現代アートを中心に幅広いジャンルを網羅する森美術館と森ビル株式会社、パフォーミングアーツの制作会社precogが共催で、2021年6月末から8月頭まで約1ヶ月かけて行った森美術館「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」の関連プログラム「アート・キャンプ for under 22 Vol. 7 ヒューマン・ビギン:アシタナニスル?」。
15歳~22歳の参加者8人が「性の規範」を更新するようなメッセージを考え、ダンスを通して「自分らしさ」を表現する実践的なワークショップだ。募集で集められたのは、ダンスインストラクターから未経験者まで経験がさまざまで、高校生から社会人までと環境もバラバラの8人だった。
プログラムにはダンサー・振付家として類まれな実績を誇る辻󠄀本知彦(つじもと ともひこ※苗字はしんにょう(点1つ)の「辻󠄀」)と菅原小春(すがわら こはる)が招かれており、参加者は2人の経験をあらゆる形で受け取りながら、それぞれパフォーマンスを考案。アーティスト・スタイリスト・アートディレクターとして活躍する清水文太(しみず ぶんた)が衣装、音楽を監修し、六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズのパブリックスペースなどから参加者自身が選んだ舞台でパフォーマンスを披露した。
辻󠄀本知彦(つじもと・ともひこ)
シルク・ドゥ・ソレイユにて日本人男性ダンサーとして初めて起用され、2011~2014『Michael Jackson The Immortal World Tour』27カ国485公演に出演。東京2020オリンピック開会式ではソロパフォーマンスを披露。振付師としてSia『Alive』日本版のMVで土屋太鳳に振付、米津玄師『感電』などMV、ライブツアーを担当する。CMではポカリスエット、UQモバイルなど多数、世界で活躍するトップダンサーであると共に、振付師としても活躍中。
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*「辻󠄀」のシンニョウは点1つです。環境によっては点2つで表示される場合があります。
菅原小春(すがわら・こはる)
幼少期に創作ダンスを始め、数々の有名ダンスコンテストで優勝、注目を集める。2010年に渡米し、独自のダンススタイルが高く評価され、トップアーティストのバックダンサーとしてのキャリアを積み、海外でも一目置かれるダンサーとなる。2015年スティービー・ワンダーとのCM共演が話題となり、自らが演出を行った単独公演 SUGAR WATERを成功させる。NHK2020応援ソング「パプリカ」では振付を辻󠄀本知彦と共作する。2019年NHK大河ドラマ「いだてん」にも出演し、女優としても活動の幅を広げている。現在までに世界35ヵ国以上を飛びまわり、ワークショップやショーを行う傍ら、TVCM、ラジオ、ファッション誌などにも登場。
清水文太
スタイリストとして、19歳から水曜日のカンパネラのツアー衣装や、著名人、テレビ・企業広告のスタイリング、Benettonをはじめとしたブランドのアートディレクションを手掛ける。コラムニストとして雑誌「装苑」をはじめとした多数メディアに寄稿。2019年に自身初アルバム「僕の半年間」を発売。RedbullMusicFesやでのライブ出演や広告・映像作品での音楽提供など、アーティスト・スタイリスト・アートディレクターとして多岐にわたる活躍を見せている。
渡邉寿岳
映画・広告・舞台等の映像撮影を手がける撮影技師・撮影監督。撮影を手がけた作品として映画に『VIDEOPHOBIA』『TOURISM』(宮崎大祐監督)、『王国(あるいはその家について)』(草野なつか監督)など。配信作品にシアターコクーン配信企画『プレイタイム』(演出:梅田哲也/杉原邦生)、KAAT『オレステスとピュラデス』(演出:杉原邦生)がある。梅田哲也、小林耕平らアーティストの映像作品で共同作業をおこなう。
その様子は撮影技師・撮影監督の渡邉寿岳(わたなべ やすたか)によって撮影され、9月から森美術館サイト内「MAMデジタル」、THEATRE for ALLで公開される。
この一連の流れで進んだワークショップの終盤、個々のパフォーマンスが撮影された真夏日の現場で、自身のアイデンティティに向き合う8人に今回参加した理由や、性の規範への違和感、そしてみつけた「自分らしさ」について話を聞いた。
前編では参加者4人にインタビュー。
https://neutmagazine.com/interview-humanbegin-vol2
長田知夏(おさだ ともか)
ーこのワークショップに参加したきっかけは?
