「自分にとって風俗は良いものでも悪いものでもない」。現役大学生、風俗で働いていた彼女が世の中に知ってほしいこと

Text: Yuki Kanaitsuka

Photography: Cho Ongo unless otherwise stated.

2019.2.4

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私たちの多くは昼の世界で生きている。私も毎朝、眠い目を擦りながら起きて、電車に揺られて職場に行き、遅くても日付が変わる少し前くらいには帰路につく。たまに、まわり道をして繁華街の裏路地を通って帰ることがある。そこではいつも、極彩色の艶やかな衣装に身を包んだ女性たちが、行き交う男性に声をかけている様子が目に留まる。

日本中、どこの街にでもある光景。たまに、ふと、彼女たちは、どこから来て何者でどこに行くだろうかと考えることがある。全く想像がつかない。夜の世界で生きている人たちは、どこか自分とは遠い存在だと思っていた。彼女と出会うまで。

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誰もが知る有名私立大学に在籍、透明感のある素朴な笑顔。一見、夜の世界のイメージとはかけ離れた印象の彼女は、かつて風俗嬢として働いていたことがある。現在は、その時の経験を題材にした映画の制作や、風俗嬢のよりどころとなる場所をつくるためにスナックの運営などを行っている。風俗で働く中で、同じ職場で働く風俗嬢に関心を持った彼女の活動は、一貫して当事者の視点に立つことを重視している。自分自身が過去を乗り越えるために、当事者としての経験を活かして「風俗で働く女性たちのために出来ることを精一杯やっていきたい」と彼女は話す。

一見どこにでもいる普通の大学生の彼女が、夜の世界に足を踏み入れることになった理由、そこから現在、当事者視点で風俗嬢に向けた映画の制作や居場所づくりなどの活動を行うまでの経緯、そして風俗で働く経験を通して考えたことについて、話を聞いてみた。

自分とは別世界の話。夜の仕事なんて考えられなかった

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中高一貫の女子高出身。同級生には大企業の社長令嬢など裕福な家庭が多かった。自分の家は「そこまで豊かじゃないけど、そこまで貧乏でもない」と彼女は思っていたそうだ。大学の入学が決まった時、突然、親から入学金が払えないかもしれないと言われた。それから、気が付いたら家から車や家具などいろいろなものが売られていった。最後は親戚からお金を借りて、何とか大学に進学した。

これ以上親には迷惑をかけられないと思いました。とにかくお金がないから、稼がなきゃという思いが強かったです。

大学入学後は、アルバイトに明け暮れた。大学の授業が終わった後、夕方から夜遅くまで毎日バイト漬けの日々。一方まわりの学生はみんな授業が終わるとインターンシップやイベント、講演会などに参加していた。そんな生活を羨ましく思った。自分だけが参加できないのは嫌だと思い深夜に出来るバイトを探した。そこで見つけたバイトは清掃などの力仕事も多いスーパー銭湯のスタッフ。それも時給は1000円足らず。貯金はいっこうに増えない。お金の不安は常に付きまとった。そんなある日、偶然出会った大学の先輩に夜の仕事をすすめられた。

当時は、女子高上がりで、大学で出来た男友達と身体が少し触れるだけでビクッとするような人間だったので、夜の仕事なんて考えられませんでした。

当時、夜の仕事は自分とは別世界の話だと思っていたが、その先輩の言葉が頭の片隅から離れなかった。それからしばらく経って、夜の仕事についてLINEで相談出来るサービスを見つけた。試しに相談してみるとガールズバーをオススメされた。体験入店をして合わなければやめても良いらしい。「思ったより深刻に考えることでもないのかも」そう感じた彼女は、恐る恐る紹介されたお店に向かうことにした。

この頃はまだ、いけないことをしているのではないかという罪悪感がありました。

ドキドキしながら向かった初出勤で、迎えてくれたのは女性店長。初めての営業の日は、楽しくお酒を飲んでいたらあっという間に終わっていた。それで手元には1万5千円。「なんだ、このバイト最高じゃん」と思った。

