村上春樹のデンマーク語翻訳者を追った“現実と空想”が重なり合うドキュメンタリー『ドリーミング村上春樹』監督インタビュー

Text: Noemi Minami

Photography: 橋本美花 unless otherwise stated.

Interview Location: Cafe & Diner DAYS 386

2019.11.12

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「夜夢をみると、たまに考えてしまうんです。もしかしたら、夢のなかの世界が現実で、今生きている世界は現実じゃないのかもしれないと。夢のなかのことは自分ではコントロールできないし、大抵の場合起きているときと同じぐらい現実的に感じられるから。村上春樹の本を読むときもそんな感覚になるんです」
2019年10月19日に公開が開始された『ドリーミング村上春樹』の監督Nitesh Anjaan(ニテーシュ・アンジャーン)は自身の作品を「イマジネーションのドキュメンタリー」だと説明する。

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Nitesh Anjaan(ニテーシュ・アンジャーン)

『ドリーミング村上春樹』は、デンマークで20年以上にわたって、日本を代表する作家村上春樹の作品を翻訳してきたメッテ・ホルムが2016年、村上春樹がアンデルセン文学賞を受賞し、デンマークを訪れ王立図書館でメッテと対談する瞬間と、同時期にメッテが村上春樹のデビュー小説『風の歌を聴け』を翻訳する貴重な姿を追う。

小説の理解を深めるために日本を訪れるメッテを追うカメラは次第に村上春樹の小説に描かれている並行世界を描写していく。深夜のデニーズ。バーカウンター。古いレコード。ピンボール。地下鉄。首都高速道路。公園の滑り台。巨大なかえるくん。そして夜空に浮かぶ二つの満月。現実と空想の世界が重なり合う村上春樹の世界のように、その境界線は次第に消えていくー。

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©Final Cut for Real

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©Final Cut for Real

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©Final Cut for Real

現実と空想が入り混じっているという点で同作は、いわゆるドキュメンタリー映画とはいえないかもしれない。監督は自身の作品にラベルを貼りたくはないが、プロダクション面などで分かりやすさを重視するため「ドキュメンタリー」というジャンルを選んだと前置きをし、強いていうならば『ドリーミング村上春樹』は「イマジネーションのドキュメンタリー」だと話す。

この映画はドキュメンタリー映画ですが、同時にイマジネーションも現実だという真実を追い求めています。この映画は、イマジネーションのドキュメンタリーだといえるかもしれません。

今回NEUT Magazineは、必然かのような偶然がいくつも重なるニテーシュのこれまでの人生や、作品にも大きな影響を及ぼした彼の「Inbewteen(間)」という感覚、そして『ドリーミング村上春樹』に込められた思いを伺った。

偶然の重なりは必然かのように

20代初め、デンマークのコペンハーゲン・ビジネススクールに通っていたニテーシュは、シンガポールマネージメント大学に交換留学する。ビジネスや経済の勉強では優秀な成績を得ていた彼だが「何かが欠けている」と当時は強く感じていた。“現実的な未来”ばかりを追いかけ、インターンシップなどに必死で「今を生きていない」同級生に距離を感じ、鬱屈した日々を過ごしていた。この頃に彼は村上春樹の作品を多く読み始める。「村上春樹の世界には社会に適応できていないような、世界を外側から見ているような人物が多く登場する」と、小説のなかの人物に自身を照らし合わせることができたという彼は、「僕についての物語が世の中にはある」と感じたという。それが彼を孤独や寂しさから少しだけ救ってくれた。ニテーシュは、村上春樹の世界に「居場所」を見出していたと振り返る。

そんなある日、彼は夢をみた。夢のなかで彼は、自分自身から逃げていた。

夢のなかで僕は森の中をものすごいスピードで走っていて、誰かに急に名前を呼ばれたのです。そしてその僕の名を呼んだのは、僕自身だったのです。眠りから覚めて「僕は僕から逃げているのか」と考えたのを覚えています。

その日の朝、ニテーシュは自身のルーツであるインドに旅立つことを決意した。荷物は全てデンマークに送り、母国の大学にもう戻らないことを告げ、計画もないままインドを訪れた。そして、4,5ヶ月間滞在することとなる。

作家でもある彼が文章を書き始めたのもこの頃。ホテルで夜勤の受付の仕事をしながら、コーヒーを片手に、レイモンド・カーヴァー*1の短編小説を読み、仕事場にこっそり持ち込んだタイプライターで小説の執筆に取り組んでいた。

シンガポールのときに始めたフォトグラフィーも続けていた彼が、映像の撮影や編集も勉強したいと思い始めた同時期、インド出身でデンマークに移民していた父が祖国へ帰ることを決めたのが転機となる。父のことを知るためにも、映像の撮影や編集を学ぶためにも、父がインドに帰る様子を数分の映像作品にすることにした。それが結果的に「父と息子」について描いた長編映画となり、『Far from Home』 と題した彼のデビュー作は、北欧最大のドキュメンタリー映画祭やテレビで取り上げられた。計画的だったわけではなく、そのような経緯で小説を書くかたわら彼は映画監督になった。その後「才能がある」と友人に勧められ、デンマークを代表する鬼才ラース・フォン・トリアーをはじめとする名だたる映画監督が卒業したデンマーク国立映画学校を受験し、見事に合格。実は『ドリーミング村上春樹』はニテーシュが在学中、学友と共に学校外のプロジェクトとして始めたものだった。