大学でダンスを学んでいるのですが、今回のワークショップは大学の先生から連絡が来て知りました。辻󠄀本さんと菅原さんはダンスをやっている身として本当に尊敬する方々で、森美術館は前から通っていた好きな美術館なので私の好きがコラボレーションしているこんなにワクワクする企画に参加できたらと思い応募しました。それにジェンダーとダンスを組み合わせるという内容に興味が湧いたこと、自分と向き合うきっかけがほしかったというのもあります。
ーこのワークショップを通して自分に向き合ったと思います。その過程で社会への違和感を感じることはありましたか?
私の母校では男子と女子で体操やその後の補強運動の強度に差があったんですが、今思えば「運動が得意な子」と「運動が苦手な子」で分けたら良かったのにと思いました。それから、大学生になってからさまざまなジェンダーを身近に感じているんですが、高校生やそれ以前には聞いたことがなかったんです。当時は周りに伝えにくい環境だったのかなと思いました。
ーこのワークショップを通して、周りからもさまざまな価値観や意見を受け取ったと思います。そこから何か感じたことはありますか?
参加者たちとジェンダーについて話したのですが、多様な性の在り方に抵抗があって、「理解したいけど、どうしても無理と言う人もいるんじゃない」という意見を聞きました。私はさまざまなジェンダーについて広く受け入れようとする今の世の中の動きがもっと大きくなれば良いと思っています。そしてどんな人も、多様な性の在り方があることを知れば、はじめは抵抗があったとしても受け入れられるものだと思っていました。でもそうじゃない人もいる。どうしても無理だと感じる人もいる。そういう意見も一つの意見として受け入れるべきだし、賛成と反対の他にもいろんな意見があること、理解の度合いにも差があるということを忘れないようにしたいです。
あとワークショップを見守ってくださっていた舞台監督の方に「応募したときに女性らしい服装をするのがあんまり好きじゃないって書いていた子だよね」と話しかけてもらえて、理由を聞かれるかなと思ったんですけど、特に深掘りもされずに「そうなんだ、面白いね」って言われただけだったんですね。なんか“私の考え方や感じ方がただ存在している”っていうか、理解できる、できないの尺度じゃないところで認めてもらった感じがして、それがすごい嬉しかったです。そういう答え方があったんだって新たな気付きになりました。
ーワークショップを通して集大成として披露するパフォーマンスで表現したかったものは?
新たな自分です。どう踊るか事前に決まっていなかったんですけど、ただ自分もまだ知らない自分に出会いたいと思っていました。実際に踊っているときは、景色を見て「綺麗だな〜」って思ったり、周りの人たちを見たり、自然にそこにいました。あと中性的に見せたいなと思っていたので、たまに男性っぽく見える動きをやってみたりとかいろいろ試していました。でもダンスで表現するのって難しいですね。言葉の方が伝わりやすい。でも、その抽象的なダンスという表現媒体で何をどう表現していくのかずっと考えています。今の時点の私の考えでは、抽象的で余白があるからこそ見る方の解釈が多様であることがダンスで表現する良さかなと思っています。
粕谷美緒(かすや みお)
ーこのワークショップに参加したきっかけは?
もともと森美術館の展示に興味を持っていて、そこで憧れの辻󠄀本知彦さんと菅原小春さんがワークショップをされると知り、すぐに応募しました。幼い頃からダンスをしているのですが、性と身体表現を組み合わせて考えることはなかったので、面白いテーマだと思って参加したい気持ちがより大きくなりました。私は中高大と女子校で、性差を意識したことがなかったんです。だからいろんな人に話を聞きたくって。
ーいろいろな考えを持った参加者と過ごしてみて、何か感じたことはありますか?
毎日が新しい発見だらけでした。まずバックグラウンドの異なる8人が集まって話し合うのは難しいんだなと思いました。それでも濃い時間を共にすることで、お互いを受け入れられるようになっていきました。自分の価値観とはかけ離れていると思う人とも接することで、初めて分かり合えることがあって、そこで自分の思考がいっきに豊かになりました。
ー実際どんな会話が生まれたのですか?
