「毎日が日曜日」だなんて最悪だった。ミュージシャン・ゆうやけしはすが考える “ニューニート”のあり方

Text: Fumika Ogura

Photography: Shono Inoue unless otherwise stated.

2021.5.11

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『ニート』ー Not in Employment, Education or Trainingの略。職業に就かず、教育・職業訓練も受けていない若者。無業者のこと。

 イギリスから生まれたこの言葉は、日本でも2000年代頃から世に飛び交い、社会問題としてメディアに取り上げられることが多くなった。そんな社会的にはマイナスのイメージであるこの言葉を名刺代わりに、ミュージシャンとして活動をするゆうやけしはすこと林祐輔(はやしゆうすけ)がいる。

「ニートになりたくてなったわけではないけど、社会に馴染めないなと思っているうちに、いつの間にか自分はニートになっていたんだよね」

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ゆうやけしはす

自分で自分のラベルを貼ることは個人としての生きる道

 「ゆうやけしはす」こと、林祐輔は2019年より本格的に活動をスタートしたシンガーソングライター。これまで、ソロのほかにバンド「すばらしか」のキーボード、ヴォーカルとしても活動をしていた。自身を「ニューニート」と定義し、2019年には初となるアルバム、『ニューニート登場!!』をリリースする。

「いろんな肩書きが溢れるこの現代で、名乗ったもん勝ちかなって。開き直って自分のラベルを自分で貼ったの。これが個人としての生きる道だと思ったんだよね」

 彼が音楽を始めたのは大学三年生の頃。高校生まではサッカー漬けで、周りのミュージシャンに比べてスタートは遅かった、と話す。生まれも育ちも“湘南”だからなのか、音楽をやっている友人が多く自然と興味を持ち始めた。そして、自宅にピアノがあったことからピアノを弾き始め、大学入学と同時に音楽系のサークルに入るが、1ヶ月くらいですぐにクビ。それからも、ゼミやアルバイトもクビになり、どこかに属すると周りとうまく馴染めなかった。自身のコミュニケーション能力が欠けているのかと、当時は「コミュニケーションスキルの磨き方」や「人の気持ちが読めるようになる」と謳う自己啓発本なども読んでいたと振り返る。

「当時はこのことでとても悩んでいたけど、そういった本を読んでも1ミリも理解できなかったし、共感出来なかった。だから、諦めたんだよね(笑)」

 誰しもがそうだとは一概には言えないが、人は生まれながらにして何かに“所属”をすることを生きていくための当たり前のものとして、社会から差し出される。性別、年齢、人種、クラス、部活、アルバイト、サークル、会社。もちろん、生きていくうえで人との関わりは必要不可欠だ。ただ、そこと折り合いをつけてうまく立ち回ることが「正しい」ことではない。彼のように、ありのままを見つめ、自身を受け入れることも、自分らしい人生を送っていくために必要な形の一つである。

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やりたいことをやるためには自分で切り開いていくしかない

 気が合いそうな人たちがいると、バンド「すばらしか」を友人から紹介され、彼はすぐにキーボードとして参加し、ライブハウスを中心に活動を始める。
 そもそもライヴハウスという場所は、認知されていないバンドにとってはかなりリスキーなところだ。ライブをするためにお金を払い、お客さんが来なかったら赤字。挙げ句の果てには、店長からもダメ出しをされる。

「 “ゆうやけしはす”として、自分が主体となったバンドでもやってきたけど、ライブハウスはノルマを払って出る場所だから、その壁にぶち当たって、メンバーとうまくいかなくなることがほとんどだった。だから、すばらしかのライブに出たときは、フロアにお客さんがいる!って、感動したよね(笑)」

 すばらしかとして活動を始め、2年。演奏をする傍、彼は自分でも作詞と作曲をし続け、バンドに自身の曲を提案する。

「これはいけるでしょ!と思っていたのが、ほとんどボツにされてしまって。結局、俺のバンドではないから、自分の曲ができないのがすごくフラストレーションだった」

 作った曲をどうにか形にしたいと思い、自分でアルバムを作ることを決意。とにかくスピーディにサクッと仕上げようと、アルバムの制作期間は約6ヶ月。周りのミュージシャンや友人に協力してもらい、2019年の2月に自身初のソロ『ニュー・ニート 登場!!』をサブスクリプションで配信した。

※動画が見られない方はこちら

 「The Beatles」の『Sgt Pepper’s Lonely Hearts Club Band』が、最初と最後の部分のみがコンセプティブであるという構造にヒントを得て作られたという『ニュー・ニート 登場!!』の収録曲は、13曲。作詞・作曲全てを彼が一人行っている。「歌詞を書くのは大体不幸なことがあったとき」だというが、収録されている『ロックそしてロール』は、吉祥寺でよくライブをしていたときに、周りに「ロックンロールにしがみ付いているやつしかいない」状況にインスピレーションを受けて作ったと話す。「今、俺がそんなどうしようもないロックンロール野郎になっているんだけどね」と彼は付け加えた。そしてリリースから約10ヶ月。自身自身で目標に掲げていた全曲合計1万再生を達成したため、次はレコードでリリースすることを決める。

