「この世界は美しい」。日中にルーツを持ち“どちらの国でも異質な存在だった”と語る彼女が増やす、世の中の選択肢

Text: Yuki Kanaitsuka

Photography: 橋本美花 unless otherwise stated.

2019.6.28

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「近くて遠い国」。
歴史的背景や文化の違いから、そう言われてきたおとなりの国「中国」。

近年、政治経済共に世界に大きな影響力を持つ大国に成長し、音楽やアートなどのカルチャーシーンも若者を中心に盛り上がりを見せている今、中国は世界中から注目を集めている。一方で、日本で暮らしている私達は正確な情報を知る機会がいまだに限られているのが現状だ。

そんな中、“親しみやすい中国”を見せてくれる女性がいる。彼女の名は、なつよ。

2018年に彗星の如くテレビ、雑誌、ラジオなど様々なメディアに現れ、彼女のTwitterプロフィール欄にはただ「ラッパー」とだけ書かれている。現在フォロワーは約3万人弱。日本には馴染みのない中国のカルチャー・エンタメ事情を中心に、時には日中の時事問題に対して独自の見解をキャッチーな切り口で発信している。

中国事情に詳しいインフルエンサーとして有名な彼女の本業は、数多くの大企業を相手に日中を繋ぐブランディングやマーケティングを手がけるマーケター兼コンテンツプロデューサー。最近では、肩書に縛られず活躍する彼女の思想やライフスタイルにも注目が集まる一方で、彼女自身のバックグラウンドは謎に包まれているところも多い。彼女は何者なのだろうか。

今回は、これまで公に語られることが少なかった彼女のルーツやアイディンティティの話を中心に、SNSやメディアを通して発信を続けている理由、そして今後の展望について聞いてみた。

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なつよ

感情をごまかした幼少期。現実逃避として選んだエンタメの世界

中国人の両親の元に生まれたなつよは、幼稚園・小学校は日本、中学校・高校・大学は中国で過ごし、そして現在は東京を拠点に事業を展開している。日本と中国で過ごした年数はちょうど半々。文字通り2つの国をまたいで生きてきた。

彼女の来歴をより複雑にしているのが国籍だ。日本で過ごした幼少期は中国籍だったが、中学生の時に中国に渡るタイミングで帰化して日本国籍となった。実際に住んでいた国と国籍を置いていた国とが入れ違っている状態。そんな背景から、どちらの国でも異質な存在として視線を向けられる経験をした。彼女は、そんな自身の境遇をどう捉えているのだろうか。

「何人」というアイデンティティはシンプルなものではなく、因数分解するとたくさんの来歴に分けられると思ってます。血、両親のルーツ、教育、言語、滞在期間、国籍など。人は誕生時の自覚はなく、気付いたら“そこ”にいたというような存在だと思うんです。国籍で人のアイデンティティを判断する子どもなんていないと思うんですけど、小学生の頃、日本の記憶しかない私は自分のことを日本人だと思っていたのですが、何せ名前が「陳(ちん)」なもので、まわりからは中国人と言われていました。クラスに私1人しか外国人がいなかったこともあり、(学年に在日コリアンとフィリピンハーフもいたんですが、二人とも日本人の名字ということもあり、うまくやっていて羨ましかったことを覚えています)特別視されていて、名前をからかわれたり、家に悪戯されたりしたこともありました。子どもって悪気ないじゃないですか。最初はたいそう泣いたりもしましたが、どうしようもない呪いのようなものなのでその呪いと向き合うしかなかったんです。私が変わるしかなかった。

そんな子ども時代を振り返りる彼女は、当時をこう分析する。

なので割と小学生の頃から彼らの思考回路やいじめの原因を淡々と分析していった結果、歴史背景や社会全体の矛盾に辿りつく他なかったんです。いじめっ子は知識や理由があって人をいじめているわけではなく、純粋に希少な存在をいじりたいだけ。悪気はないんです。なので彼らに正当な理由を説明しても無駄で、こちらが堂々としていれば自然と終わります。人は人が思うほど、人に興味なんてない。

他に乗り越える方法がなかったので、幼少期から自分と向き合うしかなかったと話す彼女。当時は家庭にも学校にも分かり合える存在はいなかった。そんな彼女にとって救いとなったのが、カルチャー・エンタメの世界だった。図書館に通い詰めて、『ハリー・ポッター』や『ダレン・シャン』、『西遊記』や『封神演義』などのファンタジー小説を読み漁っていた彼女は、自分を取り巻く日常の外に広がる壮大な世界に思いを馳せていく。

幼少期に自分一人で解決しようのない様々な問題と出会い、思想が孤立した結果、現実と向き合うことを辞めて楽になりたかった。子どもって、1人で飛行機には乗れないのでどうしても広い世界に行くことは出来なくて、見ることができる世界って自転車で行ける範囲が最大だと思うんですね。だから、本の中でしか非現実に行けなくて。当時の私が行ける一番遠い距離が本の中にあったんです。

