「辛い毎日から抜け出せないわけじゃない」。個性的なファッションで知られる21歳、清水文太が“何をしていても楽しい”と思えるまで

Text: SHIORI KIRIGAYA

Photography: Ahida Agirre unless otherwise stated.

2018.12.14

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自分の人生は変えられる。変えられないってのは、その人が決めていることなので。

音楽ユニット「水曜日のカンパネラ」のボーカル コムアイや俳優の千葉雄大(ちば ゆうだい)らのスタイリング、ファッションコンテストの審査やコラム執筆など多岐にわたる活躍をし、持ち前のファッションセンスで知られる清水文太(しみず ぶんた)さん(21歳)。彼と話しているなかで特に印象的だったのが、冒頭の力強いセリフだった。この言葉の威力は計り知れない。

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清水文太(しみず ぶんた)さん

最近は、スタイリングやコラムニストのみならず、服のデザインや音楽、AirAsia(エアアジア)とのタイアップCMでダンスを披露するなど企業とのコラボレーション、児童や若者が夢を持てるようにする支援施設の運営などやりたいことに向けて積極的に動いているという。今でこそ自身のInstagramやTwitterで「仕事も遊びも何しても楽しい」と公言している彼だが、初めからそう思えていたわけではなかった。ではどうすればそのような思考に至れるのだろうか。今回は、その個性的なファッションにばかり目を向けられがちな文太さんの内面に迫り、その答えを探してみようと思う。

その人をいいと思うのも、悪いと思うのも自分次第

Instagramなど無料で使用できるソーシャルメディアは、自分の日常を気軽に発信する手段として広く使われている。彼もそのユーザーの一人だが、投稿から見られる彼の姿は、彼が公開する「清水文太」の一面にすぎない。したがって本人と面識がなく投稿だけ見ている人が彼に対して抱く印象は、実際に会ったことのある人のそれと異なるのは当然のこと。

写真から読み取れるカラフルで個性的なファッションなど、印象に残りやすい外見的な要素から「こわそう」などと一面的に見られることも往々にしてある文太さんだが、メディアで自身が経験した貧困や親族による虐待など一言では説明できない苦しかった過去のエピソードを話す際には繊細な面も見せている。

過去には、何をしても楽しいなんて思えなかった自分自身が「この社会で最も不幸な存在」だと強く感じていたそうだ。そしてその当時、文太さん自身が他人に対して決めつけた見方をしていたという。だが現在では人を多面的に見られるようになっただけでなく、どんなに世間から“悪い”と思われている人でも、その人を“好き”だと思う人や応援している人が同時に存在すると考えているのだと話してくれた。それはその人物の親かもしれないし、子かもしれない。

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なんかいいも悪いも存在しないなって思いました。その人といいと思うのも、悪いって思うのも自分次第だし、フラットに見なきゃなと思って。

そんな彼も、人を多面的に見るきっかけとなったのは17歳でスタイリストアシスタント、19歳でスタイリストとして独立し、多様な人と接する機会が増えてから、そして多方面での活躍が増えるほど自身が一面的でなく見られるようになってくる実感が沸いたことが影響している。彼の感覚でいえば、これもほんの最近の話だという。

本当は、誰しもがマイノリティ

文太さんが受けた取材の記事や、講演の内容を見ていると彼の「マイノリティ性」に焦点が当てられていることが少なくないと気づく。それは、男性を恋愛の対象とする彼の性的指向、そして自身を特定の「職業」の枠に当てはめない姿勢についてであることが多い。彼に自分自身がマイノリティだと感じる瞬間があるかと尋ねてみると「ずっとですね」と答える。そしてすぐに、「でもみんながマイノリティのはずだけど」と付け足した。一般に使われるカテゴリーはカテゴリーにすぎず、同じカテゴリーに分類されるからといって、考え方もそれ以外のバックグラウンドも決して同一ではないからだ。

たとえばストレートっていわれている人たちのなかでも政治的な思考が違ったりもするし、やっている仕事も違ったりするし、内面も違うし考え方も違うし、みんなマイノリティなはずなのに、みんながそれをわけたがる。でも本当はわける必要がないというか。

