アフリカ・欧州中心に世界の都市を訪れ、オルタナティブな起業家のあり方や次世代のグローバル社会と向き合うヒントを探る、ノマド・ライター、マキです。
Maki & Mphoという会社を立ち上げ、南アフリカ人クリエイターとの協業でファッション・インテリア雑貨の開発と販売を行うブランド事業と、「アフリカの視点」を世界に届けるメディア・コンテンツ事業の展開を行っています。
Credit: M. Zentoh
この連載では、わたしが今最も注目しているケニア・ナイロビのクリエイティブ起業家たちとの対話を通じて、オルタナティブな生き方・働き方・価値観を紹介します。
ここで取り上げるクリエイティブ起業家とは、音楽、ファッション、アート、デザイン、料理などのカルチャー・コンテンツを創造し、発信する起業家のこと。ネット、スマホ、SNSによって、インフラが限られていたナイロビなどの場所でも、以前から存在していたクリエイターたちの活動がより活発化・顕在化し始めてる一方、日本での認知は限定的です。
日本や欧米とはまた別の視点から、他の人とは違う生き方を探したいという人々に向けて、なんらかの刺激や手がかりをお届けしたいと思います。
ナイロビのモダンレストラン「Nyama Mama」のトップシェフを務める26歳
ナイロビのクリエイティブ起業家を紹介する本連載は、今回が最終回。最後のゲストとして、ナイロビで活躍する26歳のシェフ、Lesiamon Ole Sempele(レシャモン・オレ・セムペレ)を紹介します。
シェフ・レスの愛称で知られる彼は、ナイロビで3ブランドの飲食事業を手がけるThe Good Earth Group(ザ・グッド・アース・グループ)社の1ブランド、「Nyama Mama(ニャマ・ママ)」のエグゼクティブ・シェフ(料理長)。Nyama Mamaは、本格的なレストランの2店舗と、ファストフードタイプの2店舗をナイロビに構えるレストランで、ケニヤやアフリカの伝統的なレシピを、よりグローバルに親しみやすいメニューとして展開しています。レスが務める店舗は、ナイロビの新たなビジネス街、ウェストランズ地区に位置するオフィスビル「デルタ・コーナー・タワー」の中にあり、国籍や人種問わず、地元の人や観光客で日々賑わっています。
筆者も昨年ナイロビを訪問した時に彼のレストランを何度か訪れました。もともとはナイロビで出会ったフォトグラファーの同級生ということでレスを紹介してもらったこともあり、彼の料理に対する思いや、おすすめメニューについて直接話を聞くことができました。
ナイロビでも食の選択肢が増えてきてはいるものの、ローカルフードとなるとカジュアルなものが多かったり、少しおしゃれな空間のレストランとなると欧米風になりすぎていたりと、ローカルとグローバルの2つの要素をバランスよく組み合わせて提案している場所は、まだ多くありません。そういった提案をしながらシェフとしてのキャリアを積んでいるレスは、パイオニア的存在の一人です。
彼がなぜナイロビ、ケニア、アフリカの食にこだわるのか。モダンなアフリカ料理という新しいフィールドを切り開こうとする彼の、これまでの軌跡や価値観は、日本でも新しい挑戦をしたいと考える人にとってのインスピレーションになるのではないでしょうか。
シェフは天職。6歳のときにはすでに料理に惚れ込んでいた
マキ:まずは自己紹介をお願いします!