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村上春樹関連のイベントに積極的に足を運んでいた彼はある日、同作家のデンマーク語翻訳者として長年活動しているメッテ・ホルムの講義に出席し、彼女の仕事に感銘を受ける。映画学校では課題が多いなか、「自由にできる作品」を制作しようと学友と話していたニテーシュは、メッテについての短い映像作品を作ることを思いついた。最初は出演を躊躇していたメッテだが、ニテーシュの一作目をみたうえで「やってみましょうか」と承諾してくれたという。どんな映像にしようかと考えていると、メッテに村上春樹のデビュー小説『風の歌を聴け』の翻訳の依頼がくる。この作品に強い思いれがあったニテーシュはすぐにメッテが同作品を翻訳するプロセスを追うことを作品の題材にすることを決めた。そのうちアンデルセン文学賞を受賞したため村上春樹がデンマークを訪れるというニュースが届き、その後プロダクションがついて、当初とは想定外の「プロフェッショナルな映画」へと発展していった。メッテの『風の歌を聴け』の翻訳や、村上春樹がデンマークを訪れるのに合わせて映画制作を計画したのかとかと思いきや、全ては偶然が重なっただけというから驚いてしまう。

(*1)レイモンド・カーヴァーとは、アメリカの小説家、詩人。ミニマリズムの代表的存在。

「外」ではなく「間」だった

ルーツはインド・生まれ育ちはデンマークのニテーシュは、長らく自身が「異邦人」だと感じていたという。そしてインドに住んでみてもそれは変わらなかった。そういった体験や『ドリーミング村上春樹』の制作を通して彼は自身が「Inbetween(間)」にいるのだと気がついたという。

映画の制作中「どうして僕は日本という国で、言語や翻訳に関する不思議な物語の映画を作っているんだろう」とふと思う瞬間もありました。しかし実際に映画を観てくださった方々の反応を見ているうちに分かったのです。自分にはそういったことを自然と伝えるすべがあったのだと。自分には、言語や文化の間にいること、物語や現実や夢や日常の間にいることについて伝えられることがあったのだと。

制作中は「意識的ではなかった」と監督は話すが、この「Inbetween(間)」という感覚が彼にとって、そして彼の作品にとって大きな要素であることは明らかである。映画の主人公であるメッテの仕事は、日本文化や日本特有の感情をデンマーク語で届け、二つの文化の距離を縮めてくれる。彼女は「アイデアや物語や感情に命を吹き込む」ことで、ある言語を違う言語に訳すだけではなく、それらの「Medium(媒体)」になるのだと監督は話していた。そして何よりメッテは現実と物語の「Inbetween(間)」を生きているという点がニテーシュが彼女に強く惹かれた理由だった。

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作品を作り終えるまでこの「Inbetween(間)」という感覚は言語化もできていなかったというが、作中で監督が編集の面で意識したことも、日本語とデンマーク語のバランスだった。インドにルーツを持ちデンマークで生まれ育った彼は「欧米の監督がインドで作品を作り、インドをステレオタイプ化することが耐えられない」と話し、今回一番避けたかったことは、日本人の観客が共感できないものを作ることだったという。そこで作中の日本語とデンマーク語のバランスはできるだけ五分五分になるように意識し、「日本的な視点から観たら日本の映画」であり、「デンマーク的な視点から観たらデンマークの映画」だと観客が感じるように工夫したという。

日本人にとってもデンマーク人にとっても「観た人にとって、その人の映画になる」という感覚を生み出したかったという今作。それは、監督が村上春樹を読んだときに感じた「強烈にパーソナルな体験」を映画という形で実現する試みでもあった。

イマジネーションを巡るラブストーリー

村上春樹の世界に居場所を見つけ、彼を長年翻訳してきたメッテの仕事に感銘を受け、彼女を記録する短い映像作品の制作として始まったこの『ドリーミング村上春樹』は、出来上がったときには最初の想定とは違う、より大きなものになっていた。作品が出来上がってみると、映画のテーマは「一種のラブストーリー」だったと監督は話す。

この映画はメッテについてでも、村上春樹についてでもなく、二人の間にある一種のラブストーリーについてなんです。そして、物語を読んだときに生まれるイマジネーションについて。

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偶然が重なり合い完成したこの作品は、シンプルであり、同時に複雑である。『ドリーミング村上春樹』はニテーシュの思惑通り、国や文化を超えて個々のイマジネーションを掻き立てる、観た者の数だけ物語が生まれるような「イマジネーションのドキュメンタリー」だといえるだろう。

Nitesh Anjaan(ニテーシュ・アンジャーン)

ドキュメンタリー作家、1988年生まれ。現在コペンハーゲン在住。デンマーク国立映画学校卒業。2014年にデンマークの永住権を放棄して、祖国インドに帰国する父親を追ったドッキュメンタリー映画『Far from Home』を初監督。コペンハーゲンで開催されている北欧最大のドキュメンタリー映画祭CPH:DOX2014でプレミア上映される。2017年に『ドリーミング村上春樹』を完成させ、世界中の映画祭で上映し、トロントで開催される北米最大のドキュメンタリー映画祭Hot Docsで観客賞を受賞する。

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予告編

※動画が見られない方はこちら

『ドリーミング村上春樹』

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10月19日(土)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー

監督 ニテーシュ・アンジャーン/2017年/デンマーク/デンマーク語、日本語、英語、ノルウェー語/日本語字幕/カラー/60分/クリエイティブ・ドキュメンタリー

配給 サニーフィルム

©Final Cut for Real

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