アフリカ・欧州中心に世界の都市を訪れ、オルタナティブな起業家のあり方や次世代のグローバル社会と向き合うヒントを探る、ノマド・ライター、マキです。
Maki & Mphoという会社を立ち上げ、南アフリカ人クリエイターとの協業でファッション・インテリア雑貨の開発と販売を行うブランド事業と、「アフリカの視点」を世界に届けるメディア・コンテンツ事業の展開を行っています。
Credit: M. Zentoh
この連載では、わたしが今最も注目しているケニア・ナイロビのクリエイティブ起業家たちとの対話を通じて、オルタナティブな生き方・働き方・価値観を紹介します。
ここで取り上げるクリエイティブ起業家とは、音楽、ファッション、アート、デザイン、料理などのカルチャー・コンテンツを創造し、発信する起業家のこと。ネット、スマホ、SNSによって、インフラが限られていたナイロビなどの場所でも、以前から存在していたクリエイターたちの活動がより活発化・顕在化し始めてる一方、日本での認知は限定的です。
日本や欧米とはまた別の視点から、他の人とは違う生き方を探したいという人々に向けて、なんらかの刺激や手がかりをお届けしたいと思います。
MAMA ROCKS創業者、サマンサとナタリーの肖像
連載第2弾のゲストは、ナイジェリア人の母とケニア人の父を持つ、UK出身の姉妹、サマンサ&ナタリー・ムウェデケリ。姉妹は、2016年を迎える元旦にオープンした、今ナイロビでもっとも盛り上がっているオープンエアのバーラウンジ「アルケミスト」の一角に、アフリカン・テイストのグルメバーガーを提供するフードトラック「Mama Rocks(ママ・ロックス)」を同時オープン。移動販売で積極的にPRを進める傍ら、昨年は初の実店舗を始め、さらに勢いを増しています。店舗オープンのストーリーは、地元のデジタル放送局がリアリティ・ショーとして追いかけるほど、注目されています。
筆者は、ナイロビで出会った知人の紹介で、Mama Rocksを訪ねたのがきっかけで、それ以来ナイロビを訪問するたびに必ず訪れています。その魅力は、こだわりの素材と独自のフレーバーが特徴のグルメバーガーそのものだけでなく、Mama Rocksブランドの背景にある、サマンサとナタリーのビジョンやミッションなのかもしれません。UK出身の二人が、どういったきっかけで、なぜナイロビで起業したのか、なぜバーガーなのか、なぜ地元のクリエイターたちと連携したブランド作りを行うのか。彼女たちの想いや起業のストーリー、そして人生設計に、私たちが「本当にやりたいこと」を見つけるためのヒントが隠れているかもしれません。
「どんなレガシーを残したいか」。時間をかけて、じっくり自分と向き合うことで見えてきた、歩むべき道
マキ:まずは起業に至るまでのストーリーを教えてもらえるかな。
サマンサ:イギリスの大学を卒業した後、わたしもナタリーも人事系の仕事をしていたの。ナタリーはメディア業界、わたしはチャリティー業界で就職していた。
マキ:今のバーガーショップのフィールドとは全く違うところからスタートしたんだね。
サマンサ:そう。チャリティー業界で何年かキャリアを積んで、生活は充実していた。一方で、かなり残業もして忙しかった。でもあるとき、ふと立ち止まって振り返ってみる機会があって、あることに気がついて…。仕事に投資している自分のエネルギーや努力を、もっと自分のためになる何かに使いたいっていう気持ちが芽生えてきた。それから、自分の道を切り開くという選択肢が魅力的に思えてきたのもある。
マキ:何か具体的な影響やきっかけがあったりしたのかな。
サマンサ:共に起業家である両親の影響は強いと思う。常に「自分のボスになれ」と言われ続けてきた。両親には、いつもそういう風に鼓舞されてきたかな。
マキ:身近に起業家のロールモデルがいるのは心強いね。でも、なんらかのロールモデルがいたとしても、本当に自分のやりたいことを明確にして、決断をしてキャリアを進めていくというのは、誰にとっても難しいことだと思う。
サマンサ:両親の影響だけじゃなくて、すごく長い時間をかけて、自分自身についてもじっくり考えた。それによって自分のことを理解することができた。何によって自分が突き動かされるのか。あとそれから重要だったのは、自分が残したいレガシー(後世に残すもの)は何なのかについて考えたこと。つまり、より広い世界に対して、わたしはどのような影響を残せるのかということ。
マキ:その考え方は、壮大なビジョンにつながりそうだね。ナタリーはどう?
