「スマホをコインロッカーに預けて過ごす1時間」を体験型ゲーム作品に。オフラインを新しい贅沢に変える『White Magazine』の仕掛け

Text: NEUT編集部

Photography: Hidemasa Miyake

2020.1.16

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「スマホを持たずに1時間、どこかで時間を潰してきてください」と言われたらできるだろうか。できるかもしれないが自ら進んでやろうとは思わないだろう。なぜなら現代人はいつも忙しい。動く前に目的地を決め、考える前に検索し、記憶する前に撮影する。新作のPlaylistを再生しながら、エレベーターを待つ数秒でさえStoriesをスワイプする。もはやスマホは身体の一部だし、隙間時間の不安を埋めるお守りだ。

そんな私たちの習慣を軽やかに一蹴し、風穴を開けるような作品が2020年代の幕開けに現れた。1ヶ月ごとに分けられたプレーンなダイアリー『White Magazine』だ。

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ドイツ・ベルリン在住のアーティスト松田将英(まつだ まさひで)による本作は「物語(ナラティブ)の記録装置」をコンセプトに作られた。現代美術ギャラリーで証明書・エディション付で販売されるアート作品だが、価格は1冊1,000円と文房具並みだ。しかし購入するにはチュートリアルと呼ばれるゲームをクリアしなければならず、その内容こそ冒頭の「外でスマホを持たずに1時間過ごす」というものだ。

2019年12月、外苑前EUKARYOTEで行われた体験型展示の会場にNEUT Magazineも駆けつけ、松田に取材を行った。

現実が舞台の「アルゴリズムからの脱出ゲーム」

会場に着くと来場者は1階のコインロッカーに電子機器類を預け入れ、代わりに1時間にセットされたタイマーと手紙を取り出し、外に放り出される。手紙には「どこに行っても、何をしていても構いません。近隣の他店舗(カフェ、レストラン、ギャラリー等)に入っても構いません。ただ1時間あなたの時間を過ごし、タイマーが鳴ったら会場にお戻りください」と書かれている。

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スマホを使えない理由が充電切れだとネガティブだが、ゲーム感覚で提供されれば達成したくなるし、そこから何か得たい気持ちになる。体験の気付きを残すために用意されたWhite Magazineには「久しぶりにゆっくり散歩した。同じ東京なのに働いているときとでは時間の進む速度が全然違った」「長い間後回しにしてきた個人的な問題と向き合う良い機会になった」等のポジティブな声に溢れていた。

意外にもカップルが楽しんでくれた。お互いが誰とも繋がっていない状態って気持ちを相手に集中させられるから、その分距離が縮まったって。道に迷ったり、何か調べようと思ってもできなかったり、そういう「楽しめる程度の小さな困難」を共有できたことも良かったみたい。

その後カップルはWhite Magazineを交換日記として使い始めた。しかしなかには「他人の持ってるスマホがうらやましく、覗きこみそうになった」人や、「やっぱ無理!」と10分で帰ってきてしまう人もいた。

都市におけるオフラインは新しい贅沢になる

ベルリンでOffline is the New Luxuryと書かれた張り紙を見かけた。これからますます技術が進化して常時接続が強化されたら、オフライン環境はさらに手にしがたいものになる。皆が手にしがたいものに価値は生まれるから、それって新しい贅沢になる。

確かに山奥や離島と異なり、圏外エリアの少ない東京ではめったに味わえない体験がチュートリアルにはあった。シンプルな方法で当たり前の景色を変えること、大事なのはそのきっかけを作ることだと松田は言う。

とある来場者はこの体験を「オフる」と呼んでいた。本当はわざわざギャラリーに来なくても、駅に行けばコインロッカーはあるし、タイマーは100円ショップのキッチン用品売り場にある。いつか勝手に「オフる」人が現れたら嬉しい。

