ラジオをきっかけに、フェミニズム、セクシュアリティ、戦争問題へと広がる世界。ラジオの魅力を再確認させてくれる本『TBSラジオ公式読本』|雪下まゆが綴る「つぶやきでは語りきれないこと」#004

Text & Artwork: Mayu Yukishita

2023.3.30

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雪下まゆが綴る「つぶやきでは語りきれないこと」

作家の雪下まゆによる連載。毎回一冊の本を通して、絵では伝えられない自分の話をTwitterのつぶやきではできない、もっと濃い形で読者と共有していく。

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ラジオを聴き始めてから9年が経とうとしている。
まだまだ浅いラジオ聴取歴だが「ラジオがなければどう生き延びていたのだろうか」と考えることさえあるほど、ラジオは私にとって不可欠な存在となっている。

ラジオを聴くきっかけは「伊集院光深夜の馬鹿力」という番組を知ったことで、それから徐々に他の番組も聞くようになった。

一人で家に篭り昼夜逆転型フリーランスとして働く私にとって、毎日同じ時間に同じ声を聞くことが仕事のルーティンになっている。
特に朝やお昼の番組は仕事のオンオフを入れることができるありがたい存在だ。

今回私が紹介する本は、そんなラジオの魅力が詰まった一冊だ。ライターの武田砂鉄(たけだ さてつ)さんによるTBSラジオ歴代パーソナリティへのロングインタビューを収めた『TBSラジオ公式読本』である。ラジオリスナーに向けた本ではあるが、今回の記事では本書の紹介を通して私自身がラジオによって世界を見る視点が変わった経験を、ラジオを聴いていない方に向けてお話ししたい。

ラジオ番組は一般的に「朝のニュース番組」「普遍的な日常に寄り添うお昼の番組」「社会や文化に焦点を当てた夕方の情報ワイド番組」、そして「深夜の芸人のラジオ」に区分できる。
私がラジオについてインタビューを受けた際は深夜ラジオについて話すことが多いが、今回は本で紹介されている、お昼から夕方に放送されている二つの番組に焦点を当てていく。

『ジェーン・スー 生活は踊る』

最初にご紹介したいのが『ジェーン・スー 生活は踊る』(月・木・11:00-13:00/2016年4月〜)。
作詞家・コラムニスト・ラジオパーソナリティのジェーン・スーさんが「ルーティンをワクワクに」というテーマで、日々の生活情報やお悩み相談を音楽と一緒に届ける番組。彼女は本書で、次のように番組について語っている。

「洗濯、掃除、炊事、そして通勤もそうですが、毎日やることをちょっとでもワクワクさせたい。ベッカム夫妻が泊まったバリ島のヴィラの紹介はうちの番組でしなくてもいいじゃないですか。そして、『今できる、今日できる、せめて今週できること』を紹介する。それから、『居場所』という認識」(p65)

この番組では、毎週金曜日(今は金曜の放送はなくなった)にオープニングで、必ずスーさんが「お仕事中の方、家事育児、病気療養、はたまた介護中のみなみな様、よくぞ、よくぞ金曜日までたどり着きました! 本当にお疲れさまでした」と言う言葉を投げかける。番組を聴き始めた当時、私にとってこの言葉は非常に印象的だった。誰にも会わず数日家に篭って仕事をしたり、落ち込むことがある日々の週末に聞くこの言葉に、自分のことを気にかけてくれる人が世の中にはいるんだと励まされたことが多々ある。

実際、仕事や家事育児、病気療養、介護など、他人の目には見えず、評価されにくい営みに対して労う言葉をかけてもらうことは少ない。
また、番組のお悩み相談の中で印象的な回がある。

今回は、今日は春から大学生になる19歳・男性からの「いわゆるいじられキャラで、マウントを取られたり、馬鹿にされることが多くありました。それが原因なのか、自分に対する『自信』を持続させること、長続きさせることができなくて苦しいです」

第1675回3/9(木)の放送(12:00~12:15頃)より。

私たちは子どもの頃から表舞台に立つ人の輝かしさや美しさばかりを放送するメディアに囲まれ、さらにはSNSで他人と自分を比較することが容易になった現代において、特別な「何者か」でなければいけないという強迫観念に支配されていると思う。

比較対象は無限に存在するため「何者か」への執着と自己肯定感は反比例する。
その下がった自己肯定感を処理するため、芸能人に対して誹謗中傷を行ったり、女性やマイノリティなど自分より弱いと感じられる相手にはハラスメントを行ったり、自分のことさえ大切にすることができなくなってしまう。
しかしリアルな現実世界を回しているのは評価が可視化されやすい表舞台にいるごく一部の人間だけないことは明らかだ。
誰にも見られない場所で、自分自身のため、また他者のために必死に生きる人たちこそ、この世界を回していると言える。

