「自分の感情に素直になりたかった」ソウル出身のシンガーソングライターSUMINの挑戦と拡張

Text: Kotetsu Nakazato

Photography : Soyo
Translation : YonYon
Edit : Jun Hirayama

2024.1.30

Share
Tweet

 「韓国の音楽シーンは幾何級数的に発展している」。そう話すのは韓国・ソウル出身のプロデューサー、シンガーソングライターのSUMIN。BTSやRed Velvet、KAI(EXO)やBoAといった韓国国内のみならず、世界中で人気を集めるK-POPアーティストの楽曲制作も行うSUMINは、前作『MINISERIES』から2年ぶりの新作EP『SICHIMI』を2023年11月7日にリリースした。

 そして2023年12月には恵比寿BLUE NOTE PLACEにて『SICHIMI』のリリースライブを行い、温かく優しい時間を日本のファンと過ごしたSUMIN。そんな彼女に、音楽との関係や新作EPで試みた挑戦、韓国における音楽シーンについて話してもらった。

width=“100%"

新しいサウンドへの渇望はアーティストであれば誰しもが抱くもの

 ピアノ教師をしていた母親の影響で、幼い頃から音楽に囲まれ、父親の運転する車の中で歌うのが大好きだったSUMINは、中学生でソウル特別市教育庁の特待生に選定され、声楽の英才教育カリキュラムを受講していた。しかし彼女にとって声楽は「アクティブな動きに対して制限があるパフォーマンス形式で、私の性格とは合わなかった」と感じ、実用音楽を勉強することを決心したという。

「制約のない『声』を出して歌ってみたいと思い、高校、大学共に実用音楽科に進学しました。大学でボーカル専攻に入学してからは、私がボーカリストとして何を伝えたいのか、まったく浮かばない時期もあったんです。『もっと面白く私のメロディー、私が好きなリズム、私が好きな構成を作りたい』と感じていました」。そんなSUMINの音楽制作に対する悩みは大学2年生まで続いたという。しかし、そんな彼女を解放させたのは、「ジャズシーンでの活動」だった。

「私にとってジャズは、形式と規律を柔軟に行き来しながらも、クラシックなアティチュードを加味した感じが印象的で魅力的だったんです。当時は楽器演奏に対する理解を深めたいと強く思っていたので、ジャズシーンに入り浸っては多くの演奏者と出会い、毎日やりとりをしながら演奏を続け、自分の楽曲に対する考察をしていました。そのおかげでそれまで悩んでいた、編曲の部分での深みを出せるようになったんです」

width=“100%"

 その後2015年にSUMINとしての活動をスタートし、あらゆるジャンルのテイストが混じり合い、フレッシュかつノスタルジックなサウンドを提案し続けるSUMIN。そこには彼女自身がこれまでに「『どのような経験をしてきたのか、どのような音楽ジャンルのアーティストたちにどのような状況で、どのような影響を受けたのか』に対する回答」なのだと言う。そう思うと、彼女の楽曲が特定のジャンルのサウンドだけで構成されずに、毎回新たなサウンドへと変化することは必然的だ。

「新しいサウンドへの渇望はアーティストであれば誰しもが抱くものだと思うんです。さらに私の場合、自分を探求する過程を日記帳ではなく、音楽に残し続けています。だからこそこの先、私の音楽のジャンルがどこかに定着することも、変化し続けることも、全て肯定的に一つひとつ受け止めたいと思っています」

未来について考えるよりも、今を楽しみたい

 1996年以降、K-POPアイドル文化が韓国音楽市場に着々と進出し、現在では韓国国内のみならず、世界中で支持・賞賛されるまでに成長してきた。同時に、K-HipHopやK-Indieへの注目も勢いよく集まっている。そんな韓国音楽シーンの変化、成長をSUMINは「幾何級数的に発展している」と表現する。

width=“100%"

「音楽にアクセスできる媒体とチャネルが多様化したことで、既成芸術に触れることが私たちの暮らしにおいてとても自然なことになったと思うんです。特に韓国の場合は、インターネット文化がとても発達しているので、インプットとアウトプットの活気がすごい。その結果、音楽だけでなく、映像プロダクションのクオリティも世界的な水準にまで発展していったと思います」

 同時にSUMINは、「発展のスピードがあまりにも速くて、未来を予測することはとても難しくなっている」と話す。

「現在の非常にアグレッシブな韓国の音楽市場の流れはとてもうれしく思っています。ただ、未来を予測することが難しくなっているからこそ、私は今後の韓国音楽シーンの未来について考えるよりも、今を楽しみたいと思っているんです」

また、未来を予測できない現在に、音楽活動をするSUMINと同じインディペンデント・アーティストに対し「今を忍耐すること、勇敢さを持つこと」を伝えたいと語る。そこには彼女自身が「好きな音楽」を生業とし、生きていくことが当り前なことではなく、「ありがたい状況である」ことを認識しているからこそだという。

「私の場合、多くの会社員などの働き方の人たちよりも、比較的時間を自由に使えています。その状況がありがたいものだと認識したときに、私に音楽家としての名分ができたように感じたんです。楽曲をリリースしたときに、期待していたフィードバックがなかったり、人々が注目してくれなかったりと、私が費やした時間とエネルギーへの対価に対して、失望することもあります。だけど、私が持つ『ありがたい状況』を考えると、そうした失望に耐えることができるんです。そうすることで、人々の心に触れることができるようになったし、こうして『SICHIMI』をリリースして、日本に来ることができたと思っています。私たち音楽家はこの『ありがたい状況』を見過ごさないことが大切です」

