「中国人の子は信用できないよ」19歳で日本に留学し体験した日本人の差別と優しさ。モデル・KIENの日本での人種差別の記憶|イエローライト

Text: Natsu Shirotori

Photography: KISSHOMARU SHIMAMURA unless otherwise stated.

2022.6.28

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NEUT 2022年 特集「イエローライト」

 2020年、世界中で新型コロナウイルスが拡大していくと同時に、最初に広がった地域が中国だったことを理由に各国でアジア人に対するヘイトクライムの増加が問題となった。そんななか、欧米を中心に「#StopAsianHate」というハッシュタグの元、アジア人差別に対抗するムーブメントが生まれた。
 NEUT Magazineは、海外におけるアジア人差別に声を上げると同時に、日本を拠点とするウェブマガジンとして、日本国内でおきている同じアジア人への差別に目を向けたい。
 外国で起きているアジア人差別に関するニュースを遠い国の出来事として見てはいないだろうか? 「アジア料理」「アジアン雑貨」「アジア人」。日本国内でアジアという言葉が使われるとき、どこか日本はアジアではないような印象を受ける。意識の奥深くで、他のアジア諸国と日本を区別し、差別してしまっているのではないか? 
 特集「イエローライト」では、日本国内におけるアジアンヘイトに目を向け、日本以外のアジアの国にルーツを持つ人々にインタビューを行っていく。

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イエローライト × PUMP management

5月〜7月の記事は、特集「イエローライト」と東京を拠点とするモデルエージェンシー「PUMP management」のコラボレーション。PUMP managementは、カッコイイ・カワイイの固定概念を疑い、個々の魅力を吸い上げてプッシュするエンターテイメントを届けるべく活動をしている。5月〜7月のイエローライトでは日本以外のアジアの国にルーツを持ち、唯一無二の魅力が輝くPUMP management所属のモデル3人にインタビューしていく。

 日本にはさまざまな国からの留学生が来ているが、どの国からの留学生が1番多いかご存知だろうか。正解は、中国からの留学生だ。2021年時点で10万人以上の学生が中国から日本に来ている(参照元:文部科学省)。
 今回取材したKIENもそんな留学生として日本に来た1人だ。幼い頃から目にしてきた日本のエンタメコンテンツの影響から日本に惹かれ、19歳のときに1人で引っ越してきた。これまでこの「イエローライト」特集で取材してきた4人は日本にもルーツを持っていたが、KIENは中国人の両親を持ち、中国で生まれ、18年間を中国で過ごした。長く住んだ中国から、隣の国とはいえど文化が全く異なる日本に引っ越してきた彼女は「外国人」として、そして「中国人」として日本で暮らすことで自分のアイデンティティと改めて対峙することになったという。移住してから、温かい人々との交流も苦しい思いもどちらも経験してきた彼女の目に映る日本、そして中国について話を聞いた。

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KIEN

日本に惹かれ、家族の反対を振り切って留学

ーまず、あなた自身について教えてください。

KIENと申します。19歳のときに日本に来て、もうすぐ9年目になります。今は、PUMP managementに所属してモデルをしたり、趣味で絵を描いたりしてます。出身は中国の南の方にある、温州という海にとても近い町です。

ー日本に来ることになったきっかけは何ですか。

最初は、アニメの影響で日本に行きたいなと思いました。「NARUTO」やジブリ作品が好きでよく見ていました。それらの影響か、人が温かくて自然が素敵な国だと感じてすごく日本に惹かれたんです。

中国で1年間独学で日本語を勉強して、日本語能力試験のN2まで合格して日本に来ました。日本に来てからはまず日本語学校に1年9ヶ月通って、その後で大学に入学して心理学を勉強しました。最初は何か勉強したい分野があったわけじゃなくて、日本語学校で日本語を上達させながら、日本という国のことや自分が勉強したいことを模索しようと思ってました。もちろん、最初は家族には反対されました。

ーご家族について教えてください。

お父さんとお母さんは、私が生まれて間もなく離婚しています。お父さんは、私が15歳ぐらいのときに再婚して、15歳差の弟がいます。お母さんも再婚していて、今年10歳になる妹がいます。

でも、私の育ての親はおじいちゃんとおばあちゃんです。14歳くらいまでお父さん側の祖父母に育ててもらいました。おじいちゃんとおばあちゃんがいて、さらにひいおばあちゃんもいて、という家で育ちました。ひいおばあちゃんは一昨年、92歳で亡くなりましたが、大家族のような家庭でしたね。私がいたずらっ子だったのもあって、割とよく怒られていました(笑)。高校時代は寮のある高校にいたので家族とは離れて暮らしていて、高校卒業から日本に来るまでの1年間は、お父さんの家で暮らしていました。

私はあまり家事をやったことがなかったので、日本に行くのには家族から強く反対されました。洗濯物もやったことない、掃除もしたことない、ご飯も作ったことないあなたがいきなり違う国に行ってどうするの?って。あと、おじいちゃんとおばあちゃんは歴史的な問題も知っているので、「日本は怖いんじゃない?」と言っていましたが、「いやいや、それは昔の話」と振り切ってきました。

