※この記事はウェブメディア「EPOCH MAKERS」の提供記事です。
EPOCH MAKERS – デンマークに聞く。未来が変わる。
世界の片隅で異彩を放つ、デンマーク。この小さな北欧の国は、情報化がさらに進んだ未来の社会の一つのロールモデルになり得る。EPOCH MAKERSはその可能性を信じて、独自の視点から取材し発信するインタビューメディア。
URL:http://epmk.net
Lawand Othman|ラワン・オスマン
DJ、作曲家、ピアニスト
aka. DJ Turkman Souljah。イラク出身。これまで世界50ヶ国を渡り歩き、3000回以上のコンサートに出演。デンマークDJチャンピオンシップ3度優勝、スカンジナビアDJチャンピオンシップ5度優勝、世界大会出場経験もあり。
ピアニストとして4つのバンドに所属。去年、数千人に4人しか合格しないデンマーク最高ランクの音楽学校に合格。教師として教鞭も執る。
オーケストラとDJを共演させた第一人者でもあり、オーケストラのシンフォニーも手がける。
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難民としてデンマークへ「音楽が僕を救ってくれた。」
―イラク出身でデンマーク人のラワンさん。一体どういう経緯でデンマークに来たんですか?
僕の幼少期、1980年代のイラクでは、ちょうどサダムフセインが独裁政治が始めた頃でした。フセインに反対する者は次々に逮捕され、教師だった父も例外ではなく、投獄されて、拷問されました。
父がようやく開放されたその夜、所有物をすべて引き払い、監視員の目を盗んで隣国イランへ亡命。そこから難民生活が始まった。イランで1年暮らして、次はトルコでまた1年。その次に向かったのがデンマークでした。
―デンマークは難民の受け入れに積極的で、社会保障制度が充実していますからね。
そうは言っても、生活や文化に溶け込むのは簡単じゃなかった。もちろん見た目は違うし、宗教も違う。しかも難民というラベルから逃れることはできないので。今はもう何とも思いませんけどね。
一番苦労したのが、言語。デンマーク語ってものすごく難しいんですよ。今でもなかなかうまく話せないくらいで。学校ではいじめられたし、バスに乗ったら差別的なこともされたこともありましたしね。
そんな時に見つけたのが音楽だった。コペンハーゲンのゲットー(貧困層の家)に住んでいたある日、道端のゴミの中にターンテーブル(レコードを再生する機械)を見つけて。もともと音楽が好きだったんですが、当時15歳だった僕は「これだ!」と。音楽を流しながらスクラッチを入れて、初めて自分の音を奏でられるようになった。
それがもう本当に楽しくて楽しくて、独学でしたが、来る日も来る日も毎日練習したらみるみる上達して。ある時、DJの大会に出てみたら、優勝したんです。それからはどんな大会に出ても優勝して、国内ではもうほぼ無敵状態(笑)。
3年後にはDJとして世界を回っていましたからね。通算50ヶ国は行ったんじゃないかな。DJを始めて今年で16年目になりますが、長く苦しんだ人生の中、音楽は神様が僕にくれた大切な贈り物だと思っています。
レゲエが今、大ブーム!文化がなければ取り込めばいい。
―デンマークに来て20年以上経っていますが、今はどうですか?
今もデンマーク軍がイラクをはじめとする中東地域を空爆したり、イラクからの難民の受け入れを拒否したり、イスラム教徒に対してメディアが攻撃的な態度をとることもあります。それでも、僕がデンマークに来たことに比べて、多様性に対して寛容になってきていると思いますね。
―自由かつ寛容な社会が発展すると僕は信じているんですが、この国の音楽業界では何が起こっているんですか? たとえばSpotifyを開くと、デンマークのトップチャートはアメリカとそこまで変わらないですし、デンマーク人のアーティストが英語で歌うことも多いですよね。
そうですね。フランスのように「高聴取率の時間帯には、最低40%の音楽がフランスのものじゃなければならない」と規制をかける国もあるんですが、デンマークでそんなことはまずあり得ない。もちろんデンマーク出身の有名なアーティストはたくさんいるんですけど、デンマークの独自の音楽文化ってあまりないんですよね。
でもそれって逆に言うと、海外の音楽を取り込むのがとてもうまいってことでもあって。僕も子供の頃からMTVとかを見て、英語の曲を口ずさんでいましたし。それは音楽だけじゃなくて、映画やアートにだって言えることですね。
―そんな中でデンマーク独自のものが生まれたりするんですか?
