ベジタリアン(菜食主義)の一種、ビーガン(完全菜食主義)食を専門に提供する飲食店を経営する、株式会社エイタブリッシュの共同代表の清野玲子(きよの れいこ)さんは、あけすけに「人の生き方を否定するのってダサいですよね」と筆者に言った。
この言葉に続けて彼女は、「私は生まれつきのベジタリアンで、約9年ほどビーガンでもありましたが、今は魚もハチミツも食べます。ベジタリアンにもいろんな人がいるわけですから、それぞれが自由にすればいいと思うんです」と言い切る。
2000年にビーガン食専門のカフェを開店してから現在まで、さまざまな形で食と向き合ってきた清野さんに、“進化するベジタリアン”という自身の哲学のほか、食の多様な選択肢について聞いてきた。
(というわけで清野さんをゲストに招き、第3回目のNEUtalkを「肉とビーガン」をテーマに開催します。詳細は記事を読んだあとに本ページの最下部でご確認を!)
知ってしまった飲食業界の裏側
清野さんのキャリアは、短大卒業後に就職した、とある撮影スタジオのカメラマンのアシスタントからスタートしている。もともと料理が好きで、デザイナー志望だった彼女が入社したそのスタジオは、全国の飲食店のメニューや広告を飾る食品の撮影を主な仕事にしていた。
先輩カメラマンについて全国を駆け巡る日々はそれなりに充実していたという。しかし問題だったのが、被写体となる食品そのものにあったと、昔日を振り返りながら清野さんは話す。
超一流レストランからファストフード店まで撮影して回りましたが、日々飲食店を巡っていると、その裏側までよく見えてくるんですね。例えばある食品メーカーの方が言っていたんですが、「この粉末をハンバーグに混ぜるとこのぐらいコストカットできるんですよ」とか。
そういう業務用食品の得体の知れなさを見聞きしまったから、一時期、一切外食ができなかったんです。仕事の付き合いなんかで飲食店に行くときは、野菜は下手な加工ができないだろうと思って、サラダしか食べないなんて、そんな毎日でした。
その後いくつかの転職を経て、1997年にデザイナーとして独立&当時から現在までタッグを組むビジネスパートナーと共同で起業。独立当初はデザイン関連の仕事を中心に活動していたものの、もともと料理好きという質も手伝ってか、「いつか飲食店をやるのもいいなあ」と考えていたという。
前例のなかった“ビーガンカフェ”というコンセプト
加えてもう一つ、清野さんが飲食店事業に関わるうえで大きな影響を与えたのが、「私ってたぶん、遺伝子レベルからのベジタリアンなんですよね」という自身の体質にあった。
私の祖先って沿岸部にいた人たちだと思うんですね。要はあまりお肉を食べてなかった人たち。だから私はどうもお肉に対して食指が伸びない。匂いもダメ。アレルギーがあるわけではないんですが、口にしてもどうしても飲み込めない。小さな頃からそうでした。
私は生まれて数ヶ月後に母乳がダメになったらしいんです。その原因は母のお肉好きで、ほら、母乳って母親が食べているものからできているから。いま振り返ってみると、生きていくために必須な母乳すら拒むんだから、これはもう根っからのベジタリアンなんだろうなあって思っています。
そんな清野さんがビーガンになったのは、ある映画制作に関わっていたとき。制作メンバーの一人がビーガンであることを知り、「そういう考え方もあるんだと興味が湧いて。当時は仕事で心身ともに疲れ切っていたこともあって、心機一転の気持ちで取り入れてみました」という経緯があるが、これが効果てきめん。体調は徐々に回復し、おまけに基礎体力の増加と病気への免疫もついたという。
同時期には知人へ何気なく「ビーガンカフェを開きたい」と口にしたことからトントン拍子で話が進み、その三ヶ月後に店舗をオープン。その際には、撮影スタジオ時代に見聞きした業界の裏側を反面教師とした。
ちなみに開店当時の2000年前後はまだ、“菜食”というワードから宗教的なニュアンスを感じ取る人が多かったようで、誤解を招かないようにするためにも、ビーガンカフェという看板を表には出さず、普通のカフェとして営業していた。
味そのものも受け入れられるか不安だったというがしかし、その予想に反して客入りは好調。このとき、「美味しいものを作れば思想は関係ないんだ」と実感し、以後ビーガンが世の中に定着していくことを確信したという。
周囲の飲食業関係者から懸念されていた、野菜の仕入れ価格やコンディションの不安定さというリスクについては、毎日の仕入れ具合によってメニューを柔軟に変化させて対応。「絶対にうまくいかないよ」という声を実績ではねのけてみせた。
「あくまで楽しむためのビーガンを発信していきたかった」。その思いは今、表参道の「Restaurant 8ablish(レストラン エイタブリッシュ)」と、学芸大学の「MUFFINS AND COFFEE 8ablish(マフィンズアンドコーヒー エイタブリッシュ)」に受け継がれている。
そのほか、ケータリング事業や卸し業、デザイナーとしての能力も交えて、地方での産品開発や他店舗へのディレクションなど、清野さんの活動は多岐にわたっている。
「みんな自由に、体が欲するものを食べればいい」。
