オーストラリアの都市「メルボルン」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか?
メルボルンに住んでいた筆者は、迷うことなく「コーヒー」と答える。なんせ1日に1000杯のコーヒーが売れ、バリスタの時給が2000円(!)という場所なのだから。
そんな世界でも有数のコーヒー消費量を誇るメルボルンの都心部に「Patricia Coffee Brewers(パトリシア・コーヒー・ブリュワーズ)」という“稀有なカフェ”が存在する。
そのカフェは、豆の卸販売もしないし、店舗の拡大もしない。1日に一つのカフェで1000杯のコーヒーが売れるほどコーヒー消費量が多いメルボルンという街で、拡大しようと思えば容易にできる有名店なのに、なぜ拡大しないのか。パトリシア・コーヒー・ブリュワーズのオーナーであり、サスティナブルなコーヒービジネスマンのBowen(ボーウェン)に話を聞いた。
オフィス街の路地、そこではいつも溢れる人がコーヒーを片手に立ち話をする
2011年にパトリシア・コーヒー・ブリュワーズをオープンしたボーウェン。シンプルにコーヒーだけを提供し、豆の卸販売もしない、店舗の拡大もしない、彼のスタイルはメルボルンのコーヒーシーンでも稀有だ。
飲食店でのコーヒー消費量が多く、コーヒーブレイクが生活の一部となっているメルボルンでは、カフェという存在自体が「商品」として扱われることが珍しくない。
カフェを立ち上げ、センスのあるインテリアを施し、才能のあるバリスタやシェフを雇ってコピーのできない空間を作る。その後に他の誰かにカフェ自体を販売する。「カフェ」というものが一つの作品となるケースが多く見られるということだ。ブランド化して価値を築けばコーヒー豆を他の飲食店に卸したり、マーケットで販売したり、単なるロースターやコーヒーショップという枠を超えた可能性があるのがメルボルンのコーヒーシーンの姿である。
そんな中で彼は、敢えて大きく広げるのではなく、自分の手の届く範囲の人たちに自分の伝えたい価値を届けるというスタイルを貫く。
僕は自分たちのコーヒーを自分たちで伝えたいんだ。それに、週末に家族と過ごす時間が大切だからこの1店舗くらいがちょうどいい。
オープンから8年以上経つ今も、彼はだいたい店にいるという。「多くのお客さんは僕にとっては友達なんだよ」という彼の言葉通り、取材中も彼に声を掛ける人があとを絶たなかった。
一方で、長年メルボルンでバリスタとして働く者も「パトリシアのバーに立つのは緊張する」と声を揃えるほど、ボーウェンが1杯のコーヒーにかける想いは強い。人が溢れ、オーダーが飛び交うお昼過ぎにもこのお店のバーの中は美しい。コーヒーやミルクの汚れや染みはどこにもなく、お客さんとの会話を楽しむバリスタの手元は美しく動き続け、きめの細かいシルクのようなラテや、丁寧に抽出されたフィルターコーヒーが次々にお客さんの元に届けられる。
彼らのコーヒーが日本で初めて、今週末東京で飲める
実は今回、東京・表参道で毎年2回開催されている「TOKYO COFFEE FESTIVAL(東京コーヒーフェスティバル)」に初めてボーウェン率いるパトリシア・コーヒー・ブリュワーズが出店するという。
東京コーヒーフェスティバルとは、2015年に始まった日本最大級のコーヒーイベント。1杯のコーヒーの裏側にいる生産者やロースター、バリスタといった職人の活動を世に広めるとともに、コーヒーと社会との関係や、コーヒーを取り巻く文化を探求するべくスタート。固いことは考えず、自分が一番好いと思うコーヒーの楽しみ方をみつけ、自由について考える場。
彼を長く知る友人は、彼らの今回の東京コーヒーフェスティバルへの出店を驚いていた。しかし彼のコーヒーに対するストイックな姿勢はメルボルンでは珍しく、「コーヒーを淹れる」という行為に美しさやアティチュードを求めている部分で日本のコーヒーシーンに親近感があるのかもしれない、とも教えてくれた。
当のボーウェンは「せっかく東京に行くなら、僕たちの美味しいコーヒーをたくさんの人に飲んで欲しいね!」と、楽しみの様子。
様々な可能性に満ちたコーヒービジネス。自らの心地よい経済圏の中で、自然に、手の届く範囲で続けることの意味を体現するボーウェンの選んだスタイルは、日本のコーヒーシーンに間違いなく刺激を与えるだろう。スケールを拡大することが正義とされがちな現代の資本主義社会に一石を投じるかもしれない。
TOKYO COFFEE FESTIVAL 2019 spring
日時: 2019年4月13日(土) – 14日(日) 11:00〜17:00
会場: 国連大学前広場(東京都渋谷区神宮前5-53-70)
※Farmer’s Market @UNUと同時開催!
主催: NPO法人Farmer’s Market Association
共催: GOOD COFFEE, Media Surf Communications