「100年後の地球では『しろくま』は絶滅しているの?」僕がアラスカへの旅で目の当たりにした気候変動|環境アクティビスト 清水イアンの「22世紀の地球の歩き方」#001

Text: Ian Shimizu-Pughe

Photography: Ian Shimizu-Pughe unless otherwise stated.

2019.5.27

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「しろくまに気をつけろよ。」

スーパーまで歩いていくと伝えたら、ホテルの受付の男に忠告された。

「え?しろくま?」
「ああ、昨日スーパーマーケットの近くで一匹射殺されたんだ」

何層もの防寒着を身につけて、寒さに耐える覚悟を決め、外へと踏み出した。

足元では雪がギシギシときしむ。昼過ぎなのに、見上げた空に太陽はなく、漆黒に近い濃紺に鈍く輝いていた。家も、電柱も、標識も、視界に入るものすべててが白い。すべてが凍っている。

ここは、アメリカ合衆国アラスカ州のバロー。北極から世界で2番目に近い街。12月の気温は平均マイナス20度以下。僕は、気候変動について学ぶためにこの地の果てまで来ていた。

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環境アクティビスト清水イアンの「22世紀の歩き方」についてはこちら

北極圏には野生のしろくまがいる

「しろくまがいたらどうしよう?」

少し緊張しながら真っ白い住宅街を歩いていたらふと、子どもの頃に父とした会話を思い出した。

「しろくまって知ってるか?」
「うん、知ってるけど」
「実は白くないんだ」
「え?」
「実は汚れててどっちかというと黄色いらしいぞ」

この会話のせいか、子どもの頃からしろくまが特に好きなわけではなかった。でもここには野生のしろくまがいる。そう思うと見てみたいと思った。

しろくまは、北極圏に約15万年前から生息している。もともとはヒグマの仲間であったが、数十から数百万年の時をかけ、アメリカ大陸を北上しながら独自の進化を遂げ、今の姿になった。

しろくまは北極圏の過酷な環境に最適化した、地上で生息する地球最大の肉食獣である。オスは立ち上がると高さ3mまで到達し、体重は最大で800kg。それでも薄い氷の上を歩けるように、体重を分散させるため、手のひらは横幅30cmにまで成長する。

大きく鋭い爪は、足下の氷と、一度掴んだ獲物を逃さないように、巻き込むように発達している。極寒から身を守るために、身体を二層の毛皮が覆う。

しろくまは、人間に並ぶ、北極の地の頂上捕食者である。出会ってしまったらそこまでだ。

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「やつらは賢いんだぞ。冬になると、人間に近づく前に水に浸かるんだ。この気温だから、水から上がると、一瞬で水が氷に変わるだろう?氷に覆われたしろくまには、ショットガンすら通用しないんだ」

「おれの知り合いは、海氷の上を探索していたら、半日しろくまに追跡されて、さすがに危険だと感じたんで、下剤をいっぱい詰めたエサを置いたらどうやらそれを食べたらしく、そこから姿を見なくなったんだとさ」

聞いて回ると、バローでは大体の人がしろくま物語のひとつやふたつを持っていた。それほど、しろくまとの遭遇は頻繁にあるらしく、旅の途中なんども「気をつけろ」と注意された。

幸いなことに、スーパーには何事もなく到着できた。必要な物をカゴに詰め、精算をしていると、レジ係の若い女の子が声をかけてきた。

「君って東京から来た人?」
「ああ、そうだよ」

僕は前の晩に、バローの冬のお祭りである「クリスマス・ゲームズ」のある項目で優勝したため、この人口6000人の小さな町ではちょっとした有名人になっていた。チャンスと思い、彼女にすかさず質問した。

「ところで、昨日ここの近くでしろくまが射殺されたんだって?」
「ええ、そうなのよ!あれは私のお兄ちゃんがライフルで仕留めたの」

興奮した口調でそう言うと、彼女は携帯を僕の前に持ち上げた。画面には、地面にダラリと横たわるしろくまの姿が。巨体を包む白い毛皮が数カ所血で赤く滲んでいた。

「君のお兄ちゃんが?!本当に?」
「ええ、本当よ!」
「すごいな。それでしろくまはどうしたの?」
「今夜食べる予定よ」
「え?」

聞き間違いかと思ったが、本当に食べるらしい。しろくまを食べるなんて考えたこともなかった。でもきっとここでしか食べられない。なんなら、一度ぐらいは食べてみたいと思った。

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環境の活動をしていると「しろくまが危ない」とよく聞くけれど

