マスタードは多くの人にとっては、たまに使う脇役的な調味料の一つだろう。しかし、そんなマスタードの印象を覆すような、パンチの効いたマスタードがある。それが、東京の人気ビストロでも重宝されるマスタードブランド「Naked Mustard(ネイキッド・マスタード)」だ。
Naked Mustardを運営するのは、老舗からし屋「株式会社芥子屋四郎」。味が変化するマスタード。尖ったマスタード。そんなふうに表現したくなる面白いマスタードが、代々続くからし屋からどのように生まれてきたのか。そこには、現在代表を務める酒井隆行(さかい たかゆき)がナチュラルに持っている感性やパッションが込められていた。
今回、そんなNaked Mustardのクッキング・レシピ映像を制作したNEUT Magazineが、Naked Mustardが生まれた経緯や映像に込めた思い、そして今後の展開について伺った。
「ひと言で言うと尖ったマスタード」。日本のマスタードの常識を覆す味わい
プチプチとした種の食感と、口の中で広がる豊かな酸味と香り。Naked Mustardは、今までに体験したことのないような新たなマスタードを教えてくれる。そもそも、なぜこんなマスタードができたのか、その裏側を教えてもらった。
―Naked Mustardのレシピは、酒井さんのお祖父さんの代にできたと伺いました。
そうなんです。僕も入社するまでこの商品は知らなかったのですが、元々は「ワインブラウン」という名前で販売していた商品です。今も商品名はワインブラウンで、ブランド名がNaked Mustardです。
祖父は、練りからしや粉からしなどの和からし以外の、ヨーロピアンな仕立てのからしを日本市場に送り込みたいと考えていたみたいです。そこで、ブラウンマスタードという一般的な粒マスタードの品種を、ワインで仕込んで生まれたのがワインブラウンです。今から50年くらい前にできた商品です。
―どんな味わいのマスタードなのでしょうか?
ひと言で言うと尖っています。工場で作っているけれど、手作り感が強くて結構、個性的なマスタードだと思います。工場で作られる製品って、時が経つにつれて味が変わっていくことを避ける傾向にあるんですね。つまり、賞味期限内であれば質が変わらない。それはそれですごく大事なことですが、どうしても表現できる味には限界があるんです。
そういった安定性とは違った表情を見せられたら面白いんじゃないかと思って作っているのがNaked Mustardです。作りたてはすごく辛くて、酸も立っていて、時と共に丸くなっていく。
ーなぜ、そういった味の変化を実現できるのですか?
非加熱だからです。からしの辛味って水と反応して、酵素反応によって初めて生まれるんですよ。その酵素反応がずっと続くので本来は味が変わり続けるんです。そこに熱を加えると、その酵素が失活して味が安定します。
ただ、過熱しちゃうと味がフラットになるんですよね。これは食べ比べても分かるか分からないかくらいの微妙なさじ加減なんですけど、僕らとしては少しでもおいしいものを提供したい。だから、味が変わって深みが出たり、熟成するのを楽しんでもらうために非加熱で製造しています。
―ワインや日本酒のように、熟成させて楽しめるんですね。タイミングによって合う料理も変わりそうです。
そうですね。結構そこは好みの問題で、人それぞれです。いろんなビストロで使用してもらっているのですが、料理人さんでもフレッシュな状態で使う人もいれば、熟成して丸くなってから使う人もいて。コントラストをつけたいのか、同化させたいのかで使うタイミングを変えるのはおすすめです。例えば、魚と合わせるならフレッシュな状態がいいですよ。酸が尖っていて辛味も感じられる状態で使うと魚の香りとのコントラストがついて楽しめると思います。
でも、正直に言うと、僕はあんまり凝った料理には使わないんですよね(笑)。いろいろなおいしい食べ方があるのは分かっていますが、個人的にはとにかくシンプルなのが好き。パテとか加工したお肉と一緒に楽しんでいます。
終売リストに載っていた商品が、人気ビストロで認められた
Naked Mustardというブランドが立ち上がったのは、2018年頃。実はそれまで全然売れていなかったワインブラウンを一つのブランドとして売り出したのは酒井の判断だったという。なぜこのブランドを作ることになったのだろうか。
ー酒井さんは2021年に株式会社芥子屋四郎の代表に就任されましたが、以前から家業を継ぐつもりだったのでしょうか?
