「ぼくは子どもたちの未来に選択肢を残したい」。元メッセンジャー、現タネの専門家の彼が育む小さな種の大きな話

Text: YUUKI HONDA

Photography: Noemi Minami unless otherwise stated.

2018.9.19

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あなたはいつも食べている野菜の種に、二つの種類、固定種(こていしゅ)とF1種(えふわんしゅ)があることを知っているだろうか。

種に関する法律の廃止や改正への動きなど、実は最近ホットな種の話について。また、小さな種から始まる、食の未来の選択肢について。家庭菜園向けのタネを専門に扱う「野口種苗研究所(のぐちしゅびょうけんきゅうじょ)」に勤務したのち、現在は「東京生まれ、無農薬育ちの野菜」を栽培する「Ome farm(青梅ファーム)」で、種のスペシャリストとして活躍する島田雅也(しまだ まさや)さんに聞いてきた。

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島田雅也さん

固定種
それぞれの土地で長期間にわたり育てられ、自家採種を繰り返すことによって、その土地の環境に適した遺伝的要素を蓄積し、安定していった品種の総称

F1種
異なる性質を持った種を人工的にかけ合わせて、さまざまなニーズ(「形が均一」「特定の病気に強い」など)に応じて作られた雑種。別名「一代雑種(いちだいざっしゅ)」と呼ばれるため、二代目から採取できないという誤認も多々見受けられるが、採取は可能である。誤認の大きな理由は、異なる形質の親をかけ合わせると、一代目は両親の形質のうち優性だけが現れるが、二代目は逆に劣勢形質も現れ、そのためニーズに沿ったものが作れず、誰も好んで採取をしないから。F1種がよく批判の対象となる大きな要因は、基本的に市場のニーズに合わせて一回限りの採取を前提としているためだと考えられる。

*注意点として、この“優勢”と“劣勢”の概念について。異なるものをかけ合わせた場合、先行して表出する性質を優性、後続する性質を劣性と呼称するため、これはどちらか一方がより優れた性質であるという意味ではない(これらの仕組みは遺伝学の基礎「メンデルの法則」に詳しい)。

交通事故が変えた運命。元メッセンジャーが種屋見習いになったワケ

今ではその豊富な知識を生かし、青梅ファームで種の管理を任されている島田さんだが、現在に至るまでの道のりは数奇なもので、そもそも、「農家にだけはなりたくなかった」というのだから驚きだ。

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よく聞かれるんです、「農大出ですか?」って。でも全然違う。普通の大学の法学部出身で、卒業後に就職したのはスポーツジムです。まあ強いて言えば、学生時代から趣味で援農したり、農協の畑を区画で借りて好き勝手に野菜を育ててはいました。

でも農家になるなんて考えてもいなくて。きつい、汚い、稼げない。そんなイメージもあったし、スポーツジムの後に転職したメッセンジャーにのめり込んだこともあって、野菜作りはあくまで趣味でした。

そんな考えを一変させたのが、メッセンジャーにとって常に抱えなくてはならないリスク、交通事故の存在だった。3回目の救急車を経験したの折、島田さんは「稼げるし楽しいけどリスクは高いな」と、家族のことも考えて退社を決意。転職先を探すことになったのだが、このとき縁が結ばれたのが、「野口種苗研究所」だった。

たびたび行っていた援農で訪ねた全国の農場で、「野口の種はいいよ」とあちこちで噂を聞いていたこともあり、何の気なしに野口種苗研究所のホームページをのぞいてみると、まさにその日掲載された求人が目に入った。

この出会いを「運命かも」と受け取った島田さんは即座に求人に応募。返事を待ちきれずに電話をかけると、電話口から「あ、返信忘れてたよ、ごめんね。じゃあとりあえずおいでよ」とまさかの展開に。

メッセンジャーを辞めて程なく、種屋としての日々が始まった。

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大学卒業から十余年、思ってもいなかった農業の世界へ

島田さんを種のスペシャリストに変貌させた野口種苗研究所は、その世界では全国でも屈指の信頼と実績を誇る老舗。漫画の神様と評された手塚治虫氏の代表作、「火の鳥」の初代編集担当というほかにない経歴を持つ野口勲(のぐち いさお)さんが店主を務めている。

そんな環境へ運命的に潜り込んだ島田さん。あまりの急展開に、「あのときは家族に迷惑をかけたなあ」と話しつつ当時を振り返ってくれた。

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でもね、最初は疑問でした。農大を出たわけでもない、趣味で野菜を育てているだけ。そんな素人同然のぼくをなぜ雇ってくれたのかなと。でも野口は「そういう人がいいんだ。知識で凝り固まった人ではなく、とにかく体が動く若い人がいい」って言うんですね。

