「誰かの価値基準に自分の判断を委ねるのはダサい」。街の本屋さんが教えてくれる情報過多時代の歩き方

Text: YUUKI HONDA

Photography: Noemi Minami

2018.10.5

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総務省の最新調査によると、2016年時点で、モバイル端末の普及率が約95%に達していたそうだ。もはやできないことを探す方が難しいソレを片手に、多くの人が常時オンラインの生活をしていることが、実感だけでなく数字でも証明された。

あまりの便利さから依存傾向に陥る人も珍しくなく(筆者も当てはまる)、“スマホ断ち合宿”なるものまで登場しているから、世も末という気もするが、そうはいってもいまさらスマホを手離す気にはなれないというこの矛盾した状況、わかってくれる人は多いと思う。

スマートフォンを持ってるぼくらが全然スマートじゃないって皮肉だよねえ。

笑顔でそう言う、とある本屋さんの言葉に、今日は耳を傾けてみよう。

“〆切の妖精”と“知のドワーフ”。正反対の幻獣を愛称に親しまれる彼が、現代病ともいえるオンラインの呪縛から、あなたを解き放ってくれるかもしれない。

一人の校閲者が版元と本屋を作った理由

石原さとみさんを主役に好評を博した『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』を監修した、校正・校閲の専門会社・鴎来堂(おうらいどう)をご存知だろうか。その代表を務めるのが、今回話を聞いた柳下恭平さん(やなした きょうへい)その人である。

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柳下恭平さん

ホスト、中古車ディーラー、IT屋などなど、一言では言い表せない経歴を持つ彼が今生業にしているのが出版だ。

10代後半から20代前半まで世界を旅して、帰国後さまざまな職を転々としたが、「もともと文字が好きだった」という性分が20代半ばに芽を出し出版社に勤務。その後28歳で神楽坂に鴎来堂を立ち上げると、続いて版元と、いわく「週に何度かこの辺に住んでいる人が冷やかしに来れる街の本屋」かもめブックスをオープンした。

柳下さん個人の領域でいえば、他書店のブランディングもたびたび行なっているそうだ。彼の足場は出版業界のほぼ全域に広がっている。

90年代にフリーランスが台頭し始めて、00年代にそれが顕著になって。ぼくはそんな時期に起業したんですが、少しずつ「これは校閲だけをやってるわけにはいかないな」と思い始めたんです。

周りの環境が変わって本屋は減ったし、出版社が本を作るのに疲弊し始めたから、それまでの仕組みが通用しなくなってきたんだね。だからぼくなりのやり方で出版に関わる仕事をやっていたら、今の状態になったの。

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起業当初は「考えてもいなかった」という現状だそうだが、10年後をめどに鴎来堂の社長から退任して、一流の校閲者になるべく現場に戻りたいとも話してくれた。

そんな彼は、本が売れなくなった一つの要因(根拠はまるでないが)とも言われるオンラインの隆盛についてどう考えるのか。

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オフラインを前提に作られたかもめブックスのメッセージ

東京メトロ東西線・神楽坂駅の矢来口から出てすぐ左手に見えるかもめブックスは、今年で4年目を迎えた。早稲田通りに面した吹き抜けの店内は連日盛況で、そのにぎわいは店の外からでもわかるほど。

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Photography: Yuuki Honda

その軒に空色の地に黄色の文字で「BOOK+COFFEE+GALLERY」とあるように、本だけでなく、コーヒーも飲めて展示も楽しめる空間になっている。しかしそれだけでいえば、ほかにも類似の店舗は存在するだろう。かもめブックスがほかと違うのは、「本はオフラインの娯楽」という考えを念頭に置いてデザインされたという点にある。

本を読むときはその世界に入り込むまで集中しなきゃいけないから、ある程度のオフラインが必要になりますよね。それに、本との予期せぬ出会いもオフラインな状態が望ましい気がします。

たしかに本を読むときは、普段は便利なスマートフォンが厄介になる。本を探して店内を回るときも、急な着信やアプリからの通知はうっとうしい。加えてSNSは、集中力を妨げる最たる例かもしれない。柳下さんは「SNSってある意味最大の娯楽だからね」と言ってこう続ける。

いやでもこれ、全然ぼくらがスマートじゃないってのが皮肉で。スマートなのは端末だけで、ぼくらはむしろスマートじゃなくなってるみたいな。まあだから、お客様のスマホには関与できないけれど、店舗自体はオフラインな空間であることにはこだわりました。

ギャラリーではスマホより目の前の作品を見てもらうこと。カフェではコーヒーを飲みながら談笑したり、それこそ店内の本を読めるようにしたことなど、その工夫がうかがえる。Wi-Fiもわざと飛ばしていないそうだ。