子どもの頃から、からし屋になるんだろうなとは思ってました。でも、中学生の頃から大学卒業までカナダに住んでいて、別の仕事をしてみたいなと思ったこともあります。例えば、ワインが好きだったのでワインの仕事をやってみたいとか、大学で哲学を勉強していたので大学院まで行って研究職をやりたいとか。それに、カナダから「もう日本には帰らないから」と家族に言ったこともありました。でも、気づけばなんとなく継いでいましたね(笑)。
ーカナダに住んでいらっしゃったのは家業の影響ですか?
そうですね。うちの会社は創業当初からカナダとは付き合いがあります。カナダは今でも世界でナンバーワンのからしの生産地で、弊社も1995年から現地でも工場を立てて製造をし始めました。
僕がカナダに行ったのは、現地で製造を初めてちょうど1年後の1996年頃です。一旦、家族旅行でカナダに行って、「カナダに住むのかどうかな?」と聞かれて、割と安易な気持ちで「いいかな」と思って(笑)。結果的には家族が日本に戻っても、大学生までカナダに暮らしていたので、自分のなかのアイデンティティとしては大きいかもしれません
―帰国されて、芥子屋四郎への入社後、Naked Mustardをブランド化したのは酒井さんご自身だそうですね。
そうですね。15年前の入社当初から、ワインブラウンってすごくおいしいマスタードだと思っていたんです。だけど、当時は全然売れていなくて、日の目を浴びていない商品だったんです。なんなら半年に一回くらい終売リストに載るようなレベルでした。その度に「残してください」とお願いをして、いつか自分がこの商品の販路を見出したいなと思っていました。
そんななかで、8年ほど前からいわゆるナチュラルワインと呼ばれるものをよく飲むようになりまして。そういったワインを出している飲食店や酒屋さんの価値観、作りたい味に、ワインブラウンが合うんじゃないかと感じました。そこで、行きつけのビストロに商品を持って行ったのがブランド立ち上げのきっかけですね。
ーそういった飲食店にワインブラウンを持って行った結果、どんな反応がありましたか?
最初に持って行ったのは、「La Pioche」という水天宮のお店です。自社製品を持っていくのもどうなんだろうと思いつつ、持って行ってみたら「めちゃくちゃいいね」と言ってくれて。「La Piocheがおいしいって言うのなら、本当においしいんだろう」と手応えを感じて、他の好きなお店にも持っていくようになりました。
その後、渋谷の「Libertin」というお店にもよく行くようになって、そこで同世代の料理人やワインショップの方と知り合いになりました。そのなかの1人に、「Human Nature」というワインショップをやっている高橋さんがいました。高橋さんは青山のファーマーズマーケットによく出店していて、僕もBtoCでの販路を広げたいと相談したところ、一緒に出店させてもらうことになりました。そこでの販売のために、瓶を作ったりNaked Mustardという名前をつけました。
―プライベートな繋がりのなかで、ブランド立ち上げのアイデアが生まれてきたのですね。
そうなんです。2018年頃にファーマーズマーケットに参加し始めて、当時の写真を見返すと、売ってると言うより遊びに行ってる感じでしたね(笑)。自分が食べたいおいしいパンやチーズを買ってきて、マスタードを合わせてつまみにして、ワインで酒盛りしていました。
でも、これは後付けなのか当時から考えていたのか分からないのですが、輸入品のマスタードに対抗する意識もあったと思います。からしの国内市場って100億円と言われていて、20年ほど前からインポートのからしが増えて20億円ほどになっているんです。なぜそんなに輸入マスタードが増えているのかを自分なりに考えると、洋食文化の成熟化とクラフトカルチャーなのではないかと思って。それを象徴するのがナチュラルワインのビストロやワインバー。そこでは必ずマスタードが合う料理が提供されているけれど、使われているのはインポートのものが多いんですよね。なので、それに対して僕らのようなドメスティックブランドが商品を提供できるんじゃないかと思っていた面もあります。
