LGBTQ+アーティストを次々と紹介。南アの若きキュレーターに聞いた、アイデンティティと向き合うためのヒント<サキ・チーナ>|南アフリカ、ネットグローバル時代におけるアイデンティティの模索

Text: マキ

2019.5.10

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南アフリカにスポットライトを当て、現地で活躍する若手アーティストの紹介を通じて、アイデンティティの向き合い方を考える本連載、「南アフリカ、ネットグローバル時代におけるアイデンティティの模索」。第6回目でシリーズ最終回である今回紹介するのは、南アフリカ・ケープタウンにオープンした現代アフリカアートの新拠点、Zeitz MOCCA(ツァイツ・アフリカ現代美術館、通称ツァイツ・モカ)のアシスタント・キュレーターを務めるSakhi Gcina(サキ・チーナ)。

Zeitz MOCCAは、2017年9月に開館。アフリカとアフリカ系作家による現代アートに特化した世界最大の美術館として話題となりました。この類の施設がアフリカ大陸にオープンしたという事実もアフリカの現代美術の文脈において重要な出来事でもあります。高さ33メートル、直径5.5メートルの42本のコンクリートの筒上からなる建物は、その昔、とうもろこしの穀物貯蔵庫(サイロ)として使われていました。イギリスの建築事務所、ヘザーウィック・スタジオが改装デザインを手がけて新たなランドマークとしてオープンした建物の上階は、5つ星を冠した高級ホテルThe Silo Hotel(サイロ・ホテル)で、周辺にはギャラリーやハイエンドなショップも入居しています。

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世界のアート界、建築・デザイン界が注目するZeitz MOCCAのプロジェクトチームに、LGBTQ+への理解がある若き黒人キュレーター、サキが参加していることは一つの意義深い事実。なぜなら当美術館のメイン・コレクションは、美術館の名前の一部にもなっている元プーマのCEOでアフリカ美術の収集家であるドイツ人、Jochen Zeitz(ヨハン・ザイツ)の個人コレクションがベースとなっていることもあり、美術館開館当初は「欧米視点」から脱却しきれない美術館になるのではないかという懸念もあったからです。

開館当時からキュレーション・チームの一員として働いているというサキが一番最初にキュレーションを手がけたのが、南アフリカ人アーティスト、Zanele Muholi(ザネレ・ムホリ)の「Faces and Phases(フェイスとフェイズ)」という展示で、黒人レズビアンのポートレイト写真を紹介したそう。その後に手がけたのが、この連載でも紹介したスワジランド人アーティスト、バネレ・コーザ。既存の概念に囚われず、繊細な「男性性」を描いたパステル調の作品を中心とした個展が展開されていました。

「バネレのその後の成長に関して、非常に誇り高く思っています。つい最近もヨハネスブルグ・アートフェアを見に行って、彼のヨハネスブルグのスタジオも訪問してきました。友人としての仲良くしていて、WhatsApp*1グループではザネレとのコラボレーションの話なども進めています」と、サキとバネレのキュレーターとアーティストとの関係を超えた信頼関係が伺えます。

(*1)メッセンジャーアプリ。米国版LINEのようなもの。

ルーツと向き合うことが、よりよく生きることに直結

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本連載で取り上げてきた多くのアーティストやクリエイターたちは、自らのルーツやアイデンティティを自分のアート表現の題材としていますが、その要因として、やはり南アフリカ特有のアパルトヘイトの歴史と、アパルトヘイト後も継続する社会経済的な状況を無視することはできません。

「アパルトヘイトが残した最大の損害は、個性と文化遺産を抹消されたことにあります」とサキ。

法律的に規定された差別やプロパガンダだけでなく、家族もバラバラにしてしまったアパルトヘイト。父親は出稼ぎに駆り出され、母親も自分の家族を離れて他の家族の家政婦として働くという状況のなか、自分のルーツがわからずに育った子どもたちが多いと彼は説明します。反政府活動などが原因で国を追放されたケースもありました。

「そうした時代を経て今、若者たちの間ではルネサンスが起こっていて、彼らは自分たちのルーツを探し求めている」とサキが言うように、ルーツを求めることは、彼らにとって精神的な安定をもたらすものであり、よりよい人生を構築していくための基盤。

「(南アフリカにおいて)儀式や伝統的な慣習は現在も重要な意味を持っています。自分がどこから来たのかということが分からなければ、祖先に導きや保護、支援をこうこともできません」と彼は説明します。

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南アフリカの黒人クリエイターや若者たちにとって、アイデンティティが重要なトピックであるもう一つの理由は、現在も続く南アフリカの社会経済構造にあります。統計的には1割を満たない白人が、経済的な所有権を保持しているという状況はポスト・アパルトヘイト時代の現在も続いています。数で言えば、大多数である黒人は未だに闘争を余儀なくされている状況のなか、若者を中心にRhodes Must Fall(ローズ・マスト・フォール)やFees Must Fall(フィーズ・マスト・フォール)といった抗議運動が起こっています。

