「私は自分の感情の話をするのが苦手です」感情について話すときに知っておくべき、シンプルだけど確かなこと|かもめブックス柳下恭平の出張!ビブリオ人生相談 #006

Text: Kyohei Yanashita

Photography: YUUKI HONDA unless otherwise stated.

2019.12.26

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皆さん、ご機嫌いかがですか?
やなしたです。

神楽坂で「かもめブックス」というお店や、日本橋で「ハミングバード・ブックシェルフ」という本棚専門店をやっています。そんな僕が、本でみなさんの悩みにこたえていこうというのがこの連載です。

どうぞ、お付き合いくださいね。

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ん?
「本でみなさんの悩みにこたえる?」
それって、どういうことでしょう?

本っていいですね。
僕は本が大好きです。

だから、本屋以外にも友人と「ブックマン・ショー」という「読書普及」をしていたりします。

いろいろと活動をしていますが、「ビブリオ人生相談」はいつも、喜んでもらえます。

そう、本が!
本が、僕たちの悩みにこたえてくれる。本には大抵のことが書いてあるから。

イベントとして、リアルスペースで行うブックマン・ショーの「ビブリオ人生相談」は、いつもは本屋で行います。

僕がその、本屋に挿してある本の中から、みんなの悩みを解決する本を見つけて、そして、目的のページの目的の場所に付箋を貼る。

僕らがしたいのは読書普及だから、悩めるあなたは、いきなりその付箋の箇所を読むのではなく、本のはじめから読んでいって、やがて、その付箋の箇所を読んだときに、君の悩みが解決されるというわけです。

信じられないでしょう?
企画倒れしそうなこの企画が、これまでに全部なんとかなったから不思議です。

とにかく、生きていればうれしいことはたくさんある。

でも、つらいこともあったりする。

みんな、きっと悩みってありますよね?

安心してくださいね。
「ビブリオ人生相談」で、きっと、その悩みは解決されますから。

今回のお悩み

はじめまして!
こんにちは。米と申します。

柳下さんの言葉の、さくさくした音に似た心地よさが好きでいつも楽しみに拝見しています。

早速ですがご相談させて頂きます。

私は自分の感情の話をするのが苦手です。
たとえば何か問題が起きたとき、感情を軸に話し合おうとされると困ります。本心や過去の感情まで掘り下げてさらけ出さなければいけない理由が分かりません。

誰に覗かれなくても、嫌なことは嫌だと伝えるし、好きなものは好きだとはっきり言います。余分に言わない感情はあっても、嘘はつきません。自分の意思は、必要なときに必要な分だけ伝えています。

もしも相手が感情をぶつけてくるなら、相手の納得がいくまで話し合います。ただそれと同じ熱量で私の感情を求められるとすっかり困ってしまいます。

まわりに壁を作りたいわけでは全くないので、そのことだけはせめて伝えたいのですが言葉が足らず、人に興味がないと思わせてしまい情けないです。

まわりを不快にさせない程度、適度に自分の感情を共有するにはどうしたらよいのでしょうか。

有名な禅問答に「隻手音声(せきしゅおんじょう)」というものがあります。

「両手を打つと、音が鳴ります。では、その音のうち、片手の音だけ聞けるでしょうか?」
と、このような思考実験です。まったく、昔の人はうまいことを言う。

もちろん、右手と左手の両方で鳴らした拍手の音のうち、片手の音だけ聞き分けるなんて不可能です。

(ところで、片腕の人は、体の部位と打ち合わせて、実に上手に拍手をしますね。つまり、現代的な禅宗の公案というものがあるのなら、両手ではなく、“手と何か”と言い換えてもいい。その上で「片手の音だけを聞くことはできるだろうか?」という問いです)

米さんの言葉を読んで、僕はこの「隻手音声」を思い出しました。

拍手の音を、片手ずつに分けることはできない。

そして、僕は、感情というものも、きっとこれと同じじゃないかなって思うのです。

相手と米さん、感情というものはそれぞれにも存在します。
でも、出会った時に起こる感情の反応や変化は、実は拍手の音のようなものでもあります。

手を打つときに出る音。感情がぶつかった時に生まれる反応。
どちらも不可分で、だから米さんがどのように感情を共有するかよりも、相手と米さんがともにあればこそ感情は生まれるのだと思います。

感情とは常に、二者の間に存在するとも言えますね。

戦争の混沌に落とされた5人の女性、その感情の波に潜る本『戦争と五人の女』

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さて、今回、米さんの相談のために送る本は、『戦争と五人の女』(土門蘭著/京都文鳥社刊)にしました。

1953年の広島県呉市を舞台にした本作は、そのタイトルの通り、5人の女性が登場します。

今回の米さんの相談事のキーワードを「感情」とするならば、その5人の女性は「素直で多感な少女」「他者の感情を考えない女性」「感情を隠さない女性」「感情を他者に依存している女性」「感情を隠してきた女性」と言えるでしょう。

米さんは誰に共感するでしょうか。あるいは、誰にも共感できないかもしれませんね。

「きっと芸術は、他者と自分との、感情の熱量を較正してくれますよ」

米さんは、送ってくれた文章の中で、
「柳下さんの言葉の、さくさくした音に似た心地よさが好きでいつも楽しみに拝見しています」と書いてくれました。

ありがとう。とてもうれしいです。
僕はこの好意の中に、きちんと米さんの感情の熱量が含まれていると思っていますよ。

願わくば、米さんのまわりに、米さんの感情の熱量を心地よく思ってくれる人が増えていくといいですね。

そして、その感情を共有するためのツールに、読書を使ってもいいんじゃないかな。

つまり、米さんの好きな本(もしくは音楽や映画)を、貸したり、プレゼントしてみるというのはどうでしょう?

きっと芸術は、他者と自分との、感情の熱量を較正してくれますよ。

連載最終回に際して

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今回もたくさんのご応募ありがとうございます。

就職活動のこと、海外で暮らしたいということ、これまでいろいろな悩みをいただきました。

全部にお答えできなくてすみません。

いつか、僕を見かけたら、「お便りを送ったものです」と教えてください。
その場で、皆さんに読んでほしい本をお勧めしますね。

困っていること、考えていること、知りたいこと。
僕は何者でもないけれど、本が教えてくれると思います。
本には大抵のことが書いてあるから。

この連載は、今回が最終回。

さようなら、読んでくれた皆さんに連帯の挨拶を送ります。
また、本のある場所で会えるといいですね。

柳下恭平

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