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それから、そのガールズバーで1年半ほど働いた彼女は、夜の世界に足を踏み入れていく。ガールズバーの後は上野のキャバクラ。キャバクラはお店の空気に合わなくて半年で辞めた。そこで出会った人にすすめられて、銀座のクラブでも働いた。その頃、人生で初めて恋人が出来た。

父が浮気性なこともあって、男性不信になっていたんですが、初めてこの人だったら信じてもいいかもしれないと思える人に出会えた気がしました。

ところが付き合って間もなく、恋人の浮気を知ってしまう。誰にも相談することが出来ずにどんどん思い詰めていった。

もう何も信じられなくなりました。放っておいたら気持ちが爆発しそうで、とにかく何かに没頭して頭を空っぽにしたいと思ってました。

そうしてたどり着いたのは渋谷のデリヘルだった。デリヘルはお客さんに対して性的なサービスを行ういわゆる風俗店。そこで、働く女性は風俗嬢と呼ばれている。

初めはある意味自傷行為のような感覚でした。

好きだった男性に裏切られ、もう自分の身体を大事にする必要なんてないという気持ちが、彼女を夜の世界へと駆り立てた。その後、しばらくして、大学の近くの江の島に引っ越しをする。生活環境が変わったことで、精神的な落ち着きを取り戻した。それでも、風俗は続けた。

そのころにはアルバイトの1つという感覚になってました。罪悪感も消えてました。感覚が麻痺していたというのが近いかな。

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風俗で働く女性には、抱えているものを吐き出せる「はきだめ」が必要

彼女は大学という昼の世界と風俗という夜の世界を行き来していた。そんな生活の中で、自分と同じ夜の世界で働く風俗嬢に興味を持ち始めた。様々な経緯からこの世界に流れついた女性たち。みんな得体の知れない何かを抱えている気がした。

風俗で働いている女性たちは、自分も含めて、みんなどこかに弱さを抱えている気がしました。

「もちろん致し方ない理由で働いている人もいる。でも、本当は稼ぐ手段なんて他にもたくさんあるはず。風俗の仕事を辞められないのはある意味弱さなのかもしれない」。彼女は、自身を振り返りながらそう考えた。

でも、それは1人では乗り越えられない弱さかも知れないから、風俗で働きながら、誰かと繋がる中で、自分自身の課題と向き合えるような環境があったらいいなと思いました。

自分の課題は最終的には自分で解決するしかない。「外から無理やり介入する支援には違和感がある」と話す彼女。「だけど、課題と向き合うためには、自分をさらけ出して受け止めてもらえる場所が必要」そんな思いから、風俗で働いている女性がふらっと寄れる場所をつくるため、スナックをひらくことにした。毎週木曜日、夜の20時から朝の5時まで、浅草にあるお店を間借りして営業している。お客さんは今のところ、友人が半分、近所のおじさんが半分。まだ、場を切り盛りしていくので精一杯という状況だが、これからもマイペースに続けていくつもりだ。

風俗で働いている女性が、日々ため込んでいる感情を吐き出せるような、「はきだめ」として使ってもらえる場所をつくりたいです。

彼女もかつて、風俗嬢が集まる座談会に参加した時に「自分の感覚はおかしくなかった」「分かってくれる人がいる」と共感し合える相手がいる心強さを実感した経験があった。いつかそんな場所をつくりたいと話す。

現在、風俗嬢の仕事は辞めて、風俗嬢を送迎するドライバーをやっている彼女。自身の経験をもとにした映画の制作にも取り組んでいる。

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夜の世界で生きている人たちから見える希望

元々映画が好きで、高校生の時から、渋谷のミニシアターによく通ってた彼女。友人の誘いがきっかけで、日本を代表する映画監督の教授が主宰する映像制作の授業に参加することになった。授業は、1年を通して実際に映画を制作するという実践的内容。制作された映画は、例年都内のミニシアターで一般上映される。授業の中で彼女は映画監督の教授から「映画で最も大切なのは、つくり手がなんとしても、これをつくりたいという強い意志を持っていることだ」という話を聞く。「私の中でゆるぎない強度のあるもの」。その時初めて、彼女の頭に「風俗嬢をやっていた時のことを映画にしたらどうなるだろう」という考えが浮かんだ。