音楽、ショッピング、おいしいマスタードを使ったサンドイッチで楽しむ時間
今回、NEUT Magazineがプロダクションとして入り、Naked Mustardはワインブラウンを使って3組のキャストに料理をしてもらう動画を制作した。出演者は、アーティストのMIRROR、モデルのTIARA、親子で出演したReika&Lylaの3組だ。それぞれバックボーンの異なる3組が出演した動画には、酒井が今後Naked Mustard を通して伝えていきたいメッセージが込められている。
―ブランド立ち上げ後、着実に人気も上がっていますよね。
ありがたいことに、知名度も上がってきました。僕の頭のなかでは、3段階のフェーズを考えていました。第1フェーズがナチュラルワインのホットスポットでとにかく使ってもらうこと。そこでプロの人たちが認めた味となれば、toCパッケージを作っても、きっとワイン好きな人たちは買ってくれると思っていました。
第2フェーズは酒屋さんに卸して扱ってもらう。レストランで「このマスタード、どこで買えますか?」と聞かれたときに酒屋さんなどで買えるようにしたいなと思っていました。今は、だいたいこのフェーズまでは形になってきました。
第3フェーズが、さらに間口を広げること。料理やワインが好きな層とはまた違った、音楽やファッションなどのカルチャーが好きな人たちに広めたいなと思っています。そういった人たちって食にも興味を持ってくれる人が多いように感じていて。
ーそんな背景があって、今回の動画制作に至ったんですね。
そうなんです。今回の動画は「手軽で楽しい」をコンセプトに、Naked Mustardは食卓を簡単に豊かにするお手伝いができる商品であることを伝えたくて作りました。
キャストの皆さんにはサンドイッチを作ってもらいました。実は、僕自身が以前、服屋さんとHuman Natureとコラボして、古着販売のイベントをやったんですね。そこで僕はNaked Mustardを使ってサンドイッチを作って売ったのですが、それが楽しくて。
音楽を聞きながらショッピングをしつつ、片手にバゲット、片手にワインみたいな風景を見て、これはすごく楽しいって思いました。こういう楽しみ方を発信していければなと思ったのが、今回の動画のきっかけのひとつです。
―キャストやレシピもそれぞれ個性的ですよね。
Naked Mustardの「無垢」とか「ピュア」なコンセプトに合うように、自分らしく生きている皆さんに出ていただきました。レシピも、それぞれのキャストのルーツに沿ったものになっています。例えば、Tiaraさんはインドネシアにルーツがあるので、サンバルというインドネシアの調味料をマスタードと合わせたソースを作ったりしています。
いろいろなライフステージやルーツの方がいますが、Naked Mustardはそれぞれの人に寄り添うような商品として楽しんでもらえることが伝わればと思います。
―最後に、今後はどんなふうにNaked Mustardを広げていきたいですか?
まずはシリーズ化していきたいなと思っています。今はまだ1品しかないので、2品、3品と広げていきたいですね。
そのなかでも軸は二つ考えていて、一つは日本のメーカーであることを分かりやすくアピールできて、楽しくおいしい商品。海外にマスタードを持っていくと、おいしくてもやはり「フランスのマスタードがあるから」となりがちなんですよね。そこであえて日本のものを買ってもらうのであれば、日本のエッセンスが詰め込まれたものがいいだろうなと思っています。
それからもう一つが、動画のなかで作っていたサンバルマスタードのような、世界各地に合った商品の開発。僕自身、料理するのが好きで仕事や旅行で行った先の味を普段からストックしているんですよね。それらとマスタードを掛け合わせると懐かしいけれど新しい味ができる。人は、よっぽどの食好きじゃなければ全く未知のものは食べないじゃないですか。一方で他でも食べられるものはわざわざ買わない。なので、懐かしさと新しさがあっておいしい商品で、海外市場へと打ち出していきたいなと思っています。