植民地主義的な考えや、アパルトヘイト時代の差別的で父権制的な構造からいかに脱却するかという課題は、アートの分野だけでなく、南アフリカ全体が向き合っている使命なのです。

「人々が所属意識を持てるようにすること、物理的な空間や会話から排除されないことは重要であり、こうしたことは過小評価されるべきではない」とサキ。

白人も南アフリカ人としてもっと誇りを持っていい

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唯一の白人アーティスト、ジャンヌ・ガイガーを取り上げ、南アフリカにおける黒人の経験、ブラック・エクスペリエンスに相当する「白人的経験」というものがあるのかといった議題を追求した本連載の前回の記事。ジャンヌの作品へのアプローチもアイデンティティと関連があったものの、必ずしも人種や黒人、白人といったような直接的なトピックには触れられることはなかったのが印象的でした。このことに関して、キュレーターというアートの専門家の立場から、サキの考えを聞いてみました。

「白人は、南アフリカのナショナル・アイデンティティにおいて重要な構成要員であり、南アフリカと国外との関係性における核をなしています。彼らはもっと南アフリカ人としての称号を誇りに持つべきだと思っています」とサキは言います。

「白人らしさ」と「黒人らしさ」は、南アフリカ社会においては並立的に存在するものであるとする一方で、「白人らしさ」にしても「黒人らしさ」にしても絶対的なシロクロとして語れるものではありません。白人というグループの中における、オランダ系、イギリス系、フランス系の権力構造。黒人と同様に差別の構造に置かれてきた、インド系、中国系などを含むアジア系の存在。アメリカのネイティブ・アメリカン同様に、迫害されてきたコイサン民族など、元々南アフリカの地に存在していた人々の存在。南アフリカの人種・民族に関するディスカッションには、こうした様々なニュアンスが含まれていることを忘れてはならないというのが、サキのメッセージです。

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こうしたニュアンスはありつつも、白人が特権的立場に置かれてきたからこそ、「黒人らしさ(ブラックネス)」と「白人らしさ」を全く同じように扱うのは難しいというのは事実。

一方で、アーティストという文脈においては、白人自身が「白人らしさ」に対して批判的な視点を忘れないことは大事であると同時に、黒人は「白人らしさ」に対して批判的な見解を述べる立場にはないというのがサキの意見。

「歴史的にアート界における機会を損なわれてきた黒人のアーティストに敬意を示すこと。そのことは非常に歓迎すべきこと」というサキの見解は無視できません。

アートには様々な居場所がある

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南アフリカのケープタウンで開催されたラグジュアリー・ビジネス・カンファレンスにて

イントロダクションを含めて全7回に渡り、南アフリカで活躍する若手アーティストの紹介を通じて、アイデンティティのトピックとの向き合い方について模索してきた本連載。ネットグローバル時代、不確実性の時代という文脈だからこそ、複雑な歴史的背景を持った南アフリカで新しい未来を切り開くアーティストたちの活躍に希望が持てる気がするのは、彼らの創造のプロセスやアート作品には誰もが入っていけるような受容力や寛容性があるからかもしれません。つまり、彼らのアートには様々な人にとっての「居場所」があるように思えます。

例えば、トニー・グームの作品は、グローバルなライフスタイルと自身のルーツを融合させた世界観を作ることで、共感を生んでいます。バネレ・コーザの感情的な作品は、感情や弱さといったような社会において脆い存在と思われがちな要素が、逆に美しさや強さであるといったメッセージとなり、LGBTQ+のコミュニティを力づけているように思います。さらに、ムプメレロ・ムフラが推進するストリート・カルチャーは、誰もが参加できるプラットフォームであり、全ての人を受け入れる居場所となっています。そして、ダダ・カニサとジャンヌ・ガイガーは、それぞれの視点でのありのままの日常を表現することで、偏見のない世界観を作り出しています。

彼らの作品やアプローチの共通点をあえて言うとすれば、サキが南アフリカの人種・民族の状況を説明していたように、多様な「ニュアンス」なのかもしれません。アイデンティティを模索することも、自分自身と我々を取り巻く環境における様々なニュアンスを認識するというプロセスのように思います。もしかしたら、それは不確実性の世の中において、私たちがアイデンティティに向き合うためのヒントなのではないでしょうか。

Sakhi Gcina(サキ・チーナ)

南アフリカの現代美術館、Zeitz MOCCA(ツァイツ・アフリカ現代美術館)のアシスタント・キュレーター。ケープタウン大学でフィルム・メディア製作を専攻しつつ、G.Q.マガジンやMail and Guardian紙などで、ファッション・アートの記事製作に関わるインターンとして経験を積む。その後クリエイティブ・エージェンシーなどを経て、2017年6月より現職。

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マキ

Maki & Mpho LLC代表。同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。

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