こんにちは!EVERY DENIMの山脇です。EVERY DENIMは僕と実の弟2人で立ち上げたデニムブランドで、3年間店舗を持たず全国各地でイベント販売を重ねてきました。 2018年4月からは同じく「NEUT」で連載を持つ赤澤えるさんとともに、毎月キャンピングカーで日本中を旅しながらデニムを届け、衣食住にまつわるたくさんの生産者さんに出会い、仕事や生き方に対する想いを聞いています。
本連載ではそんな旅の中で出会う「心を満たす生産や消費のあり方」を地域で実践している人々を紹介していきます。
今回ご紹介したいのは、愛媛県北部、岩城島(いわぎしま)に暮らす岡信太郎(おか しんたろう)さん。岩城島とは、愛媛県と広島県の間、しまなみ海道が通る瀬戸内海に浮かぶ島々の一つです。
ここは古くからレモンをはじめとする柑橘類の産地で、別名「青いレモンの島」と呼ばれています。そんな島で20の農家さんと協力し、レモンを格別の想いで届けている岡さんにお話を伺いました。
売り手ではなく買い手の論理
岡さんが現在勤めているのは「株式会社ぽんぽこらんど」。代表の古崎公一(ふるさき こういち)さんが立ち上げた会社で、岩城島産のレモンなど、柑橘類を中心とする食品の販売を行っている。メンバーは古崎さんと岡さんの2人。岡さんは代表の右腕として2016年に岩城島に移住してきた。
岡さんが案内してくれたのは、研究のために自社で管理しているレモンの畑。完全無農薬で15年間育てられたレモンは「ヴィンテージ15(フィフティーン)」という名前がつけられている。表面を擦ると心地よい柑橘の香りがする。「葉の部分はもっと香ります」と岡さんの勧め通りに葉っぱを擦ってみると、さらに強い香りがした。
収穫したレモンは一般的に、見た目を良くするためにブラシなどで表面をこすりツヤを出してから出荷することが多い。しかしこの方法では、お客さんの元に届く時に香りが弱くなり、味も落ちてしまうそうだ。
味ではなく見た目を優先するのは、買い手ではなく売り手側の論理。お客さんの元に渡って初めて柑橘の豊かな香りがし、美味しいレモンを味わっていただくためにも、私たちの出荷するレモンは収穫した状態からそのままお届けしています。
なぜレモンが美味しくなるのか。反対に、なぜレモンが美味しくなくなるのか。つねに農家さんと近い距離にあり、コミュニケーションを欠かさない岡さんは「自然だから」という理由であいまいにされがちなオーガニックレモンの生育過程を一つ一つ適切に説明することができる。
農家さんが作ったレモンがお客さんの元に届くまで、中間にいる僕らを含めてたくさんの人が流通に関わっています。そのうち誰か一人でも嘘をつけば、すべてが嘘になっちゃう。誤ったり誇張された情報が伝わってしまうのが何より悲しいので、適切な知識や誠実さを持つことは大切だと思います。
レモンと暮らす島
長崎県出身の岡さんは広島の大学を卒業後、精米機のメーカーに就職。関西で営業マンとして働いていた。10年前、ぽんぽこらんど現代表・古崎さんとの出会い以来、岩城島へ定期的に通うようになる。
レモンのある風景とともに暮らすこの島の魅力に惹かれた岡さんは、ぽんぽこらんどの関西でのイベントを手伝うようになり、レモン販売へ本格的に関わり出した。
誰とでもコミュニケーションをはかれるという、食べ物を扱う仕事は岡さんにとって何よりワクワクするものであり、どんどんのめり込んでいった。
本来、人と人は仲良くなったり信頼を築くのにある程度時間がかかるでしょう。でも、食べ物があればすぐに打ち解けられるんです。レモンがコミュニケーションのきっかけとなって、通じ合うことができる。関西の対面販売を通じてそのことを学びました。
そんな活動を7年間続けるうちに、徐々に産地の課題も明らかになってくる。特に、農家さんへ適正な利益を還元できる売り手が足りないことを感じた岡さんは「岩城島に根ざし、農家さんと密に関わりながらレモンを届ける」ことを決意し、2015年にこの土地へ移住したのだった。
誇りが体に宿ること
岡さんがレモン農家さんと共有したい想い。それは「安心」と「誇り」という2つのキーワードだ。