どのような形に仕上がったとしても
魅力的で美しいものになる

width=“100%"

 SUMINはこれまでに、数多くのアーティストとコラボ楽曲をリリースしている。そこにはZion.TやpH-1、So!YoON!など、今のK-HipHopやK-Indieを最前線で引っ張っているアーティストが名を連ねている。また、ニュートロサウンドを現在進行形でけん引し続ける韓国のラッパーKIRINとのコラボEP、そして音楽プロデューサーであり大人気番組『Show Me The Money』シーズン10の審査員・プロデューサーを務めたことで注目を集めるSlomとのコラボEPをそれぞれリリースするなど、SUMINの楽曲制作には他アーティストとのなかで生まれる化学反応を楽しむ様子が感じられる。 またSIRUPとの「Keep In Touch」、YonYonとの「Dreamin’」 STUTS、Daichi Yamamoto、鎮座DOPENESSとの「Mirrors」など、日本で活躍するアーティストとのコラボ楽曲のリリースもするSUMIN。音楽ジャンルだけでなく、言語をも越えた彼女の楽曲は、まさにシームレスに進化している。

「コラボ相手を図書館に例えるなら、本棚に置かれている一冊の本を読んで、感想文を書くような感覚に近いんです。私とは異なる音楽言語を使っていて、相手の言語と私の言語を一つの作品として調和させるのか、ぶつけ合ってまったく違うものへと発展させるのか…。どのような形に仕上がったとしても、魅力的で美しいものになると感じています」

 2023年11月7日にリリースされた最新EP『SICHIMI』でも、シンガーであり俳優のUhm Jung Hwa、奇跡の歌声と称されるsunwoojunga、これまでにもコラボ楽曲をリリースしているラッパーのpH-1、ネクストブレイクシンガーとして注目されるOtis Limを客演に迎えた楽曲を収録している。

SUMINの拡張を意味する最新EP『SICHIMI』

  リードシングル『Closet ft. Uhm Jung Hwa』を含む全6曲を収録した『SICHIMI』。あらゆる関係性や日常を詩的に映し出す本作は、これまでのSUMINの楽曲に一貫した美しいメロディーラインに加え、「拡張を試みた作品」だと話す。

「私の過去の作品たちをベースに、ジャンル的な部分と大衆との親密度において、多様な『拡張』を試みた作品です。リリースから時間が経った今でさえ、私にとって拡張を意味する作品になっています」

 タイトルの『SICHIMI』には、日本語と同じ調味料の七味を意味する韓国語もあるが、ここでは韓国語で「知らんぷり」の意味を持つ「シチミ」を使用している。「私の自己防衛的な側面を手放し、自分の感情に素直になりたいという意味でこのタイトルの単語を選びました」と話すように、収録楽曲には「何事もなく生きるのは難しい」「私の肌、爪、唇、かわいいお尻を見て」と、自分の中から出てくるネガティブな感情やセクシーな感情、波打つ豊かな感情を丁寧に汲み取り解放していく様が見られる。

 私たちの生活のなかにある、見逃してしまいそうな一瞬を、普段どのように残しているのか聞くと、「文章はあまり書かないんです。その代わりに同僚でグラフィックデザイナーをしているSoyoに私の状況や、感情を常に話している」と、意外な答えが返ってきた。「電話でも、対面でも、常にSoyoが私の感情をバックアップしている感じなんです。本当に多くのことを一緒にやっているのもあって、何か物事を決めるときには、お互いのキャリアや個人的なことまでもを話し合って決めることも多いんですよ」と話すように、SoyoはSUMINにとって、彼女の音楽を形成するうえでとても大きな役割を果たしている。実際に『SICHIMI』のビジュアルディレクター、アートワークもSoyoが担当しており、公私ともに対話を続け、あらゆる決断を共に行なっているのだ。

width=“100%"

 EP『SICHIMI』を通して、SUMINの現在地を共有してくれたばかりだが、最後に今後について、そして日本のファンへのメッセージを送ってくれた。

「前作 『MINISERIES』を共に制作したSlomと次のプロジェクトについて話し合っているところなんです。お互いにデモトラックを作って共有していて、今年の上半期には本格的に制作を始める予定なので、楽しみにしていてください!

そしてSUMIN個人としては、コンサートを計画していて、今年も日本に来れるように準備を進めています。また再会できることを楽しみにしています」

width=“100%"

SUMIN

Instagram

韓国のプロデューサー、シンガーソングライター。
2018年に発表した1stアルバム『Your Home』が韓国大衆音楽賞で「R&Bソウル最優秀歌賞」、韓国ヒップホップアワードで「今年のR&Bアルバム」を受賞。またBTS、KAI(EXO)、Red Velvet、BoAといったK-POPアーティストの楽曲制作にも携わっている。日本国内のアーティストでは、STUTSのミニアルバム『Contrast』の人気曲「Mirrior」で鎮座Dopeness、Daichi Yamamotoと共演しているほか、フジテレビ系月10ドラマ「エルピスー希望、あるいは災いー」の主題歌「Mirage」のRemixを手がける。近年は、SIRUPの「Keep In Touch」や、YonYon「Dreamin’ (prod. ☆Taku Takahashi)」にも客演している。

 

Share
Tweet
★ここを分記する

series

Creative Village