次の昼、クレイグという生物学者に会いに、ノース・スロープ郡野生生物管理センターに訪れた。クレイグは西部劇に登場しそうなヒゲを生やした大男だ。眉毛が真っ白に凍った僕を「入りな」と言い快くオフィスに迎え入れてくれた。

クレイグの事務所には、いかにも学者の部屋らしく、様々な生き物の標本やホルマリン漬けが置かれていた。

「これは何?」
「それはセイウチの赤ちゃんだ」
「こっちは?」
「それは、あれだ。なんだったっけか。それはだな…あ、この帽子ほしいか?」

マイペースな彼だが、40年前からバローを見つめてきた世界屈指の生物学者である。同じ事務所で出会った生物学者のアンディによると、クレイグはホッキョククジラの研究に関しては世界一らしい。

「あー、まだ見てないのか?」

ホテルでしろくまとの遭遇を注意されたと伝えたら、クレイグが教えてくれた。

「今の時期だとこの辺りには300〜400頭ぐらいいるはずだ。冬になると、海が凍って北極と陸繋ぎになるだろう?しろくまはその上を旅してバローまでやって来るんだ」

面白いことに、しろくまは厳密にいうと「海洋哺乳類」に分類される。北極に陸はない。あるのは凍った海だけだ。生涯の大部分をその上で過ごし、ワモンアザラシなどの海の生物をエサにするしろくまは、「陸の生き物」ではないらしい。

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僕はクレイグとアンディを前に緊張していた。人生初の生物学者とのご対面である。過酷なフィールドで地道に調査を続け、学問の発展に貢献する彼らは、僕にとってはヒーロー的存在だ。僕は、彼らのような人たちに、温暖化の影響について聞きたいと思いここまで来ていた。

「この地域への温暖化の影響を感じている?」

単刀直入に聞いてみると、クレイグが答えた。

「僕が初めて住み始めた頃と比べると、この辺りは随分と変わった。それは肌身で感じているよ。ここでは、気候変動は未来の話ではない。気候はすでに大きく変わった」

気候変動は北極と南極の極部で最も進行していて、北極圏では、地球の平均の二倍の速度で温度が上昇している。バローでは、観測史上最も暑い5年間が、すべて2013年以降に記録されている。

気温の上昇は、この辺りの環境に大きな変化をもたらしていると、クレイグは言う。

「ホッキョククジラには今のところ悪影響は確認できていないが、最近は見たことのない鳥を見かけるようになった。西にある町『ポイント・レイ』や『ポイント・ホープ』では永久凍土が溶けているせいで、家が傾いたりしている。暮らしへの影響がすでに出ているよ」

クレイグが終わらせたい作業があると言って部屋を出たので、隣に座っていたアンディに質問を投げかけた。

「環境の活動をしていると『しろくまが危ない』とよく聞くけど、実際はどういった状況なの?」

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アンディは、アザラシの専門家だが、しろくまの研究もしている。彼は、言葉を選ぶように、慎重に答えた。

「今、海の氷が減っている。その影響で餌が捕まえやすくなり、数が増加している個体群もある。だが、全体的には捕食しにくい環境が増えていて、数は減少している」

しろくまは、海氷の上で狩りをし、交尾をし、子育てをする生き物だ。つまり、生活と繁殖のために氷に依存している。海を覆う氷が減ると、その分だけしろくまの生存率は低下する。

すでに、海氷が張る期間の短縮と、氷の厚みの減少が原因で、しろくまが狩りをできる時期が短くなっている。そのかわり、しろくまが陸で過ごす日数が増えているというのだ。

だが、しろくまは陸で餌を捕まえる能力が低いため、陸にいすぎると飢えてしまう。実際に、平均値以下の体重のしろくまが増えていることがわかっている。環境団体によると、陸で過ごす期間が伸びたことで、人としろくまが衝突する頻度も増加し、しろくまの数の減少の原因のひとつとなっているらしい。

国連によると、2100年には北極から完全に氷が失われる夏が訪れるかもしれない。しろくまを守りたければ、急速な気候変動対策、つまりCO2の排出の大幅な削減が不可欠だと科学者は警告している。

そういった状況にも関わらず、全世界のCO2の総排出量は、2018年に増加してしまった。

「この先どうなるかはわからないが、状況はかなり危うい」

アンディは、感情を隠すかのようにそう呟き、唇を巻き上げた。

しろくまに起きている問題は、私たちの暮らしの延長上にある問題

数日後、クリスマス・ゲームズで仲良くなった、この地の先住民であるイヌピアックのサンドラの家族と、バロー最北端の岬「ポイント・バロー」を目指して車を走らせた。お目当ては、しろくまだ。

