「声を上げるべきなのは、差別を受けている当事者“以外”の人々」音楽を通して、人種差別やジェンダー問題と向き合うシンガーソングライター・Ume

Text: Fumika Ogura

Photography: 橋本美花 unless otherwise stated.

2022.7.22

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 私たちはいつまで怒り続ければいいのだろう。いつまで自分たちの権利を獲得していくために頑張り続ければならないのだろう。声を上げ、闘うことなんて本当はしなくたっていいはずなのに。
 「もうみんな疲れていると思う。人種、ジェンダー、肌の色。なんで自分たちの自由を獲得するために、当事者が声を上げ続けなければいけないんだろう。その仕組みを作っているのは当事者以外の人間なのだから、その人たちが頑張るべきだし、問題を解決するために勉強していくべきだと思うんです」
 そう話すのは、ミュージシャンのUme(うめ)だ。

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Ume

日本人でもなければ外国人でもない、いつまでも自分の居場所をみつけられなかった

 中国人の母とモロッコ系イスラエル人の父を持ち、京都の田舎町で生まれ育ったシンガーのUme。小学生の頃、話す言語は日本語なのに、その見た目だけで“日本人らしくない”と同級生からは判断され、「ガイジン」と呼ばれていた。

「ずっと仲間はずれにされていじめられていましたね。自分が日本人ではないことを恥だと思っていました。そんなことがありながらも、自分の意見はきちんと言うタイプで。どんなことに対しても、自身の考えは持っていました」

 これ以上、日本の学校に進むことが難しいと判断したUmeは、中学生からはインターナショナルスクールへ進学する。

「小学生の頃は、人種というものが日本人であるか、日本人ではないかだけのことだと思っていました。けど、インターに入ってからは、人種を白と黒の色で分けられて。けど私はどちらの色でもないから茶色?って思ったり。人種って、これまで自分が思っていた以上に細分化されているものなんだと意識し始めたときでもあります」

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 父親と海外へ行ったときに、それまでイスラエル人だと思っていたが、父がモロッコ系イスラエル人であり、自身がモロッコ人であることを告げられた。祖母も移民であったことから、イスラエルのなかでもさらに人種が分かれていたことを知り、自身のアイデンティティがどれだけ浮かびあがってきても、自分が居心地のいい場所をみつけられずにいた。

「インターに通い始めて、英語をゼロから勉強しました。母とは日本語で話していたけど、父とはヘブライ語で会話をしていたので、そのうち日本語を忘れてしまうくらい英語が上達して(笑)。英語ができるようになったおかげで、世界が一気に広がっていきましたね」

 その反面、幼少期のころ受けた日本の保育園や小学校での教育がベースになっているUmeは、自身の中のとあるギャップに悩まされたこともあるそうだ。

「行っていた保育園が、左利きだったら右利きに直させようとしたり。小学生のころも、右向け右が当たり前のような教育を受けてたりしていたので、礼儀や気の遣いかたなど、いわゆる“日本人らしさ”のようなものが染み付いているところがあって。海外へ旅行に行ったときに自分のそういった部分に気が付くんですが、それを実感するたびに、逆カルチャーショックのような状態でした。私って“ガイジン”だけど“ガイジン”じゃないんだなって」

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どうしても自分という存在を守っていかなければならない

 インターナショナルスクールに通ってからも、人種的な差別やいじめを受けてはいないものの、これまでと変わらず自分の居場所をみつけられずにいた。

「今思うと、エゴなのかもしれないけど、自分という存在をキープするのに必死だったんだと思います。例えば、学生の頃ってみんなで一緒にトイレに行ったりすることってあるじゃないですか。私はそれを見て、違うところへ行くタイプで。周りに自分を合わせるよりも自分を変えることのほうが難しかったんです。自分の居場所がないからこそ、自分のなかにあるアイデンティティを手放さずに守っていきたかったんですよね」

 そんな学校生活を送りながらも、自身に大きな影響を与えてくれ、今でも交流があるという教員と出会う。

「その先生とはランチを一緒に食べながら、アートの話をよくしていました。そんな会話をしていくなかで、アートもいろんな社会問題と繋がっていることに気づかせてくれて。見たほうがいい本や映画をたくさん教えてくれたし、アートをどのように見るのかも知ることができました。彼とのやりとりで、現実と表現の間に自分をみつけることができて、世界がさらに広がってきたんです。高校2年のとき、結構辛くて心が折れそうな時期があったのですが、ここでは死ねないなと思いました。まだ見ていない景色がたくさんあることに気づいたから」

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 そして高校2年生の終わり。彼女は関西のインターナショナルスクールから、東京のインターナショナルスクールへと転校する。

「幼少期からピアノを習っていました。曲作りも教えてもらっていたけど、とくにシンガーになりたいと思っていたわけではなくて。音楽が好きだからという理由で続けていたんです。ただ、レーベルから声をかけてもらったのをきっかけに、東京でレコーディングやライブするタイミングがあって、当時の自分にとってはその時間が救いだったんです。それで東京に行こうかなって思って、パワポで資料を作って両親へプレゼンしました(笑)」