ナタリー:パッションを見つけるのは難しい。そして、そのパッションをビジネスに変換するのも難しい。それを実現するのにすごく時間がかかったし、ものすごく集中する必要があった。「集中(Focus)」は、キーワードかもしれない。それから、好きじゃないことを明確にすること。自分のモチベーションの素となるものを明確にすること。どんな変化やインパクトを世界にもたらしたいか考えること。私は2年はかかった。瞑想したり、友達と議論したり、信念を問い直してみたり。何がわたしたちを幸せにするのかも考えた。サマンサも言っているように、どんなレガシーを残したいか。他の人にどういう人として、継続的に認識してもらいたいか。世界に残したいインパクトについて考えたり。
マキ:二人とも若いし、ビジネスもスタートしたばかりだけど、レガシーを残したいという強い思いがあることは、少し意外。
サマンサ:自分なりの人生観があって、わたしたちは、ただこの世界に生まれてきて死ぬというだけじゃないと思っていて。自分だけの功績を残さなくてはならない。
マキ:Wow、すごいね。後世に何か残したいという思いが、どう今の事業につながっているのかな。
サマンサ:自分自身の事業を立ち上げるということ自体、後輩や若者たちにとっての刺激になると考えていて。つまり、リスクがあっても、彼らも自分の人生をドライブするきっかけを作る。そういう影響力を残したいと思っているんだよね。
「万人が知っているバーガーという媒体」。生い立ちと経験、価値観を凝縮したビジネスアイデアが生まれた瞬間
マキ:時間をかけて自分自身と向き合うというプロセスが、どのようにMama Rocksのビジネスにつながったのかな。
サマンサ:起業したいと気づいてから、具体的な事業アイデアに結びつくまでまた数年あった感じ。当然、一夜にして生まれたアイデアではなく。起業したいなと思い始めてから、いろいろと構想したり、意識的にも無意識的にもアイディアは集めたりしていたけど、あるとき、当時の職場から解雇されることになって。3ヶ月の猶予があったんだけど、どうしても別のところに就職するという選択肢が考えられなかった。自分の事業を始めたいという確信がもてた。
マキ:なぜグルメバーガーを?
サマンサ:ヨーロッパ全土で当時盛り上がっていたグルメバーガーのトレンドには、少なからず影響されたと思う。みんなバーガーショップをハシゴして、レビューを書いたり、ブログポストしたりしていて。もともとわたしもナタリーも食べ物が大好きで、そういうのをよく目にしていた。一方で、両親が住んでいたケニアのナイロビを頻繁に訪問するなかでの気づきもあったかな。ナイロビでの外食を繰り返すうちに、ある発見があって。ケニヤやアフリカ大陸の活気やワクワクするようなムードが反映されたようなレストランが、その当時は見つからなかった。ヨーロッパの雰囲気を持ってきたようなカフェとかはあったけど、アフリカの今を反映したようなものはなかった。
ナタリー:ブランドをはじめるとき、わたしたちのすべての価値観を反映させたいと思った。アフリカの今を盛り上げるブランドにしたいと思った。アフリカ人が、自分自身に対して誇りを持てるようなブランドを世界に発信したいと。グローバルなメディアは、未だにアフリカの貧困や、ネガティブなことしか発信していない。わたしたちは、アフリカの食べ物や音楽、そういったカルチャーを、万人が知っている「バーガー」という分かりやすい媒体(メディア)を通じて発信したいと思った。
マキ:バーガーを一つのメディアとして捉えている点は面白いね。
ナタリー:メディアとしてのバーガーは、わたしたちの価値観を表現するのに適切だっただけでなくて、アフリカ料理の様々なフレーバーを凝縮させて、発信するのにも好都合だったと思う。アフリカ料理は、まだまだグローバルに知られていないという事実もあるので。
マキ:起業の場所として、ナイロビを選んだのはなぜ?
