「コンドームを持ち歩くことは、自分のセクシュアリティ(性)が自分のものであるという証」。そう話していた「EVE Condom(イブ・コンドーム)」の創設者の一人、ジーナ・パク(26歳)。
イブ・コンドームはジーナを含む高校の同級生三人によって立ち上げられた韓国のスタートアップである。ヴィーガンのコンドームをはじめとし、生理用品やデリケートゾーン用の石鹸など、性に関わる商品を現在5つ展開中の同社は素材にもこだわり、化学物質は使わず、生産の過程でいかなる生き物も傷つけないということを徹底している。
設立から数年の間に、環境・社会・消費者への影響などあらゆる面で厳しい条件をクリアした企業のみが認定される「B-Corp認証」を取得したイブ・コンドーム。ジーナは経済誌Forbesが実施する「アジアを代表する30才未満の30人 (Forbes 30 Under 30 Asia) 」に選ばれた実績も持つ。
2018月11月、二日間にわたって東京・表参道のTRUNK(HOTEL)で開催された、国内外から多様な業種・性別・国籍・コミュニティの人々が参加するビジネスカンファレンス「MASHING UP(マッシングアップ)」のキースピーカーとして初来日を果たしたジーナに、アジア圏の多くに共通する「セックス=タブー」という社会的風潮に伴う危険性について話をうかがった。
ティーンエイジャーがセックスをしたいならそれを止めることはできない
性に対して保守的だという韓国。ティーンエイジャーがコンドームを買おうとすると、冷たい目で見られることがほとんどだという。そういった社会的風潮が原因のひとつとなり、ティーンエイジャーの避妊具へのアクセスは乏しい。そもそもティーンエイジャーに限らず、OECD加盟国*1のなかで韓国の避妊具使用率は最低レベルだといわれている。
イブ・コンドームが自動販売機でコンドームを売るキャンペーンを行ったときは、その機械を破壊する大人までいたという。CSRとしてティーンエイジャーに対してのコンドーム販売を行う同社に対して「ティーンエイジャーのセックスを助長している」と批判の声が韓国では多い。
Photography: EVE Condom
「ティーンエイジャー」×「コンドーム」。数年前までは「このふたつの単語が組み合わさることは絶対になかった」と話すジーナ。それに付随する問題はたくさんある。避妊の知識がないままコンドームも使わなければ、妊娠や性病に感染する確率は必然的に上がる。それでも政府がティーンエイジャーに対しての性教育を積極的に行わない背景には、「性への知識を持つことはセックスを助長するから」という日本でもよく耳にする意見がある。それに対して、爽やかなくらいに真っ正面から挑戦しているイブ・コンドーム。
ティーンエイジャーがセックスをしたいならそれを止めることはできない。コンドームを買わせないことが彼らのセックスを抑止することにはならない。それなら、コンドームを簡単に手に入るようにして安全にセックスをできるようにすることが大切。
インターネットの普及とともに、青少年とポルノの距離は急激に近くなった。広告やテレビでも性的なイメージは蔓延している。規制に取り組むべきかという議論はなされるべきではあるが、そういった現状のなかで青少年が「セックス」について知らず、「性教育をすることがセックスへの第一歩」と考えるのは現実的ではない。「ポケットにコンドームが入っていたから、じゃあセックスしよう、なんてふうにはならない」と話すジーナ。
性器が未発達の状態でセックスをすることは青少年の身体的負担となるため望ましくないということも考慮したうえで、あくまでも彼らがセックスをするのであれば「安全に」というのがイブ・コンドームの姿勢である。
(*1)OECDは「Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構」の略。先進国間の自由な意見交換・情報交換を通じて、①経済成長、②貿易自由化、③途上国支援、に貢献することを目的とする。現在、日本を含む36カ国が加盟している。
声を出せる人が、より大きな声を出すべき
MASHING UPの一日目、メインホールで行われたジーナのトークセッション「『10代のセックス=タブー』誰もが買えるコンドームと生理カップで韓国の性文化に革命を起こす」。そこで彼女が「たとえあなた個人がコンドームの大切さを理解していたとしても、まわりが追いついていなければ買うのに気まずい思いをするのはしょうがない」と話していたのが印象的だった。
