「美しい魚を身に纏う。美しい魚の身を守る」をコンセプトに、世界の海で絶滅に瀕している魚をモチーフにしたアパレルウェアブランド「MER/FOLK(マーフォーク)」がスタートした。ブランド名には、“MER=海や海のもの”と“FOLK=人そのものや人が作ったもの”をつなげていくという意味が込められている。
ブランドオーナーを務めるのは、多くのショッピングモールで開催され、人気を博した「ジュエリーアクアリウム」を手がけた野崎晋平(のざきしんぺい)。これまではリアルな場所として水族館を提供してきた彼が、どうしてこのタイミングで、魚の柄をデザインで落とし込んだアパレルウェアブランドをスタートさせたのか。魚好きであり、モデルとしても活躍するイシヅカユウを招き、ブランドオーナーの野崎とアートディレクター兼デザイナー本多恵之(ほんだ さとし)に話を聞いた。
魚の柄×アパレルウェアの発想の原点
NEUT:まず、「MER/FORK」をスタートしたきっかけを教えてください!
MER/FORK ブランドオーナー・野崎(以下、野崎):幼少期から魚が好きなんですが、いつか好きなものと自身の仕事が組み合わさったことができたらなと思っていました。私自身の経歴を話すと、もともとはアパレルブランドで10年ほどSE(システムエンジニア)をしていました。退職したタイミングで、自分のビジネスと魚で何かできることはないかと模索したときに、熱帯魚が泳ぐ水槽をジュエリーに見立てた「ジュエリーアクアリウム」という水族館をスタートさせました。ショッピングモールでの開催だったため、話題になり多くの方々が楽しんでくれましたが、パンデミックに直面して、実店舗での開催が厳しくなるなかで、魚にまつわる新たなプロジェクトをスタートさせようと思ったんです。
NEUT:それが「MER/FORK」が提案する「魚の柄 × アパレルウェア」の発想だったんですね。
野崎:アパレルブランドにいた頃から、魚の柄とファッションはすごく相性がいいのではないかと思っていました。まるで芸術作品かのような柄を持つ魚もいますし、これを服に取り入れたら面白いと思ったんですよね。
イシヅカユウ(以下、ユウ):鮮やかな配色を持つ魚は、色の組み合わせ方など、ファッション的な参考にもなりますよね。野崎さんはどうして魚が好きになったんですか?
野崎:出身が茨城で、子どもの頃は霞ヶ浦へよく釣りに行っていました。ブラックバスなどが泳いでる場所なんですが、ある日熱帯魚が釣れたんです。種類はオスカーというもので、日本にはいないもの。きっと誰かが放流してしまったものを釣り上げてしまったんですが、黒地に赤の稲妻模様が入ったかっこいい魚で、今まで見たことがないビジュアルに驚きました。当時はネットもなかったので、図書館に行って調べていくうちに他の魚にも興味が湧いて、魚好きになりましたね。
ユウ:私が魚を好きになったきっかけと似ているかもしれません。私は静岡の出身なんですが、祖父が釣り好きで、毎週のように浜名湖へ釣りに行っていました。湖ですが、海の魚もいるし、川の魚も釣れる場所なんです。あと、季節来遊魚という熱帯魚の幼魚が黒潮に乗って流れてくることがあって、自然といろんな種類の魚に触れてきました。自宅には60cmと90cmの水槽がそれぞれあって、海水と淡水で種類を分けて魚を飼っていたこともありましたね。なかでもキイロハギが大好きです。
野崎:私はナマズやニョロニョロしている魚など、少し変な形をしている種類が好きですね。
知られずに消えていく魚たちのために…。
NEUT:「MER/FORK」では、主に絶滅危惧種である魚の柄をアパレルに落とし込んでいますよね。
野崎:ナポレオンフィッシュって知っていますか? 青みがかった深海魚で水族館にもよく展示されている魚です。仕事柄、水族館や漁業関係の方によく会うのですが、今はとても減少しているという話を聞いて、びっくりしたんです。昔は沖縄の海でもよく見られていたんですが、近年はあまり見られなくなってきているそうです。
ユウ:ポピュラーな魚であるナポレオンフィッシュが、絶滅危惧種だなんて想像がつかないです。
野崎:ナポレオンフィッシュに限らず、世界的にいろんな種類の魚が減っています。例えば、ジンベエザメも水質の変化などで死んでしまったり、乱獲されてしまったりして2000年から絶滅危惧種なんです。食用だとニュースなどで「今年はサンマが不作です」と、耳にすることがあるかと思うんですが、それ以外の魚だとなかなかないですよね。そういう情報を多くの人に触れてもらうきっかけになってほしいなと思って、絶滅危惧種の魚を選びました。パンツを購入することで、何か環境へのアクションにつながるようなものにしたかったんです。
NEUT:ただ、新たにアパレルを作ることは、どうしても環境に負担がかかってしまいますよね。
野崎:おっしゃる通りで、もちろん環境には少なからず負荷がかかってしまいます。ファストファッションのサイクルは改善していくべきだと思いますが、ファッションそのものに対して否定的な考えは持っていません。やっぱりファッションの楽しさは生きていくうえで必要なものだと思うんです。魚も煌びやかなものや、奇抜な柄を持つ種類がいて、自身をアピールするときにはその柄を相手に見せつけたり、ヒレを大きく広げたり。自分の姿や形をシーンに合わせて表現しているところがファッションと通ずる部分であり、面白さになると感じました。
NEUT:どうしてパンツだけの展開にしたのでしょうか?