ちょうど、大学4年生になったところでした。これまでやってきたことにけじめをつけよう。映画を撮ることで、自分が風俗嬢をやっていた過去と向き合いたいと思いました。

授業を受けている学生は約40人。全員がそれぞれ映画の企画書を書いてプレゼンする中で、実際に撮影する映画の脚本が絞られていく。40本が10本になり最終的に4本に絞られる。彼女は「風俗嬢と送迎のドライバーの話」を考えた。企画書には、かつて風俗で働いていたことも書いた。

初めて教授や一緒に授業を受ける学生の前で企画書のプレゼンをする時はとても緊張しました。まわりの人たちの目を見ることが出来なくて、ずっと俯きながら発表をしていた気がします。

彼女の作品は最後の4本に選ばれた。

まさか、最後まで残るとは思わなかったんですが、自分が今絶対に撮りたいテーマであるということには自信がありました。

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その後、40名の学生は4つの班に分かれて、映画の制作を進めていく。彼女の映画にも、スタッフとして参加を希望する人たちが集まった。企画に深く共感したという人から、興味本位な人まで。「理由はどうあれ、一緒に映画をつくりたいと思ってくれることが嬉しかった」と話す。この映画の内容について尋ねると、「撮り終えた今でもまだ整理しきれていないところがある」と前置きをした後に、こんな答えが返って来た。

私が今回、映画の題材に選んだのは、風俗で働く中で感じる自分や家族に対してのあきらめや孤独です。風俗で働いている時、明るい未来が勝手に遠ざかっていく感覚がありました。愛する恋人とか、温かい家族とか。当たり前の幸せが自分にとってはあきらめなくてはならないものなように思えました。そんな時の感覚を思い出しながら脚本を考えました。

彼女が原作・脚本・監督をつとめた映画『もぐら』はこんな物語だ。

川崎のデリヘルで働いているあおいは「ハル」という名前で客に体を売る毎日。
ある日、風俗嬢あおいは新人ドライバーのけいたと出会う。
母親が蒸発し、風俗で働きながらひとりで生きているあおい。
夜の工場をひとりみつめるけいた。
ふたりは幼い頃に両親の離婚によって離れ離れになった家族だった。
あおいを運ぶけいたの車が夜の川崎を走っていく。
孤独を抱えたふたりの優しい夜のドライブがはじまる。
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映画『もぐら』
Photography: Mizuki Ono

風俗嬢の大半は、昼夜逆転の世界で家と職場の往復の生活をしている。お客さん以外の人と触れ合う機会が極端に少ない孤独な環境の中で、気兼ねなく話が出来る送迎のドライバーは貴重な存在に感じられたと彼女は話す。

私が風俗嬢として働いている時、ドライブの時間が好きでした。毎回どこに行くか分からない夜の車の中で、一緒に過ごすドライバーは気を紛らわせてくれる存在でした。もし、まわりに誰も頼れる人がいない状況で、ドライバーが絶対的な自分の味方でいてくれたらきっと救われただろうなと。

今回の映画では、風俗嬢のあおいと、ドライバーのけいたは実は、生き別れた家族だったという設定になっている。

私は元々家族との関係が複雑だったので、風俗嬢をやっていたという過去もまだ伝えることが出来ていません。でも、逆に、家族がなんでも受け止めてくれる存在だったとして、風俗の経験も認めた上で手を差し伸べてくれた時、私は、果たしてその手を握り返せるだろうかと思ったんです。

頼れる人が欲しいけど、素直に人を頼ることが出来ない。風俗で働くことを経験した人が親しい人に対して抱える負い目。映画には彼女のそんな葛藤が映されていた。

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映画『もぐら』
Photography:Mizuki Ono

