使わなくなった毛皮製品を仕立て直す男が、いくら“社会にいいこと”でも「押し付けでは意味がない」と考える理由

Text: Noemi Minami

Photography: MISA KUSAKABE unless otherwise stated.

2018.4.3

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「共感」が現代の若者の消費のキーワードだといわれ始めてから数年が経つ。

ものの便利さや機能性だけではなく、生産背景に納得できるか、その会社の信念に共感できるか、そんなことが重要視されるようになった。

それでも常に意識しながら消費をして生きてきた人なんて滅多にいないだろう。ほとんどの人が何かをきっかけに変わったはず。そのきっかけは各々違うにせよ、自分の意識の変化を経験した大抵の人の頭に浮かぶ疑問があるのではないだろうか。「意識が変化する前に買った、今となっては共感できない物とどうやって向き合っていくのか?」

そんな疑問を持つ人たちに、丁寧に「選択肢」を与えてくれるのが、毛皮リメイクの老舗ブランド「TADFUR(タッドファー)」。

「一儲け」から、「ものを大切にする」マインドへ。若きリーダーの意識変化

TADFURは1967年に創業され、今年51年目となる毛皮リメイクの老舗ブランド。「親に譲り受けたが時代とともにスタイルが変わったためそのままでは着られない」「年を重ね服の重さが気になる」などの理由でファーコートなど、毛皮製品のリメイクを望む人の相談にのり、一人ひとりと時代にあったデザインを常駐のデザイナー、そしてパタンナーと作り上げる。「職人の手間」と「動物の命」のうえに成り立つ毛皮製品をできるだけ無駄にせず、大切にするべきだという信念がビジネスの根底にある。

現在35歳で取締役を務める松田 真吾(まつだ しんご)氏の祖父は、1960年代、在日米軍やその家族に向けて毛皮を販売するアルバイトをしたのち、毛皮商社に就職。外国人向けに作られた毛皮製品が日本人のサイズに合わなかったため、修理を始めたことがきっかけで祖母と共にTADFURを創業したのだそう。技術の発展とともに父親の代で本格的にリメイクするようになり、松田氏の代では都内に利用したい人が気軽に相談できるサロンを作ったり、大々的にブランドを発信したりするなど、改革を続けている。

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TADFUR CMO 松田 真吾氏

家族三代続いてきたリメイク業、てっきり幼い頃から消費や社会について意識していたのかと思うと、そうでもないという。大学生時代には漠然と「起業したい」という思いがあり、それはどちらかというと「一儲けしてやろう」という感じだったらしい。

たぶん当時はまだ「社会起業家」って言葉もなかったような気がします。ライブドアの堀江さんがメディアを騒がせてて、サイバーエージェントの藤田さんの講演を聞きにいったり、ビジネスを「上場させる」とか「儲ける」っていう切り口でばかり考えていました。「起業してやりてぇ」みたいな(笑)

そうして勢いのある起業家をサポートするベンチャー企業に入社し、日々エッジの効いた経営者のためにPRの仕事などをして応援していたという。その仕事を通して様々な企業の話を聞くうちに、TADFURの毛皮のリメイクという類をみないニッチなビジネスモデルを見つめ直し、ビジネス的な視点で価値を見出した。

うちの会社がどれだけニッチなことをやってるか、どれだけ差別化できてるかってことに気づいて、その面白さに引き込まれたんです。社会性みたいなものは後付けですね、完全に。そのうちに社会的営利とか、うちの会社が存在しなきゃいけない社会的な問題構造みたいなものに気づいて、なんかこれはやれることがあるし、どんどんアプローチしてみたいなって思うようになりました。

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松田氏が洋服の消費について考え始めたのも、TADFURに入ってからだった。毛皮の流通を研究するために、アジアにおける毛皮の流通の拠点となっている香港に1年間住んでいたとき、ファストファッションの問題に直面した。当時、香港だけではなく国境を越えて近隣の中国も訪れ、毛皮に限らずあらゆる洋服の問屋を見ていたそう。そこで見たのは洋服が袋にぎゅうぎゅう詰めにされてトラックから道端に無造作に投げられているという光景だった。

