2018年10月に行われたNEUT Magazine創刊イベント「NEUT BOWL」。その中のトークイベント「NEUtalk」に登壇してくれた「blkswn」の若林恵(わかばやし けい)。彼は同年12月15日に、「ソニー・ミュージックエンタテインメント」と「We Work Japan」と共に「新しい音楽の学校 Vol.00『音楽は〈新しいプロフェッショナル〉を求めている』」と題したカンファレンスを開催した。
21世紀も「音楽で食べて行く」ために、「来るべき音楽ビジネス」を学び、音楽業界を担う次世代のプロを育てていくための場を目指す同イベント。その第一回目の様子を記したスペシャルレポートをNEUT Magazineに特別掲載する。
「新しい音楽の学校 Vol.00『音楽は〈新しいプロフェッショナル〉を求めている』」
日時:2018年12月15日
場所:WeWork Iceberg
13:00-13:50 《SURVIVAL》
Opening Talk|ミュージシャンがひとりで生きていくための装備
水野良樹(音楽家)+ ぼくのりりっくのぼうよみ(音楽家)+ 岡田一男(エンタメブートキャンプ)+ 若林恵
13:50-14:10 《DIGITAL》
Presentation|「音楽をマネタイズする」の最前線
ジェイ・コウガミ(All Digital Music)
14:10-14:30 《DIGITAL》
Presentation|ミュージックAIは音楽家を助けるか?
福山泰史(PRTL)
14:40-15:40 《CITY》
Presentation & Talk|なぜ都市には音楽が必要なのか?
カーチャ・ハーミス(Sound Diplomacy) + 杉山央(森ビル)+林厚見(Speac)+ 若林恵
15:40-16:00 《CITY》
Presentation|新しいジャズの学校:音楽教育最前線
柳樂光隆(Jazz the New Chapter)
16:10-16:50 《PITCH》
Pitch|SME + WeWork presents スタートアップピッチ
16:50-17:50 《ASIA》
Presentation & Talk|アジアの新しい音楽のネットワーク
フェイ・テン(B10 Live/ Tomorrow Festival)+ 川田洋平(STUDIO VOICE Director)+ 岡田一男(エンタメブートキャンプ)+若林恵
いま存在しない仕事に未来がある
「いま音楽レーベルで働く人の25%以上が、5年前には存在しなかった仕事に携わっている」。この言葉は、同イベントのなかで、「『音楽をマネタイズする』の最前線」と題したプレゼンテーションを披露した音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミが、英国の音楽レーベル「ベガス・グループ」代表の発言から引用したものだ。
Spotifyなどのサブスクリプションサービス、アーティストによるSNS発信など、目まぐるしく変化する状況に対応したビジネスが求められている音楽業界では、「どんな仕事に価値をあるのか?」という問いを根本から考え直す必要に迫られている。
コウガミによれば現在、アーティストの将来を考えるカウンセラーや、サブスクリプションサービスの再生数などを解析するデータアナリストなど、新しい「プロ」が常に生まれつづけているという。
「新しい音楽の学校 Vol.00」は、ソニー・ミュージックエンタテインメントとWe Work Japan、そして若林恵率いるblkswnが共同で開催した1Dayカンファレンス。コウガミの言葉に代表されるように、音楽に携わりながら生きていくためには何が必要かを考えるため1日となった。本レポートでは、会場で飛び出した5つの発言を元に、その学びを振り返っていきたい。
自分を助けてくれる人と自分とでは思い描くゴールがそれぞれ違う
カンファレンスのオープニングでは、1999年にいきものがかりを結成し、2006年にメジャーデビューを果たした水野良樹(みずの よしき)と、現役大学生でもあり、2019年1月末に同名での活動を“引退”し話題となったたぼくのりりっくのぼうよみという2人の音楽家を迎え、「ミュージシャンがひとりで生きていくための装備」と題されたセッションが行われた。
アーティストのマネジメント、スタートアップの音楽事業に携わってきた岡田一男(おかだ かずお)も交え、変化の激しい現実と向き合うクリエイターの声を聞ける貴重な機会となった。
