2020年にスタートしたコムアイと村田実莉のアーティスト2名によるプロジェクト「HYPE FREE WATER」。本インタビューシリーズでは、NEUT Magazineとともに専門家や有識者の方に話を聞きにいくフィールドワークを通して、いつでも綺麗な水が手に入り、いろんな魚が食べられる現代社会の裏側について一緒に考えていく。
前回、東京海洋大学の水圏環境教育学研究室代表の佐々木教授との対話のなかで浮かび上がった下水のシステムに興味をもったHYPE WATER FREEの2人は、今回WOTAのCEO・前田瑶介に話を聞きにいった。WOTAは、独自の水処理自律制御技術を用いることで、排水の98%以上を再生循環できる小型の水処理システムを開発する、まさに上下水道システムに革命を起こす存在として、注目を集めている。すでに身近なところだと宮下パークやGINZA SIX施設など都内各所に設置されている水循環型ポータブル手洗いスタンド「WOSH」や、2020年にグッドデザイン賞を受賞しデザイン性も相まってSNSなどでも話題となったポータブル水再生プラント「WOTA BOX」がある。
親しみやすいプロダクトを通して、今後WOTAはどのように水の未来を豊かにしていくのだろうか?
古来から多くの意味を持つ「水」の存在
インタビュー前に案内してもらった、もともと銀行だったビルをリノベーションしたWOTAのオフィスは、営業や開発チームの横で研究者が実験を行い、メンバー全員が水問題の解決に向けて協働しているのが印象的だった。また災害時に地域の避難場所にもなるよう、カーテンにはいざというときに保温に役立つ緩衝材が使われ、床には再生プラスチックが使われるなど随所に環境が変化した場合を想定した工夫がなされている。
まずはお互いの自己紹介から始まったインタビューは、すぐさまお互いの「水」への興味へと話が発展していった。
コムアイ:まずHYPE FREE WATERとして「水」に着目した理由は、自分の身体と地球全体が繋がっている感覚が得やすいと思ったからです。人間の体や食べものなど生活の全て、山や海などの自然、国の境界もなく地球全体で水が移動して循環している。なおかつ液体にも固形にもなるつかみどころない感覚がビジュアル表現としてうまく活かせるように思ったからなんですよね。名前にある「FREE」は「全ての人に水の自由を」という思いを込めているので、WOTAのビジョンにとても共感しました。ですが、自由経済に任せてしまうと水の自由が奪われる人が出てきてしまい、水を無料にすると資源が枯渇してこれも自由がなくなる可能性があり、水とFREEって難しいなと思っていて。限られた資源である「水」問題に対して、日本だけではなく世界全体で解決しようという野望に着実に踏み込んでいっているWOTAの取り組みをぜひ勉強させてもらいたいと思って、今回取材をお願いしました。
前田:ありがとうございます。面白いですね。僕にとって、単純に自然科学だけでは解決できない「水問題」や人類の「水利用」の複雑性が、知的好奇心の源泉でもあるんです。もともと四国の山で育って、圧倒的に一人の時間が長かったので、世界の複雑性や共通性に迫りたいと思って哲学や生物学に関心を持ち、小学一年生の頃から十年以上、昆虫や鳥を日夜研究していたんです。そんなあるとき、アル・ゴア元アメリカ副大統領のスピーチのなかで「環境問題は、人類全員の問題になってくる。そのときに、あなたたちみたいなギークは言葉を超えて、技術や研究を通して世界の人と繋がれる」という言葉に感化されて、もしかしたら人生を通したテーマになることがあるのかも…と思ったことが高校で水処理を研究するきっかけになりました。あとは、水に関する神話や文化にも興味があって…。
コムアイ:龍神とかですか?
