「今の日本の広告は理想の女性像を押し付けてる」。ハイアーマガジン編集長haru.が“企業を内側から改革する広告づくり”を提案する理由|AD, Not Found vol.1

Text: Shiori Kirigaya

Photography: 橋本美花 unless otherwise stated.

2019.7.1

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AD, Not Found

まだ見ぬ広告を求めて

私たちは、商品やブランドを宣伝する「広告」に日々囲まれている。電車の中で、そして街中で。それら一つひとつには、作り手が込めたあらゆるメッセージが含まれている。

広告は、ただ商品やブランド名を売っているのではなく「何を美しいとするか、どんなライフスタイルを送るべきなのか」など見る人の考え方にも影響を与えているというから、実は大きな存在だ。もし広告に描かれる人物のイメージが似通っていたら、無意識のうちに見る側が「自分もこうあるべきなのではないか」と思い込んでしまうおそれがある。

7月の特集「AD, Not Found」では「(まだ見ぬ)広告」をテーマに、広告に出る側、作る側、見る側の視点から3人の女性にフィーチャー。今回は、これまで目にしてきた広告での「女性の描かれ方」の問題を考えつつ、変化をもたらそうする人たちの取り組みを紹介し、今後の広告が持ちうる可能性を探っていきます。私たちが欲しい、新たな時代を作っていく広告ってどんなものだろう?

▶︎特集ページ

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NEUT(当時Be inspired!)がHIGH(er) magazineの編集長として知られるharu.に前回取材をしたのは、2年前のこと。9月の暑い日に、大学帰りのharu.にカフェで話を聞いたのはそう遠くない日のことのように感じられる。NEUT史上でもアクセス数が多かった彼女へのインタビュー記事が、NEUTへの入り口だったと話してくれる読者も少なくない。今回は広告に関する特集を組むにあたって、過去2年間に広告の出演側、そして制作側として経験を積んできた彼女に、自身の変化の話も含めたインタビューを行った。2019年6月に彼女は、プロデュース事業とアーティストやクリエイターのサポート事業を中心とした企業「HUG」を立ち上げている。

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haru.

よりハイアー読者のことを考えるようになった

2017年のインタビュー時を振り返って「今まであっという間だった」と言うharu.に、この2年間の変化について聞くと、まず話してくれたのは自身がフェミニズムやアイデンティティをテーマに制作し続けているハイアーを作るうえでの思いについて。創刊当初は、制作者である各個人が関心を持つトピックを追究するZINEのような存在のマガジンだったが、読者が増えるにつれ、制作にあたってのスタンスが変化したという。加えてハイアーやharu.自身、そしてまわりのクリエイターたちは、自他のプロジェクトを通して活躍の場を広げており、それをフォローする若者は多い。だからこそ自分たちの発信力をポジティブにも、ネガティブな意味でも自覚する必要があると実感しているというのだ。

もっと読者のことを考えるようになったかな。何かを生み出して自分たちの手から離れると、それを受け取る人がいる。今までは自分たちが楽しいと思うことをメインにやってきたけど、より大きな可能性が見えてきたからこそ、自分たちに何が伝えられるのかを意識するようになってきたのかもしれない。

このような意識の変化はあったが、以前の取材記事の見出しに使った「マスメディアは私たちをなめてる」というフレーズに表れていた「自主規制が多く、ゴシップばかり報道するメディア」に対する批判的なスタンスは変わっていない。だからこそ、自分自身やHIGH(er) magazineをメディアとして、生理についてでも、性に関することでも、タブーなく伝えていこうとしている。

モデルとしてではなく、「肩書き」がついたオファーがほとんど

前回の取材時に印象的だったこと、それは当時からフォトグラファーの友人の被写体となることも少なくなかったharu.だが、「広告モデルとして商品をPRするのには向いていないし、ハイアーのharu.という存在としてでなければメディアに出ないつもり」と話していたことだ。このスタンスは変化したのだろうか。あれから資生堂やニューバランス、アニエスベー、GAP、ノースフェイスなどのブランドの広告や、Yahoo! JAPANによる3.11後の復興支援キャンペーンで彼女の姿を目にした。

