「乳がん」という病気が女性だけのものだと思ったら大間違いだ。事実、日本の女性の12人に1人がかかり、そして男性もかかることのある、決してだれも他人事とはいえない病気なのだから。
手術が必要な場合が多く、そうすると胸を術前と全く同じ形に戻すことは難しくなる。そんなときあなたは、どうにかして「手術する前の“美しい胸”」の形を目指すだろうか。
女性は“美しい胸”を持つべきだという価値観
「女性の胸」についての議論を耳にすることは少なくないのではないか。女性の胸は「大きいほうがいい」「小さいほうがいい」「大きくもなく小さくもないのがいい」など、さまざまな意見が交わされているかもしれないが、これらに共通するのは「女性の胸はこうあるべきだ」という何らかの価値観を基準にして、“評価”の対象としていることだ。これは男性からだけではなく、女性同士や女性が自分自身に対しても行われている。
このような女性の胸についての価値観や“評価”を、女性の誰もが気にするというわけではないが、こういった価値判断がされる限り、自分の「胸」について思い悩む人は存在する。
メディアが“理想的な体型”として胸の大きさを強調したモデルを紹介したり、「バストアップ」や「“美乳”の作り方」などの方法を盛んに提案したり、人々は他人によって形作られた「美しい胸」の価値観に自分を合わせようとする傾向があるのだ。(参照元:BBC News)
乳がんの手術を受けた胸の行方
他のがんと比べて患者数や死亡者数が増えている乳がん。高脂肪や高タンパク食の摂取の増加や、初潮年齢の早期化や晩婚化、少子化、初産年齢の高齢化などが原因と言われている。多くは手術が必要となり、状態によって乳房をすべて摘出するか、一部だけ切除することになる。
だが、現在においてはこれらの手術と同時か術後に、再建(自分の皮膚や筋肉を使って、または生理食塩水の入った袋を入れて膨らませて、乳房の膨らんだ形を再現)をすることが可能だ。(参照元:認定NPO法人 J.POSH, 東京女子医科大学 東医療センター 乳腺科)
また、乳房だけでなく乳頭や乳輪の再建手術を受け、より術前の見かけに近づけられるようにする患者もいる。ここで理想とされるのは、左右対称で人工物でない乳房だという。(参照元:E-BeC)
なぜこのようにして取ってしまった乳房を再現するかというと、“乳房を失った喪失感”をできるだけなくしたり、男性の体とは違う女性の体の特徴を取り戻したり、乳房の形を想定して作られた服に合わせたりするためだと考えられる。(参照元:Breast Cancer Care, Breast Cancer Network Australia)
だが、乳がん患者の誰しもが再建を望むわけではないし、そもそも手術を受けて“完全ではなくなった”乳房は果たして美しくないのだろうか。
ニューヨークが再定義した「おっぱいのあり方」
「乳がんの手術を受けた胸」に対する観念を打ち破るファッションショーが、ニューヨークファッションウィーク(以下NYFW)で行なわれた。
乳がんを経験したモデルを起用したのは、両胸や片胸だけ、胸なし、再建した胸のすべてに対応したランジェリーブランドAnaOno(アナオノ)。乳がん患者を支援するチャリティープロジェクトの#Cancerland(#キャンサーランド)の一環としてだった。(参照元:Konbini)
同ファッションウィークは以前から「美の定義」の多様さを伝える試みを行なっており、ヒジャブを被ったモデルやアシッドアタック(酸攻撃)の被害者をモデルがランウェイを歩くファッションショーを開いてきている。(参照元:Konbini)
今回の「乳がんファッションショー」では、16人のモデル全員が乳がんを経験しており、乳房を再建した人、乳房だけでなく乳頭の再建もした人(ファッションショーでは乳頭や乳輪の出ているモデルはいなかった)、切除した場所にタトゥーを施した人、全く再建をしていない人などモデルたちは顔や体にラメを塗ったランジェリー姿で、堂々とランウェイを歩いた。
乳がんの経験を「個性」に
先ほど紹介したファッションショーに出演したモデルたちを見て、何を感じただろうか。モデルたちを見てわかるのは、「乳がんを経験した胸」を「個性」として捉えていることだ。
「女性の美しさは胸にある」という風潮は相変わらず消えていないが、手術を受ける前の胸を再び持つことを理想とするのがすべてではなく、「平らなままでも半分くらいの大きさでも美しい」という乳がんのモデルたちの強いメッセージが、観客に伝わってくる。他人が定義した“美しさ”に従うのではなく、何が美しいのかは自分で決めるべきではないだろうか。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。