前田:そうですね。世界各地に様々な「水の神」がいることからも、太古から水が大切に考えられてきたことがよく分かりますよね。神話以外にもアフリカの古くからの慣わしとか、そういった物語にも興味がありました。例えば、以前カメルーンのドンゴという地域に行った際、そこには10を超える異なる民族が混在していたのですが、それぞれに手洗いの文化がありました。イスラム系の方々は、1日の中の食事やお祈り等のさまざまなタイミングで手洗いをするための水を常に持ち歩いていたり。狩猟採集を生業とする民族の方々も、毎朝水で手や体を洗って綺麗にしたり。微生物が発見され、科学的に手洗いが重要だと言われる遥か昔から、「水で体を綺麗にすること」が生活や物語のなかで、大切にされていたんだなと感じます。
コムアイ:いきものと向き合ってきたことが、環境という考え方で人間の生活と繋がっていくんですね。それにしても、研究者としての目覚めが早すぎる!
前田:研究者というより、もっと素朴な興味なんですけどね。
水処理にテクノロジーを掛け合わせ、微生物の心地よさをつくりだす
実際、日本の下水処理場でもバクテリアなどの微生物が汚れを食べることを利用して浄水しているそうだが、前回のインタビューでも話に上がった通り、大規模に仕組みをアップデートするのが難しいほど老朽化が進んでいる。しかし万が一、今後首都直下型地震や気候変動による災害などで都市のインフラにもダメージが生じた場合、私たちの体の75%をしめる水はどのように供給されるのだろうか?
WOTAは小規模分散型水循環システムを開発している。排水の98%以上を再利用する超小型の水循環システムは、これまでに2018年の西日本豪雨、2019年台風15号により大きな被害を受けた千葉県や台風19号で被災した長野県長野市などを含む13自治体・20箇所の避難所において、合計20,000人以上が利用している。そして、今後、災害だけでなく日常に水利用を担うにあたって、微生物は必要不可欠だという。
村田:5/11のニュースリリースを拝見しました。家の排水を丸ごと循環できるというシステムですが、これがあれば上下水道に接続しなくても、生活に必要な水が手に入るということですよね!?
前田:まずは微生物に汚れを分解してもらい、そこからフィルターに通したり、殺菌することで水を浄化しています。フィルターもプリンターのインクを交換するように消耗した量が可視化されるようになっているので、誰でも簡単に交換できるようになっていて。例えば人間の排泄物や食べ残しはほとんどが有機物のため、炭素や水素などの連鎖でできています。それをそのまま直接フィルターに通したら、フィルターがすぐに消耗してしまいます。でもコンポストと同じように、まずは微生物に分解してもらうことで、有機物を気体や液体に分解することで、そもそも汚れを分解することができるんです。
コムアイ:仕組みだけ聞くと、有機物を微生物が分解し、無機物をフィルターで除去するってなんだか嘘つかれているくらいシンプルな仕組みに聞こえます(笑)。でも、だからと言って個人でそれを真似してやろうとすると難しいですよね?
前田:人間社会でいうとコミュニティ・マネジメントのような感じでして、微生物のマネジメントが大切であり難しいところなんです。例えば、人間も居心地が悪い場所だとパフォーマンスが落ちるように、微生物も居心地が悪いところに放ったらかしにしてしまうと、共食いを始めたり、どんどん水を汚してしまったりするんです。そういうことが起きないように温度、餌となる有機物や酸素の量などを管理しながら、微生物の居心地をコントロールしています。これを下水処理場などでは職人さんが長年の勘や経験で行っているのですが、WOTAではそうした経験値ベースのことを独自の水処理自律制御システムでコントロールしています。
コムアイ:微生物をまとめる園長さんみたいな感じですね。海外で下水処理場のロールモデルになるようなところってありますか?