サマンサ:父がケニア人で、両親も13年以上ケニアに住んでいるという影響は一つある。それから、わたしとナタリーもケニアを頻繁に訪問するなかで、明らかな経済成長を目にして、ビジネス機会としても魅力的だった。東アフリカの中では、もっとも大きい市場だし、中産階級の人口も拡大している。こうした中産階級の人々は、旅に慣れていて、食べ物やサービスに対する期待値も高い。それにもかかわらず、わたしたちがMama Rocksを立ち上げた当時は、彼らのニーズを満たすサービスは限られていた。それからナイロビは、アートシーンも盛り上がっていて、すごくエキサイティングな都市だったから、むしろナイロビじゃなかったらどこ?という感じもあった。
マキ:生まれ育ったUKを離れて、ケニアでの起業というのは大きな変化だと思うけれど、どんなことが特に大変だった?
サマンサ:個人的には、起業のために親元に戻らなければならなかったということが大きいかな。自立した社会人として今まで生活してきたのが、いきなり逆戻りして子どもになるような感覚は、あまり気持ちいいものではなかった。それから、文化的ギャップも経験した。男性は、ビジネスとなると、大概、他の男性に向かって話を始めて、なんか脇に追いやられる感じを味わったのも不快な経験。自立した強い女性としてやってきたという経験があるからね。実務的なチャレンジとしては、市場に高品質・高価格というグルメバーガー(Mama Rocksのバーガーは、900円前後)の位置づけを理解してもらうことや、そもそも高品質な食材を提供してくれるサプライヤーを探すことなどが大変だった。
マキ:起業というと「自分のボスになる」という要素が強調されるけれど、そのプロセスにおいては、実際に経済的にも精神的にも、ある意味、自立とは逆に、人に頼らなくてはならない場面も多々あると思う。姉妹での起業というのは、強みになっているのかもしれないね。
サマンサ:ナタリーと一緒に起業しようと思ったのは、自分たちの背景や影響が似ているから。わたしたちは大親友で、一緒に働くのは楽しいし、絶対的な信頼関係がある。ほかのビジネスパートナーは考えられないかな。
「わたしたちも、Mama Rocksも主人公じゃない」。世界の若者を鼓舞し続けるためのドミノエフェクトをつくる
マキ:Mama Rocksは、2016年のニューイヤーに、クリエイターたちが集まるバー、「アルケミスト」のオープンとともに、その場所にフードトラックをスタートさせて、今は2拠点目も持っている。事業が軌道に乗り始めているようだけど、どんなところを目指しているのかな。はじめに「レガシーを残したい」という話があったけど、Mama Rocksの事業との関連で、もう少し詳しく教えてもらえる?
ナタリー:じっくり考えたことが、最終的には、グルメバーガービジネスという形になったけれど、ただ単純に美味しい食べ物というだけじゃない。わたしたちの生い立ちや価値観など、すべてのメッセージがバーガーに込められている。
Mama Rocksを始めた当時、誰も他にアフリカの今を体現していないと感じた。グローバルなメディアがアフリカについて表現するときは、たいてい貧困やネガティブなことについてだった。そういったストーリーをシャットダウンしたかった。アンダーグラウンドで起こっている、アフリカが変わっていく動きについて発信したいと思った。都会的で若いエネルギーがアフリカ大陸を変えているのだということを表現したいと思った。つまり、Mama Rocksは、アフリカの今を体現しようとしている感じ。
マキ:アンダーグラウンドで起こっている動きというのは、具体的にどういうこと?