性の枠がきっちりし過ぎていることについてとか…。私自身、性別はきっぱり分けられるものじゃないとは思っているんですけど、社会ではやっぱり男女で分けられることが多いですよね。そこのすり合わせって難しいよね、性ってグラデーションだよね、みたいな話をしたことがあって。こういう性のあり方について話す機会は今までなかったので、このワークショップを機に言葉にできたかなと思います。
ーこのワークショップ自体にも「性の規範を身体表現を使って更新する」というテーマがありましたね。
はい。だからこそ、最初はジェンダーについてしっかり考えて、コンセプトを練って身体表現をしようと思ってたんです。でもワークショップに参加してから、なんていうか違和感を感じたことがないんです。これが本当のジェンダーフリーなのかなってふうにも思いました。だから自分らしくいることが、そのまま性の規範を更新する身体表現になるならそれが一番いいのかなっていうか…。男らしさ、女らしさを身体表現で更新しようと意識すると、結局は既存の男らしさ、女らしさを表すことになるような気がして。例えば女らしい走り方を表現しちゃうと、今のジェンダーフリーにはあっていないなと思うんです。
ーワークショップを通して集大成として披露するパフォーマンスで表現したかったものは?
1番大事にしたのは自分の心に敏感になることです。コンセプトに沿って事前に考えた振付を意識し過ぎると抜け殻のような踊りになってしまうので、パフォーマンス中の空気や音をよく聞いて、自分の気持ちや考えていることを身体で表現するように心がけました。
ー自分の気持ちや考えというと?
多くの人が男性と女性という概念をあまりにも意識し過ぎていることについて違和感があります。例えば男女格差、女性の社会進出など、確かに考えなければならないことですが、女性も「女性」であることを意識し過ぎているというか…。女性も知らぬ間に同性である女性を貶めている場面が多くあるのかなと思います。だから、人からどのように見えるかよりも、心で感じたことを自分なりにそのまま表現することを意識しました。従来の性というのは外見から決めたものなので、そのような性についてあまり意識せず、自分らしさを探っていった感じです。
田代一裕(たしろかずひろ)
ーこのワークショップに参加したのはなぜですか?
「性の規範を更新する」というテーマと目標に共感したからです。自分はそれをずっと考えていたので。小さい頃からやっている日本舞踊には、女らしさや男らしさを仕草や感情で表現して、性のらしさをとても記号的に強調するところがあります。とても分かりやすいんですけど、自分が現代を生きていくなかで、それはズレているなと感じていて。この性の規範、枠組みから脱した考え方を自分としてもみつけたいし、とにかくいろんな考えの人と話し合うことで、規範に対してどう向き合っていくか、その答えを大まかでもみつけたいと思ってました。あとは未経験のことに挑戦するためです。今まで身につけた技術を捨てたときに自分に何ができるのか知りたくて、今回のパフォーマンスは今まで学んだことを全て放棄しています。
ー今後、日本舞踊の演じ方に変化はありそうですか?
とても難しい問題です。例えば江戸時代につくられた作品はその当時の価値観を表していて、それは現代から見ると当然ズレているわけですが、それでも僕はその当時の価値観を尊重したいです。封建制の不条理に苦しむ人の姿や支配への抵抗も描かれていて、他に現代から共感できる魅力的な要素もたくさんあります。削除や検閲が全て正しいとは言えません。ただ僕が今この時代に生きながら新しい何かを作る場合は別です。そのときは既存の規範に縛られるのではなく、自ら行動し掴み取った何かを表現する人物像を体現できたらと思います。でも人は規範のなかで生きてると安心しますよね。そこから抜け出すことが自由なんですけど、そこには責任が伴っていて、ジレンマだなと。
ーでは「性の規範を更新する」という点で気付きはありましたか?