日本ではあんまり考えられないような乱雑さでした。運んでいる人たちがその捨てられたような洋服の上で寝ていたりとか。量が半端ないので、建物の中にごちゃごちゃに服が詰め込まれ、なんかこれはやっぱり気持ち悪いなって思ったんですよね。別にその文化や扱い方を否定したいわけではないんですけれども、製造とか流通の裏側って見えていないだけなんだってそのとき実感したんです。特に日本って綺麗に見せるのが上手だし、国民性的にも清潔に保っておきたいもんなんで。そこで初めて意識が芽生えて。

 それまでは商売をできるだけ大きくしようと考えていたが、これをきっかけにいくらリメイクであっても、手を広げすぎて質が薄まっては望ましくないと、適正なボリュームで会社を経営していくことを決意したそう。

会社の成長とともに大きくなっていった「ものを大切にする」という思い

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毛皮をリメイクする、というビジネスモデル自体が「ものを大切にする」という思想に基づいているが、TADFURの活動はそれだけにとどまらない。リメイクの作業工程で出てくるものも再利用する活動を行なっている。

それに代表されるのが、洋服を仕立てる際にデザインやサイズを確認するために試験的に縫製される布製の型「トワル」の再利用、「Re:Toile(リ:トワル)」だ。2013年にそれまで廃棄していたトワルを何らかの形で再利用できないかとFacebookで呼びかけたところ、アートイベントや演劇に使いたいとう申し出が殺到したそう。

「毛皮を大切にしようよ」っていう信念を持って活動をしていた我々が、トワルを年間で1,000個近く捨てていた時期があって。それおかしいじゃんって僕の理念が毛皮を大切にすることだけじゃなくて「ものを大切にする」っていうところにシフトしていきました。

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Photo via TADFUR

さらにそうやって再利用されたトワルが最終的にゴミにならないように、バイオエタノール*1として再資源化している。日本環境設計の技術で、コットンなどの自然素材はバイオエタノール、ポリエステルはペットボトルのペット樹脂に変えられる。技術の発展によりゴミを燃料に変えることができるようになったが、だからといって「簡単に捨ててもいい」と思ってはいけないと松田氏は強調する。

再生できるならすぐ処分してもいいって考えが出てきちゃったら嫌ですね。バイオエタノールにする過程でもエネルギーが使われていますので、もうほんと最終の最終手段であるべきだと思います。江戸時代の人は、着物が古くなったら部屋着にして、それでも着られなくなったら雑巾にして、最後に屑屋(くずや)さんに引き取ってもらっていた。現代ではそこまでいかないにしても、捨てる前に再利用できないか、もしくは誰かに引き取ってもらえないかって考えて、最終的に捨てるっていう方法を取って欲しいですね。

(*1 )バイオエタノールとは、トウモロコシや木材、コットンなどの産業資源としてのバイオマスから生成されるエタノール(エチルアルコール)を指す。燃料として自動車などに使われている。

「直すより新しいものを買ったほうが安い」

「直すより新しいものを買ったほうが安い」。これはサロンに相談しにくる人からよく聞く声だそう。それでも人々がこのサービスを利用するのは、TADFURが使わなくなった毛皮の製品に新しい価値を生み出してくれるから。

ちょこっと直すだけではなく、ガラッと変えられるのが毛皮の特性なんです。バラバラにしてパズルのように組み合わせることができるので、実はリメイクには適している素材なんです*2。お客様にはそういうことを丁寧に説明します。あとは、できるだけ言いたくはないのですが、話をしてもよさそうなお客様には、そのコート一着に何匹の動物が使われているのかを伝えます。