印象的だったのは、「自分を助けてくれる人と自分とでは思い描くゴールが違う可能性があることを認識した方がいい」という水野の言葉だ。アーティストは、例えば自分の音楽が世に届くことが最終的な目的かもしれない。一方でレーベルは、そのアーティストの創作活動でビジネスが成立させる必要がある。ミュージシャンを志す人にとって、その違いを敏感に感じ取ることは、外部のパートナーと健全な関係性を結ぶ上で不可欠なものだ。
新しいカルチャーが生まれる瞬間には必ずクリエイティブなテクノロジーがある
冒頭に挙げたコウガミのプレゼンのあと、よりテクノロジー寄りの観点から音楽業界における変化をレクチャーしてくれたのは、音楽スタートアップなどのコンサルティングとして活動する福山泰史。作曲家の経歴をもちながら、スタートアップの世界で活躍する異色の人物だ。
そんな彼が今回プレゼンしてくれたのは、「人工知能(AI)」について。昨今、人気YouTuberがAIによる作曲でデビューを果たすなど、作曲の分野でもアルゴリズムが活用されつつあるが、福山自身も「Amadeus Code」というメロディ作曲アプリを手がけている。
若林いわく、福山は「ガチガチに音楽が好き」な人物。そんな彼がAIに興味をもつ理由は以下の通りだ。「ギターに電気が通ったことでロックが生まれました。そして、スリーピースバンドという新しいクリエィティブの組み合わせが発明されたんです。作曲するAIは、『次のロック』を生む可能性がある。それを目撃したいんです」
AIが人の仕事を奪うという議論もあるが、福山が注目しているのはAIが生む新しい「仕事」なのだという。確かにエレキギターが生まれなければ、現在のロックミュージシャンの大半は音楽の仕事に携わっていなかっただろう。
ロックに限らず、サンプラーの発明からヒップホップという音楽・カルチャーが生まれたように、今後AIから新しいクリエィティブが生まれるのかもしれない。テクノロジーは単に新しい「便利さ」をつくるだけでなく、そこに関わる人間のあり方を変えるのだ。
カルチャーのB面をフォーマルにしゃべれる人材が必要だ
カンファレンスの後半戦は、ヨーロッパが拠点の音楽都市専門コンサルティング「Sound Diplomacy」からカーチャ・ハーミスを迎えたセッションから始まった。同社は音楽業界での知見を元に、国や都市をコンサルティングし、経済とカルチャーを成長させてきた実績で知られる鬼才コンサル集団だ。
カーチャがイギリス・ロンドン、カナダ・バンクーバーにおける都市事例を取り上げながら自社の試みを説明したあと、東京R不動産などで知られ、コミュニティースペース「下北沢ケージ」などの開発プロデュース、さらに地方都市の再開発にも取り組む林厚見(はやし あつみ)と、「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」で企画運営室の室長を務める森ビルの杉山央(すぎやま おう)が、若林とともに議論に参加した。
都市と音楽に関する海外での新しい試みを聞いた林は、経済効果などの予測し算出しながら、実際にプロジェクトを進めるSound Diplomacyの試みを高く評価する。一方、日本では音楽と行政がコラボレーションする時に直面する問題があると語る。
それは伝統芸能やクラシックのようなハイカルチャーと比べて、ポップカルチャーが低く扱われること。「B面」扱いされてしまい、公共の場で語るのが難しい現状があるという。
しかし、林はそんな状況にも悲観はしていない。「最近はカルチャーに理解がある若者がどんどん地方の行政に進出しつつある。彼らの1人が成功例をつくればあとは簡単ですよ。日本という国は成功例に弱いから」と、音楽と行政のコラボレーションに期待を寄せた。
何か一つキッカケがあれば新しいことは始まる。音楽というカルチャーから都市を変えるという大きなプロジェクトも、「1人の変わり者」から変化の波は巻き起こっていくのだ。
音楽を仕事にするのであれば、音楽を理解する必要がある
次にプレゼンテーションを行ったのは、新しいジャズを追う「Jazz The New Chapter」シリーズの監修者として知られる、音楽評論家の柳樂光隆(なぎら みつたか)。ジャズを中心に評論活動を行う柳樂光隆は、海外での音楽教育について長年リサーチを重ねてきたという。そんな柳樂は、自らの取材経験も踏まえながら、海外の教育機関の取り組みをレクチャーしてくれた。
