やりたいことがやれない、行きたいところへ行けない、会いたい人に会えない…全ては互いの命を守るためと分かりながらも、今までのようにはいかないストレスにイライラが募ることもあったかもしれない。
欲求・欲望を、以前のようにはむき出しにすることができなくなった今、皆、自分の “欲”とどうやって折り合いをつけているのだろうか?
食欲、性欲、物欲、知識欲、さらに自粛生活で気がついた自分の「○○欲」について、編集者、アーティスト、本屋、学生、料理人などさまざまな立場の人に話を聞いた。
「自粛」ムードのなかで“欲”の話をするのはためらわれるかもしれない。
だけど、こんな言葉がある。
「希望──欲望と期待とが丸められて一つになったもの」(アンブローズ・ビアス)
そう、“欲”は希望へと変わる。
この「自粛生活」のなかで生まれた私たちの“欲”が、きっと新しく始まる日々への希望の光になると信じて。
古谷知華
調香師・フードプロデューサー
クラフトコーラ「ともコーラ」やノンアル専門ブランド「のん」などの飲食事業をプロデュースする他、日本初のフードレーベル「ツカノマノフードコート」を主宰。「日本食糧新聞」などで連載コラムの執筆も。
平日は某企業のビジネスデザイナーとして商品開発やコンサルに携わり、休日は調香師・フードプロデューサーとして日本各地の生産者を巡り、珍しい野草の収穫を行っている。
欲1.食欲
ー人間の三大欲求の一つで、生きるためには欠かせない「食欲」。だけど、ただ腹を満たせばいいってものでもない。今はどんな風に食欲を満たしている?
コロナ前は自宅では、「うまい!」と思えるものは食べれても、”美食”なんて食べられないものだと思ってました。
でも、飽くなき食への探求心と底知れぬ食欲を持つ私は、「家でも絶対美食を食べてやる!」と、食費を度外視して、豊洲から金目鯛仕入れたり、岡山の肉屋の友達からサーロイン買ったり、特別農法のカブを買ってみたり。その結果、コロナ前の食卓には並ばなかったS級の食材が自宅でも食べられるように。「美食って家でも味わえるんだ……!」と気付かされました。
欲2.性欲
ーソーシャルディスタンスを保つ必要がある現在、気軽にはスキンシップがとれなくなった。もちろんセックスも。「性欲」の行き場は?
危機的状況になると普通高まるとかいうと思うんですけど、全く実感なしでした。
性欲というよりも圧倒的、“人欲”。近所に住む友人と公園で会って、立ち話しできるだけで幸せ……。みたいな。そういうときって人類愛で心が満たされている(笑)。
そういう「足るを知る」モードだったんで、コロナのピーク時は全然「性欲」がなくて、むしろ、自粛明けの今の方がジワジワ高まってる感じがある(単に夏だからかな・・・?)
欲3.物欲
ーせっかく新しい洋服や靴を買っても、それを身につけて出かけることが叶わない今、「物欲」にはどんな変化が起きている?
世界中の人に見られた傾向なのではと思うのですが、部屋を充実させたいと思いましたね。それで海外のアーティストが作っている花瓶をいくつか購入しました。お皿も。
そして、こんなに家に長くいるなら…….と素敵な家に引っ越したくなりました。以来、今も理想の家を探し続けています。
欲4.知識欲
ー家の中で過ごす時間、一人で過ごす時間が多くなっている今、どんなことを知りたいと思い、インプットしている?
この「欲」が一番うごめいた。家で吸収できる時間が増えたせいか、知への渇望がかつてないほどに高まった。
コロナ期間中、1ヶ月で読む本の量は優に10冊を越え、ポチる本の数はその3倍くらい。読めば読むほどその参考・関連書籍が気になってしまい、無限読書スパイラルにはまってしまった。
その結果、なぜか日本の中世史にやたら詳しくなりました。
中世の日本は、女性の立場がすごく強かったんですね……。それから犯罪の取り締まり方・貞操観念・公共空間の定義、現代の日本と何もかもが違う。中世の日本は、むしろ今のソマリアの状況に近いそうです。面白い。
専門分野の食文化史にまつわる知識も溜まってきたので、新しい連載をやりたいなぁとか思っています。
本
・「世界の辺境とハードボイルド室町時代」 高野秀行・清水克行(集英社文庫)
欲5. ○○欲
ーあなたが今抱えているそのほかの「欲」について聞かせて。
サハリン(樺太)に行きたいんです。
サハリンは昔、日本が統治していた時代があるんですけど、近くて遠い国というイメージ。
アイヌ民族以外にウィルタっていう先住民族がいて、彼らの作る発酵食とか野草についての知識を学びに行きたい。
まだ海外に行けないのは辛いなぁ…私はインスピレーションをいつも海外文化にもらうことが多いので。