僕は柳下恭平(やなした きょうへい)といいます。本屋です。神楽坂で「かもめブックス」というお店や、日本橋で「ハミングバード・ブックシェルフ」という本棚専門店をやっています。そんな僕が、本で皆さんの悩みにこたえていこうというのがこの連載です。
どうぞ、お付き合いくださいね。
ん?
「本で皆さんの悩みにこたえる?」
それって、どういうことでしょう?
本っていいですね。
僕は本が大好きです。
だから、本屋以外にも、友人と「ブックマン・ショー」という「読書普及」をしていたりします。いろいろと活動をしていますが、「ビブリオ人生相談」はいつも喜んでもらえます。
そう、本が!
本が、僕たちの悩みにこたえてくれる。本には大抵のことが書いてあるから。
イベントとして、リアルスペースで行うブックマン・ショーの「ビブリオ人生相談」は、いつもは本屋で行います。僕がその本屋に置いてある本の中から、みんなの悩みを解決する本を見つけて、そして、目的のページの目的の場所に付箋を貼る。僕らがしたいのは読書普及だから、悩めるあなたは、いきなりその付箋の箇所を読むのではなく、本のはじめから読んでいって、やがて、その付箋の箇所を読んだときに、君の悩みが解決されるというわけです。
信じられないでしょう?
企画倒れしそうなこの企画が、これまでに全部なんとかなったから不思議です。
とにかく、生きていればうれしいことはたくさんある。
でも、つらいこともあったりする。
皆さん、きっと悩みってありますよね?
安心してくださいね。きっと、その悩みは解決されますから。
さて、「ビブリオ人生相談」にようこそ。
今回のお悩み
①仕事…今年からアパレルデザイナーとして働き始めました。ただ、色んなことに興味があり過ぎて、未だにこれから何を核にしていくか決められません。柳下さんは様々な職業を経験されたとのことですが、それは、やりたかった事をしていったのですか?それとも、自分が将来どうしたいかっていう核があって、それに必要な事を経験していったのですか?
②恋愛…全然恋人ができません。といいますか、好きという感情が本気で分からなくなってしまいました。いつからか、異性も含めて、みんな人間。っていう感覚になってから、ドキドキすることもなく、同じ人類だと思うようになっていました。これは照れ隠しなのかと疑いをかけましたが、やはりそうではないみたいです。アプリを始めて、人に会ったりしてみたのですが、1人の人と10回くらい会いました。しかし何も発展せず、終わってしまいました。恋愛感情が薄れつつある自分に悲しくなってしまいました。これは時期なんですかね?何かお話しを聞かせて欲しいです。
ありきたりな悩みかもしれませんが、真剣に悩んでいます。どうぞ宜しくお願いします。
あいこさん、「ありきたりな悩み」と書いていましたが、オペラでも浄瑠璃(じょうるり)でも、古典は恋のモチーフが多いですよね。百人一首も、半分近くは恋の歌ですから、むしろこれは「オーセンティックな悩み」と言ってもいいかもしれません。
そして、もうひとつが、「将来を見据えて何を核にしていくか」という悩みですね。ふむふむ。とても興味深い。
恋の悩みと仕事の悩み。さあ大変だ。あいこさんは、人生のほとんどすべてに悩んでいるのですね。でも大丈夫。一緒に考えていきましょう。
100年先に読みたい歌集と画集『100年後あなたもわたしもいない日に』
……さて、僕はあいこさんに読んでもらいたい本を選びました。それは『100年後あなたもわたしもいない日に』という歌集(そして画集でもある本)です。
僕は本屋だけでなく「京都文鳥社」という出版社もやっているのですが、実はこの本は僕らが作った本です。気に入ってくれるといいのですけれど。
仕事と恋愛。それらは要素として複雑に見えますが、まずはふたつのことを考えてみましょう。それは、ものごとの「好き」と「嫌い」です。
仕事について。うん、僕は確かにいろんな仕事をしてきました。
ウェイター、中古車の販売、ケーキ屋、システム屋、金融、せどり、長距離運送、ホテル、着付け、宅配ドライバー、建築、ハンバーガーショップ、エトセトラ、エトセトラ。ここに書ききれないくらい、たくさんの仕事を。
でも、これらがスキルとして、今の仕事にたどり着くために全部必要なルートだったかというと、ちょっと違う気がします。なぜなら今の仕事で役に立っていないスキルもたくさんあるから(振袖の帯結びで「ふくら雀」を作るスキルは、ビジネスシーンでまったく使わない!)。
そして、これらがマインドとして僕の核を作ったのかというと、それも少し違うかも。日々の仕事だけでなく、出会う人や、読んだ本、映画、音楽、旅行、食べるもの、そういうものすべてが僕を作ってきた気がするから。
「僕の核は、未だに定まっていないかもしれないな」というのが、あいこさんの言葉を読んで思ったことです。僕の人生のシーズンは、まだまだ変わっていく予感がするのです。
しかし、ひとつだけ「核」と思えることがあるのすれば、それは僕のモチベーションが「好き」から来ているということかもしれません。
恋愛も仕事も、僕は「好き」を基準に動いてきたように思います。
仕事なら、納品する相手が喜ぶ顔だったり、目の前の作業が首尾よく終わった時の達成感だったり、自分のスキルアップだったり、僕は小さな好きを見つけるのが好きなのかもしれません。
「たくさんの仕事をしてきた」といえば聞こえはいいけれど、ようするに「仕事が定まらずフラフラしてただけ」とも言えますね。でも、僕は自由になる時間があれば、古本屋で50円で漁ってきた小説を読むだけで幸せだった。これも「小さな好き」っていうこと。きっとこれからも、そうなんだろうな。
おっと、僕の話ばかりしてしまった。
大丈夫!ちゃんとあいこさんのことも考えていますよ!
あいこさんの悩みを再定義すると、つまり「好きなものが見つからない」ということではないでしょうか。
「嫌いなものは増えていくけれど、好きなものって最初から好きなのかも」。
「好きなものは増えていくけれど、嫌いなものって最初から嫌いなのかも」。
これらは、どちらも正しいのだと思います。
それは、仕事でも恋愛でも。
仕事でできることが増えていけば、きっと好きなものや「核」のようなものの近似値になりますし。恋愛で、相手の嫌いじゃない部分だけを見ていけば、共通の文脈が増えていきますよ。
もし「好き」が見つからないなら、「嫌いじゃない」を見つけていけばいいんじゃないでしょうか。行きつくところは、案外同じ場所だと思います。
『100年後あなたもわたしもいない日に』の中から、さらに、ひとつの短歌を選びました。
これは、男性のことを詠んだ歌ですが、仕事にも通じます。「僕」という部分が嫌いじゃなければ、そのうち「俺」という部分も見つかるかもしれない。恋愛も仕事も、付き合っていくうちに好きな部分が見つかりますよ(そしてダメだったら、さっさと次に行こう! 審美眼を鍛えるのも大事だから!)。
さて、ここまで読んでくれて、ありがとうございます。皆さんが送ってくれた、皆さんの悩みのすべてに、僕は共感しています。自分でも、この感情に驚いています。シリアスな状況に温度差はもちろんあるけれど、結局、どれも悩みは悩み。あなたの悩みを読むときに、僕は別の人生を生きているような錯覚に陥ります。
お便りをありがとう。すべてにこたえることはできないけれど、それでも、ありがとう。
皆さんのお便りをお待ちしていますね。