「昔から漠然と音楽業界に対しての疑問があった。レーベルを通すとミュージシャンには3%の取り分しかもらえないんだよね。作曲や作詞、ミックス、録音までやってもそこのパーセンテージは上がらない。俺はこんな感じだから、レーベルの人ともうまくいったことがないし、これも自分でやるしかないのかなって思って、クラウドファンディングをすることを決めた」

 最初はその方法が胡散臭いと思っていたと話す彼。ただ、視点を変えてみればある種レーベルからお金をもらってリリースするのと、実質的には変わらないのかなと思ったそう。

「お金をもらう先が会社から個人になるだけかなって。しかも、直接購入してくれた人のことが分かるし、そこでコミュニケーションも広がるからいいなと思ったんだよね」

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「毎日が日曜日」だなんて、本当は最悪だった

 クラウドファンディングは、3ヶ月後の2021年1月15日に見事達成する。

「ずっとこの作品を出すことは、5年くらい頭のなかで思い描いていたんだ。やるべきことがあったから、ただそれをやっただけ。けど、自分がこんな考え方になれたのは、周りの影響が大きいかもしれない。音楽をやるやつ、写真を撮るやつ、古着屋をやるやつ、レコード屋をやるやつ、シルクスクリーンでTシャツを作るやつ。そんな友人の姿を近くで見ることで、俺も好きなことをやっていいんだって、勇気付けられたから。いつ死ぬかなんて分からないし、そしたらやりたいことやって死にたいと思った。俺は社会には向いてないけど、音楽は向いているかもしれないしね」

 社会に出て、やりたいことを仕事にしている人はどのくらいいるだろうか。もちろん、「やりたいこと=仕事」の方程式が成り立つ人なんて極わずかであるだろうし、そもそもこの方程式を立てたくない人、立てられない人だっていると思う。ただ、ここで伝えたいことは、やりたいことをやるべきだということではない。視点を変える力の重要性である。不得意なことがあるから、得意になるようにすべきなのではなく、得意なことがあるなら、それをさらに得意にすればいい。社会に馴染めないから、馴染むようにするのではなく、社会に馴染めないなら、違うところに居場所を見つければいいのだ。

「ニート”って前向きに話しているけど、ニートになりたての頃は、気持ち的にどん底だったよ。アルバムにも収録している、『毎日が日曜日』は、毎日が日曜日な俺、死にたいって思って作った曲だから(笑)。ずっと俺なんてダメだ…って考えていたからね」

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 「もし世の中の人がニートになったら、自分と同じように最初は落ち込むだろうし、何をすべきかなんて分からない人がほぼだと思う」と話す彼。ただ、彼のように自分と向き合い、自分ができることをやっていく生き方は、忙しなくそして不確実な現代に、ある意味とてもフィットしている気がする。経済的な状況によるので誰にでも真似できるわけではないが、彼の考え方に学べることがある。まず、自分には何ができて、何をするのがいいのかを理解することが、これからどうやって進んでいくべきなのかが分かる一番の近道なのかもしれない。彼の作った『ニュー・ニート登場!!』は、そんな現代社会をサバイブするための教科書のような存在だ。

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『ニューニート登場!』

1960年代、世界を圧巻したヒッピームーブメント。その社会変革の試みは当時の若者たちに自由をもたらし、そして60年代の終わりと共に崩れ去った。あれから約50年。ロック音楽はすっかり形骸化し、グローバリズム、新自由主義の波が日本を、そして世界を制圧する。失われた30年、社会階層の二極化、固定化、派遣切りやパワハラ、不正などが横行する現代社会に疲れ切った者たちの一部は、いわゆる『ニート』として社会に反旗を翻した。そう、まるで50年前のヒッピー達のように。我々にとってのベトナム戦争、『労働』からの逃避行が今、始まる。

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ゆうやけしはす

神奈川県藤沢市出身。「ゆうやけしはす」は2019年より本格的に活動するソングライター。 本名は林祐輔で「ゆうやけしはす」とは「はやしゆうすけ」のアナグラムである。これは「The Doors」のJim Morrisonが自身の名前を入れ替え「Mr Mojo Risin’」と名乗っていたことに由来する。 読み方は「は」を「わ」と読んで「ゆうやけしわす」と読む。ソロ活動の他に「すばらしか」の鍵盤、ボーカルとしても活動していた(2020年6月に脱退)。2019年に自身初となるアルバム『ニューニート登場!』をリリース。2020年にレコードをリリースするためにクラウドファウンディングをスタートし、達成する。そして2021年4月にはレコード版をリリース。自身のホームページやココナッツディスク吉祥寺店などで取扱中。▷linktree

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