野崎:パンツはトップスと比べると、形や色、素材などがシーズンや流行にあまり捉われないものだと思います。環境の面からも長く身につけられるものをと思っていたので、アイテムをパンツだけに絞ることにしました。また、トップスだとなかなかハードルが高い柄物も、ボトムのほうがスタイリングしやすいかなと思いました。柄そのものの楽しさを感じてもらえたらという狙いがあります。
デザイナー・本多恵之(以下、本多):デザイン的な面でお話をすると、このパンツは柄で遊び心を入れているぶん、シルエットには普遍性を持たせようと思い、ワンタックのスラックスに。ハイウエストで腰回りにゆとりがある形にし、タックインもできる仕様にしました。トップスのインやアウトで、柄を見せる面積を自分でコントロールできるのもポイントです。
「また買い換えればいいや」ではなく、その一つを愛でていくのが今の時代に必要だと感じていて、ストーリーも含め、シーズンに関係なく来年も同じ気持ちで楽しめるものを意識してデザインしています。
ユウ:実際に履いてみて、シルエットも綺麗ですし、季節などを問わずにずっと着られそうだなと思いました。素材感もいいですよね。
野崎:素材選びにはとても苦労しました。魚柄のデザインがかっこよくできても、マテリアルによって見え方が変わってくるので、かなり悩みましたね。
本多:そうですね。同じ魚柄で作ってもニュアンスが全く違うのが面白いんです。柄によって素材を変えて提案していますが、そこは魚の特徴からもインスピレーションを受けました。魚の見た目は、鱗と柄の組み合わせや、質感で成り立っているのですが、パンツでもそういったテクスチャーを取り入れるために、柄ごとに生地素材を変え、一辺倒ではない魚の柄の奥行きや不思議さを表現しています。同じプリントでも、生地によって色の出方が違うんですよ。なので、当初想像していたものから、さまざまな偶発性も重なりつつ、みんなで意見を交換し合って今のアイテムへと着地していきました。
ユウ:ボトムに柄があることで、少し人魚っぽく見えるのも面白いなと思いました。
本多:そこの部分を分かっていただけて嬉しいです。「魚だから着ます」という人はあんまりいないと思っていて、ファッション的な視点も大切にしました。例えば古着屋さんで柄物のアイテムに出合ったときって、そこにどんな背景があるかなどは関係なく、そのもの自体が好きになるっていうことがあると思うんです。ストーリーだけのサステナブルを謳ったものは、少し説教じみた感じがして、味気のない気がしていて。あくまでもファッションとして楽しいものや、かわいいと思えるものを意識しました。
NEUT:アイテム完成後に開催したポップアップでは、お客さんの反応はいかがでしたか?
