こんにちは!EVERY DENIMの山脇です。EVERY DENIMは僕と実の弟2人で立ち上げたデニムブランドで、2年半店舗を持たず全国各地でイベント販売を重ねてきました。 2018年4月からは同じく「NEUT」で連載を持つ赤澤えるさんとともに、毎月キャンピングカーで日本中を旅しながらデニムを届け、衣食住にまつわるたくさんの生産者さんに出会い、仕事や生き方に対する想いを聞いています。
本連載ではそんな旅の中で出会う「心を満たす生産や消費のあり方」を地域で実践している人々を紹介していきます。

今回ご紹介したいのは、長野県松本市で印刷会社「藤原印刷」の取締役を務める藤原隆充(ふじわら たかみち)さん。
祖母が創業したこの会社に入ったのが10年前。“印刷”という、時代の変化を大きく受けるこの事業を、実の弟とともに次の時代へ引き継いでいこうとする彼にお話を伺いました。
祖母の死で芽生えた地域愛
もともとはこの長野・松本という土地にも、藤原印刷という会社にも、強い思い入れはなかったんです。
そう語った隆充が現在取締役を務める、長野県松本市の印刷会社「藤原印刷」の歴史は1955年までさかのぼる。

創業者は藤原輝(ふじわら てる)。8人兄弟の長女として生まれた彼女は、生まれ育った松本を離れて暮らしたいとの一心から14歳で上京。タイピストの訓練学校に通ったのち、地元に戻り「藤原タイプ社」を設立した。
50年代当時、女性の起業家は非常に珍しかった。それゆえに彼女に対する風当たりも強く、国内において印刷が成長産業だったにもかかわらず、事業を行っていくには大変な苦労があったという。
だがそんな逆風にも負けず会社はどんどん成長していった。1963年に東京に事務所を開設し、1967年に前身の「藤原タイプ社」から「藤原印刷株式会社」へと社名を変更。地元、松本に止まらず、東京でさまざまな出版社との取引を開拓し、一代で社員約100名を抱えるまでになった。

隆充さんは、創業者、輝さんの孫にあたる。東京生まれ東京育ち、松本とは地縁のなかった彼は、祖母が築き上げた会社に対してもはっきりしたイメージを持っていなかった。
そんな気持ちが変わったきっかけは、22年前に祖母が亡くなった時だった。15歳だった隆充さんは、葬儀に集まる数え切れない人たちを見て、初めておばあちゃんが地域から、会社から、とてつもなく愛されていたことを知る。
「松本という地域に根ざし、顔の見えるたくさんの人に感謝されながら事業をすること」。隆充さんの心に芽生えた藤原印刷への想いは、のちに実の弟の言葉によって沸点に到達する。
弟から持ちかけられた「兄弟経営」

東京の大学を卒業後、ベンチャー企業に就職した隆充さん。いつかは家業を継ぐという意識をもちながらも、なかなか行動には移せずにいた。目の前の仕事に集中し日々めまぐるしく働く中で彼の人生を動かすことになったのは、3つ下の弟、藤原章次(ふじわら あきつぐ)さんだった。
僕と違って彼は、それこそ高校生くらいから早く家業を継ぎたいと思って行動していました。大学でも経営を学び、一年生の頃から当時は珍しかったインターンをするなど、とにかく熱心で行動力のある人間でした。
アグレッシブに大学生活を過ごす弟を見た隆充さんは、ある日、自身の務める会社にインターンとして章次さんを誘う。社員数もまだ多くない、小さなオフィスで机を並べることになった2人はそこで初めてともに仕事をし、互いの相性の良さに気づいたという。
章次が言うには、僕ら2人は補完性がある、と。互いの良さを引き出しあい、弱さを補える存在。男2人兄弟で仲が良くなんでも言い合える存在だったこともあって、確かに気持ちよく仕事ができて良い時間でした。
大学卒業を控え、すぐにでも家業に入りたかった章次さんだが「長男が入らないことには次男は入れられない」という会社側の理由から、入社が叶わないまま大学を卒業。そこで、兄・隆充さんを熱烈にオファーすることになる。「兄弟で一緒に藤原印刷を継ごう」と。
度重なる誘いに本気度を感じた隆充さんはついに藤原印刷への入社を決意。それが10年前2008年のこと、弟・章次さんが入社したのはその2年後だった。
本をつくる楽しさを
現在、隆充さんは松本の本社で取締役として現場の責任者を、章次さんは東京の事務所で営業のエースとして、それぞれ会社をリードしている。これまでは行政の資料や教育系のテキストなど、請負の仕事が多かった藤原印刷に「このままではいけない」と、新しい仕事をつくり続けている。


この10年間でネット印刷が普及し、個人が手軽に印刷を依頼できるようになった。いわゆるファスト(fast)な印刷が世に広まる中で、藤原印刷は「本をつくる楽しさ」を提案し続けている。
これまでの印刷業界は、こだわりを持った印刷をしたいという人に対して決して寄り添えていませんでした。「本に自分の意思を反映させたい」というニーズに対して、紙質や製本のデザインまで、一緒に企画できる会社は少ないんじゃないかと思っています。
兄弟が入社してからの藤原印刷は、アパレルブランドのルックやアートブックなど、高いデザイン性が要求される本づくりを数々手がけてきた。その中には自分たちの常識を超えるオーダーもあったというが、その依頼に答えることで確実に会社が成長している、と隆充さんは自信を持って話してくれた。

外食で例えるなら、家族や大切な人と行くときの場所選びを想像してほしい。きっと素敵なレストランで素敵な時間を過ごしたいと思って選ぶはず。僕らがつくる本もそんな風に、こだわりを持って大切にしたいと思ってもらえるようなものにしたいんです。
日常生活のあらゆるシーンに印刷物は使われていて、僕らの生活にも欠かせない存在だ。当たり前すぎるからこそ見逃されてしまったり、カジュアルが行き過ぎてしまったり、なかなかこだわりを持ちづらいのかもしれない。

一方で「NEUT」にも登場する人たちのように、自分たちの主張を表現するメディアの形態として、Webではなく紙を選ぶ人はたくさんいる。わざわざ言うまでもなく、確実に一つの手段として、これからも紙は存在し続けるだろうと思います。
タイプライターによる原稿の登場、PCによる印刷の個人化、そしてインターネットによる印刷のシェアリングエコノミーと、常にめまぐるしい産業の変化の中にいる印刷業界。
その中心に居ながら「紙の魅力は何か」という本質を常に問い続け、兄弟で肩を組み、これからの時代に新しい本をつくっていこうとする藤原印刷の矜持。
家業という形で会社の歴史を重んじ、リスペクトしてきた彼らだからこそ、時代に左右されない、魅力的なものづくりをこれからも続けてくれるだろうと信じてしまうのです。
藤原 隆充 / Takamichi Fujihara
1981年東京生まれ東京育ち。大学卒業後、東京のベンチャー企業で働く中、弟の熱烈なオファーを受け、長野県松本市にIターン。家業である「藤原印刷」に入社し、祖母の代から続く印刷会社にデザイン系の書籍出版や企画など新しい風を吹き込む。