映画をつくっているうちに、いつしかそれが自分の中の消せない過去と向き合う作業になっていました。夜の世界は想像以上に孤独で、いろいろなことをあきらめないと生きていけない世界。でも、だからこそ、どんな小さなことでも希望になりうるかもしれない。そんな思いを映画に込めました。

彼女はこの映画を風俗で働いている女性たちに一番観てもらいたいと話す。

風俗の仕事に対する世の中のイメージは依然として、否定的なものが多い。彼女は、もちろん、「決しておすすめはしないけど」とした上で、「でも、なぜ、風俗で働いているというだけで、世の中から否定されなければならないんでしょうか」と問いかける。

自分にとって風俗は良いものでも悪いものでもないと思っています。良い時もあれば、悪い時もある。それを世の中が決めつけるのには違和感があります。もっと、当事者の目線に立って考えていきたいです。

いつか当事者を卒業出来る日まで

彼女は、映画が完成したらこれまで公にしていなかった風俗嬢だった過去をある程度公表しようと考えている。多くの人は驚くに違いない。中には否定的な目で見る人もいるかもしれない。

私は嘘が苦手だから、これからずっと、隠し通すことは出来ないと思ったんです。それなら自分からさらけ出して、それでも私のことを受け入れてくれる人をこれからは大切にしたいなと。

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スナックも映画も、自分が今やっている活動を語る上で、風俗嬢をやっていたという過去を避けて通ることは出来ない。かつて風俗嬢だったことが、気づけばアイディンティティの1つになっていたと話す彼女。一方で、「一生この問題と向き合うとか言うつもりはない。もちろん、風俗嬢の代弁者になるつもりもない」と言う。

彼女の友人で摂食障害を公表して、積極的に発信を続けている女性がいる。数年間、精力的に発信を続けてきたその女性は、ある時、普通の女の子になりたいからという理由で、摂食障害の当事者として生きることを卒業すると宣言したそうだ。

なんかいいな、私もいつか卒業出来たらいいなって思いました。きっと、彼女は摂食障害の当事者として活動する過程で、たくさんの人と出会って、たくさんの経験を積んで、摂食障害という言葉を使わなくても自分のことを説明できる様になったんだと思います。私もいつかそうなったらいいなと。

現在大学4年生の彼女。既に、様々な領域で才能を発揮して活躍しているが、卒業後の進路を尋ねると意外な答えが返って来た。

大学を卒業したらまずは普通に就職したいと思っています。

彼女は「今は自分を満たす時間が必要だ」と考えたそうだ。映画の仕事を通して芸能プロダクションのマネージャーにも興味を持ち始めた。「元々裏方は好きだから自分に向いてるかもしれないな」と、夢中になって没頭できる仕事を今は探していると言う。無邪気に憧れの仕事について話す彼女は、どう見ても普通の大学4年生だった。

そうやって、まずは自分を満たして、十分に余裕が出来たら、また風俗嬢と社会のことについて考えて、スナックとか今考えていることを思いっきりやりたいです。

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一説によると、日本人の成人女性の20人に1人が風俗店(お客さんに性的なサービスをするお店)で働いているという。一見、別世界の話に思える夜の世界は、確実に私たちの生きている昼の世界と繋がっていて、そこで働いている人たちは、私たちのすぐそばにいるのかも知れない。彼女は、繰り返し「風俗で働くことに対して世の中が過剰にネガティブに捉えていることに違和感がある」と話していた。決して、他人に勧めたい仕事ではないが、当時は自分としてはそうせざるを得なかった。これまで、出会った風俗嬢たちもみんなそれぞれの人生の様々な事情の中で、そこで働くことを選択していたと話す。

「風俗で働いていたというだけで、その人を判断するのはおかしいですよね」。無自覚な思い込みや偏見が、時に意図せず人を傷付けてしまうことがある。彼女が紡ぐ当事者の声は、いたるところにまだ、差別や偏見が残る世界で生きる私たちが、お互いの無理解を乗り越えて溝を埋めるための、小さくとも確かなきっかけになると思った。

『もぐら』

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