「明日は今日よりもいい」アーティスト片岡亮介がコロナ禍で絵画を描き続けてたどり着いた“ウェルネス”とは

Text: Taiyo Nagashima

Photography: KISSHOMARU SHIMAMURA unless otherwise stated.

2020.7.29

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あなたは今、画面に表示されたこの文章を読んでいる。つるつるした強化ガラスを通して見る片岡亮介(かたおか りょうすけ)の絵に、どんなことを思うだろうか。

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幾重にも重ねられた油絵具のレイヤー、その筆跡の凹凸は、きっと十分に伝わらないだろう。片岡は「それがいい」と語る。NEUT Magazineの1周年記念特集PRINTED WEB MAGAZINEで製作した本とWebページのエディトリアルや広告について考えた特集「AD, Not Found」、NEUT BOWLのメインビジュアルなどNEUT Magazineでかねてからビジュアルの制作を手がけてきたアーティスト片岡亮介。彼が中目黒にあるアートギャラリーVOILLD(ボイルド)で開催する個展「WELLNESS PAINTINGS」は、画像と実物の違いに着目することから出発した。その作品群は、リアルとバーチャルを行き来するためのワームホールのように、私たちに擬似的な旅行を体験させてくれる。

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片岡亮介

リバーシのルールに則って、プレイするように絵画を描いた理由

当然だけど、画像で見る絵画と美術館で見る絵画って別物なんですよね。画像だからこそグッとくることもあるし、実物を見て初めて伝わる魅力もある。リアルとバーチャルのどちらがいいという単純な話でもなくて、その間にある何かを一枚の絵画の中で表現したいと思ったんです。それが自分が今の時代に絵画を描く意味なのかなって。

そんなテーマを最も象徴的に表現しているのは、リバーシ*1の絵画だ。一枚の絵の横にはタブレットが設置されていて、制作過程が映像で流れている。よく見ると、それが実際にリバーシをプレイするようにキャンバスを塗り重ねている過程だということがわかる。一番言いたかったテーマを表現するためにプロセスを大事にしなければならなかった、と片岡は言う。

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最後の盤面の配置を先に頭の中で完璧に決めて、そこにたどり着くまでリバーシのルールに厳密に則って、一つ一つ塗り重ねていきました。そのプロセスが何より大切で。自分の頭の中にあるビジョンを形にするために、塗ったり消したり、試行錯誤しながら完成させるのって、自分との対話のようなものですよね。頭の自分と体の自分の対話。その感覚を「自分VS自分のリバーシ対決」という手段で表現してみたんです。遊びの延長というか、真剣に遊んでみた。

一枚の絵画の中に、物理、時間、思想が、複雑に絡まり合いながら共存している。絵画を見る者ーーーつまり私たちは、時にぼんやりと、「かわいい」と感じたり、そこに込められた意味を想像して、語り合って、新しい言葉を作品に与えたりもする。そんな哲学的な仕組みの入り口を、片岡は「リバーシ」というアプローチで表現した。ポップな作風の裏には、さらに重層的な意味が込められている。

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細かい部分にも、実は意味があるんです。他の作品のシルクスクリーンで描いたグリッドはリバーシのマスに呼応しているし、方眼紙のノートやデジタルのピクセルとも捉えることができる。余白の部分はキャンバスがむき出しで、鑑賞者にさまざまな捉え方ができるように見せています。キャンバスの部分には何も塗ってないから、いわば0の状態。逆に塗り終わってる部分は100。そうすると、一つの絵の中に0と100が同時に存在することになって。考える余白を残したかったんです。

(*1)リバーシとは、オセロという名前で知られているボードゲーム。(オセロはリバーシの商品名の一つ)2人のプレイヤーが交互に盤面へ石を打ちながら、相手の石を自分の石で挟むことによって自分の石へと換えていき、最終的な盤上の石の個数を競う。

美術館で絵画を目の間にして湧き出る「あの感情」を起こさせる作品を作りたかった

繰り返しになるが、画面に表示される、「画像」では、何度も重ねられた油絵具の厚みや、筆の一本一本の跡は伝わりにくいだろう。だが、目に見えないからこそ、私たちはそのプロセスを想像することができる。それは、現代社会にあふれる情報に向き合う上での重要なヒントでもあると片岡は続ける。

僕は「How-to」を提示していて。絵画を見て自分の頭で考えるという行為は、何にでも置き換えられるんですよ。例えばニュースを見て、すぐにTwitterに何かを書いたりするより、少し落ち着いて事実を整理してみるとか、そもそも自分に関係ない話だから触れないとか、選択肢がいくつもあるわけですよね。一つの断片を受け取って判断するのは怖い。事実ってもう少し入り組んでいたり、複雑だったりするから。いろんな角度から現象を見るという行為を提示できたらと思っています。今回描いた絵画をインスタにアップすると、四角や丸のモチーフはただの平面に見えると思います。でも、実物を見ると、白い背景の後ろにも絵画が描かれているのが伝わりますよね。この差は絵画じゃないと表現できない。