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世の中にインターネットを含む技術革新が浸透するにつれて、何もかもが便利になったが、その恩恵になると謳われていた余暇を、ぼくたちはどこに費やしてきただろう。さらなる便利さ=時短を求めては、1日24時間の隙間をこじ開けてはまた埋めてを繰り返してきたのではなかろうか。

消費者たるぼくらの要望に答える形で、特にオンラインにおける時間の奪い合いは、ストリーミングサービスの普及もあり近年その度合いを増している。いまや“いつでもどこでも”が合言葉でスタートライン。オンライン上の覇権争いは苛烈を極める。

そんな時代に逆行する“オフライン至上主義”のかもめブックス。その存在意義を、柳下さんは「ユニークな場所でありたい」という言葉で表す。

ここだけはいつもオフラインって場所があってもいいですよね。しかも本のためのオフライン。オフラインといえば、ぼくはメールを使わないんですが、ヒップじゃないよねって言ったらみんな諦めてくれます(笑)。だってメールを捌くことに膨大な時間を使うってヒップじゃなくない?

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ヒップかどうかの結論はさて置いておくとして、業界平均40%を超えるとされる返本率(要は売れずに出版社へ返品される本の割合)が、ことかもめブックスにおいては18%というのはかなりヒップだ。

情報化社会だからこそ必要とされる洞察力

いつでもオンライン状態の恩恵のひとつに、“情報に素早くアクセスできること”が挙げられるのは間違いない。出先で迷ったときも、記憶をうまく引き出せないときも、オンラインに頼れば大抵のことは解決する。

オンライン上に蓄積された膨大な情報記録にいつでもアクセスできることのメリットは計り知れない。

しかしその反面、情報が多すぎるため、真贋を見極める力がより強く求められるようにはなった。

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そこで台頭し始めたのが、キュレーションサイトなどの“まとめ系コンテンツ”であり、「〇〇さんが言ってるなら」と信頼を寄せられる情報のセレクターの存在だ。しかし柳下さんは警鐘を鳴らす。「でもそれらに頼りすぎるのは、自分の価値基準を手放すようなものだからねえ」と。

オンラインのメリットが、“情報に安く早くアクセスできる”という点にあるとすれば、デメリットは、“情報の絶対価値が下がって相対価値が上がったこと”だと思うんです。

雑に言うと、相対価値は不特定多数の他人の評価で、絶対価値は自分だけの評価です。要は、食べログで4.0評価(相対価値)のカレーを食べて不味かったときに、「え、不味くない?(絶対価値)」と思えるかどうかですね。

確かに、身の回りのあらゆるものの評価が見える今、いつの間にか自分の感覚に従う機会が減っているような気がする。

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そんなことを考えつつ、「あ、でも」と思って、情報=本をセレクトしているかもめブックスの存在について柳下さんに聞いてみた。

本屋を“書物のキュレーションの場”と言い換えると、そこは相対価値の見本市でもある。(リアルな本屋とオンラインを比べる限界はあるのせよ)本屋の存在もオンラインと同じく、絶対価値を揺るがせることにつながらないだろうか。

確かにそうですね。かもめブックスも本のセレクトは誇りを持ってやっている仕事なんですが、でも、「最近かもめブックスのセレクト微妙だな」って思う人がいたってまったくいいんです。

誰かの“いいね!”を盲信するのではなく、それを知ったうえで、自分の“いいね!”を疑わないでいられるかが大事です。

だから本屋を含めた情報のセレクターをセレクトする才能が必要で。もっというと、自分がセレクターになった方が有意義です。あ、一周回ってセレクターが大事という話になっちゃったけど(笑)、価値を判断するのはあくまで自分であれ、ということですね。

柳下さんは飄々と、しかし確かな口調で最後にこう付け加えた。

誰かの“いいね!”に自分の判断を委ねるのは、いっちゃえば“ダサい”とぼくは思うな。

この情報化社会のなかで、あなたは自分を見失わないように、自分だけの価値基準を持ち続けられているだろうか。

柳下さんによる読者参加型の新連載がスタート!

とは言っても悩み多きこの時代、誰かに客観的な意見を求めたいという気持ちはわかるわけで…そんなわけで…新連載、始めます。その名も、「かもめブックス柳下恭平の出張!ビブリオ人生相談」。

柳下さんが個人で不定期に開催している「BOOKMAN Showのビブリオ人生相談」〜お悩み解決に役立つ本(柳下さんセレクト)の紹介と柳下さんのユーモラスな回答が好評を博したイベント〜がNEUT Magazineで来月からスタート!

あなたが送ってくれた“お悩み”の解決にぴったりな本を柳下さんがセレクトし、そしてその本をNEUT編集部からプレゼントします(太っ腹)!

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あなたからのご相談をお待ちしております!

柳下恭平(やなした きょうへい)

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