 東京のインターナショナルスクールは、それぞれの個性を活かす校風だった。ミスやミスターなどの敬称をつけずに先生のことも名前で呼ぶ。先生と生徒という関係性ではなく、一人の人間として向き合う環境が、心地よかった。

「学校って、大人として生きていくための大事なことって全然教えてくれないじゃないですか。けど、そこでの過ごした時間は、これから社会に出ていくために必要なことを教えてくれたと思います」

相手が見ているものが自分と同じものではないことにまずは気づくこと

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 インターナショナルスクールを卒業したあとは、音楽活動をメインに楽曲制作やライブなどに励む日々。そんな生活を送るなかで、彼女は人種問題についてInstagramで声を上げ、話題になった。それは東京に新しくオープンしたとある店。いわゆる“ブラックミュージック”が聞けるということを掲げ、店名にはBLACKの文字と、ヌビアンの女性が描かれたグラフィックがデザインされていた。

「音楽を知っている人がオープンしたからこそ、本当に残念でした。誰かのアイデンティティや人種を、お店の名前やビジュアルとして作って、お金を取るっていうことがびっくりで。彼らの音楽的な背景や人種的な問題を知っていれば、普通はできないことだと思うんです。そもそも、“ブラックミュージック”っていうジャンルやカテゴリーとして分けることもおかしいと思います」

 ジャズ、R&B、ファンク、ディスコ、ロック、ヒップホップ…。欧米の多くの音楽のもとを遡ると、たどり着くところは同じ。白人社会のなかで、奴隷として存在し、差別を受けてきた黒人の苦しみや悲しみから生まれた音楽であるブルースをベースに、さまざまなジャンルへと発展してきた。彼らが作り上げてきた音楽は、歴史的な背景が積み重なって生まれたものであり、伝え続けていくための“メッセージ”のようなものなのだ。

「“黒人の音楽だから聞く”、“黒人だからクールだ”、と区別するものではないと思うんです。この前、とあるイベントの誘いを受けたときにも、“黒い感じのイベントにしたいんだよね”ってイベンターに言われて。黒いってなに!? どういうことなの!?ってなりました。人種をファッション的な感覚で捉えているその考えに驚きましたし、戸惑いました」

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 Black Lives Matterムーブメントが2020年に盛り上がったのが記憶に新しいが、社会の構造が人種差別的なのは2022年も変わらない。黒人というだけで差別され、暴力を受け、殺される。ただ黒人だからという理由だけで、今でもさまざまな問題が起こっているのにも関わらず、その存在を消費するものとして扱うのはおかしくないだろうか。奴隷制度が廃止されてから100年以上も月日が流れているのに、今でも変わらず彼らを苦しめ続けてはいないだろうか。例え、どんなにリスペクトを払っていたとしても、この歴史背景を知っているのであれば、きっと彼らのアイデンティティを商業的に消費することに違和感を抱くはずである。

「BLMだって、本当は彼らが頑張る必要なんてない。黒人じゃない人たちが起こしている問題だからこそ、私たちが頑張るべきなんです」

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 どんなにリスペクトをしても、理解を深めようとしても、彼らになることはできないし、彼らがこれまで背負ってきた痛みを知ることはできない。だからこそ、彼らの立場に立って、彼らの歴史的な背景を知り、まずは思考してみることが大事なのではないだろうか。そうすることで、自分が相手に対して、何をすべきであるか、すべきではないかに気づけるはずだ。

「例えば、りんごを頭の中で想像してみてください。それぞれが考えるりんごって、決して同じものはないと思うんです。赤いリンゴもあれば、青いリンゴもあるし、小さいものもあれば、大きいものもある。100人いたら、100人分だけのりんごがあるんですよ。これって、日常生活にも言えることで、同じものを見ていたとしても、自分が見ている世界と相手が見ている世界って全く違うものになるはずで。まずは、その事実に気づくことが大事なのかなと思っています。それぞれが自分の壁をぶち破っていく作業を少しずつしていけば、いつかこんな世の中から抜け出せる日がくると思うんですよね」

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 8月からはイギリスの音楽学校へ入学し、海外での活動をスタートするUme。留学前には、初となるアルバムをリリースする予定だ。

「東京での生活は、いいものと悪いものがどちらも身体のなかに溜まっていて。新しく制作しているアルバムは、これまでの経験を通して、自分が培ってきたものを音として表現できていたらいいなと思います。海外に住むのは初めてなので、いずれ音楽を通して、日本とイギリスを繋げられるような存在になれたらなと思いますね」

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7/23 デジタルリリース!

Link

UmeとDyelo thinkのコラボ曲「Hills」。
世界を描いていき、自分に気づく、というテーマ、愛を込めて書いた曲。

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Ume

Instagram

京都出身のシンガーソングライター。中国人の母親とモロッコ系イスラエル人の父親を持つ。 2018年より音楽活動を開始。SOULやR&Bを中心に、日常生活や自然の中で得られるインスピレーションを表現している。2021年9月にEP「Feelings」を発表。各方面で高評価を得た。 現在は都内を中心に全国各地にてLIVE活動を行いながら、共鳴し合ったプロデューサー達と1st Albumの制作を進めている。 最新リリースは「1Co.INR/Love feat.Ume」。LIVE会場限定で7inchを販売している。

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