2000年にオープンしたビーガンカフェやその後継店を通して、18年に渡って食を考えるきっかけ作りを続けてきた清野さんは、菜食主義に一辺倒することはない。
通常ビーガンの人にとって、ハチミツなど、動物が生産したものを口にすることは、考えに反するとされている。だが清野さんの場合は、花粉ではなく砂糖水をハチに摂取させて製造を促成させるなど、人間の都合を優先した自然ではないハチミツ作りの問題を伝えるために、時には真摯なハチミツ作りをしている養蜂家を招いてイベントを開くこともある。
自身も、東京から海沿いの家に引っ越したタイミングで、「海沿いに住むんだから海産物を否定するのは不自然かなと思って」と、年単位で時間はかかったというが自然に魚を口にするようになった。
これを機にビーガンをやめたというわけではなく、「いつでも戻れるし、否定的になったわけじゃない」とのこと。むしろ魚を食べるようになったことで、それらがどのような過程を経て食卓に届くのか、そのほか、海の環境問題がどうなっているのかにも関心を持つようになり、今は学びを深めている最中だという。
ビーガンをいち早く取り入れ、飲食事業はもちろん、出版や講演なども通じて、その思想を広めることに一役買ったという立場にいれば、その後も求道者のように傾倒したってよさそうなものを、彼女にはそんなそぶりがまったくない。
その理由を問うと、「ベジタリアンでもそうでなくても、みんな体が欲するものを食べればいいじゃないですか」とシンプルな答え。なおも続けて、「でも、ビーガン食専門というこだわりには何かメッセージがあるのでは?」と聞くと、以下のような答えが返ってきた。
まあ、食を考えるきっかけを持ってもらえたらいいですね。食品を生み出すためのエネルギーの持続可能性とか。結局、私にとっての食のテーマは、生態系にどれだけ迷惑をかけないか。だからビーガンやベジタリアンというくくりはどうでもいいんです。たとえばいつか食糧危機がきたとして、そんなときに「私は肉を食べません」は通用しません。それに、エスキモー*1に「野菜を食べなさい」と強制するのも無理な話で。それぞれにいろんな状況があるわけだから、肉食も魚食もあって然るべきですよね。
(*1)北極圏のツンドラ地帯の一部に住む先住民。生肉を中心の食生活で知られる
「進化するベジタリアン」という哲学
俯瞰して食を考え、固定観念に縛られない。
清野さんはこうした姿勢を、「進化するベジタリアン(菜食主義)」と表現する。レストランエイタブリッシュの裏コンセプトでもあるこの言葉は、柔軟な思考を持って食をとらえる彼女の生き方そのものだ。
つい最近、昆虫食に挑戦したことについては、「ビジュアルだけで判断したらダメだと心のなかで唱えながら食べました。味ですか?…まあまあです」と若干言葉を濁したものの、偏見は全くないという。むしろ新しい可能性に興味津々といった具合だ。
否定するのってダサいですよね。みんな自由でいい。主義や思考は変わってしかるべきだと思うし。「ベジタリアン」や「ビーガン」って言葉が固執させるのかなあ。思えば西洋の一神教の国からきた言葉ですからね。多神教の日本に合った言葉ができればおもしろいかも。その都度、私たちがいいと思うことを発信していきたいなあと思っています。
「もし山で突然死んでしまっても、その後に寄ってきた動物たちに薬くさいと思われないようにしたいです」と笑いながら話す清野さん。静謐と溌剌を同居させたその佇まいで、これからも、偏ることのない食の伝道師として、“進化”を続けていくのだろう。
Reiko Kiyono(清野玲子)
株式会社エイタブリッシュ代表、クリエイティブディレクター
幼少よりベジタリアンとしての食生活を送る。制作会社などを経て1997年に、ビジネスパートナーの川村明子さんとともにクリエイティブカンパニー「ダブルオーエイト」設立。ビーガンカフェ「カフェエイト」を皮切りに、現在は本格的なビーガンレストランとマフィン&コーヒーショップを運営。オーガニックのさまざまなフィールドの人々とのネットワークを持ち、オーガニックフードのご意見番的存在。
Restaurant 8ablish
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〒107-0062
東京都港区南青山5-10-17 2F
Tel 03-6805-0597
MUFFINS AND COFFEE 8ablish
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〒152-0004
目黒区鷹番1-7-11-104
Tel 03-6753-3316
NEUtalk|いま話したい、肉とヴィーガンのこと vol.3
2018年8月26日(日)
時間:15:30〜17:30
会場:Farmer’s Market at UNU(東京都 渋谷区神宮前5丁目11-1)
入場料:一般予約:2,000円/1人:チケットA *事前決済。ワンドリンク・軽食付き
メンバー予約:1,000円/1人:チケット B *事前決済。ワンドリンク・軽食付き
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。