レス:名前はレシャモン・セムペレ。シェフ・レスとよく呼ばれてる。いまは26歳で、ケニアでシェフをしているよ。生まれも育ちもナイロビで、食に関しては譲れない情熱を持ってる。マサイ族とキクユ族の出身。
マキ:シェフを志したきっかけを教えて。
レス:シェフは僕の天職なんだと思う。キャリアとして自分が選択したという意識はない。記憶にある限りで、自分が初めてシェフという職業に惹かれたのは、かなり小さい頃だったし。たぶん6歳ぐらいの時かな。近所にシェフがいて、彼が若い頃からいろんな国を旅して、いろんな場所を訪れてたって言うから憧れていた。
マキ:そういうシェフが身近にいたというのは、よい刺激だね。
レス:そうだね、彼との出会いが最初にシェフを志したきっかけになった。あとそれから、食というのは、どんな時も人々を幸せにしてきた。お祝いごとも祝日も食事を中心に、祝われる。シェフになれば、そういう幸せな場の中心にいることができるんじゃないかって思ったんだ。つまり、そういった場のホストとして、食事を提供して、人々の人生の素晴らしい瞬間に立ち会うという意味で、シェフを超える職業はないと思っているんだ。
マキ:素敵だね。最初に出会ったシェフ以外にもロールモデルはいたのかな。
レス:キャリアのいくつかのステップにおいて、ロールモデルがいたよ。シェフを真剣に志し始めてからいろんな師匠に出会ったけれど、その中でも特に僕にとって重要な人物は、当時ケニアでフェアモントホテルグループ(カナダに本社があるラグジュアリーホテルグループ)のレストランの総料理長を務めていたシェフ、カラン・スリ氏。
マキ:ケニアの外食産業は、まだまだ成長期にあると思うけれど、著名なシェフたちも増えているのかな。
レス:ケニアにも卓越したシェフたちはいる。ただ、グローバルには知られていないというのが現状。つまり、グローバルレベルで、影響力がある「インフルエンサー」の域にはいない。
「単に欧米のやり方を追随することはしない」他のシェフとは違う道を
マキ:若くして料理長を務めるシェフという意味で、ナイロビにおけるレスの活躍はパイオニア的にも思えるけど、自分ではどう思っているの。
レス:自分のことはパイオニアだとは思ってないよ。どちらかというと、業界におけるキープレーヤーだと思っている。自分がケニアやアフリカの食における革命を起こしているという意味において。他のシェフたちがやっているみたいに、いわゆる主流のフレンチとかイタリアンとかの欧米のジャンルを追いかけることはしない。
マキ:どうして他のシェフたちは欧米料理というジャンルに特化することが多いのかな。レスが起こしている「革命」についてもう少し詳しく説明してもらえる?
レス:もちろん、自分もいわゆる典型的なフランス料理やイタリア料理、またはアジア料理には、敬意を払っているよ。シェフとしてのキャリア形成のベースを形どっているものだし、こうした料理のジャンルから学び、模倣する。欧米の料理は自分にとっても起点となっていて、その上で、アフリカ料理の要素を加えた料理を提案している。
大抵のシェフたちが西洋料理に特化する理由としては、単純に、長年存在してビジネスとしての市場が十分にあるからだと思う。すでによく知られているし、受け入れられている。マーケティングや教育がなされてきた。
でも、まさにいまローカルなもの、ケニアの多様な食が見直されてきているんだ。
「革命」とは大きな変化を起こすこと。食に関して、アメリカやフランスやイタリアが王道で受け入れられているという現状を変えて、ケニア料理を、誰もみたことのないような形に洗練させて見せたい。地元の人にも外国人にも受け入れられるようなものを作りたい。ケニア料理にもっと興味をもってもらいたい。
マキ:他のシェフたちのトレンドに流されずに、レスがケニア料理やアフリカ料理にこだわる理由はどこにあるのかな。
レス:すべては家から始まってる。自分が食べて育ったもの、ケニアの文化が信じている価値観、自分の深いルーツ…。自分のルーツに関連するものを習得するほうが、他の文化のものを習得するより簡単だと思う。
日本やイタリアの主婦たちが、ケニアのレシピ本を使って料理することが普通になってほしいんだ。
フュージョン(融合)の力でケニア料理をもっと広めたい
マキ:他の人と違うことをやるには、常にチャレンジがつきものだと思うけれど、大変だったことについて教えて。