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「中国人の子は信用できないよ」

ー日本に留学に来てから、人種を理由に困ったことや嫌な思いをしたことはありましたか。

2つありました。1つ目は家を借りることですね。不動産屋さんに行って、気になった物件をみつけても、いちいち物件のオーナーに「この物件借りたい方は中国の方なのですが…」って確認が入るんです。「外国籍はだめなんだよ」と返されてしまったらその物件は借りられません。外国人OKが出るまで、何件か物件を逃して、ちょっと苦労しましたね。日本では外国人だめという物件があるのを知らなかったです。

ーもう1つはどんな困りごとがありましたか。

もう1つは日本に来たばかりのときに、スナックで経験したことですね。困ったというより、悲しかった経験です。日本に来て2日目に、たまたま道を聞いた70代くらいの日本人のおばあちゃんと仲良くなりました。ある日、そのおばあちゃんの行きつけのスナックに連れて行ってもらったんです。

古いスナックで、お客さんもおじいちゃんおばあちゃんばかりでした。スナックみたいなお店は中国であまり見ないので、ワクワクしながら行きました。最初は楽しく他のお客さんやママさんと話していたのですが、私が中国人であることを話したら、1人のおじいちゃんがいきなり「中国人の子は信用できないよ」って大声で言って、料理も食べずに会計して帰っちゃったんです。

人生で初めての体験で、何が起きたかもよく分からなかった。中国人であるということは人の反感を買ってしまうのかと、どうしようもない現実を悲しく思い、自分が無力に感じました。小さな出来事だったのですが、この後少しの間は、中国人であることをコンプレックスに感じていました。「国籍どこ?」と聞かれて、「中国です」と自信を持って言えず、小声で答えていました。

ーそのスナックでの事件のとき、他に周りにいた人はどんな反応だったのでしょうか。

スナックのママさんも、一緒にスナックに行ったおばあちゃんも、「彼のことはほっといて」と慰めてくれました。「中国人がどうかはよく分からないけど、KIENちゃんはいい子だよ」みたいなことも言ってくれた気がします。

この小さな出来事に最初は結構ダメージを受けたのですが、それよりも出会ったたくさんの日本人に助けてもらってて。なので、一概に日本は差別的だとは言えないですね。ちゃんと私のことをどういう人か知らずに、国籍や見た目で判断してしまう人もいれば、個人を見て接してくれる人もたくさんいるので。そう思ってから、中国人であることに対してコンプレックスを感じることはなくなりました。

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実際に経験してから意見してほしい

ー日本に来てからKIENさん自身の中国への見方はどう変わりましたか。

19歳で日本に来て、初めての海外暮らしで自己探索のきっかけにもなりました。自分とは何か、自分が今まで暮らして育ってきた環境はどんなところなのか、外から中国はどういうふうに見えるか考え始めた時期でもありました。

中国にいるとなんとも思わないのですが、日本に来てから、中国人の観光客を見て2つの見方があるなと思いました。1つは、「ああ、懐かしい。いいな」という私の素直な感想。もう1つは、「声がでかい」とか「マナーが悪い」とか、日本から見た中国への批判的な声。

日本語で、「郷に入れば郷に従え」という言葉があるじゃないですか。でも旅行に来てる人は、今まで中国でしていた習慣を日本でしただけで「マナーが悪い」ってなっちゃうんだなって気づきました。どちらの見方も間違ってはいないんですけどね。

ーメディアや街中での話し声など、さまざまなところで中国への批判的な声も目にするかと思いますが、そんなときはどう感じますか。

やっぱり好き嫌いがあるのは、仕方ないかなと思います。中国に対してあまりいいイメージを持っていない人もいれば、逆に中国を好きでいてくれる人もいるなと思います。どの国もそうだけど、意見が分かれるのは当然かなと思います。

ただ、実際に行ってみてから、意見や感想を伝えてほしいなとは思います。街中で、中国への批判的な話を耳にして、「いや、本当はそうじゃないのよ〜」と思いながら聞いているときはよくあります。どこかで聞いた情報や偏見ではなくて、体験してから意見してほしいです。行ってみて「やっぱ好きじゃない」と正直に伝えてくれるのであれば、それでも私は嬉しく思います。

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 「中国は〜」「中国人が〜」といった主語で語られる報道や、街中での会話を日本ではよく耳にする。しかし、あの大きな国を語るのに、「中国は〜」という一言でどこまでカバーし切れているのだろうか。私たちはどこまで中国を知っているのだろうか。
 終始穏やかに語るKIENの言葉からは、異国の地で暮らし、社会と、そして自身のアイデンティティにじっくりと向き合ってきた軌跡を感じられる。彼女がこのように言葉を発せられるのは、実際に生活したうえで中国という国、日本という国を冷静に見つめてきたからだろう。「好きだ」「嫌いだ」と言うには、まずその対象と真摯に向き合わなければならない。そして誠実に物事に向き合おうとしたとき、多くの物事が多面性を持っていることに気づくだろう。異なる歴史、異なる文化を持つ国や人々と関わることが必然となりつつある現代。「自分と合わない=悪い」と決めつけるのではなく、必要なのは相手を「尊重」することなのではないか。他者との違いを自分の目と耳で認識し、受け止める姿勢を保ちたい。

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KIEN

Instagram

中国出身 28歳。
東京をベースにモデル・ビジュアルアーティストとして活動している。
飾らない、作らない、表情や動きはクリエーターからの支持も高い。映像作品から広告、ランウェイまで幅広く活躍している。
学生時代心理学を専攻していたKIENの言葉には独自の哲学が感じられる。

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