日本の現役アスリートで唯一セクシュアリティをオープンにする下山田志帆に聞いた、社会を動かすアスリートの役割

Text: YUUKI HONDA

Text & Photography: Yuuki Honda

2020.11.19

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この記事は年2回発行の日本のフットボールカルチャーマガジン『SHUKUI Magazine』との連動企画です。

多様なセクシュアリティについての理解が進みつつある。

国内ではkemioを始め、自身のセクシュアリティを公にしている人も少ないながら出てきた。海外に目を向けるとより、積極的な公言も目立つ(もちろん公言しない自由もある)。

しかしそれがアスリートになると、途端にその数が少なくなる。これは国内外で共通しており、特に日本は非常に少ない。というより、現役アスリートに限れば1人しかいない。

それがサッカー選手の下山田志帆(しもやまだ しほ)だ。

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下山田志帆(しもやまだ しほ)

彼女は2019年2月に同性のパートナーがいることを明かした。

これを公にした当時はドイツの女子サッカーリーグ2部でプレーしており、同年5月に帰国。10月には元サッカー選手の内山穂南(うちやま ほなみ)と、株式会社「Rebolt(レボルト)」を創業。「誰かにとってのかけがえのない選択肢を」というミッションを掲げ、現在なでしこリーグ2部のスフィーダ世田谷FCに所属しながら、アスリートならではの視点を取り入れた商品を開発している。

セクシュアルマイノリティのアスリートの見えづらさ

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そもそもアスリートのカミングアウトが極端に少ない理由は、近代スポーツ*1の多くが“男らしさ”の象徴として発展してきた背景に起因する。その過程で、セクシュアルマイノリティ(特に男性の)や女性は抑圧され続けて今に至っている。

なおトランスジェンダーであれば、基本的にスポーツは同じ競技でも男女で分けられるため、そもそもスポーツをする機会が奪われる場合もある。また宗教的に男女が接触することを禁止している国では、その傾向がより強い。

こうした背景があり、現在でもカミングアウトしているアスリートの例は少ない。

(*1)欧州が近代に入って整備・統一し生み出したスポーツの総称。ラグビー、バドミントン、陸上競技など。

男らしさ・女らしさへのやりきれなさ

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こうした背景を身を持って知る下山田だが、彼女が育ったのは「女性は女性らしく、男性は男性らしく」を教育方針に持つ家庭だった。

7歳下の弟がいるんですけど、弟は男らしく、私は女らしくって育て方へのモヤモヤはありましたね。

そんな家庭のなかで、ピアノや新体操を勧められたことに反発し、「なんとかそこから逃れたくて、男の子っぽいスポーツの象徴みたいなイメージのサッカー」を始めた。

そうして半ば反抗心で始めたサッカーだったが、以来このスポーツにのめり込んだ下山田。高校は全国でも強豪の十文字高校に入学するほどに上達。のちに全国を舞台に戦うことになるのだが、この入学が思わぬきっかけになり、以前から抱いていたある違和感の正体がはっきりする。

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小学生から恋愛話に興味がなかったから、「私は人のことを好きになれない?」と思ってたんですけど、それは異性愛以外の選択肢が自分事になってなかったからなんです。メンズ*2の存在も知ってはいたけど、それが自分のセクシュアリティとは結びついていなくて。でも高校に入るとメンズも同性愛も当たり前だったから、そっちの方が楽しいなと思って、初めて自分事になりました。

女子校の十文字高校は当時、同性愛が当たり前のものとして認識されている環境だったという。サッカー部にもそれは当てはまっており、下山田はここで初めて自分のセクシュアリティを自覚したそうだ。

(*2)日本の女子サッカー界ならではのセクシュアリティを表す言葉。主に女性の同性愛者を指すが、明確な定義は定まっていない。

人として成長した大学での4年間

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高校を卒業後、慶應義塾大学に進学した下山田は在籍時、ユニバーシアード*3日本代表の候補に選出されるほど活躍していた。しかしチーム自体の成績自体は芳しくなく、時折、自分の選択は間違っていたのではと自問することもあった。思い通りにいかないことが多く、「なんでこれができないの?」「なんでこうしてくれないの?」と周囲に怒りをぶつけることもあった。