そこで取材中、「問題意識はあるけれど行動に移せない人たち」にアドバイスはあるか問うと、それが善意的であれ「誰かを変えようとすることは欲深いことだとわかった」と意外な答えが返ってきた。
ビジネスをはじめた当初は「個人の行動を変えること」が正しいと信じていたが、コンドームを買って白い目で見られるのは一個人であり、それを個人攻撃と感じてしまうのはしょうがないと気づいたジーナ。だから今は「あなたは間違ってないよ。でもまわりの人が追いついていないだけと伝えたい」と話していた。そのうえで強調していたのは、声を出せる人が、より大きな声を出すことの重要性。
私みたいにまわりからサポートを受けて、人前で話せる機会のある人が積極的に行動していかなきゃいけない。さまざまな立場にいる個人に行動を求めるのではなく、行動できる立場にいる人がもっと行動に移すべき。
今でこそビジネスカンファレンスなど、数百人の前でセックスについて話しているジーナだが、もともと「セックスについて何も知らなかった」と笑いながら過去を振り返る。セックスをし始めた頃は知識もなく、「コンドームをしなくても問題ない」という当時のパートナーの言葉に疑問を持たず、「自分のことが嫌になったときもあった」そう。だからこそ、「これまで成人男性が買うのが一般的であったコンドームを、女性にもティーンにも買いやすくすることが大切」だと、年齢・ジェンダー・セクシュアリティに関係なく好まれるようなスタイリッシュなパッケージのデザインにこだわるなど、製品への工夫を凝らした。
Photography: EVE Condom
Photography: EVE Condom
「コンドームを持ち歩くことは、自分のセクシュアリティ(性)が自分のものであるという証」。ジーナがトークで発したこの言葉は、セックスを助長しているわけでも、否定するわけでもない。ただ、セックスをするときはパートナーに判断を委ねるのではなく、自分の意思で避妊具などを使えるように準備をしておくことが大事だという意味なのだと思う。
「タブー化」の代償
コンドームだけでなく、生理用品も扱うイブ・コンドーム。既存の多くの生理用品に化学物質が使われているため女性の体に悪影響を及ぼす事実を指摘したうえで、彼らが勧めているのが医療用シリコンのカップを膣に挿入し、経血を受け止める「生理カップ」である。世に出回っている生理カップはワンサイズなことが多いが、イブ・コンドームではあらゆるボディタイプに対応できるように三つのサイズが用意されている。
Photography: EVE Condom
最初は違和感を感じるが、慣れてしまえば化学物質が使われているナプキンやタンポンよりも体への負担が少ないという「生理カップ」は、洗えば何度も使えるため環境にも優しい。
「生理は不愉快なものなんだからしょうがない」と私たちは思わされているけど、改善できる点はたくさんある。
性がタブー視されていると、公な会話が生まれないため製品の改良も進みにくいのかもしれない。イブ・コンドームが「生理カップ」のプロジェクトを始めたときは、韓国では製品への法律が整っていなかったため最初の二年間のほとんどは販売許可を得るための事務手続きだったという。そのためジーナは製品を作るときは比較的性に対してオープンな欧米のマーケットなどを徹底的にリサーチし、それを韓国で受け入れられるように応用してきた。
性への保守的な考えに挑むイブ・コンドームのビジネス。ジーナは「セックスにまつわるビジネス」を行う若い女性の起業家として、男性の共同創業者と比べて不公平な扱いを受けたこともあった。ビジネス相手の男性に「コンドーム売ってるんだから、男のことさぞよく知ってるんだろうね」などといった発言をされたり、オンラインでも性的なハラスメントを受けたり。それでも彼女はあまり気にせず前に進み続けている。
もし私たちが社会の性への認識を変えることがきれば、10年も経てばきまずくなるのはあっち(ハラスメントをする人々)。彼らはやがて自分の間違いに気づく。今彼らに「それ失礼だよ」って言ったところで、発言を否定したり攻撃的になったりするだけだろうし、生産的じゃない。
「コンドームをアダルト製品ではなく、ヘルスプロダクトにする」。そんなミッションを掲げたイブ・コンドームの活動は確実に変化を生み始めている。韓国のティーンエイジャーたちが、自ら学校で性教育の機会を作る場を設けたりしているそう。「大人だって誰もが一度はティーンエイジャーだった。だからティーンエイジャーを教育すれば違った未来が描ける」。そう信じるジーナは、確実に韓国の性文化に違った未来を描き始めている。