そんなこんなで、農業の根幹に関わる種について、しっかり勉強できる環境に身を置くことになりました。我ながら面白い現場に入れたなあと思いましたね。

農法の知識と種の知識はまた別物らしく、島田さんが言うに、「種を専門的に学んだ人はそう多くないんじゃないかな」。

「なんでもやらせてもらった」という野口種苗研究所で過ごした約8年は、いまでも島田さんの大きな財産であり、青梅ファームとの出会いの架け橋にもなった。

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種屋って農家が種をまかない時期は仕事が減るので、冬はほぼ休業状態になるんです。だから普通、花や肥料も扱ったりするんですけど、野口は「種しか扱わない」が信条だったので、ぼくらスタッフは冬の間、自由に自分の時間を作ることができました。

ぼくは冬の間は、主にT.Y.FARM(現 青梅ファーム)の手伝いをしていました。種を買いに来た彼らが「人手が足りない」って言うから、「じゃあ手伝うよ」って。で、そのうちチームで進める農業に魅力を感じ始めて。野口も理解してくれたので、昨年12月に野口種苗研究所を退職して、今は青梅ファームの種苗担当です。まあ相変わらず人手が少ないので、種だけでなく、農作業全般なんでもやっています。

思わず育ててみたくなる。明るい種の話。

今年4月に主要農作物種子法(以下、種子法)が廃止されて久しいが、その是非を巡る議論は相変わらず農業界を中心に続いている。廃止されたばかりの種子法を復活させようという動きもあるほどで、その余波はまだ収まる気配をみせない。

また、種子法廃止に合わせたのか、種苗法の改正も検討され始め、島田さんのような野菜農家にとっても、種をめぐる今後の動きは気を揉む問題になりつつある。

主要農作物種子法
通称「種子法」。主要農作物である米、大豆、麦の種子の安定的な生産及び普及を促進するための規定を定めた法律。1952年に制定され、2018年4月1日をもって廃止された。この廃止で民間企業の参入が促され、市場の多様化が予想されるが、自由競争ゆえの弊害(供給の不安定化、価格の高騰)も懸念されている。

種苗法
植物の新品種開発者に付与される権利と保護の規定について定めた法律。主に品種登録を行った者が、その種を育てる権利を占有できるという趣旨が定められている。

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この点について島田さんは、「もちろん危機感はありますよ」と前置きしつつこう話す。

だからといって、難しい顔をして、危機感を煽るばかりじゃダメだとぼくは思うんです。「現状はこうなっているけど、お前らどうする?」みたいな話って、すごく人を惹きつけるんですよね。ぼくもたまに人前で話すから、体験的にそれはわかります。

でも、それだけじゃなくて、もっと明るい話も必要だと思うんです。「じゃあ何かやってみよう」と思わせるような、ポジティブなエネルギーを感じてもらえる明るい話が。

 専門性が高いため、素人には理解しづらい種の話。食に強い関心があれば興味もわき、独自でも調べを進めるだろうが、大多数にとっては食指が伸びにくい。問題を知っても、頭の片隅に漂ったまま。そんな状態がせいぜいではないだろうか。

そんな状態で危機感を煽られると、「小難しい話はよくわからないからそこそこに、『こんな話があるらしくてさ』というまた聞きで恐怖感だけが増幅しちゃって、でも問題についてよくわかってないから、誰もアクションを起こせないんじゃないかなあ」というのが島田さんの懸念だ。

だから、彼が語る種の話は明るい。

ぼくねえ、初めて自分で採取した固定種がぽこっと発芽しているのを見たときに、畑にひざまずいて泣いたんですよ。「うおおお!ありがとう!」って(笑)。自分で採った種だったから何もかもが心配だったんです。その分感慨もひとしおでした。以来この感動をどうにか伝えるために試行錯誤ですね。子どもたちの前で話すときは紙芝居なんて作ったりして。

まあ単純に自分で作った野菜は美味しいですよ。固定種、F1種に関係なくね。自分で育てた野菜を自分で収穫して自分で食べる。そしてまた育てて…。これが楽しいんですよねえ。

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ミナ ペルホネンとの共同イベント
Photo by Yuuki Honda

未来に残したい種=食の選択肢

戦後の混乱期において、国民の食生活を安定させるために、自家採取には適さないが、さまざまなニーズに合わせて改良を加えられるF1種が政府の主導で勃興。以来、安定した供給には適さない固定種は衰退の一途をたどっている。

先達が採りつないできた固定種が、品種によっては衰退の末に消えてしまうかもしれません。いつの間にか絶滅、なんて可能性もあります。しかしだからといって、固定種だけを持ち上げるのは、なんか違うなと。固定種を育てるには手間がかかるし、いいことばかりではありません。

ぼくはただ、今の子どもたちの世代に選択肢を残したい。多様性を確保したい。だからF1種と固定種のどちらについても伝えていきます。

農大を出ておらず、農法は学生時代からの試行錯誤で築きあげた。元メッセンジャーで、種屋上がりという異色のキャリア。だからこそ、彼の言葉は多面的で、何より他意がない。

まあ土が好きなんでしょうね。だから結局農家になったし、こうやって毎日泥まみれになっても楽しい。

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いろんな種が明日も100年後も芽吹くためには、しかめっ面だけでなく、ぽこっと咲いて出たような、明るい笑顔も必要だ。

島田雅也(しまだ まさや)

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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