(*3)国際大学スポーツ連盟が主催する総合競技大会。

このときの自分について下山田は、「他人に自分の選択の結果を責任転嫁して、文句ばかり言ってました。たぶん相当やばいやつだったと思います」と自省している。

そんな彼女を変えてくれたのは、先輩であり、同級生であり、監督だった。

私にアドバイスをくれる人が多かったし、監督は「そんなんじゃダメだよ」と言ってくれて。そうやって、どうすれば現状を変えるために自分からアクションを起こせるか、ということを4年間ずっと考えさせられました。

他人にも自分にも厳しく、思ったことをストレートに言う性格だった彼女は、かつては他人の行動によく口を出すタイプだった。しかしソッカー部*4で過ごすうち、「他人のことを変える必要はそもそもない」と考えるようになる。

この学びは今、社会に対してアクションを起こしている下山田の姿勢に、少なからず影響を与えている。

(*4)戦後「蹴球」の代わって「サッカー」が一般化したが、慶應義塾では独自に「ソッカー部」と自称している。

「反発するって自分がすごく疲れるんです」

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「他人のことを変える必要はそもそもない」
この考えを持つに至った大学での学びは、多様性に対する彼女の考え方にも反映されている。

例えば、LGBTを断固として否定する人がいたとして、下山田は「もしかしたらその人の過去には何かがあって、LGBTQに対するトラウマがあるのかもしれない」と、その背景を想像できるような人間でありたいと話す。

それはかつての自分が、反対意見に対して積極的に反発していたことが理由だ。

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昔の私は反対の意見を持った人とよく言い合いになってたんです。でも、反発するってすごく疲れるんですよね。しかもそのあと事態が良くなったり、言い合いをした人と仲良くなれたかっていうと、私はなれませんでした。むしろ喧嘩別ればかり。それって単純にそれが嫌だなって。誰も得してない。自分も相手も。「じゃあなんでいがみ合うの? 意味なくない?」って。そう考えたんです。

だから下山田は、LGBTQへの差別やアスリートの性別格差など大きな問題を見据えつつ、目の前にある課題から解決していこうとアクションを起こしている。

その一つが、今アスリート用に開発しているナプキン不要のサニタリーアイテムだ。

アスリートがつくるアスリートのためのサニタリーアイテム

下山田が開発しているのは、ナプキンやタンポンなどの生理用品を使わずに過ごせるボクサーパンツ型のサニタリーアイテム。

つくろうと思ったきっかけは、既存のサニタリーアイテムの大半がショーツ型かつフェミニンなものが多かったから。これでは多様なニーズに応えているとはいえないと考え、選択肢を増やすために、ボクサーパンツ型のサニタリーアイテムの構想を立て始めた。

また、活動に際して支給される服がフェミニンな場合が多いことに不満を持つアスリートも多いのだとか。「女性ならレースが付いている方がいいだろうなんてステレオタイプがそうさせている」と下山田は考えており、女性はもちろんアスリートのなかにもさまざまな考えを持つ人がいることを、アスリート側から伝えていきたいという。

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生理って全ての女性に関わるものだけど、アスリートがそれについて話すことがタブー視されてるんですよね。だから「自分らしい方法で解決しよう」「女性が自分の体に向き合うことは恥ずしくない」ってメッセージも伝えていきたいと思ってます。このパンツ1枚で、いろんな現状へのメッセージを届けられると思うんです。

目に見えるアイテムを通して、「いろんな人がいて良いじゃん」という流れをつくること。これが今、彼女の考える社会へのアクションだ。なお来年にはクラウドファンディングの実施を考えているようで、そこでお披露目となるかもしれない。