人々が国や文化を越えて体験を共有できるカルチャーの世界。この幼少期の経験に彼女が現在行っている「カルチャー・エンタメを通して日本と中国を繋ぐ活動」の原点があるのかもしれない。

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その後、中学校に進学するタイミングで中国に移住したが、ここで新たな困難に直面する。

当時中国語は家庭での会話程度しかできなかったので、片言だった。幼少を日本で過ごした彼女の服装や髪型は中国の現地学生とは違い目立つ。そしてその頃国籍は日本になっていた。今度は中国人から“日本人”として扱われた。そうした状況に対して彼女は、「その頃には既に達観していた」と当時を振り返る。

小学校での一連の経験を通してわかったんですよ。悟りを開いた訳じゃないですけど。人間は、こういうもんだ。人は自分の身の回りの数少ない“世の中”から与えられた情報でしか動けない。悪いと教えられたものは悪いと判断する。良いと教えられたものは良いと判断する。そこから一歩踏み込んでフラットに考え直す秀才なんて本当に稀。逆に何も考えていないバカの態度と秀才の態度は極論同じになる。一番怖いのはその真ん中にいる世論を素直に受け止めた“普通”の人たち。

2つの国にルーツを持ちながら、その特殊な背景故にどこにも居場所がないように感じたというなつよ。経験した本人にしか分からない複雑な感覚だ。現在の彼女は自身のアイデンティティについてどう考えているのだろうか。

私の様に国籍が途中で変わった人や外国人二世などは本当に面倒くさいと思います。結局お前はどっちなんだって。 “どっちも”なんて事実を社会は許してくれないんですよ。私は、本質的なアイディンティティはその人の意志でしかないと今は思っています。血なんて辿ればみんな繋がる。国籍なんてシステムで買える。言葉が話せなくてもその国を母国だと思っている人もいる。でも、それを証明できるものって自分の主張でしかないので、それって凄く説得力がないんですよね。願わくば生涯1国、もしくは10カ国くらい混ざったカオスになりたかったなんて思う頃もありました。人は自分が想像できる範囲の物事にしか言及してこないので。

日本と中国は長い歴史の中で複雑な事情を抱えている。そんな2つの国にルーツを持っていることから、意思に反して「どちらの国に帰属しているのか」と説明を要求されることや、説明に対して「それは納得できない」と文句を言われることなど、これまでうんざりするほど経験してきた。そのことについて彼女は、「私は地雷を踏んだ状態で生まれてきた。ここに立ったまま生きていく義務がある」と話す。

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私という存在を通して世の中の選択肢を増やしたい

ここまで幼少期から思春期にかけての話を聞いてきたが、理不尽な周囲からの眼差しに時に傷つきながらも社会をサバイブする術を身に着けていった彼女からは「誰が何と言おうと私は私として生きていく」という強い意志とゆるぎない覚悟を感じる。

Twitterなどを通して色々な人と繋がっていく中で、自身のアイディンティティに葛藤を抱えている若者が目に留まることも多いという彼女。「そういう子には、あなたが考えているのは、こういうことだよね、とひも解くヒントをあげる人が必要」だと話す。

最近ではセミナーや講演会をするとなぜか若い頃の自分の生き写しのような子がたくさん駆け寄ってきてくれます。こういう子達が自分と同じような境遇の人間に会えるだけで心強いんだろうなと。私も当時はまわりは敵だらけで頼れるのは自分しかいないと思い一匹狼のような性格になってしまいましたが、彼女、彼らのためにもっと世に出ていかなければなと責任を感じます。

そして現在、トレンドに敏感な若者や中国に関心の高いビジネスマンを中心に熱い視線を注がれる存在になった彼女は、その発信力を活かして、自身の思想を少しづつ世の中に浸透させていこうとしている。

Twitterやメディアを通して発信していける状況は凄くいいなと思っています。私という人間が存在していることを世の中に知ってもらうだけでも選択肢が広がるじゃないですか。

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インターネットの普及によって世界中の人々が自由に情報を発信できるようになった。今なら、1人で飛行機に乗れない子どもだって、インターネットを通して日常の外に広がる世界を見渡すことが出来る。世界は1つに繋がっていっている。その一方で、ヘイトスピーチやあらゆる社会問題への議論や波紋など、最近では負の側面も目立つ様になってきた。そうした現状にうんざりすることはないのだろうか。彼女に問いかけてみたところ、こんな答えが返ってきた。

最近は“この世界はまだ救いようがある”と思うようになりました。今はマスメディアで不適切な報道があったりするとTwitterで必ず議論が起こる。ちゃんと正しいことが賞賛されて、間違ったことが非難される世界になってきていると感じます。だから、正しいことだったら声を上げても否定されることはないんだと、自信がつきました。