「あそこに小屋が見えるだろう?昔、あそこに俺のおじさんが住んでいたんだけど、ある日の朝目を覚ましたら、窓から頭を突っ込んでいたしろくまの顔が目の前にあって、驚いて殴ったら、走って逃げて行ったんだってさ。笑えるよな」

そう話してくれた、サンドラの親戚のトニーは、バローから東に数百キロ進んだ所にあるカトヴィックという空港もない小さな町に住んでいる。写真を数枚見せてくれたが、そこでは何十頭ものしろくまの群が見られるらしい。

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イヌピアックの人々は、バローの地に4000年ほど前から暮らしてきた。彼らは、1万8000年から1万5000年ほど昔、シベリアとアラスカが陸続きだった時代に、アジアからアメリカ大陸へと横断した人々の末裔だ。ルーツがアジアだからか、外見は日本人にそっくりである。

西洋人がこの地まで到達し、木造建築の家が一般的になるまで、イヌピアックは土地の盛り上がりに横から穴を掘って暮らしていたという。そしてたった50年ほど前まで、電気やガスに頼らず、質素な暮らしをしていた。

しかしそれは、石油やガスなどの埋蔵資源がこの地域で発見され、化石燃料産業から大量のお金が流れ込むようになり、激変した。今では大型の四輪駆動車が道を走り、眩しいほどの街灯が町を照らし、サブウェイまである。すべて、化石燃料が可能にした、現代の豊かさだ。

バローには、かつてのイヌピアックの暮らしの痕跡はもうほとんど残っていないが、ここではみんな、捕鯨の話をしたがる。1500年前から今も続く捕鯨の文化は、ここの人々の誇りであり、かつての伝統の象徴である。しかし、温暖化はこれをも奪おうとしている。

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「私が子どもの頃は、10月から5月まで岸からビッシリ氷が張っていた。でも今では、12月でも氷が岸に到達しないし、溶ける時期も早くなったわ」

そうサンドラが教えてくれた。捕鯨は、氷の上をボートを引きずって、外海まで出たところから始まる。だが最近では、氷の範囲が狭くなったぶん漕ぐ量が増え、また氷が薄くなったことで足場が危険になり、狩りをすることが昔と比べ難しくなったという。

「ここまでだわ」

そう言うと、運転をしてくれていた娘のバーニースが車を停めた。

結局、吹雪に足止めされ、ポイント・バローに到達することも、しろくまを見ることもできなかった。でもせっかくだから、バーニースにお願いして、吹雪が吹き荒れる車の外に出させてもらった。

「やっぱりめちゃくちゃ寒いな」

そう言うと、彼女からこんな返事が帰ってきた。

「いや、今年の冬は暖かいわ。最近の冬はずっとよ」

僕はなんでか、その言葉が忘れられないでいる。

あとがき 「22世紀の地球のしろくま」

これは僕がアラスカのバローに行ったときの話からきています。記事内のポロライド写真は、その旅中に僕が撮影したものです。今回はしろくまに焦点を当てて、22世紀にこの「種(しゅ)」がどうなっているかを、旅を振り返りながら考えました。

今も温暖化に関する報告書が相次いで発表されていますが、「予想を上回る速度で温暖化やその影響が進行している」という結論が多いです。これらの報告書の予想の通りにいけば、22世紀にはしろくまは絶滅しているかもしれません。なぜなら、北極から氷が消えるからです。そうなった時、しろくまは住処も、繁殖場もを失い、生存の可能性を奪われます。

地球には今、「人為的な地球温暖化」という未だかつてない大きな変化が起きています。忘れてはいけないのは、温暖化した世の中で苦しむのは、しろくまだけではないということです。あなたも、私も、しろくまと同じように自然環境に依存した暮らしをしています。自然環境の変化は、速度や度合いには違いがあれど、すべての生き物に影響するのです。手遅れになる前に、一人一人による主体的な「行動」が必要です。

さて、次の連載は何について書こうかな?サンゴか、マグロか…今大きな異変が起きている「海」にでも行ってこようかな。

清水=ピュー・イアン(Ian Shimizu-Pughe)

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1992年大阪生まれ、東京育ち。子どもの頃から自然が大好き。環境に関するオープンコミュニティ Spiral Club (スパイラルクラブ)言い出しっぺ。趣味はサステナビリティと社会の繋がりについて考えること。本を出すことが今の目標。環境教育を実践する学校を設立することが将来の夢。

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