前田:海外はそもそも資源として水が少ない地域も多く、その分、下水の再利用が進んでいる印象ですね。例えば、シンガポールだとWOTAを巨大化したようなシステムが導入されています。最近では、実際に下水の再生水から作ったビールがなぜかおいしくて、「スウェッジビール(下水ビール)」という呼び名で流行ったりしています(笑)。最近はカリブ海の島国の政府とも水問題解決に向けた取り組みを始めているのですが、水不足を抱える場所であればあるほど、自分たちで自立して問題解決する方法をすでに探っていることが多くて。だから、プロダクトにもどんどん興味を持ってくれるので話しやすいです。
コムアイ:水不足を独自に解決しようとしてきた彼らからしたら、前田さんはまるで未来人のように見えるかもしれないですね(笑)。
前田:でも僕たちは、これまでの水処理の積み重ねのうえで、新しいシステムを試行錯誤しているんです。例えば、日本の浄化槽もレファレンスの一つなんですよね。
村田:浄化槽…?
コムアイ:私全然あのシステム信じてなかったんです…!下水処理と違って、側溝に流れる前に自分の敷地内で簡単に処理するシステムなんだけど、下水が土に染み込んじゃって、いろいろ混ざっちゃってる気がしていて。
前田:浄化槽でも微生物が働いているんです。でも基本的に微生物を増やす方向にだけコントロールされているので、彼らにとってすごく可哀想な居心地の悪い環境になってるんですよね。人間でいうと人口密度がどんどん上がって行って窮屈になって行くようなイメージです。一方で、下水処理場だけに集中し依存せずに、分散化して自立して、排出した汚れを自分で処理する浄化槽の思想はすごく大切だなと思うんです。今の都市の仕組みって、なにかと外に出してしまうじゃないですか。それこそHYPE FREE WATERさんの話で有限な資源である水を使う「自由」について話していましたけど、自由はそれを全うする責任があるからこそ両立できるものだと思っていて。自分で排出した汚れ次第でコストが変動するような仕組みがあってもいいなと思っています。
村田:そうなんですね。たしかに、蛇口ひねれば水が出てくる暮らしだと気がつかないけど、自分で排出した水がどれぐらい汚れているかによって金額が見える化されると、日常での意識も変わりますね。
前田:例えばシャワーを流しているだけのときと、洗剤を使ってシャワーを浴びているときでは実際有機物の量は違ってくるのですが、現時点で下水処理の料金は同じなんですよね。
コムアイ:前者の体の垢や皮脂だけなら、それこそ微生物が食べてくれますもんね。
前田:そうです。キャンプのときでも節水するために、まずはお皿を拭いてから洗い流しますよね。そういうふうに下水処理だけではなく日頃の排水から気にし始めることも大切だと思います。
水不足を迎える未来に対してのアクション
これからの未来、あと8年後の2030年には世界人口のうち40%が水不足に陥ると言われている。そうしたときに、食べ物だけでなく水も自給自足する必要に迫られるのかもしれない。現在、WOTAはそうした未来に備えて「小規模分散型水循環システム」を追究しているのだという。
村田:あと8年後に世界人口の40%が水不足になるなんて、ちょっと深刻ですね。
前田:はい。準備を急ぐ必要があると思っています。そもそも水が不足せずに、みんなが各々好きな場所で生きれるような、新しい水のインフラがあるといいですよね。水を小さく循環型で利用するのが当たり前になれば、「水不足」という概念がなくなると思っています。単純かつ素朴に、水を循環させないのって「もったいない」よね、って。
コムアイ:水との向き合い方が変わりそうですね。
村田:観察できるのもいいですよね。自分で処理していくプロセスが身近にあるから。
前田:まさに、身近になって、見えるようになることで、理解や共感が進むと思います。その中で、「もったいない」というような「素朴な共感」を生活の中で生み出したいなと思っています。生活の隅々に自然との接点がたくさん生まれ、そのなかで人類が資源をより綺麗に使うようになる。そんな未来を望んでいます。
実際に「小規模分散型水循環システム」は、世界で最も水不足に悩む国の一つであるアンティグア・バーブーダで水問題の解決策として期待されている。まずは導入に向けた調査や実証を行っていくことで両者合意をし、2023年からの実証開始を目指すという。
