「何歳になっても自分の殻を破るのには遅くない」。マルチメディア・アーティスト草野絵美が、活躍する10代に聞いてみたいこと

Text: Emi Kusano

Photography: KOTETSU NAKAZATO

2018.10.9

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こんにちは、マルチメディア・アーティストの草野絵美です!この度は、多方面で頭角を表すスーパーティーンたちと対談する連載をNEUTで始めることになりました。今回はその「0回目」として、私自身の10代の頃を振り返ってみました。

「どうやったらこんなふうに育つんだろう?」

いつからだろう、年下の活躍をメディアで目にすることが少しずつ増え始めた。そんなとき、焦りや羨望よりも、真っ先に「どうやったらこんなふうに育つんだろう?」という興味が掻きたてられる。こんな未熟な私でも、親としての分人が存在することを痛感する瞬間だ。そんなことを、NEUTの編集長平山氏と雑談のなかで話していたら、めでたくこの連載が決まったのだった。

2000年代生まれの逸材ティーンたちに、90年代生まれの私が、どうやったらこんな子に育つのか聞いていくというなんとも私にとっておいしい企画である。ほかのインタビューでは聞かれてないような、教育や自己形成の部分も多く深掘りしていきたい。

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左から草野絵美、息子
▶︎草野絵美さんへのインタビュー記事はこちら

「好きなこと仕事にしよう!」使い古された言葉だが、それが実行できている人は、どれほどの割合でだろうか。神戸大と同志社大の先月発表した調査結果によると、日本人の幸福度は、学歴、所得、人間関係以上に「自己決定度」が大きく起因するという。そりゃそうだろうよ。筆者の10年間を回想してみれば、アメリカ留学、会社起業、結婚と出産、就職、歌手デビューまでも果たした。もちろん挫折もたくさんあったが、すべて自己決定して生きてこられたのは、我ながら恵まれていた。

平成最後の夏、筆者は28歳の誕生日を祝った。iPhoneやFacebookのユーザー歴もおそらく10周年を迎える。つながりすぎる人間関係、多すぎる情報量に疲弊する毎日のなかで、インターネットが世界を変えるんじゃないかと心躍った感覚も日に日に薄れていく。この指数関数的に移りゆく世界のなかで人生は続いていくのだ。

家庭と教室の外に世界を作っていった。創作ルーツは塾の先生。

まだスマホは存在しない、ワープロの普及率がパソコンを上回っていた平成初期、筆者は東京渋谷区の下町で生まれた。(自分の孫にはこんな口調で話すのかなと妄想してみたり…。)画家とイラストレーターの両親の元で育った私は、人の話を聴かない、常に空想ばかりしている子どもだった。パジャマで幼稚園を通い、小学校の頃は作詞作曲した自分の歌をクラスメイトに歌ってもらうという変わった女の子だった。家では、毎日パソコン漬けで、キッドピクス*1でひたすら絵を描いたり、写真を撮ったり、アニメーションを作りアフレコするなどの日々を送っていた。

日本にいながらにして、随分と米国かぶれの父からナードな教育を受け、ハンナ・バーベラ・プロダクションのスペースオペラ『The Jetsons(宇宙家族ジェットソン)』から始まり、『スター・トレック』、『サンダーバード』などを見て育った。とくに当時好きだったのは、『パワーパフガールズ』で、漫画や画集など買い与えられ甘やかされていた。

一方同時に、家に一切資料がなかった日本のアニメや特撮に強い憧れを抱き、当時テレビでリメイク放送されてた『ひみつのアッコちゃん』『Dr.スランプアラレちゃん』『ロボコン』の元ネタを探るべくTSUTAYAに通い、昭和時代の子どもの娯楽、両親の職業、風俗の違いを研究していき、図書館では両親がまったく聴かなかった昭和のアイドル歌謡を聴き漁っていた。今考えると、これらの興味が、現在の創作のルーツになっている。

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中学校に上がると同調圧力に押し潰されそうになった時期もあった。あの頃はまだマスメディアの力も強かったので、流行りものについていかないと変な子になってしまうという風潮があった。しかし、私は幸運にも教室の外に自分の世界を作ることができたのだった。当時通っていた学習塾の講師が私のメンターであり、一番の友人だった。両親と先生以外で初めて出会う大人だった彼らには大変感謝したい。