1時間後、タイマーの合図で会場に戻るとそのまま2階に案内される。するとWhite Magazineの1ヶ月分のノート、1年分のケース、10年分のアクリルボックスが大量に並んだ空間が広がる。物質に変換された果てしない未来のアーカイブは不思議な空気を放ち、人生の有限性を突きつけるとともに時間の捉え方を混乱させた。

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時間を直線で捉えるのは日時計から始まった西洋の感覚で、東洋はかつて漏刻(水時計)だったから時間を空間で捉えていた。Googleカレンダーには重力がない。画面も直線と平面だから未来を立体的にイメージできない。1時間という「時間」を身体的に体験したうえで、物質になった1日、1ヶ月、1年、10年に向き合えば、時間の感覚を捉え直すことができる。そこに個々の物語を保管してほしい。

更に3階に上がると、毎日展示内容が変化する「Now」のフロアだ。チュートリアル達成者だけが入室できる特別な空間だから、この場での開示は控えておこう。

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1階に降り、コインロッカーからスマホを取り戻して展示は終了する。オーサー(作家)と呼ばれる作品購入権が与えられ、希望者はこの場で作品を購入することもできるし、後日Webサイトから購入もできる。定期購読の場合は毎月「新月の日」に届くそうだ。

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異業種とのコラボレーションで続くオフライン装置

年が明けた2020年1月10日〜17日、渋谷区円山町Sta.とコラボレーションの形式で続編『Re: White Magazine』が開催される。2階のバー、3階のレストランではチュートリアルをしながらオフライン状態での飲食も楽しめる。美意識が細部にまで詰め込まれたSta.にはファンも多く、連日Instagramの投稿も多い。そんな場所にオフライン装置を設置することは挑戦的だ。

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変わるものばかりだからこそ際立つ、変わらないものの価値

2019年2月、ジョージタウン大学のキャル・ニューポートが発売した書籍『デジタル・ミニマリズム』はベストセラーとなり、米国で新しいムーブメントを生んだ。変化スピードの速いデジタルとの距離や関係を再考することは、今や世界的な課題だ。

端末のデジタルデータは増え続けるけど見返す時間がない。機種は毎月新型が出るけど2、3年でどこかに消えてしまう。今欲しいものはほとんどないけど、あるとしたら、体のキャパシティにあったもの。変わらないもの、壊れないもの、買い換えなくていいもの、サポート期間の終了しないもの。新しくないもの、古くもならないもの。だけど変わった習慣には合わせなくちゃいけないから、デジタル空間の習慣である断片化と再構築を、もう一度フィジカルな紙媒体に戻した。

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松田はかつてTwitter、Facebookを使ったさまざまなプロジェクトを実践してきた。特に有名な活動に「サザエbot」が挙げられる。2016年にメディアアートの世界的権威「Ars Electronica」で受賞して以来、活動の場をドイツを中心に、オーストリア、チェコ、香港等の国際的な舞台に広げた。しかし今では投稿はおろか、タイムラインを見ることもなくなったと話す。

今でもネットは好き。特に動画、次世代が中心のSNSはよく見る。だけど画面の中だけじゃなくて、最近は自然にワクワクさせられる。昔はもっと多くのことを感じることができた。都会でその感覚を忘れて、忘れたことすら忘れてしまうと、それは自分から完全に消失したことになる。何かをきっかけに思い出すことができた時、いつも「危なかったな」と思う。今はそんな「ないもの」を思い出すことに価値を感じてる。

White Magazineはもともと完全に自分のために作った。時間泥棒による致死的退屈症のような症状を乗り越え、もう一度自分や、身の回りの大切な人との物語を大切にするために。やってよかったから今回作品にした。都会で暮らしていても、面白くやれば思い出せるものがあると信じてる。

「Re: White Magazine」

会期:2020年1月10日~17日
会場:Sta.(https://online-sta.com/
住所:東京都渋谷区円山町11-7
営業時間:18:00〜23:00 ※最終入場22:30
休廊日:水曜

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松田将英

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