なかでも柳樂は、アメリカのボストンにあるバークリー音楽大学に関する事例に時間を割いた。柳樂によれば、そこにあるのは徹底した「実技」への尊敬なのだという。たとえば、ミュージシャン以外のマネージメントなどの仕事を志す学生も、基本的なハーモニーやコードに加え、クラシック、ジャズの音楽理論が必修なのだ。同校では、音楽そのものを学ぶことが義務づけられているわけだ。
2006年から新しく生まれつつあるジャズを紹介し、大きな影響力をもつ音楽メディア『REVIVE MUSIC』の代表で、バークリーの出身者であるメーガン・ステイビルにインタビューしたときのことを、柳樂はこう振り返った。「元々シンガー志望だった彼女は、途中で音楽ビジネスの学科に進路を切り替えました。そんな彼女にジャーナリストとしての強みを聞いたことがあったんです。すると彼女は、自分の強みは音楽がわかっていることだと答えました。音楽のビジネスをやるには、音楽を理解している必要があるという共通の理解がアメリカにはあるんです」
音楽というビジネスに関わるなかで、ミュージシャン本人とコミュニケーションを取るためには、彼らの挑戦に対する理解が必要となる。例えば最近のジャズミュージシャンがやっている演奏は音楽的に極めて高度で、「音楽を体系的に理解していなければ彼らの試みを正確に理解することは難しい」と柳樂はいう。対等なコミュニケーションの土台となる学びを教育機関が提供しているからこそ、アメリカには音楽家を尊重する風土が根づいている。尊敬を生む学びこそが、新しいカルチャーを生むためには必要なのだ。
いいオーディエンスを集めるためにはいいミュージシャンを呼べばよい
カンファレンスの締めくくりは、アジアにおける音楽のネットワークをめぐるセッション。まず最初に中国・深圳のライブアートスペース「B10 Live」を運営する画家・キュレーターのフェイ・テンが登壇。画家の経歴をもつフェイは、音楽だけでなくアート展示にも注力していると言及しながら、同スペースの活動をプレゼンしてくれた。
その後、18年9月に発売された雑誌『STUDIO VOICE』で「アジアの音楽」を特集し、多数の現地取材を敢行した川田洋平(かわだ ようへい)と岡田一男を交え、アジアで育まれる音楽について語られた。
B10 Liveは、アジアのシリコンバレーとして知られる中国・深圳(しんせん)のなかでも、クリエイティブ企業、ギャラリーなどが集まる「OCT-LOFT」と呼ばれる工場を改築した地区に位置する。2012年にオープンした同スペースは、独自の基準で世界中からアーティストをブッキングしてきた。今では深圳のカルチャーシーンの中心として国内外に知られる存在である。
新しい音楽を中国に「輸入」し多くのオーディエンスを集めるフェイに、川田が「お客さんはライブハウスとアーティスト、どちらを目当てにして来るのか? 」という問いを投げかけると、フェイは一言「両方だ」と答えた。
ただ、もともとB10 Liveという場所は「無」だったと言葉を重ねる。「よいミュージシャンを呼べば、よいオーディエンスが集まってきます。そして、来場者同士が熱気をもったコミュニケーションを生む。それが、いいライブですね」。ただ、その「よさ」を判断する基準については、直感で決めるしかないという。
フェイのいうように、音楽を生むための場所をつくるには、来場者同士の相性のような、ある種の偶然に任せざるをえない部分もあるのだろう。ただ、そこにクオリティに対する自信がなければ何も始まらない。
6時間に渡るカンファレンスは、最後まで多くの来場者に囲まれ幕を閉じた。多種多様なトピックについて議論が飛び交ったが、主催した若林はイベントの冒頭で、「今回のイベントで何か答えを出そうとは思っていない」と語っていた。ここで行われた議論は、「音楽のこれから」を考えるための出発点となるのだ。
「新しい音楽の学校」という試みは、まだ始まったばかり。今後は、岡田一男、ジェイ・コウガミ、柳樂光隆をボートメンバーに迎え、より各分野に特化した「分科会」が開催される予定だという。
“過去から見る未来”と“未来から見る過去”
濃密な6時間を凝縮して伝えた以上のレポート。ここから感じられるのは、音楽が持つ無数の可能性が芽吹くときを今か今かと待っている…そんな胎動の予感だ。その可能性を担う次世代のプロは、どんな方法で音楽業界を変えていくのだろう。
レポートに出てくる登壇者の言葉それぞれにその一端が隠されているのは間違いない。「音楽業界が向かう先」はまるで見えないが、ただ一つ確かなのは、過去から見る未来ほど突飛なものはないが、未来から見る過去ほどあっけないものはないということ。音楽の未来は案外、あなたの身近にある何かと繋がっているのかもしれない。