感情などを描いた音楽で、そんなに大きな視点で作っていないから、私の音楽で世の中を変えることはできないかもしれない。でももし誰かのマイナスな感情が音楽を通して何かしらの形でプラスになって、積み重なっていけば不幸の沼にははまらないで済む可能性があるし、その一人が不幸でないことが間接的にでも世の中をよくすることにつながったら素敵だなと思います。実際自分が音楽のおかげで幸せに生きてこられてるから、そのお返しじゃないですけど、なんかそういうことがしたいな」。彼女の視点は一貫して優しさを持っていた。

エルムホイ出演!
THE M/ALL

詳細URL

「THE M/ALL 2019」開催決定!
昨年の盛り上がりも記憶に新しい”「音楽」「アート」「社会」をひとつに繋ぐ”カルチャーのショッピングモール”、「THE M/ALL」が、2019年の渋谷に帰ってくる。
「THE M/ALL 2019」のテーマは「SURVIVE 」。多様なカルチャーを通して「これからの時代を生き抜く力」を学び、発信していきます。 「MAKE ALL(すべてをつくる)」のマインドで、この社会をいまより少しでもマシなものにするために。THE M/ALLは本年も昨年に引き続き無料開催を目指し、「100 VOTE T-Shirts PROJECT」にて引き続き開催資金を集めています。

WWW / WWW X / WWWβ
2019年9月7日(土)
OPEN 15:00 / START 16:00
WWW / WWW X / WWW β / GALLERY X BY PARCO
GEZAN / なみちえ / NTsKi / Mars89 / suimin / ermhoi / Mari Sakurai / machìna / Miru Shinoda / 行松陽介 / ENDON / LEARNERS / RITTO / MOMENTJOON / GREEN KIDS / 田島ハルコ / Power DNA with K.A.N.T.A / 7e / NINJAS / Maika Loubté / DJ SOYBEANS

<GALLERY X BY PARCO>
2019年9月7日(土)
OPEN 14:30 / START 15:00
2019年9月8日(日)
OPEN 10:00 / START 10:30

ライブ(2019年9月8日)
GOTCH / あっこゴリラ / KOTSU

トークゲスト
田房永子(漫画家・エッセイスト)/中里虎徹(フォトグラファー)
/竹内彰志(弁護士)/ カナイフユキ(イラストレーター)/ さようならアーティスト(THE M/ALL)/磯部涼(ライター)/Moment Joon(ラッパー)/ 中野晃一(政治学者)/武田砂鉄(ライター)白濱イズミ / ラブリ(アーティスト・モデル)/ 佐久間裕美子(文筆家)
清水イアン(フリーヒューマン)/武藤康平(Double Feather Partners Inc.)
Sapphire slows(DJ)/畑野とまと(ライター / トランスジェンダー活動家)
下田彦太(演出家・THE M/ALL)/super-KIKI(アーティスト・THE M/ALL)
千原航(デザイナー・THE M/ALL)

FOOD
インド富士子 / Cactus Burrito

TICKET入場無料(ドリンク代別)
INFORMATIONWWW 03-5458-7685

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エルムホイ

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