「アスリートが持つパワーを発揮できるような社会に」

では、アスリートが社会問題にアクションを起こす意義はどこあるのだろう。その点については、昨年行われたサッカーの祭典がヒントになりそうだ。

昨年フランスで、女子サッカーワールドカップが開催されたことを知っているだろうか。日本はベスト16で大会を終え、アメリカの優勝で大会は幕を閉じたのだが、注目してもらいたいのが、同大会に参加した選手のうち、少なくとも38人がセクシュアルマイノリティであることをオープンにしていた点だ(参照元:BBC)。

大会前のインタビューで、「(優勝して招待されても)クソみたいなホワイトハウスに行くつもりはない」と公言したアメリカ代表のメガン・ラピノーを筆頭に、セクシュアルマイノリティであることを公言し、ひと目を気にせずパートナーとコミュニケーションをとる選手の姿が目立った。

ラピノーは今、代表のチームメイトと共に性別に関係なく1人の人間としての立場を再考するライフスタイルブランド「re-inc(リインク?)」を創業。加えて、男子選手との賃金平等を求めて選手協会を立ち上げ、アメリカサッカー連盟を提訴するなど積極的にアクションを起こしている。

アスリートがアスリートをエンパワーメントする、そんな時代が訪れたのだ。そしてそんな彼女たちの姿に、下山田は背中を押されていると話す。

スペイン、イタリア、フランス、アメリカあたりは国全体で男女平等へのアクションが起こっていて、それを象徴するためにサッカーを盛り上げる動きが高まっています。実際そうした国の選手は自分たちが社会を動かしていくと自覚しています。

対して日本はそこをモチベーションには戦っていなかったと思います。自分たちに社会を変えていけるパワーがあることに、まだ気づいていない感じでしょうか。ただそれもしょうがない面があると思っていて。ラピノー選手のように、個人が自分のアイデンティティを発信できるほどには、まだ日本の環境は整ってない。理解がまだまだ足りてないんですね。だから私は社会を変えていきたいんです。アスリートが持つパワーを発揮できるような社会に。

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時に女性がボールが蹴っただけで刑罰が与えられたサッカー。時に「女性の体に有害」と根拠のない理由でプレーが禁止されたサッカー。1970年代以降ようやく女子の世界大会が行われるようになったサッカー。

そんな男性性の象徴のようだったサッカーの世界に、自分を、女性をエンパワーメントするアスリートが出てきた。課題や問題も相変わらず山積しているが、状況は確実に変わり始めている。

この変化をもたらしたのは、個人の小さな選択の集合だ。

この小さな選択を、未来の誰かが必要としている。

だから勇み足で、その一歩を明日へ刻んでいこう。今を前進させ未来を変えていくのは、私たちなのだから。

下山田志帆(しもやまだ しほ)

TwitternoteRebolt Inc.

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VABF

Website

TOKYO ART BOOK FAIR(TABF)によるアートブックの魅力を多角的に楽しめるさまざまな体験が詰まったオンラインのフェア、VIRTUAL ART BOOK FAIR(VABF)。
2020年11月16日(月)〜23日(月・祝)の会期中には、東京都現代美術館と有楽町のmicro FOOD & IDEA MARKETの2箇所をVABFと参加者が繋がる拠点として、「REAL EVENTS」を開催。「VIRTUAL ART BOOK FAIR @ 有楽町 micro FOOD & IDEA MARKET」では、今回この連動企画を行ったSHUKYU Magazineが出店します。

VIRTUAL ART BOOK FAIR @ 有楽町 micro FOOD & IDEA MARKET

<ブース出展者>

DOOKS / 花椿 / HAND SAW PRESS / Pleiades / SHUKYU MAGAZINE / TOKYO CULTUART by BEAMS / torch press / ユンボム、添田奈那、長池悠佳

*9組の出展者が会場にいるのは、2020年11月20日(金)〜23日(月・祝)のみとなります。

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