名のないムーブメントのその先へ

今、日本は、これまでの社会で当たり前とされて来た様々な矛盾や不条理を正していこうとしている時期なのかもしれない。彼女はこれを「まだ名前のついていない大きな社会ムーブメント」と言う。

社会にもっと選択肢を増やしていきたい。否定されないたくさんの選択肢が可視化される状態であってほしい。一人でも多くの人が手をあげるだけで選択肢は増える。やれる人がやらないと始まらない。私は今、一人称で手をあげている。

インフルエンサーとして知名度を上げた後も、彼女は自身を取り巻く状況について「私は常に社会のトレンドを追っているだけ」と冷静に捉えている。

私が小学生の時は多数派が正とされる時代だったんですよ。だから自分を隠して面倒を避けるのが社会の風潮だった。芸能人も中国系も韓国系も皆身分を隠して活動していた時代だった。それが今ではそんなルーツを個性として売っている。時代は変わり今は少数派が注目される時代。だから、私は、少数派の自分を魅せている。

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グローバル化が進む時代。日本は様々な領域でグローバルスタンダードを求められる。そんな時代に既存の日本社会の考えに縛られていたら、世界との距離はますます遠くなるかもしれない。

日本は最近、ジェンダーや男女にまつわるセクシャリティなど議論されるようになりましたが、人種や宗教の話にはまだまだたどり着けていない。外国人の雇用や移民問題などこれから迎える山積みの問題は目に見えている。外見やルーツへの偏見だけでなく、宗教への理解やリスペクトなど、どれも日本人とは縁のない、苦手とされる問題ばかり。いつまでもジェンダーや男女の云々で議論が止まっていては先に進めない。

日本の現状を指摘する彼女は、教育の重要性を強調する。

“偏見のない馬鹿”と“究極の理解”の対人態度は同じになるはずではないか?小知恵をつけた悪魔のマジョリティーにならないためにどうすればいいか。教育から改善し、早く次の議論に行ける土俵を整えたい。そしてその先には高齢化社会と言う日本国内の最大の課題も残されています。異なる出自の人間への理解、多様性への理解は、その先の最大の壁への解決の糸口になる。早かれ遅かれ向き合う事実に今からの布石は早くないと思っています。

思考の拡張、そして脱価値観の束縛

そんな彼女が、情報を発信する上で特に意識しているのは30歳以下の若者達だ。若者達の思考の枠を広げて選択肢を増やすことが、将来より良い社会をつくることに繋がると彼女は考えている。

私はただの媒介者です。私が発信しているカルチャー・エンタメのトレンドなどキャッチーな話題はあくまでも入り口で、興味を持ってもらった上で本当に伝えたい事を伝える。情報はカテゴリーの“総数”だと思っているので、ネガティブな話題ではポジティブな側面を発言し、ポジティブな話題にはネガティブな側面を発言しています。そうして物事には全て両面性があると気づいてほしいし。

彼女は自身を媒介者として、つまり「入り口」として日本人に中国について知ってもらいたいと話す。

特に中国の話題だとネガティブな話題の方が日本には溢れているので、Twitterではあえてポジティブな話題を多く投稿しています。日本の若者達も中国についてもっと知りたいと思っている人は多いのに検索するとネガティブな情報ばかり。そんな入り口だとせっかくの興味も失せますよね。私はあくまでも開きにくい第一関門を大きく開けている状態で、そこからは当事者の自由にしてくださいというスタンスです。簡単な話で、恐る恐る行った海外のホームステイ先のホストが最悪だったら国の印象も悪い、ホストが最高だったら他のことにも興味が向く。私は良いホストでありたいだけです。中国に限らず、すべての国においてそうでありたい。韓国は私がやらずともKPOPがやってくれています。(笑)

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今後は、これまでに取り組んできたことや考えてきたことをアートやインスタレーション、音楽や映像などのコンテンツとして発信していくことを考えているという彼女。年内には東京の廃墟を舞台に気鋭の映像作家を募ったイベントも企画中だ。彼女はこれからも、何ものにも縛られることなく「なつよ」として生きていく。

肩書に頼らず運用しているTwitterを通して思想にファンがついたおかげで、私は他のバイアスを一切排除した「なつよ」として発信ができるようになりました。だから、みんなもっと好きなことを発信して、正しいと思ったことをやればいいと思っています。ナイフより花を相手に向ければ、自然と全てが花になって帰ってくると思います。

今日もユーモアたっぷりな語り口で、最新のトレンド情報に合わせて、海の向こうの近くて遠い国の本当の姿を教えてくれる。彼女が発信する情報に触れている内にその国にたいしてのイメージが、少しづつ変わっていっていることに気づく。得体のしれない恐怖が減って、もっと知りたいという興味が湧いてくる。私たちより下の世代は、隣の国も、もっと遠くの世界中の国々も、今よりもずっと身近になっているに違いない。彼女が話す「まだ名前がついていないムーブメント」はきっと始まったばかりだ。

なつよ

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