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片岡はメディアへの洗練された視点を、ある部分では意識的に、ある部分では無意識的に作品に反映している。自身の作品がスマートフォンで撮影され、Instagramのタイムラインに流れていくことは、現代のアーティストが避けて通れない道。だからこそ、彼は、その現象をメタ*2な視点で捉え、織り込み、楽しむように絵を描いていった。こういった作品群をつくる強いモチベーションの源泉について尋ねると、片岡は「あの感情」について語った。

美術館で絵画を目の前にして湧き出る「あの感情」が好きなんです。どうしても言葉にできなくて、だからこそ作品を作りたいと思う。「あの感情」を起こさせるような作品を作りたいんです。どういうものかというと、作品を見て素直に良いな、って気持ちもあるし、自分の経験とアートの歴史を交差させたところに湧き出てくる感動もある。ちょうどコロナであらゆることがリモートになって、VRで美術館が体験できたりもしていましたが、物理的な体験のなかで動く感情は、バーチャルでは代替できないと実感しました。たとえばピカソの絵画だって今Google検索すれば見ることはできるけど、画像と実物では感じ方が違う。どっちが良い悪いという話ではなくて。その違い自体が、僕にとっては素晴らしいことなんです。

(*2)メタはある事象に対しての高次の視点や立場を意味する。例えば物語の登場人物が読者の視点で語ることを「メタ発言」と呼ぶ。

はじまりがゼロだったから、明日はもっとよくなるって毎日思えた

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こういったプロセスによって制作された作品群には、『WELLNESS PAINTINGS』という名前がつけられている。これまで語られたテーマとは一見無関係の「健康絵画」とはどういった意味なのだろう。

今回、初めて油絵具を使ったんですけど、最初は本当に何も分からなかったんです。油絵の具はオイルで溶くっていうことすら知らなかったくらい。画材屋さんで一式買おうとしたらめちゃくちゃ種類があって、「どれ買えばいいんだろう!」みたいに思って。でも、そういう状態からスタートしたから、常に新しい発見だらけ。ゼロから習い事を始める感覚でした。驚きの連続のなか、過去の自分の経験と照らし合わせながら「こうかも?いや、こっちかも」って進めていて、なんだかすごく健康的だなって思ったんですよ。新しい発見と向き合うことは、すごくいいことだなって。はじまりがゼロだったから、明日はもっとよくなるって毎日思えた。最後の作品は『tomorrow』というタイトルで、明日になるということは、今日1日の記憶や経験、歴史が積み重なったということ。考えられる幅も広がるし、膨大な歴史には本やネットで触れられるし、だから「明日の方が絶対に良くなる」って強く思えたんです。当たり前のことだけどすげーな!って。そんな絵を描くなかで知った感動を、『WELLNESS PAINTINGS』という展示の名前に込めています。

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いわゆる体の健康だけではなく、精神的にも「よく生きる」という概念への片岡の回答が、このタイトルには込められていた。最後に、どんなふうに褒められるのが一番嬉しいか?と尋ねてみると、その答えは意外なものだった。

まずは、素直な反応がすごく嬉しいですね。理由はわからないけど、とにかく好き!とか、気になる、とか、逆にあんまり気に入らない、とか。素直ってすごく大事ですよ。こういう理由があって良いね、って言ってもらえるのも好きなんですけど、「この絵は何?」って聞かれるのは、あんまり好きじゃない。よくないと思ったのに「いいね」って言われるのは、最悪ですね(笑)。本音と建前って、素直なコミュニケーションを図るのを避けてるだけ。僕の作品は一つの言語です。なので好きも嫌いも素直に伝え合うこと、思考することが素晴らしいと思っています。絵を見て、感じて、言葉にして、そういういろいろをひっくるめて、良い循環ができたらウェルネスだなと。あ、だから、「〇〇だからよくないね」って言われるのも、嬉しいです。そこから対話がはじまるから。

「明日は今日よりもいい」という、ちょっと恥ずかしくなるような普遍的なメッセージは、彼が描くシンプルでポップな絵と強くリンクしている。彼の語る「WELLNESS」は、画一的ではなく、人それぞれ違った曲がりくねり方をしているのだろう。想像し、コミュニケーションを恐れなければ、自ずと自分の道は見えてくる。「明日は今日よりもいい」という希望は、聡明に想像し続ける人だけが語ることのできる、素晴らしい発明。誰だってその希望を選びとることができるからこそ、準備を怠らないようにしよう。

片岡亮介「WELLNESS PAINTINGS」

Website

会期 2020年7月11日~8月2日
会場 VOILLD
住所 東京都目黒区青葉台3-18-10 カーサ青葉台B1F 開館時間 12:00~19:00
休館日 月、火
観覧料 無料
アクセス 東急田園都市線池尻大橋駅東口徒歩8分
東京メトロ日比谷線・東急東横線中目黒駅徒歩12分

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片岡亮介

Instagram

1993年岡山県生まれ。アーティスト。東京造形大学卒業。 ドローイングを軸としたペインティングやインスタレーションなどの手法を用いて作品を制作している。

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