ナタリー:今、アフリカ全体で、クリエイティヴ界隈が急成長している。大陸各地でアンダーグラウンド的に盛り上がってきていると思う。個人的にも、アート、音楽、ファッションという領域にとても関心があって、パッションを持っているし。
マキ:「アンダーグラウンド」というのは、あまり大々的には発信しづらいということなのかな。
ナタリー:文化的にも歴史的にも、アフリカにおいて、アート、芸術分野はあまり賞賛されたり、推奨されたりしてこなかった。生計を立てるのに適切な領域ではない、というのが上の世代の考えだった。若者がそういったフィールドに進むことも、推奨されない。自分が何にパッションがあって、どうやって自己表現するか、家族に自分が何者かをどう表現するかはアフリカの人にとってプライオリティではなかった。
マキ:クリエイティブ業界のキャリアが、応援されづらいというのは、必ずしもアフリカに限ったことではないと思う。経済成長の過程にある国においては、より実務的なキャリアが優先されるのかもしれないね。クリエイティブにこだわるのはなぜ?
ナタリー:わたしたちは、クリエイティビティや自己表現こそが、アフリカ大陸の成長や変化をもたらす要素だと思っていて。恥ずかしがらずに、才能を忌憚なく発揮させることが必要だと思う。同時に、若者がパッションに従ってやりたいことをやる、というのを推奨していきたいとも思う。若者、そして彼らのクリエイティビティが、アフリカを変えると思っているから。彼らのパッションに火をつけるブランドになりたい。
サマンサ:クリエイティブな考え方の重要性は、必ずしもクリエイティブ業界とかクリエイターに限定される話ではなくて。既存の枠組みに囚われずに、新しいやり方を提案するっていくこと。例えばケニアではM-Pesa(エムペサ)というモバイル・マネーのサービスが普及していて、銀行口座を持っていない層にも普及している。クリエイティビティがなかったらこういったサービスが生まれたり、普及したりしなかったと思う。
マキ:Mama Rocksとしては、具体的にどんなアプローチをしているの。
ナタリー:地元のミュージシャンとのイベントを開催したり、お店やトラックの壁画、Tシャツなどのノベルティ商品は、すべて地元の新進気鋭のクリエイターたちにお願いしたりしていて。すべて地元とつながっている。わたしたちは、アート、自己表現、そして楽しむことを大切にしていて、そのメッセージを常に発信している。お店の壁にもそういったメッセージとしてのマントラを掲げているし。
マキ:そのマントラは何?
ナタリー:簡単にいうと「自分自身のドラムの音に共鳴しよう!人種や肌の色、信条に関係なく、みんながロックなチャレンジをする権利をもっているんだ!」っていうもの。
マキ:最終的に、その思いやメッセージが行き着く先はどこにあるんだろう。
ナタリー:最終的に、わたしたちは主人公じゃない。Mama Rocksも主人公ではない。わたしたちは長期的に人々のマインドに残るインパクトを残していきたい。ある若者が、Mama Rocksにインスパイアされて、自分のやりたいことを見つけて、例えばアートを勉強したりする。そして、それを見た別の若者も同じような選択肢を知る。そうやってドミノ的に影響力が広がっていくこと。それが、わたしたちやMama Rocksの先にあるインパクト。
長い時間をかけて、自分の生い立ちや価値観にじっくり向き合う、そしてそこから自分がどんなレガシーを残したいかを考える。グルメバーガー事業というビジネスの表層からは想像できない、サマンサとナタリーの深い思いやパッションが非常に印象的でした。
自分自身を深堀しつつ、最終的には自分自身やキャリアを超えたより広い世界に、情熱の矛先があるからこそ、揺るぎない信念のもと、自分の好きなことを継続し続けられるのかもしれません。
Mama Rocks
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ケニア人の父とナイジェリア人の母を持ち、UKで生まれ育った姉妹起業家ナタリーとサマンサが、ケニアの首都ナイロビで始めた、コンテンポラリーなアフリカンテイストのグルメバーガーショップ。
マキ
ノマド・ライター
Maki & Mpho LLC代表。同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。
▶︎ノマド・ライター マキが届ける『ナイロビ、クリエイティブ起業家の肖像』
・#001 「正しいことをしているという確信」。選択肢がありすぎる現代でも道に迷わない観察者、ヴェルマ・ロッサ
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。