私にただモデルで出てくださいというオファーはそもそも最近は全然ないんです。タイアップも全部「ハイアーの編集長という肩書きがついたうえで出演してほしいです」って言ってくれたもので、活動内容をちゃんと見てもらえているんだなと感じます。

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したがって、彼女自身のスタンスは変わっていなかった。特に欧米では、企業やモデルが自身の政治的見解や社会に対する意見を明らかにする傾向が目立っているが、haru.が「ハイアーのharu.」として出演のオファーを受けていることをふまえると、実は日本にも同様の潮流が起きてきているようだ。「haru.を起用すること=ハイアーと彼女の意見を支持している」ということである。

最近割と有名な女優さんを使うとかっていうよりは何人かオピニオンリーダーが出てきたりするのを見る。たとえば性被害を告発したジャーナリストの伊藤詩織さんがカルバン・クラインの下着の広告に出たりとか、実際に今の社会の動きと密接な人を起用したりすることで発せられるメッセージみたいなのが、企業側としても精神性を出すために必要だと感じているんだと思う。

ではharu.が広告に出る際のポリシーはどうか。そのブランドなりが発信したいメッセージに共感できれば出演するという。それが「なぜ自分が出演するのか」納得するための理由となるのだ。

「広告に影響されていない」とは言えない

自分で自分のために選択をすること、それはあらゆる社会のプレッシャーを気にせず自分を肯定して生きていくために必要だ。しかし、現状で目にする広告には「こうあるべき」という限られたメッセージを発しているものもあり、見る人が自分自身を否定してしまうおそれがある。

電車での圧迫感はすごいよね。脱毛しろとか、ダイエットしろとか。やっぱり日常をただ過ごしているなかで、そういう理想の女性像をすごく押し付けられているというのはある。

現在24歳のharu.の世代が小中高生の頃、ファッション雑誌はティーンエイジャーに対し多大な影響力を発揮した情報源で、毎年夏になると脱毛や美白を促進する特集を出すのが恒例だった。そんな記事や広告があまりにも“当たり前”にありすぎて、「自分が影響されていないとは言えない。だからこそ広告に関わることは自分の常識を問い直すことでもある」とharu.は口にした。

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時代は変わりつつあり、日焼け肌が一部で人気を集める傾向などはあっても「肌が白くて目が大きくて二重で」というような、“美の基準”が未だに支配的であることに変わりはない。彼女はそういったものに影響を受けている自覚があるからこそ、自らが何かを発信するうえで、一定の考えを押し付けてその他を抑圧することはせず、体型や肌の色の違いをはじめとし、多様な人たちの存在をみせること、そして自分の意思で選択することの大切さを伝えようと意識しているという。

風景としての広告が持つメッセージ性

広告に出演するだけでなく、制作に関わることも増えたharu.。スタイリングや撮影などに関しては、自由なアウトプットをする機会をもらえていた。最近では企画のアドバイザーとしての仕事が多いと言うが、多様な価値観が存在することを広告からも伝えるために「企業を内側から改革していく」という流れを、彼女のチームが先導して舵を切っていくのかもしれない。そんな制作側の視点にも立つ彼女は、広告というものの存在をこうとらえていた。

広告ってギャラリーや美術館に飾られているアーティストの作品とは違って、一定の公共の場に置かれていて、ある意味「風景」として存在している。誰でも目にするものだからこそ多くの人に作用させたりとか、もっと社会にメッセージを訴えたりするにはいい媒体だと思ってる。

かつて賛否両論を巻き起こした社会派広告の代表例である、イタリアのクリエイティブディレクターでありフォトグラファーのオリビエーロ・トスカーニによるベネトンの広告を例に挙げ、そのなかでも死刑制度や戦争反対を掲げたものや、保守的な宗教観などの社会的タブーを扱ったもののように、クリエイティビティが高く、かつメッセージ性の強い広告を彼女も作りたいと話す。「もっと広告に企業サイドの思想が出てもいいのに」とharu.は指摘するが、まさに企業がそれぞれの思想を広告やプロダクトを通して出していくことが今後消費者の支持を獲得するうえで必要になってくるのではないか。