人間の存在に本来価値の違いなどないはずなのに、そうは思わせない現代において金曜日のスーさんのこの言葉は非常に大切な意味を持っていると思う。私自身も他者に対してこのような気持ちを忘れず心に留めておきたいと考えるようになった。

他にも番組の相談コーナーでは、ワンオペ育児の大変さ、女性の子育て後の再就職の苦労、また男性社会における生きづらさなどさまざまな悩みが取り上げられる。

私は、これまで子育て中の人たちが抱える問題についての正確な理解もそれを知る機会もほとんどなかったが、番組のおかげでいろんな人がそれぞれに苦労や幸福を味わいながら生活する光景を少しずつ想像することができるようになった。

『荻上チキ・Session』

次に、社会的な制度や法律の改善策について討論する『荻上チキ・Session』を紹介していく。

この番組『荻上チキ・Session』(月・金・15:30-17:50/2020年9月〜)に興味を持つようになったきっかけは、自分の身近な人が性犯罪を起こしたことだった。信頼していた人間の行為によって、それを聞いただけで生きる意欲すら奪われてしまった。その後、性被害を受けた人々の話を調べ始め、彼らが直面する問題や、被害者自身が被害を受けている事実にすら気付くことができないような社会や教育のレベルの低さを知った。

そんな状況で、ラジオから流れていた番組中で性被害の問題について取り上げているのが聞こえた。
『荻上チキ・Session』は、評論家の荻上チキさんとアナウンサーの南部広美さんによる「自由で寛容な社会をつくるため、適切な情報と良質な議論を共有し、一歩先の未来、アップデートされた新しい価値観をリスナーの皆さんと共に作り出す」がコンセプトの番組。

「荻上『思考のプロセスって単線的じゃないので、番組はそれらをリスナーの方々とコミュニケーションした上で培っていく場なんだ、と。とにかく、「知る」ではなく、ちゃんと「わかる」まで、そしてその先で「動かす」と言うフレーズを設けたんです」(p137)

私自身、学生時代痴漢の被害に遭遇したとき、あえて冗談まじりに笑いながら「キモいよね」と友人にそれを話した経験がある。
同じように友人も私に笑いながら同じような経験を話した。10年近く前になる当時は、本当は怖かったという気持ちは隠して、大したことはないと振る舞わなければいけないという空気があった。

私は、自ら経験した辛い出来事から他の人に絶対同じ経験をしてほしくないと願うと同時に、自分自身も無意識に他者を傷つけることはしたくないという意識が強く芽生えた。それを実現するためにはこの番組のように問題の根源を掘り下げ、個々の視点を尊重し、論理的に討論する姿勢が不可欠であることを痛感した。

その過程でフェミニズムという思想に辿り着き、それがセクシャリティの問題と深く関わっていることを知った。
そのおかげで私が自分自身のなかに抱いていた、女性であるから男性を好きにならなければならないという考え方への違和感は、それが自分自身の内面から生まれたものではなく、社会規範による洗脳があったからであると気付くこともできた。

そうして世界中の女性が抱える問題に目を向けるようになると、戦時下において被害を受けた女性たちのニュースがこれまでにないほど心に強く突き刺さり、戦争をより身近に感じるようになった。戦争問題から沖縄の基地問題に目を向けるようになり、そこでは現地の女性たちへの暴力が横行していることを知った。

自分が抱える問題が芋蔓式に世界中で起きている出来事と密接に関係していることに気付きニュースを聞く際の視点が大きく変化したのだ。

このようにラジオを通じて「私たちの身の回りのリアルな営みが世界中の出来事と密接に関係している」ということを学んだ。

リスナーの多くは、特に意図せず職場や家庭でラジオが流れていて気付いたときにはラジオが暮らしに溶け込んでいたということが多いだろう。
私もその一人だった。しかし、武田さんの徹底的なインタビューによってなぜラジオが自分の暮らしに心地よく定着していったのかを丁寧に読み解くことができる。
この番組のこういうところが何となく好きだなあという気持ちの答え合わせをすることで、より一層深いところでラジオを楽しめるだろう。
一方で本書からラジオを聞こうとしている入門者は、ラジオというメディアの歴史を知りそれぞれの番組のパーソナリティの企みを知ったうえで自分が気になる番組を選んでみる、という新しい経験を味わうことができるに違いない。
切り抜きや短い時間で端的に物事を伝える他メディアとは違い、時間をかけてリスナーと向き合うラジオの魅力を本書を通じて知ってもらえたら嬉しい。

 

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