一つ目の「安心」。天候などの影響で例年より収穫が遅れてしまった作物は、通常の販売ルートに載せることができず廃棄してしまうことが多い。ぽんぽこらんどではそれを積極的に買取り販売に繋げている。
作り手には良いものを作ることに集中してもらい、自分たちはできるだけ高い価格で買取り、責任を持って販売する。そんなポリシーを貫いているのは、何よりも農家さんに次の年も安心して農業を行ってもらうためだ。
他にも、月末に約20件の契約農家さんに一人一人手渡しで支払いをするなど、きちんと信頼関係を続けていくことに対して岡さんは決して手を抜かない。
二つ目の「誇り」について。これまで岩城の農家さんは、作ったレモンが自分たちの手を離れた後、どのように流通し、調理され、消費されているのか知るよしもなかった。
そのため「レモンは所詮レモン」という、謙虚ではあるものの、生み出したものをどこか遠い存在のように感じてしまっている言葉が農家さんの口からたびたび出ていた。
そこで、岡さんは販売先のシェフやパティシエを岩城島へ招待し、農家さんと話してもらう機会をつくることにした。調理人である彼らはレモンの作り手と話すことで、素材についての知識を貪欲に得ようとするのはもちろん「なぜこのレモンが美味しいのか」「自分はこのレモンを使って料理をしたいと思うのか」を明確に言語化することができた。
時には、岡さんが主催するイベントで、実際に料理を振舞ってもらいもした。一流の料理人が手がけるレモンを使った料理は農家さんたちの舌を驚かせたという。
その結果、最近では徐々に農家さんも自分の作るレモンに誇りを持ち、岡さんに話す言葉も変わってきた。これまでは「所詮レモン」だったのが「ウチのレモンは美味い」と言うようになったのだ。
このように、農家さん自身の口から作るものに誇りを持てる言葉を発せられるようになるのが何より大切であり、嬉しいことだと岡さんは話す。
僕は何度も言い続けてきました。「あなたの作るレモンは美味しい」と。岩城に来てくれたシェフたちも、同じようにみな褒めてくれました。最近になってようやく、農家さんの口から自信のある言葉が出てきて、本当に嬉しい。彼ら自身の言葉に、体に誇りが宿ることが、農家を続けていく上でとても大切なことだと思っているんです。
これからが始まり
岩城島のレモン農家さんが安心して、作るものに誇りを持って農業を続けられること。そんな環境づくりを目指して岡さんは事業を続けている。島に来てから2年半。ようやくスタートラインに立ったところだと、最後にこれからの展望を語ってくれた。
この島に初めて来たとき、直感でとてつもない可能性を感じたんです。もし岩城島のレモンの農業を僕らの仕組みで持続的にできたら、きっと食の世界をリードする素晴らしいレモンを届けられるだろうと。これから10年20年先まで、続けていくことが何より難しいとわかっているんですが、未来が楽しみでなりません。
「ようやくこれから可能性が見えてきたんです」。インタビューの最後を噛みしめるように締めくくった岡さんの表情が頭から離れません。その言葉の裏には、これまで数え切れないほどの苦労があって、それを一つ一つ乗り越えてきて、今、本当にワクワクしているんだろうなという気持ちが伺えました。
農家さんに寄り添い、信頼関係を保ちながら美味しいレモンを届けていく岡さん。ローカルでアナログな彼のやり方は、それゆえに簡単には体系化できず、よってマニュアル化することも難しいでしょう。
でも、だからこそ人間味のある大切な仕事とも言える。農家さんに対しても、お客さんに対しても、つねに自分が出すべき価値を突き詰めている彼は、岩城島にとって代え難い人材となっています。
岡さんの暖かな人柄は瀬戸内の穏やかな風と相まって、きっとこれからも僕らに優しく美味しいレモンを運んでくれるのでしょう。
岡 信太郎 / Shintaro Oka
1989年生まれ、長崎県出身。大学卒業後、機械メーカーの社員時代に岩城島のレモン農家に出会う。2016年から島に移住し、ぽんぽこらんど社員としてレモンの販売をはじめとする産業の活性化に尽力している。