ちょうど今、レゲエが流行っているんですよ。レゲエをデンマーク語で歌うアーティストがたくさん出てきていて。中米ジャマイカ発祥の音楽文化が今こんな小さな国でブームだなんて、すごくないですか? 超イケてますよね。
もちろんポップカルチャーもあるし、ヒップポップも今かなり勢いがある。音楽の新しい形を模索する動きもあります。まったく新しいの音楽のスタイルだったり、新たな言語も作り出しています。もう本当にクレイジーすぎる(笑)。
僕自身もそうですが、デンマークは海外のアーティストや音楽家を積極的に受け入れようとしてるんですよ。出身がどこであれ、肌の色や信じるものが何であれ、テレビやラジオといったメディアに露出するチャンスがある。
アジア、アフリカ、南アメリカ、オセアニア、得体の知れない音楽だって、「好き」「カッコいい」「イケてる」と思えば、どんな音楽だって自分のものにしちゃう国なんですよね。
「動物とセックスする」これってタブーですか?
―ものすごくデンマークらしい姿勢ですね。ラワンさんはすでにデンマーク国籍を取得していますが、ある側面では異邦人としてこの国で何を感じますか?
「この国いいな」って一番思うのが、タブーが一切ないこと。どんな意見を持っていようと、自由に発言できるし、それを受け入れて話し合える素地がある。「こんなこと言ったらひかれちゃうかも」と他人の目を気にすることなく、何でも思ったことを言えるんですよね。
ちょうど最近面白いニュースがあって。デンマークでは、獣姦禁止法案が今年4月に可決されて、7月から執行されるんです。「動物とセックスする」ことは、ヨーロッパの多くの国は違法なので、そういうことをしたい人はわざわざデンマークまで来ていたんですよ。「アニマル・セックス・ツーリズム」といって。
「動物とセックスする」なんてイラクなら口が避けても言えませんよ(笑)。きっと日本でもそうでしょう。そもそも今まで違法じゃなかったこともすごいんですけど、ここではそんなことまでまじめに話し合えるんですよ。しかもごく当たり前にね。
DJとオーケストラ、異分野の融合がもたらす化学反応
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―タブーがないと言えば、ラワンさんはDJとしてオーケストラと共演していますよね。僕はYouTubeで見てビックリしたんですが(笑)、あれはどういうことなんですか?
ある時、モーツァルトのレコードを見つけて、スクラッチし始めたら、それを見て面白がってくれたある人がいて。「今度一緒にやってみないか?」って誘ってくれたんですよ。で、やってみたところ、これがもう最高で! それから口コミでどんどん広がって、デンマークで最も有名なロイヤルオーケストラとも共演するまでに至りました。
最近はオーケストラにDJが共演することは増えてきましたが、僕が始めたのは10年前。当初はそんなことをやる人は僕以外に誰もいませんでしたね。
―イノベーターというか、先駆的な存在なんですね。
そもそも、クラシック音楽とDJはまったく別ものなんですよ。クラシック音楽はアコースティックな楽器を使うから、再現がとても難しい。でもDJは電気で動く音源を使うので、何度だって再生できる。
こんなに異なる世界が混じり合った時、どう転ぶかは2通りだけ。反発し合って何も生まれないか、お互いが化学反応を起こして想像を超える素晴らしいものになるか。
―どうすれば後者に導くことができるんでしょうか?
大切なのは、相手をリスペクトすること。実際、僕は一緒に始める前、オーケストラの世界や文化についてものすごく勉強して、その上で、相手にリスペクトしていることをできるだけ示そうとしました。
あとは、オープンマインドであること。リラックスして相手を受け入れて、違いを楽しめばいい。心が開放されていなければ何も始まりませんよね。
クラシカル音楽は伝統そのもので、とても保守的です。それなのに可能だったのは、多様性に寛容で、タブーのないデンマークだったからなのかもしれません。
でも、そもそも世界に境界線なんてあるんでしょうか? ないですよね。音楽の世界には、僕が誰であるか、クラシック音楽だろうが電子音だろうが何も関係ないんですよ。もともとカテゴリーもジャンルもなかったはず。奏でる人と聴く人がいて、その間に音がある。ただそれだけなのですから。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。