レス:大変なことばかりだよ。(ケニア市場への外食チェーンの参入などで)グローバルな食の選択肢が増えていく中であえてローカルな食事の素晴らしさを提案して、選んでもらうというのは挑戦。それからいろいろなリソースも限られている中、最高のアウトプットを出さなくてはいけないというのも大変。でもやっぱり、現地のケニア人に、自分たちの料理が世界の他の料理と同等、もしくはそれ以上に素晴らしいものなんだと、意識を変えることが一番大変かもしれない。
マキ:グローバル化した市場において、人々が自らのカルチャーではなく他のものに惹かれるというのは、稀な現象ではないとは思う。ただ、過去に話したケニアのファッションブランドの起業家たちも言っていたけれど、ケニアにおいては、ケニアブランドやローカルのものよりも外国のものの方がいいとする傾向がまだ強いみたいだね。
でもレスが手がける「Nyama Mama」のメニューは、ローカルの人々にも受け入れられ始めているよね。レストランの代表的なメニューについて、説明してもらえるかな。
レス:ウガリ・フライというメニューは典型的なフュージョン。(ウガリとは、トウモロコシの粉とお湯で茹でて、マッシュポテト状にしたもので、東アフリカや南アフリカの主食として親しまれている。日本食における白米のような位置づけ)
つまり西洋料理の影響とローカルな素材を組み合わせて、誰もが親近感を持てるような料理にした。一方で、ケニアの伝統素材を使っているとはいえ、現地の人にとってもユニークな提案になってると思う。ウガリは、そのままウガリとして食べるのが普通で加工されたことはなかったからね。ピューレ状にして、チーズを混ぜて、揚げるといったように、ウガリをまったく違うものにして提案するということが、新しい。
他にも、ケニアで伝統的に食されているフラットブレッド「チャパティ」をトルティーヤの代わりに使って、南アメリカのラップやケサディア風にした料理もある。
マキ:結果としては単純なことかもしれないけれど、今までになかったものを作るというのは挑戦であり、エキサイティングなことだね。
最後に、ケニア料理をもっと世界に広めていくには、どうしたらいいと思う?
レス:まずはケニアを訪問してもらうこと。そして地元の人たちが食べているものを見てもらうことかな。そして「Nyama Mama」のようなレストランに来てもらって、地元の料理を、新しい形に変えて、もっと親しみが持てて、面白い、楽しい料理として提案しているというやり方を見てもらいたいな。
アートやファッション以上に、世界のすべての人にとって身近な存在である食だからこそ、ローカルとグローバルの要素を組み合わせることの可能性が広がっていきそうです。
一方で、食事はその食文化が生まれ育った気候や環境の中だからこそ、味わうことができるものでもあります。レスの最後のコメントにもあるように、まずはケニアやNyama Mamaを訪問する人がもっと増えることが、重要かもしれません。
この連載で取り上げてきたケニアの起業家たちは、誰もがみな、自分たちの置かれた環境であるケニアのナイロビに誇りをもち、その環境から吸収できるものを吸収し、自分のアウトプットを最大化しているように感じます。
一方で、彼らは日本人以上にグローバルな視野やビジョンを持っています。国が成長段階にあり、平均年齢も20歳(中央値)と非常に若い市場だからこそ、若者こそが自分たちが国を作り、世界での存在感を大きくしていこうという意志があるのだと思います。
成熟市場の日本ではなかなか感じることが難しいかもしれませんが、ケニアや他のアフリカの若者の軌跡を知ることで、世界的な視野やビジョンを持てる人が増えたら嬉しいです。
レシャモン・セムペレ
Instagram(Nyama Mama)|Instaram(Lesiamon Ole Sempele)
ケニアのレストラングループ、The Good Earth Groupのブランド、Nyama Mamaの料理長を務める若きシェフ。ケニアとアフリカの食を世界に広めるべく、西洋料理とローカルの素材を組み合わせたメニューを展開する。
マキ
ノマド・ライター
Maki & Mpho LLC代表。同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。