2050年。今から33年後には、世界人口は70億人から92億人まで増加すると言われている。(参照元:農林水産省)人口の増加に伴って、必然的に必要となってくるのが食料。33年間で現在より70%も増加させないと世界中の人のお腹を満たすことはできない。(参照元:Food and Agriculture Organization of the United Nations)しかし、世界中にはすでに飢饉で命を落としている人々が存在する。現段階では食料は足りているにも関わらずだ。
実は、現在の世界人口の9人に1人が飢えに苦しんでいる。(参照元:WTP)なぜなら私たちは毎年「30億人分もの食料」を捨ててしまっているから。全人類の生死に関わる「フードウェイスト(食品廃棄)」という深刻な問題が世界中で起こっている現状に心を痛め、たった1人で立ち上がり国を変えた女性が北欧デンマークに存在する。
食べ物を平気で捨てていたデンマーク人
デンマークを変えた女性とは、セリーナ・ユール。フードウェイストに挑戦する、デンマーク最大のNGO団体、Stop Wasting Food movement Denmarkの設立者だ。北欧デンマークといえば、食料廃棄問題に力を入れているというイメージを持っている人も多いと思うが、それは彼女の努力があってこそ。同団体が設立され、食料廃棄に対するムーブメントが始まってから5年の間に、国家全体でなんと25%も食料廃棄が減ったそうだ。
彼女は13歳の時に、ロシアのモスクワからデンマークに越してきた。当時ロシアは共産主義の崩壊により国の経済状態が非常に不安定で、セリーナはいつ食事にありつけるか分からない毎日を過ごしていた。そんなロシアからデンマークに移り住み何よりも驚いたのは町中に溢れる食べ物の量だったという。「食料不足が当たり前」だった彼女にとって、常に食事があるという事実は夢のようだった。しかし、その中でさらに衝撃を受けたのが、食べ物を簡単に捨てるデンマーク人の存在。飢えを体験した彼女には1ミリも理解ができなかったそうだ。
食べ物を捨てるという行為には、リスペクトがないと思います。自然に、社会に、食べ物を作った人に、動物に…そしてあなたの時間やお金にも。その食べ物を買ったあなたの時間もお金も、捨てることであなたは全部無駄にしているのですから(引用元:BBC Business News)
そんな想いをデンマークに移り住んで以来持ち続けていた彼女は、2008年に遂にNGOを立ち上げた。
とにかく動く。
彼女がまず狙ったのがスーパー。デンマーク中に283店舗以上ある大型チェーンのスーパーRema 1000に直接交渉を行ったそうだ。スーパーでよく見かける「3個セットで割引」などの、消費者に必要以上の購入を煽る割引をやめて代わりに個別商品の割引を勧めた。同スーパーで毎日80本から100本近く売れ残りを捨てていたというバナナを「独り身だから連れてって!」という札をつけ、一房で売り出したところ、90%も廃棄が減ったそうだ。(参照元:BBC Business News )
他にも食料廃棄を減らすためのキャンペーンの企画・運営やメディア、プレスへの呼びかけ、そして議論やディベートの場を設けている。
2010年以降これまでセリーナが執筆し、国内・国外問わず発信した記事はなんと150本以上。(セリーナの記事を読みたい方はこちらから)とにかく「食料廃棄を止めよう!」という彼女の姿勢に、政治家も有名人も心を動かされ、彼女の仲間は増えていく一方だ。
彼女が立ち上げたStop Wasting Food movement Denmarkは2010年のヨーロッパの議会と国際連合に提出された「2025年までに少なくとも50%の食料廃棄を削減せよ」という意図の国際的提案書類『Joint Declaration Against Food Waste』に関わった団体のひとつでもあり、政治的影響力も見せつけた。
さらに、食べ残しを使ったレシピ本もセリーナの活動に共感したセレブリティシェフの力を得て出版。205ヶ国以上から参加者が集まる権威あるGourmand World Cookbook Awardsで2011年にベスト・サステイナブル・フード・ブック賞を受賞した。
フードウェイストはあなたの問題。
フードウェイストというとコンビニから出るゴミやスーパーから出るゴミなど、「システムが悪いから私にはどうしようもない」と思ってしまっている人もいるかもしれない。しかし、実際は個人の責任が大きな部分を占める。事実、日本では国全体の食料廃棄の約半数は家庭から出ている。(参照元:政府公報オンライン)
セリーナの偉業のひとつはデンマークの国民の意識変革を成し遂げたことだといえるだろう。以下はStop Wasting Food movement Denmarkが掲げるフードウェイストの定義である。
フードウェイストとは
フードウェイストとは、まだ食べられる食べ物を捨てることです。
フードウェイストとは、必要以上の食べ物を買うことです。
フードウェイストとは、見た目がちょっと悪いからといって食べれる果物を選ばないことです。
フードウェイストとは、テーブルの上に長時間置いてあったからといって食べ物を捨てることです。
フードウェイストとは、古い食べ物を冷蔵庫の奥に追いやり、新しいものを手前に置くことです。
フードウェイストとは、すでに冷凍保存しているものを使わずに次々と新しい食べ物を冷蔵保存することです。
フードウェイストとは、パッケージを捨てるついでに一緒に少し余った食べ物も捨てることです。
フードウェイストとは、レタスやキャベツやたまねぎの一番外側の部分を捨てることです。
フードウェイストとはレシピに載っている必要な分だけ食材から使って、あとは捨てることです。
フードウェイストとは、だしをとるためだけに肉や野菜を調理し、あとは捨てることです。
フードウェイストを消費者ならではの視点で「自分ごと」にし、国民の意識を変えたのが彼女であり、それさえ成功さえすればあとは国民同士が高め合い、国全体は向上していく一方なのだ。
「たった一人の消費者」が社会を変える。
2012年のTEDx Talksでセリーナは、「たった一人の人間」が国を変えられるということを教えてくれた。
私はただの消費者ですが、「怒れる」消費者です。…今では首相も含め何千人にもの人が私たちをサポートしてくれています。これまでたくさんの食事をホームレスの人に届けました。EUのアジェンダに食料廃棄解決を掲げられるのに私たち団体が影響を与えました。国際連合の食料廃棄に関する記事でも私たちの活動が言及されました。でも、私たちはただの一般人です。ただの消費者です。誰にやらされているわけでもありません。この問題に愛を持っているから行動しているだけなのです。デンマークの最大級のスーパーRema 1000の全店舗で個別の商品に割引をつけてもらえるようになった…これが消費者の力です。これが普通の人ができることです。みなさん、これはあなたにもできることなのです(引用元:TEDx Talks)
大きな問題を目の前にすると、「自分一人に何ができるか」と誰もが疑問を一度はもってしまうだろう。しかし、とにかくアクションを起こし、声をあげることで、共感をしてくれる人たちが力になってくれる。一人で始めたこともいつのまにか、国までをも動かすほどの影響力を持ち、社会を変えることが可能だとセリーナは教えてくれたのではないだろうか。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。