6月10日、NEUTのラジオ番組「渋谷のニュートラル」の第6回目が放送されました。
メインパーソナリティを務めるのは、以前取材したヒップホップグループDos Monosのメンバーであり広告プランナーとしても活躍中のTAITAN MANとNEUT Magazine編集長のJUN。
第6回目の放送では「まだ見ぬ、私たちが欲しい広告」を考える7月のNEUTの特集を先取りし、「広告をニュートする」をテーマにトーク。テレビやネットの中だけではなく、電車の中やビルの壁など広告は私たちの生活の中に溶け込んだものになっています。そんな広告がもたらす効果や、広告の制作現場について考えました。
今回ゲストとして招いたのは、雑誌やアーティスト写真、そして広告と幅広く写真を撮る嶌村吉祥丸(しまむら きっしょうまる 以下、吉祥丸さん)さんと、メルカリ社のコピーライター、フリー編集者/ライターとして活躍中の長嶋太陽(ながしま たいよう 以下、太陽さん)さん。主に広告を制作する立場として、広告と関わる2人と共に放送したNEUTラジオ第6回目の内容をダイジェストでお送りします。
広告は何のためにある?
広告はブランドが社会との約束を表現するためのものであってほしい。
はじめに上がったのは、広告は何のために存在するのか、という問いだ。これに答えたのは太陽さんとTAITAN MAN。広告代理店でのコピーライターとして活動した経験があり、現在もメルカリ社でコピーライターとして働く太陽さんは、「大前提として、商品の情報を伝えて経済を動かすもの。影響する範囲が大きいからこそ、人の“当たり前”を無意識のうちに作っていて時代を象徴する文化という側面もあると思います」と話した。それに賛同した上で、TAITAN MANは「理想は、ブランドが『私たちはこれを実現するために社会に存在する理由があるんです』という社会との約束を表現するものであってほしい」と理想の広告のあり方についても語った。
広告の現状にある問題点
ニュートラルっていう前提がない。
続いて、「理想の形がある中で、今の広告に潜んでる問題って何かあるのかな」というJUNの質問から、広告の現状に潜む問題点を取り上げた。広告制作者側の問題点について話したのは吉祥丸さんだ。「広告に対して、すでに出来上がっているシステムを使い続けてるという印象があって、トップダウン型の構造で制作が行われていたり、クライアントとの関係値が偏りすぎることは一つの問題だと思います」と話した。経験によって築かれたクライアントとの信頼関係が重要という面ももちろんあるが、それによって消費者へ提供する情報にニュートラルな視点が欠けてしまうのは問題ではないだろうか。
一方で、放送では広告を見る側の問題点についても触れた。最近、広告の制作者側の問題点についてはSNS上などでよく批判が上がるが、受け手についてはあまり触れられることがない。この点について太陽さんは「SNSによって誰もが声を上げやすくなって、批判の声が建設的に機能することもあるけれど、いわゆる炎上に参加する人の心理は『いじめ』に近い」とし、受け手側のリテラシーも必要であるということを指摘した。
広告作りで意識すること
会社の本質的な価値を広く伝えたい。
「広告を作る上で、それぞれの立ち回りで意識してることってありますか?」というJUNの質問に対し、太陽さんは「コピーライティングに限定することなく、伝えなければならないことを伝えるために手段に固執せずにさまざまなことをやりたい」と話す。自身の所属するメルカリを例に挙げ、ある人にとっては価値があるのにゴミになってしまうようなものを「売る」場所を提供することで、お金のない人でも家にあるもので稼げたり、ものの循環によって環境保全につながるなど、企業やサービスが目指すところを、メンバーそれぞれが意識することが重要だと答えた。TAITAN MANも自身が広告を企画する際にはコピーやステートメントの前段階であるコンセプトメイキングに関心があることを明かした。
また、主にフォトグラファーとして広告づくりに携わる吉祥丸さんは、フォトグラファーという立場では、広告に携わる段階ですでに出来上がっているコンセプトやイメージを元に写真を撮ることが多いと話し、だからこそコンセプトを理解して「何故このビジュアルがにじみ出てきたのかっていうところを、僕自身が心の底から理解している必要がある」と続けた。さらに、過去に自身がクリエイティブディレクターとして制作に参加した2018年のパルコの広告では、“自然とは”や“ファッションとは”というテーマを知人の哲学者と共に議論を重ねて、原稿用紙7ページほどに言語化し、そこからコンセプトを抽出しビジュアルに落とし込んでいったという実験的な制作のアプローチを明かしてくれた
2018年のパルコの広告の動画
※動画が見られない方はこちら
思想を反映した広告がカルチャーを生む
企業がカルチャーを生むっていうのはすごく大事だと思います。
放送中には、好きな広告や印象的だった広告の制作者として多くの企業の名前も登場していた。
太陽さんが名前を出したのは資生堂だ。長い歴史を持つフリーペーパー「花椿(はなつばき)」の制作による自社のカルチャー発信をしているという点を挙げた。創業者が日本の写真文化の第一人者だったことが背景にあるからこその芸術への造詣が表れたフリーペーパーとなっている。
吉祥丸さんが撮影された花椿の写真