数学担当のT先生はヒップホップのトラックメーカーで、様々なジャンルの音楽を伝導してくれた。毎月、CD、DVDをいつも貸してくれる。ジョン・レジェンドのコンサートにも連れてってもらった。mixiの招待をしてくれたのもこのT先生である。国語担当のE先生は、女子校育ちの文学少女で、たくさんの小説やエッセイ本もたくさん貸してくれた。皮肉屋の彼女からもらった、“使用済みの偽造テレカ”や、“パナウェーブ研究所*2の波動カード”などの謎アイテムをお守りのように財布にいれていた。この二人は正反対の感性をもっていたが、共通して、人と違うことがクールだということを教えてくれる存在だった。

常に親から「好きなことやっていれば必ずうまくいく」と言われ育ってきた。しかし、同時に、好きなことを生業にしようとするがゆえの、アーティストの苦労も間近でみていたので、私はアーティストではなくビジネス・ウーマンになりたいと、美大ではなく、ビジネスとデザインを学ぶために慶応大学に進学し、インキュベーター*3に所属して、スタートアップを起業した。自分はアーティストよりは経営者になろうと考えていたが、結局今は子どもの頃好きだったアートや表現の道に戻ってきた。(まだ何も成し遂げてないけど…)

多少回り道もあったが、多分野に触れてきたことが、自分自身の価値を高めているし、最近やっと「好きなことを仕事する」という本当の意味がわかってきた気もする。子どもの頃に想像していた以上に、職業の種類も、やりがいも、生き方も多様に存在するのである。

(*1)子ども向けのお絵かきソフト
(*2)千乃正法会を母体とする新興宗教団体で、2003年には「謎の白装束集団」としてマスコミに報道された
(*3)新しい企業を育成したり支援したりする機関

何歳になっても自分の殻を破るのには遅くない

大学生の頃に出産した息子もこの秋に6歳になり、来年から小学校が始まる。今までは「お猿さんから人間への育成ゲーム」みたいな日々を送っていたが、最近は教養や道徳を伝授する機会も増え、育児の新たな醍醐味を噛みしめている。

私の子育てには明確な指針がある。第一に「長期的になんでも話せる関係性を築くこと」そして、次に大事なのは、「好きなことをみつけて、それを突き詰めるまでを全力でサポートすること」。これらのポリシーは、子どもが一人間で、尊重すべき存在だということが前提にある。親は、導くこと、応援することくらいしかできないのである。

現在の息子の将来の夢は、「恐竜ロボット博士」である。博物館に通ったり、子ども用プログラミングゲームを一緒にやったり、実際にその分野の大人に話を聞く機会なども設けてみたりしている。しかし、彼がティーンエイジャーになったら、果たしてどうなるのだろう?成長するにつれ、見ているものすべての親によるコントロールは不可能になっていく。もちろん、社会のシステムや、彼がアクセスできるコンテンツも劇的に変わっているだろう。親のインスタとか見られちゃう時代でしょ?信じられない…!

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自らの意思で好きなことを見つけて突き詰め、それぞれの分野で活躍するティーンエイジャーたちに聞きたいことを聞いて今後の子育ての参考にしたい。

親に文句を言わせないように、とにかく勉強を頑張って東大に入ったプロゲーマーの方の話を聞いたこともあった。彼は、現在ストリートファイター部門の世界チャンピオンである。世の中、好きなことに熱中する子どもを応援する親ばかりじゃない。だけど、そんな陰の努力をしたエピソードも伝えられたら、仕事をしながら制限のある生活をしている人にだってまだチャンスがあると感じられると思う。

10代を全う中の若者の諸君!これから子育てをするであろうそこの君、いや、世代は問わない。何歳になっても自分の殻を破るのには遅くないから。全世代の皆様にとって、インスピレーションが得られるようなそんな連載を目指したい。

今秋、草野絵美さんの連載 草野絵美とスーパーティーンの「わかってくれない親の口説き方講座」 がNEUTで始まります!お楽しみに!

Emi Kusano(草野絵美)

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90年生まれ、80年代育ち。マルチメディア・アーティストで、歌謡エレクトロユニット「Satellite Young(サテライトヤング)」主宰・ボーカル。2012年生まれの息子の子育てをしながら、『SENSORS(BS日テレ)』のMCを務めたり『サンテPC』CMに出演したりと、多方面で活躍中。

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