本多:ポップアップをしたときには、最初に「私はこの柄がいい!」と選んだ人が、違うものを試してみると、そちらを選ぶことが多いことにびっくりしました。履いた人自身に新たな発見をつくれたのが嬉しかったです。最近はオンラインショップも増えてきましたし、SNSなどでもファッションについて発信するアカウントが多いので、大体の人がお洒落である反面、無難なものを着ているイメージ。世間がいいと思っているものを選んでいるのが正解でありかっこいいとされていて、どこか選ばされているような感じがしています。ファッションに対しての失敗や発見が少なくなっていると思うんですよね。今回作ったパンツは、同じ柄でも一本ごとに柄の入り方が違うので、自身ではコントロールできないものをデザインとして落とし込めたのが面白い部分でもありましたし、選ぶ楽しさを改めて感じてもらえたらなと思いました。
野崎:まずは服を通して、絶滅危惧種の魚について興味を持ってもらうきっかけを作ることができてよかったです。話していくと意外と魚好きが多かったのも嬉しかったですね。
ファッションとサステイナブルのバランス
NEUT:「MER/FOLK」が考えるサステナブルの形を教えてください。
野崎:やっぱり第一として考えているのは、ファッションとして成り立つこと。生きていくうえで着ることは必要なことですし、自身を表現するためのツールとしても欠かせません。そうしたファッションの意義を守りながらも環境に配慮したものを作ることが自分たちの考えるサステナブルだと思っています。パンツにアイテムを絞ったことや、耐久力があり長く履けるようなものにすること、受注生産のみでの展開にすることなど、ファッションと両立しながら、可能な限り環境負荷がないものを作っていきたいです。
NEUT:アイテムを購入したら、売上の1%を環境保護活動に寄付できるんですよね。
野崎:海のごみ問題解決に取り組むNGO「一般社団法人JEAN」、沖縄の海を中心にサンゴの保護活動をする「チーム 美らサンゴ」の2つから寄付先を選べます。
本多:さっきお話でもあげたように、現代を生きる私たちは、流行や時代によって無意識のうちに選ばされていると思うんです。「MER/FOLK」の8種類の柄からパンツを選んで、購入した後は、寄付先をどこにするかを決められる。この経験自体がサステナブルなのではないかなと思っています。多少値は張るけど、自分が気に入ったものや、ストーリーを理解したものを選んで買うことが、今の社会にとって大事なことなのではないかと思います。服を作ることが悪なのではなく、「いらなくなったら捨てればいい」という考えに傾いていることが問題だと思うんです。なので「MER /FOLK」での購入体験を通して、ものを手にする喜びを味わってもらえたら嬉しいですね。やっぱり気に入った洋服を買って身につけることは、人生を彩ってくれるものだと思います。安くて早いものを増やしていくのではなく、自分にも社会にも意味のあるものを増やしていくことがこれからの時代に必要なのではないかと思います。
ユウ:お二人のお話を聞いて、すごくスッキリしました。私は自然や海もファッションと同じくらい好きですが、自身が身を置いているファッション業界が環境に少なからず負担をかけてしまっていることに対して、とてもジレンマを抱えていました。どちらも両立することって難しいですし、究極、人類が滅びればいいって思ってしまうときもあるくらいでした。けど、やっぱりこうして生まれたからには生きていかなくてはいけないし、生きていくからには楽しく過ごしていきたいですよね。結論として今すぐに何か結果を出せるわけではないけれど、これが悪いからなくせばいいっていう考えではなくて、自分自身でまずはできることを考え続けていくことが大事だなと思いました。
NEUT:今後ブランドをどのようにしていきたいですか?
野崎:ブランドとしてはまだスタートしたばかりなので、まずは「MER/FOLK」のあり方をもっといろんな人に知ってもらえるようにしていきたいです。今回の魚柄のデザインは、新しい魚柄が出たらなくなるのではなく、全て「MER/FOLK」のベーシックアイテムとして、長く提供できるサイクルを考えています。これは受注生産だからできること。同じアイテムでもいろんな着こなしが楽しめるのがわかるよう、スタイリングの提案もしていけたらと思っています。
本多:今回のルックではタンクトップを合わせて、「MER/FOLK」のパンツがメインとなった分かりやすいスタイリングですが、今後はあえて柄物を組み合わせてみたり、アウターを合わせてみたり。私たちもいろんな視点から着こなし方をトライしていきたいですね。
野崎:絶滅危惧種の魚についてもしっかりと発信していきたいと思っています。ファッションと環境の両軸からきちんと説明していきたいですね。
ユウ:今後の活動も楽しみです。いつかキイロハギのアイテムもぜひ作ってください(笑)!