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吉祥丸さんが挙げたのはナイキの広告だ。ナイキの「Just Do It」キャンペーン30周年を記念して2018年に公開された広告では、出演しナレーターも務めたアメフト選手のコリン・キャパニックとナイキの人種差別に反対する意思がはっきりと表明された。コリン・キャパニックが国内での人種差別への抗議として試合の国家斉唱の際に起立を拒否し、この行動には多くの批判も飛び交った。そんな彼を起用した同広告によってナイキの不買運動が起こったり、ナイキの商品を燃やす運動も起こったが、騒動直後に話題になった「ナイキの商品の安全な燃やし方」の投稿などの結果としてナイキの評判は上がることとなった。放送前半にTAITAN MANが話した「社会との約束を表現する」という点で、このナイキの広告は役割を果たしていると言えるのではないだろうか。
Just Do It 30周年記念広告の動画
※動画が見られない方はこちら
話題となった「ナイキの商品の安全な燃やし方」のツイート
Isn't this the most perfect response? #JustDoIt #JustDoItSafely pic.twitter.com/uIVeBbrMh7
— Ken Banks (@kiwanja) September 8, 2018
さらにTAITAN MANはアメリカのアウトドアブランドREI(アールイーアイ)のキャンペーンを取り上げた。そのキャンペーンとはアメリカ最大のセール日と言われる「ブラックフライデー」に店を閉め、休業するというもので「ショッピングへの執着をやめて、野外に出て遊ぼう」といメッセージが込められているという。従来のビジュアル中心に訴求する広告ではなく、REIのように生活者を実際に動かすアクションまで設計できてはじめて、ブランドの哲学を有効に表明することができるのではないだろうか、と話した。
REIのキャンペーンツイート
Why did we #OptOutside on Black Friday? So that we can enjoy precious time with our friends and family.
Thank you to our partners, @Mirnavator, @sarahherron, @dylan.h.brown, @hikeitbaby and @carolinegleich for sharing your #OptOutside moments with us. pic.twitter.com/bAIve7efsT
— REI (@REI) November 26, 2017
広告と上手く付き合っていくために
スマホを閉じて、本を読め。
今回の放送で、今日からできることとして太陽さんが挙げてくれたのが「本を読むこと」だ。「人間はハックされる動物であると自覚しないとまずい」と語り、普段の生活の中で私たちは、知らず知らずに広告やインターネットサービスから考え方や嗜好を形づくられていることを意識するべきだとした。本を読む時間を作ることで、自分と向かい合ったり、時間や空間を超越して世界中の思想や情景と触れ合う時間ができ、マーケティングの影響を相対化できるのではないかと話した。吉祥丸さんは続けて、「小さい選択に意思を持つこと」が大切なのではないかと言い、何かを買うときなど一つ一つの選択に自分の哲学を持てば、広告と良い距離感を取れるのではないかとまとめた。
以上、第6回目の「渋谷のニュートラル」をダイジェストでお送りしました。
次回は7月8日16:10からの放送を予定しています。
嶌村吉祥丸(しまむら きっしょうまる)
東京生まれ。ファッション誌、広告、カタログ、アーティスト写真など幅広く活動。主な個展に”Unusual Usual”(Portland, 2014)、”Inside Out”(Warsaw, 2016)、”about:blank”(Tokyo, 2018)など。
長嶋太陽(ながしま たいよう)
1988年生まれ。大学卒業後、株式会社電通に入社し、コピーライター職に従事。2015年よりウェブマガジン「フイナム」のエディター兼ライターに転身。2018年よりコピーライターとしてメルカリに参画。現在フリーランスのライターとしても活動中。
TAITAN MAN
1993年生まれ。3人組ヒップホップグループDos Monosのメンバーとして活動中。2017年には韓国・ソウルでのライブやSUMMER SONIC2017への出演を果たした。2018年には日本人として初めてアメリカ・LAのレーベル「Deathbomb Arc」との契約を結び、初の音源「Clean Ya Nerves」をリリースした。2019年3月、1st アルバム「Dos City」をリリース。
JUN
1992年生まれ。成蹊大学卒業後、社会派ウェブマガジン『Be inspired!』の編集長を経て、現在は2018年10月に『Be inspired!』からリニューアル創刊した『NEUT Magazine(ニュートマガジン)』で創刊編集長を務める。「既存の価値観に縛られずに生きるための選択肢」をコンセプトとする同誌で、消費の仕方や働き方、ジェンダー・セクシュアリティ・人種などのアイデンティティのあり方、環境問題などについて発信している。