すべての人に伝えることが正義だとは思わないが、毛皮が作られているうえで犠牲になっている動物の存在を知ることは大切だと松田氏は話す。

慎重にならなければいけないトピックですが、それでも知っていて欲しいですね。一匹の動物からコートができていると思っている方も少なくないんです。それは実はあり得ない話で。ロングコートだと、ミンクのようなイタチ科の動物であれば40匹分の毛皮が使われていることもあります。リスで作ることもありますね。あんなにちっちゃいのに。生産過程が知らされていないまま売りに出されているのが現状です。そういうのを知ったうえで使って欲しいという思いはあります。

(*2 )毛皮縫製における最大の特徴は、縫い目が毛に隠れてほぼ見えないこと。そのため、職人の目利きと技が優れていれば痕跡を残すことなく直すことができる。

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現在生産されている毛皮については、その存在に対して強く反対する側にも、賛成する側にも意見をしないつもりだという松田氏。動物愛護的観点からいっても物議を醸す「毛皮」だが、直すという「選択肢」はあったほうがいい、そう考え自分のなかで納得しているという。

やっぱり長く続いてきた文化もあるし、一気にすべてを変えることなんてできるものではないと思います。みんなで話し合って、ゆっくり変えていくのであれば僕は意見を言い続けます。なにかを潰すような活動は怖いって思いますね。暴力的だし、形を変えているだけで戦争をやっているのと同じだなって。いろんな考え方、選択肢が必要です。

対極的な意見を持つ人々もお互いの背景を理解しあったうえで、一緒に答えを探さないといけないと話す松田氏。これは実は、彼自身が一方的に発信していた時期があったからこそ感じたことだという。

「広めたいっていうのは自分の正義であり、エゴでもある」

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TADFURというきっかけに巡り会い、「ものを大切にする」という思想を持ち始めた当初、気持ちが高ぶり一方的に発信していたという松田氏。社内でファストファッションの裏側を暴くドキュメンタリー『ザ・トゥルー・コスト 〜ファストファッション 真の代償〜』の上映会を企画したときも押し付けになってしまっていたと振り返る。社会をよりよくしたいと、政治的な活動にも参加していた松田氏はその経験も通して、「広めたいっていうのは自分の正義であり、エゴでもある」と気づいたそうだ。

いろんな組織に絡んでいくうちに、様々な思惑がみえました。社会問題をなんとかして解決したい人、選挙で「この人を通したい」って思ってる人、自分の身近な問題をわかってほしいと共有しようとする人。でもそれでまわりが見えなくなることが多くて。人間関係をぶち壊しちゃったり。そういう現場を見てきたし、僕も友達に「?」って顔をされたこともあった。そこから少し抜けてみると、僕自身強く言ってくる人のプレッシャーをすごく感じたりした。そんな経験を経て距離の取り方を考えないと、難しいな人って、と思うようになったんですよね。

だからこそ、自分はまだうまくできてはいないが、毛皮に関しても楽しくプラスな気持ちで「選択肢」として存在したいと松田氏は話す。残っている課題は、毛皮という分野において、「ものを大切にするという選択肢」を楽しく提供していくことであり、毛皮というものの特色上、利用者の年代が高めのアッパー層に集中している現状に対して工夫することだという。

今の自分の金銭感覚で、うちのサービスはなかなか利用できないですよ、やっぱり(笑)「たっけー」て思うんですよ(笑)もちろん良いものにはそれだけお金を掛ける価値もあるし、それだけの職人さんたちの手間がかかるんです。そこをもうちょっと自分の感覚に寄せられるようなラインナップにできたらすごく面白くなるかなと思っています。だから、毛皮っていう入り口から僕は入りましたけど、それが洋服に広がっていっても別にいいと思います。将来関わるもののなかに、なんかものを直す仕事を毛皮以外でやっている可能性は大いにあると思っています。

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毛皮は、動物愛護的観点から批判の的となりやすいもの。だが、動物の命のうえに成り立つものだからこそ、既存の毛皮製品を大切にすることの意義が理解しやすいかもしれない。そしてそんな「毛皮を大切にする」というTADFARの思いは、「ものを大切にする」思想へと広がり、自分が所有している洋服が行き着く重要な「選択肢」として存在していてくれる。

TADFUR(タッドファー)

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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