勉強では見えてこないものがありました。男性として生まれたからには、こう生きなければという規範を教えられてきたし、自分で自分を縛っていた部分もありましたが、性の意識は流動的になり得るもので、従来は男性にしか当てはまらないとされた気質が女性にも当てはまったり、その逆もあることが改めて理解できました。また男と女という対立構造にすると問題が起こることです。女らしさからの解放を思うあまり、女性らしさに該当する気質そのものを悪だと捉えて、女らしさの枠組みに生まれ持った性格や素質が当てはまっている人を攻撃する例も出てきています。そして、私たちはまだ、性のさまざまなな規範のなかで生きていかなくてはならないということに気付きました。性別なんて関係ないと言っても現実は違って、社会構造上生まれる差や環境の違いがあります。それは男女間だけではなく国籍や障がいの有無にも関わると分かりました。良い悪いではなく、お互いの違いを許容するのでもなく、そもそも“みんな違う”を前提にすることが、問題解決のヒントになるんじゃないかと思いました。
ーそれらの考えはパフォーマンスにも反映されましたか?
そう思います。ワークショップのテーマやそこでの気付きは自分のなかで受け止めています。ただ、その考えをもとにパフォーマンスでどう動こうか何を表現しようかとは判断せず、それを踏まえて自分の体がどう動くのか?という感覚に任せました。そして今までの経験という要素は一旦シャッフルしていて、一つ一つが部品として出てきたかもしれませんが、全体としては自分が長いこと踊ってきたものとは全く違うものになっていました。新しい経験をした証明だと思います。それでも、踊る、自分を表現するという根っこの部分で通じる何かがあったんじゃないかと感じています。
金子美月(かねこ みつき)
ーこのワークショップに参加したきっかけや理由は?
ワークショップのテーマやメッセージ性に興味があったのと、小春さんや辻󠄀本さんのように実際に活躍している方が何を考えているのか、そしてその姿を目の前にして自分は何を思い、表現するのか知りたかったからです。今まで自分から一歩踏み出せないこともあったのですが、思い切って応募してみることにしました。あと募集をダンス経験者に限っていないところも心惹かれました。
ーこのワークショップのために勇気を出そうと思った理由は?
不親切な説明になっちゃうんですけど、直感です。あえて言うなら、個人的な話なんですけど、大学で舞踊学を専攻していて。私は周りの子みたいにレッスンに通ったりすることができる環境ではないので、焦りや悔しさがありました。でも、そもそも目指している表現の方向が違う気もして毎日モヤモヤしていて…。今大学3年生で、1年半後には卒業なので何か行動しなきゃっていう気持ちもありました。
ーそうして参加してみて、先ほどパフォーマンスを披露していましたが、表現したいと思っていたものはありますか?
動いてみないと分からないなと思っていました。私の表現を見て、感じてくれたものが全てなんだと思います。
ーそのパフォーマンスのほか、参加者やスタッフ、菅原さんや辻󠄀本さんとコミュニケーションをとっていろいろ考えるところがあったと思います。
勉強になったのは辻󠄀本さんと小春さんの表現に対する意識や、私たちに対する言葉です。受け取ったものに対して自分がどうアプローチするのか考えたり、他のメンバーの起こすアクションを見たりできたことが大きな学びでした。
ー他のメンバーとはどんな関係になったんでしょう。
初対面から始まった8人みんなで1つの作品を作り上げる、これってけっこう不思議な関係性だと思います。バラバラっちゃバラバラで意見がぶつかることもあったけど、険悪になることはなくて、お互いがお互いを受け入れようとする気持ちがあるメンバーでした。一緒にいる期間は短いけれど本当に濃い毎日を過ごしていて、すごく特別な信頼関係を感じています。そういう仲間たちと作品を作り上げるためにどんどん意見を出していく、このワークショップの時間全てが得たものなのかなって。今回みんなと過ごすなかで何回も「今すごくきれいな時間だな」と思うことがあって、それは誰かの踊りを見ているときもそうだし、みんなで何かを考えているときもそうだし、ただ歩いているときもそう。すごい感覚的で申し訳ないんですけど、具体的な分かりやすい言葉では表せそうにないですね。
ーこのワークショップ自体にも「性の規範を身体表現を使って更新する」というテーマがありましたが、何か変化しましたか?
うーん、なんだろうな、なんかこれもぼんやりしているんですけど、ジェンダーについての考えが変わったというよりは、ジェンダーから離れたものについてとことん考えたことが、結果的にジェンダーに対する視点にも影響してきてるのかも。