前回のインタビューで、HYPE FREE WATERの2人は下水処理場の実態について興味を示したわけだが、決して手のつけようのない問題があるわけではなく、むしろWOTAは彼らの構造を活かすように近い将来起こりうる世界の水不足問題の解決へと向き合っている。私たちはどうしても日常に大きな変化が起きるまで、気候変動も然り漠然とした環境問題を気にかけられる余裕なんてないけれど、新しいインフラとして常に可視化されることで個々人が生活レベルで未来への責任を感じられるのかもしれない。
前田瑶介
1992年、徳島県出身。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院工学系研究科建築学専攻(修士課程)修了。中学校では生物由来素材の強度を、高校では食品由来凝集剤の取得方法を、大学では都市インフラや途上国スラムの生活環境を、大学院では住宅設備(給排水衛生設備)を研究。ほか、デジタルアート制作会社にてセンサー開発・制御開発に従事。
WOTA
WOTAは、「水問題を構造からとらえ、解決に挑む」を存在意義に掲げる、日本のスタートアップ企業。地球上の水資源の偏在・枯渇・汚染によって生じる諸問題の解決のため、「水処理自律制御技術」及び「小規模分散型水循環システム」を開発。プロダクトには、災害時等に仮設シャワー施設として活用できる可搬型の水再生処理プラント「WOTA BOX」、水道不要の水循環型手洗いスタンド「WOSH」がある。これらのプロダクトを日本国内において災害対策、衛生対策のため全国的に活用され、将来構想である「小規模分散型水循環システム」の実証を実施。今後も研究開発とプロダクト普及を推進し、人類がより持続的かつ自由に水資源を使いこなせる「小規模分散型水循環社会」の実現を目指す。
コムアイ
YAKUSHIMA TREASURE / Instagram
アーティスト。1992年生まれ、神奈川育ち。ホームパーティで勧誘を受け歌い始める。国内だけでなく世界中のフェスに出演、ツアーを廻る。
2019年4月3日、屋久島でのフィールドワークをもとにプロデューサーにオオルタイチを迎えて制作した音源「YAKUSHIMA TREASURE」をリリースし、公演を重ねる。現在はオオルタイチと熊野に通いながら新作を準備中。2020年からOLAibiとのコラボレーションも始動。北インドの古典音楽や能楽、アイヌの人々の音楽に大きなインスピレーションを受けながら音楽性の幅を広げている。
音楽活動の他にも、ファッションやアート、カルチャーと、幅広い分野で活動。
2020年にアートディレクターの村田実莉と、架空の広告を制作し水と地球環境の疑問を問いかけるプロジェクト「HYPE FREE WATER」が始動するなど、社会課題に取り組むプロジェクトに積極的に参加している。
村田実莉(むらた みのり)
アートディレクター、ビジュアルアーティスト。
1992年生まれ。合成、加工、コラージュ、3DCGを駆使した絵作りを基軸とし、情報量の多いハイカロリーな視覚表現や映像制作を行う。
これまでにラフォーレ原宿、PARCOの広告キービジュアルをディレクション・制作。その他にadidas、NIKE、BEAMSなどファッションブランドのビジュアルを制作。
DIESEL ART GALLERYで開催したバーチャルファッションモデルimmaによる「imma天」では、キービジュアルと会場アートディレクションを担当。
2019年より1年間インドに滞在。帰国後参加した「盗めるアート展」にて偽クレジットカード作品「GODS AND MOM BELIEVE IN YOU」を出展。2022年はNFT NYCにてAR作品「work to eat」を出展。2020年よりKOM-Iと「HYPE FREE WATER」を開始。水をテーマにしたフィールドワークを礎に、水と地球環境を愛する全ての人に送る広告アート作品を制作。
HYPE FREE WATER(ハイプフリーウォーター)
HYPE FREE WATERは、水にまつわるフィールドワークを礎に、地球環境と水を愛する全ての人に送る架空の広告アート作品を制作しています。
本活動のきっかけは、アーティスト・コムアイとアートディレクター・村田実莉が「ペットボトル水の実情と広告内容のギャップ」に気づいたことからスタートしました。
HYPE FREE WATERは、広告アート作品を定期的に制作するチームで活動をしています。