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人がどんな性別の人を恋愛や性の対象とするか考えたとき、社会に教え込まれた「刷り込み」の影響が大きいといわれている。彼もそれを強く感じており、たとえば「男性は女性を恋愛対象にするもの」というような固定観念がもしなかったのなら、もっと柔軟に自分の感情に従ったり、他人のことを受け止めたりすることが“当たり前”になるかもしれない。職業に関しては、たとえば「スタイリストはこうであるべき」という規範にとらわれていては、毎回異なるケースに合わせて柔軟にアイデアを出すことはできないであろう。文太さんは自らを“何でも屋”と称するが、「特定の肩書き」を持たない選択をし、やりたいことに対してプロフェッショナルに動くことを指針に置いているだけなのがうかがえる。

「マイノリティ性」の話に戻ると、文太さんがより実感としてマイノリティだと感じるのは、朝の電車に乗っているとき。なぜならまわりを見渡すと、会社や学校に行くのが楽しみではなく「疲れきった顔をしている人」ばかりだから。彼らは「この生活を我慢して続けなければならない」という思いが強いのか、それとも「どうせ自分の人生を変えることなんてできない」と諦めているのか。

なんか「この人たちは毎日この状態で通っているんだ」って思うときに、自分はある意味でマイノリティだと感じますね。そうしなくてもいい選択を知っているから。本当はみんなしなくてもいいと思うんだけど、そうさせちゃう社会があるよね。

「何をしていても楽しい」と思えるのはなぜか

自分が「この社会で最も不幸な存在」だと思っていた時期もあった文太さんが「何をしていても楽しい」と思えるようになったのはなぜなのか聞いてみた。それは、彼が他人を多面的に見られるようになったきっかけと類似しており、スタイリストを始めてから多様な仕事を経験し、関心のあることには躊躇せずにそして貪欲に取り組むような姿勢でいるようになったから。また彼に言わせると、楽しく仕事をするためには、自身が定めた仕事の方向性を基準にし、意見をストレートに伝えることが何よりも大切だと話す。

では、どうしたら辛くて苦しい毎日から抜け出せるのか。彼の場合、何も楽しくなかった日々から抜け出た分岐点は「なんでもあり」と思えた瞬間で、生きてきたなかでその瞬間を繰り返している。たとえばファッションの仕事も多種多様であると知ったこと、他国を訪れたときに感じた文化の違いなど多様な価値観に触れることで、自分を変化させてきたのだ。だが彼のアドバイスはこれだけではない。人が自分の人生を変えられるかは、小さなきっかけを掴めるか、掴めないかの違いだと彼は考えている。

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変えられないわけじゃなくて、変えられるはずなんだけどみんな体力がない。体力とか気力とかを貯める場所がいわゆる居場所で、それがないときついから。だからその居場所がどんどん増えてほしい。

文太さんが作ろうとしている児童や若者が夢を持てるようにするための支援施設は、まさしく彼がここでいう「居場所」だ。そんな場所があることで初めて、自分の世界を外に広げられると考えていいだろう。彼自身にとっては、16歳のときに虐待されていた家から保護された先の彼と血縁関係のない家庭が、「居場所」として救いの手を差しのべたのだった。

昼食を食べながら行うこととなった今回のインタビュー。文太さんは「まだ時間があるから、熱いうちに食べたほうがいいよ」と何度も筆者に優しく促してくれたのが印象深いが、彼は食事をしながらこんなことを口にしていた。知名度やお金、仕事がなくなったとしても、人から大切に思われるような人柄、そしてそういった内面で判断してくれる人を持つことこそが、先の見えない世の中を生きていくうえで助けになるということだ。

ゼロ円でも生きていけるのを知っているんだよね。お金なかったし。でも本当にお金とか地位も名誉もなくなったときに「ご飯奢って」とか言える人が何人いるかっていうのは大切だと思う。俺は結構いる気がしていて、だからまだ大丈夫って思えてる。

清水文太さんの身に日々起こったことや考えたことを綴る連載清水文太の「なんでも」が2019年、NEUTで始まります。お楽しみに!

Bunta Shimizu(清水文太)

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19歳にして水曜日のカンパネラのツアー衣装を手がけ、モデルとしてdoubletやMIHARA YASUHIROのショーにも出演。その活動の他にも『装苑』やウェブマガジンでのコラム執筆の他、渋谷TSUTAYAでのデザインディレクション、ギャラリーでのアート展示などを開催。スチャダラパーBose・ファンタジスタさくらだ夫妻、千葉雄大などのスタイリングも。
88rising所属JojiとAirasiaのタイアップMVにも出演。
RedbullMusicFesでのDJ出演や、ライブ出演など音楽活動にも精力的に活動を始めている。
アーティストとして多岐にわたる活躍を見せている。

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