近ごろ若者の社会に対する意識が高まったと耳にすることがあるが、それを実際に肌で感じたことがあるのは筆者だけではないだろう。差別的な表現が広告やメディアで使われると、それを指摘する人が多く見受けるようになった。となれば、人々の企業への評価に「社会性」が含まれる傾向にあるのは不思議ではない。ちなみにNEUTが以前行った読者アンケートでも消費に対する価値観を問うセクションで、ブランドの社会貢献度や環境に対する配慮をしている度合いを購入する商品を選択するうえでの判断基準に入れるという意見が多くみられた一方、価格を重視するという意見はわずかだった。

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チームで結束することで、社会を作っていく

彼女が2019年6月に自身のマネージャーらと立ち上げた企業「HUG」は社会彫刻*1をする集団をイメージしている。haru.は長らく会社の立ち上げを目論んでいたようだが、その理由を問うと、「自分一人ではできることが少ないから」と答えたので聞いていたこちらは少々驚いた。

その言葉の裏には、自分だけでは専門分野が限られているが、まわりにいるクリエイターの仲間たちとタッグを組むことで、より大きい問題と戦っていけると考えがある。身近な仲間にもSNSのフォロワーにも、彼女に率直な意見をくれる人たちがいる。それを強みに、今後も様々なプロジェクトに積極的に関わっていく予定のようだ。

(*1)20世紀を代表するドイツの芸術家ヨーゼフ・ボイスが提唱した概念で、社会彫刻は「社会の構築の過程に参加すること」を意味する。彼は「人は誰でも社会的プロセスの形成に関わる能力があるという意味で彫刻家である」と語っている。

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「発信」という行為の先には受け手がいる。その行為が「受信」する誰かの思考を促す可能性があり、その受け手が「行動」することで社会に直接影響が及ぶという意味で、生み出すものはすべて「社会彫刻」だと彼女は話す。ハイアーの制作であっても、HUGとしての他社とのプロジェクトでも、選択肢や考え方の幅を広げられるように作用していくことを常に意識していきたいとharu.は言う。

彼女が普段から多用する表現といえば、「自分にダイブする」というもの。「自分らしさ」といった文句が使われた広告は数知れぬが、世間を見渡せば自分自身を理解し、存在を確立させている人ばかりではないのは事実だろう。haru.は自分のなかに潜り込むことを通して自分自身を深く知り、そのうえで何をするのか考えてもらうことを、広告の制作や商品のプロモーションを通しても促していきたいのだ。

そもそも自分が誰なのかわかっていないと、「自分らしく」って言葉が効果を発揮しないと思っていて。みんながみんな自然に自分について考えたり深く知ったりするのって無理なのかもしれないけど、なるべくその種をまけるようにしたい。

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彼女や彼女のまわりのクリエイターたちの発信力は、前回のインタビューから現在までを考えてもそうだが、今後より強いものとなっていくだろうし、各々の活動が及ぼす個人への影響は決して小さなものではないといえる。広告の社会的な責任に対する意識が、制作側と見る側ともに世界的にみても遅れをとっていると語られがちな日本だが、haru.のようなオピニオンリーダーが、より大きな力を持って社会を動かしていく日は遠くない。

haru.

TwitterInstagram

1995年2月生まれ。プロデュース事業・アーティストやクリエイターのサポート事業を行う株式会社HUGの取締役であり、インディペンデントマガジンHIGH(er)magazine編集長。HIGH(er)magazineでは「私たち若者の日常の延長線上にある個人レベルの問題」に焦点を当て、「同世代の人と一緒に考える場を作ること」をコンセプトにがファッション、アート、写真、映画、音楽などの様々な角度から切り込む。

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株式会社HUG

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TEL :03-4405-4425(代表)
INFO:info@h-u-g.co.jp
設立:2019年06月12日
事業内容:ミレニアル世代のコンテンツプロデュース & アーティストマネジメント事業
住所:〒150-0047 東京都渋谷区神山町20-27 グリーンヒル神山301号室

私たちHUGは、個人が持っている力を信じています。
口に出す言葉や行動すべては、まだ見ぬ未来に繋がっているから。
ひとりひとりが社会を彫刻するアーティストであり
メディアなのだということを、
私たちは様々な方法で伝えていきたいと思っています。

常識を疑い続け、常に自分に正直でいること。

いつだってこれらをモットーに、
心躍る新しい視点と価値をお届けします。

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